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第2部 神の喪失  作者: 小島もりたか
2章 遺物
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一話 目的(6)

「え? 冗談でしょ?」

「え? 何で冗談を言う必要が?!」

「……確かに」


悟の言葉に深く頷く。


「悟の情報構造体も干渉された可能性があるのかなぁ?」

「うーん、このご時世だと、そこは否定しきれないねぇ……」


悟はそう言ってから立ち上がると、クローゼットのダンボールから一冊のノートを取り出してきた。

表紙に何も書いていないが、よく分かる。


「実物の前世録で確認してみよう」

「うぅ……黒歴史が……」

「そんなことも言ってられないでしょ」


悟が苦笑いしながらノートを開き、ハナのページを探す。


「――うん。あるね……」

「あったねぇ……怖っ」

「どうしたの?」


無意識に鳥肌が立って止まらない。


――何で知っていたのだろう? 怖い、怖すぎる。


「このハナは、アイゼンベルクの好きな人だったらしい」

「――え?」


変な表情で固まる悟の頬を思わずつつきながら、中二の私が書き連ねた内容を目で追う。


「――ねぇ、情報構造体としての『神』ってどこまで物理構造に干渉できると思う?」

「どうだろう? 少なくとも、世界全体に関わるような物理干渉は難しいと思うけど……」

「もし、今回アイゼンベルクの『神』の部分が干渉しているとしたら、私と悟の記憶と、このノートだよね? このノートを書いたのは過去の私だよね?」

「そうだね。でも、アイゼンベルクはこのノートの存在も、僕が知ってることも知らないはず。そうすると、地球の歴史そのものに干渉できることになる」


悟の言葉に、ゴクリと唾を呑み込む。


「歴史への干渉……」

「うん。それこそ、本当の神がかりだよね。だから、可能性としては低いと思う」

「じゃあ、やっぱり私の前前世だったの? でも、なんでアイゼンベルクはそれを知っていたの?」

「『神』は情報構造体だ。だから、君の情報構造体そのものを分析して、『勘』としてアイゼンベルクに提示することは可能だ」

「なるほど……」


頷いていると、廊下から優希の声が聞こえてくる。


「おとーさーん! まだーー?」

「先に食べててー!」

「はーい!」


パタパタと駆けていく足音が聞こえた。


「アイゼンベルクは勘が鋭いと言っていたんだけど、その線は濃そうだね……」

「うん。その方が筋が通る」


二人で黒歴史ノートを覗く。吐息が聞こえるほど近い距離に少し心がざわつく。

伝えた方がいいか迷っていることがあった。


――いや……うん。伝えた方がいいよね。うん……。


「……その、アイゼンベルクはハナの生まれ変わりである私に、一緒に生きようって言ってきたんだ……」

「え?!」


低い声で悟が私に振り向く。

一瞬でジェラシーモードに入ったのが分かった。


「なにそれ?!」

「落ち着いて悟。もちろん断ってるから」

「いや、茜は疑ってないよ! あいつ中身もう八十近いじゃん! 何言ってんの、その歳の差で! 肉体替えたからって、何舐めたこと言ってんの?!」


イライラと、悟はノートを指で叩く。貧乏揺すりでベッドが揺れた。

悟の目が一点を見つめ、何かを計算しているのが分かる。若い頃何度も目にした光景……。


これは、完全に、完璧に悟に敵認定されたのだと理解した。


薄らと苦笑いしながら、再び黒歴史ノート……もとい、前世録に視線を落とす。


――確か、ハナはドイツ生まれで……。


ハナの記録を指でなぞると、急に記録した光景が頭の中で再生され始めた。


青い空。石畳の道路。

大好きだったウィンナー。


――『私』の記憶でない私の記憶が鮮明に蘇り始める。


母の儚い微笑み。

女神のような美しい女性。

心底驚くあの子の顔。


――だめだ、これは呑まれる……。


意識がどこか深い所に持っていかれる感覚に抗おうとするが、どんどん底に落ちていく。


悟に助けを求めようとした時には、既に視界が暗転していた。



******


パパのお仕事で大きなお屋敷に行く時、いつも彼がつまらなさそうに頬杖をつきながら窓の外を見ているのが見えた。


――あんなにちびっこいのに、お金にも困ってないだろうに、何がそんなに不満なのだろう?


いつも彼を見上げながら思っていた。


お屋敷の人達はある意味親切で、パパの診療中に、私はお屋敷の庭で散歩することが許されていた。


パパは学校に行かない私を、気分転換がてら仕事に一緒に連れて行ってくれるのだけど、日本人とのハーフの私は、お家によってはかなり邪険にされる。パパに見つからないように、黒い髪を気持ち悪いと引っ張られたりしたことも多々ある。


だから、いっそのこと外で自由にしてていいと言ってくれるこのアイゼンベルクさんの家は、ある意味優しいのだ。


「じゃあ、今日もいい子に待ってるんだよ?」

「うん、パパ!」


屋敷に入っていくパパを見届けると、私は広い庭に駆けていく。


パパについて行くようになって三ヶ月くらいは、私を見張る屋敷の人がいたけど、最近は無害なのを察したのかほとんど見向きもされなくなった。


「――よいしょっと」


今日は天気がいい。お庭の日当たりのいい場所に持参した布を広げて仰向けに寝転ぶと心地よかった。


ぼーっと空を見上げていると、視界の端に窓から外を眺める退屈そうないつもの少年が見えた。


――驚かせてみよう。


今日はふと魔が差して、そんなことを考えてしまった。


あの退屈そうな顔がどんな風に変わるのか見てみたい、私の探究心が疼いてしまった。

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