一話 目的(17)
「は? 接触禁止?!」
想像通り、接触禁止令を聞いたティーノは酷く憤慨した。
――条件言われてなかったんだ……。
余計な一言なので、そんな感想もそっと胸にしまっておく。
働き始める前夜、いつも通りの夜の邂逅。
作戦通りにはいったはずなのに、思い通りにはならなくてティーノがイライラと貧乏ゆすりをしている。
「クソ――お父様め……なんでいつも変な条件をつけるのだ……!」
「まぁまぁ、これからもいつも通り会いに来るから、そんなイライラしないで」
私の言葉に、ティーノは一つ大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐いた。
「まぁ、ハナの働き先が無事に我が家に決まったってことで、良しとするしかないか」
「そうそう」
――まぁ、何かあったら消されるかもしれないので、一概に良いとは言えないけどね。
ティーノは恐らく、この辺の事情はまだ知らされていないのだろう。
人がいなくなっても、クビになったとしか思わないはずだ。
――まさか、殺される危険性まであるとはね……流石、貴族の使用人。
果たして、それは他のお金持ちの使用人として奴隷に近い待遇で働くのとどちらがましなのだろうか……?
――まぁ、奴隷に近い待遇よりかはマシか。
なんなら、死ぬのもさして嫌ではない。
ティーノが悲しむから言わないだけで――今世と早くおさらばしたいのは数年前と変わらない。
「ティーノもどうせ、昼間は学校でいないんだから、接近禁止令なくても会えないんじゃない?」
「まぁ、それは、そうかもしれないんだけど……」
モゴモゴと返してくるが、そのことはどうやら忘れていたらしい。
そして翌日、少ない荷物を手にアイゼンベルク邸を訪れた。
「アイゼンベルク家に仕える者の末端として、恥ずかしくないよう振る舞うことを心掛けてくださいね」
侍女長からの挨拶はそれだけだった。特に人種差別とかそんなものではなく、ただ忙しくて新人に構っていられない感じだった。
――流石、貴族の侍女長、忙しいのね……。
と感心していたら、
「あなたの服はこれだから。さっさと着替えてきて」
と人種差別丸出しの先輩が私の上についた。
受け取った使用人用の服を着る。
「……」
誰かのお古らしい。染みやほつれがそれなりにある。
――大金持ちの邸宅の使用人がこんなボロ服でいいのかな?
まぁ、どうせ軽い嫌がらせだろうと流すことにする。
着ている服が多少ボロかろうが、着られないことはない。
――っていうか、侍女長が言っていた『恥ずかしくない振る舞い』できてないけど、いいの?
そもそも、人種差別は恥ずかしい振る舞いではないのだろうか……?
――私とは常識が違うのかもしれない。
「あなたの仕事は主に屋敷の掃除よ」
そう言われて、先輩メイドに来客用の部屋――の中の風呂兼トイレに案内される。
「全ての水回りの掃除を担当してね」
「わかりました」
「道具はそれ。これからあなた専用だから、大切に使うのよ」
置いてある掃除道具も、これまたボロだった。倉庫にある一番古い道具を渡されている印象がする。
ささくれ立った柄を持ち、ひっそりと気合いを入れる。
――精霊たち、私頑張るから、応援してね!
ふわりと頬に風が流れ、バケツに入れた水はキラキラと揺らめいた。
先輩が部屋を掃除する姿を確認しながら、私も次々に水回りの掃除をする。
――掃除の説明なくていいのかな?
……まぁ、あの先輩に聞ける雰囲気もないけど。
とりあえず我流で掃除を行う。
綺麗なものから順に掃除していけば、とりあえずの綺麗さは担保できるだろう。
「そっちの掃除は終わった?」
「終わりました!」
「ちゃんとできてるか確認するわ」
そう言って先輩は掃除した場所をチェックしていく。
「ちょっと普通にできてるじゃない」とイライラしながら呟いているのが聞こえたので、内心ニンマリ笑う。
「次、行くわよ」
先輩に従って次々と掃除をしていく間に、気が付けばお昼の時間になった。
「あなたは端の方で食べるように」
使用人用のランチセットを持たされて、一番端の席を指さされた。
「分かりました」
他の使用人の視線が鬱陶しかったので、見えにくい端の方がありがたい。
先輩と別れ際、他のメイドに「アジア人のハーフが後輩なんて嫌だわ」と言っているのが聞こえてきた。
――私はハナ・シュミット
――形を変えてどこにでも行ける者、水の精霊・ウンディーネ、聞いてください
――あのクソ野郎のスープを一口も飲めないくらい、ずっと熱々のままにしてください
――お願いします
石が応えてくれる。
私のスープが独りでに揺らめくと、ウンディーネが現れた。
悪戯っぽくクスクス笑うと、スープの中に消えていく。
「――あっつ!!」
少し遠くで誰かが毒づくのが聞こえた。




