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中編 ミサーナの過去

 投稿が遅くなりました。


 前後編でまとめるつもりでしたが、上手くまとまらずに3編に。

 本編よりも気を遣って書いている気がします(笑)

(あーもう私、このまま死んでもいい)


 どれだけ劣悪な環境で暮らしていても、どれだけ残虐な目に遭わされても、決して死んでもいいと思ったことはなかった。


 これまでの人生で経験したことのない、それほどまでの経験を私はさせられた。


 これには流石の私も耐えられそうにない。


 痛みもなく、悲しみも苦しみもない。快楽だけが私を支配する。


(もう駄目……。我慢出来ない!)


 濁りのない透明な水に身を委ねて、まるで空を飛んでいるかのような心地の良い浮遊感。


 この快感を知ってしまったら、もう前の生活に戻ることはできない。


 私はここにきてから、もう何度目になるか分からない水浴びをしていた。

 ひんやりと冷たく気持ちがいい。透き通った湖に体を浸かり、シャボン草という草の泡で体を洗った。


 黒く汚れていた私の体は、シャボン草で洗うたびに潤いを増して、白く綺麗な肌を見せる。

 無数にあった擦り傷も、シャボン草の成分なのか、ここでの満たされた生活による自然治癒なのか、ほとんどなくなっている。


『ドボンッ!』


 盛大な水飛沫を上げて、大きな波紋は湖全体に広がった。


「ミサは本当に水浴びが好きなんだね。僕も一緒に入ってもいい?」

「いいっていうか、もう入ってるじゃない」

「えへへ」


 一緒に湖に入っているのは、私があの時出会った銀髪の女の子。

 彼女はダークエルフの国、ラフィーネ国の第三王女で、アイリア・レネ・ラフィーネ。


 私の初めての友達。


「全くアイラは……。まあいいわ。じゃあ、それ!」

「やったなー!お返し!」


 水を掬ってアイラに向けて掛けると、アイラはそれを大袈裟に避けて、今度は私が掛けたよりも多量で強力な勢いで返してきた。


(楽しい)


 物心ついた頃にはすでにスラムで暮らしていた私には、アイラと一緒にいて感じた【楽しい】という感情は、多分人生で初めてのものだ。


 こんな幸せな感情を知ることができたのは、アイラがいてくれたから。



・  ・  ・

 あの男達が逃げた後、置き去りにされた私は、森の奥深くにあるダークエルフの国へ連れて行かれた。


 国と言っても、城壁があって城があるわけではなく、森の中にあるダークエルフだけの集落といった感じで、住人も1000人程度だという。


 ただ一つ、象徴というほどに目を惹くのは、国の中央に佇む【月光樹】という紫色の葉が生い茂った、城よりも大きな巨木だ。


 連れて行かれた先は、その月光樹の根元近くにある木造の大きな家。

 この場所は裁判所兼、王族の住居で、王族が特別な力を使い、その人が犯罪を犯しているかどうかを見極めるらしい。


 牢屋で何度も取り調べをするくらいなら、王族が一回見て審議を確かめた方が早いため、この形になったようだ。

 住人が1000人という少なさだから成り立っている仕組みでもある。


「ここに立て」


 王族のための椅子がある壇上から、20m程離れており、拘束するための鎖のついた処刑台のような場所に立たされた。


 処刑台の周囲は剣や弓を持ったダークエルフの兵士が囲んでいる。


「頭を下げろ。国王陛下の御成り〜!」


 王族が来るとは聞いていたが、まさかの国王。

 どうしてなのか意味がわからなかった。


 素直に頭を下げて、国王が椅子に座るのを待つ。


「……」


 何かが起こっていた。動揺した空気が生まれ、この場は僅かにざわめいている。

 顔を伏せている為、詳しくはわからないが、国王に何かがあったらしい。


「国王陛下。いかがなさいましたか?」

「……」

「国王陛下! 一体どうされたのですか!」

「あ、ああ」


 宰相らしい人の何度目かの呼びかけに、ようやく国王は動き出した。


「今すぐに鎖を外せ! 椅子も用意しろ、急げ!」


 唐突な命令に戸惑いつつも、兵士たちは私の鎖を外して椅子を用意した。


 私は促されるまま椅子に座らされ、前に置かれた机には何かのジュースと切り分けられた果物が用意された。


 壇上から見下ろす形で20m程離れていた国王も、今は私のすぐ近くに椅子が用意されて座っている。


 完全に置いてきぼりで、準備をしている最中にどれだけ考えても、急な対応の変化の理由が分からなかった。


 分からなかったのは、空腹な状態にも関わらず、目の前で果物が行き来していたからであって、決して私の理解力が足りないわけではない。


「……」

「……」


 話せる距離まで近づいておいて、国王は話を切り出そうとしない。

 何をどのように話せばいいのか決めかねており、若干緊張しているようにも見えた。


 そんなわけで私は、一向に話し出さない国王は放置して、目の前に置かれた色とりどりの果物を味わうことにした。



 林檎に葡萄、蜜柑を始め、名前も知らないような果実が、豪華に盛り付けられている。

 手始めとして盗んだ時に、結局食べ損ねた林檎を手に取った。


「あーん」


 意地汚いとか、品がないとかは全く考えずに、私は大きく口を開けて林檎を頬張った。

 シャリシャリと音を立てて、甘い果汁が口の中に広がっていく。


「美味しい」


(もう一個)


 林檎を手に取って、口元まで持っていく……しかしそこから林檎が前に進まない。


(食べずらい)


 正面を見た。

 目の前でジーっと見つめてくる国王。


 話の切り出し方をまだ考えているのか、思いついたけれど私が林檎を食べ終わるまで待ってくれているのか。

 これはまあいい。待ってくれるなら待っててもらおう。


 左右を見た。

 集団でジーっと見つめてくる兵士たち。


 視線から国王陛下の御前で不敬であるぞ、という空気がヒシヒシと伝わってくる。

 これもまあいい。そんな程度で、私の空腹を止めることは出来ない。


 斜め下のテーブルの下から、ジーっと見つめてくるダークエルフの女の子。


 どうやら、さっきの準備の最中に潜り込んだようだ。

 これが問題だった。


 この女の子の視線が、私自身に向けられているなら無視した。

 多少は私にも向けられているものの、ほとんどが手に持っている林檎に向けられていた。

 だって口からヨダレ垂れてるし。


(無視しづらいな)


 こうもあからさまに食べたいオーラを出されると、空腹の私でも食べて大丈夫かな? と遠慮しそうになってしまう。


『スー』

 林檎をテーブルの下まで、ゆっくりと運んだ。女の子の顔が輝いた。


『スー』

 林檎をテーブルの下から、ゆっくりと私の口元まで運んだ。女の子が涙目になった。


(楽し~)


 何とも面白い生物を発見してしまった。


「アイリア! どうしてここに!」


 国王の席からは、テーブルが死角になり見えなかったのか、私の行動によってようやく女の子に気がついいた。


 女の子はアイリアという名前らしい。


「精霊の力を感じたから」


 精霊? 


「そうか……それならば仕方がないが、今は大切な話の最中ゆえに、今は出ておれ」

「いや」


 一刀両断。


 この子、国王の命令拒否したよ。凄く偉いダークエルフなのだろうか?


 改めてよく見ると、その子、アイリアはあの時の銀色に輝いた髪のダークエルフだった。

 

 しかし今はその輝きはなく、周りのダークエルフと比べても、少し明るく見える位だ。


 ダークエルフだから年齢はよく分からないけれど、見た目は幼く私よりの小柄。


「隣に座る?(そうすれば、私も気兼ねなく一緒に果物食べれるし)」


 そんな考えもあり、私は椅子の端に寄りスペースをあける。

 椅子は一人用だったけど、私とアイリアの二人が座るには十分に大きい。


「うん」


 アイリアは開けたスペースに座ると、果物に手を伸ばして食べだした。

 私の服はかなり汚れていたのだが、隣に座る事に抵抗はないらしい。


「じゃー私も」


 私は手に持ったままだった林檎を口に入れると、次の果物を手に取った。


「こっちのも美味しいよ」

「ありがとう」


 アイリアはオレンジ色の見たことのない果物を手に取って、私に差し出した。私は素直に受け取ってそれを食べる。


「美味しいよ。何て名前なの?」

「マンゴーっていうの。僕が一番好きな味」

「そうなんだ。初めて食べたけど、柔らかくて甘いし、美味しいわ」

「良かった」


 もう二人だけのお茶会だった。


 国王も兵士たちも蚊帳の外で、ただひたすら果物を食べ続けていた。



 そんな空間が30分近く続き、ようやく机の果物は無くなった。


「こほん。それで、そなたの名は何というのだ」


 ずっと空気だったのに、今更威厳も何もないと思うのだが、「私は王様です」感を出して尋ねてきた。


「私はミサーナ」


 ずっと空気だったから、今更威厳も何もないと思って、「私は子供だからよく分かんない」感出して普通に答えた。


「余は「僕はアイリアだよ。アイラって呼んで! よろしくミサーナ」」


 王様が自己紹介しようとしていたが、アイラはそれに気が付いていない。

 

 この子はあれだ。KY(死語)って奴だ。


 だけど王様にここまでしておいて、兵士たちが何も言わないなんて、アイラは一体何者なんだろう?


「はあ……。余はルイス・レネ・ラフィーネ。ミサーナの隣に座っているのは私の娘で、第三王女のアイリア・レネ・ラフィーネだ」


 なるほどアイリアのアイと、ラフィーネのラで、アイラなのか。


 第三王女とかの部分は、王様に対してもこんな感じなので、今更アイラが王族だとしても興味が無かった。


「よろしくね、アイラ。私はミサでいいわ。ところで精霊って何?」

「精霊は精霊だよ! ミサの精霊はとっても綺麗だね」


 目をキラキラ輝かせて、私を見つめてきた。


「説明になっておらんだろうが。すまんな、アイリアは何というがアホなのだ」

「アホって言うなー!」

「事実だろうが。精霊とは神々の遣い。生物は誰しも精霊を宿しており、その数も霊力も生物によって異なる。精霊はその生物の内面に大きく作用されるからだ。我らダークエルフの王族は、月光樹との契約によって、精霊を見て話すことが出来、時にはその霊力を借りて様々な力を行使することが出来る。そしてミサーナ、お前は数えきれないほどの精霊たちに愛され、その霊力の神々しさは神の領域に達していると言って良い」

「要するに私が凄いって事?」


 長々と言っていたけど、まとめればそういう事だ。


「凄いどころの話ではないのだが……、とにかくだ。ミサーナが望むのであれば、我々ダークエルフはミサーナを最上級の待遇で迎え入れよう。もちろん強制はしない」

「やったー。じゃーずっとミサと一緒にいられるんだね」


 まだ私、ここにいるって言ってないんだけどな。

 まあ嬉しそうにしているアイラを見ていると、無理に断る気もない。


 果物も美味しかったし。


「そうね。じゃーしばらくこの国でお世話になるわ」


 アイラは私に抱き着いて、頬ずりしてきた。


 他人といるのはあんまり好きじゃないけど、アイラといるのは不思議と嫌では無かった。

 顔のすぐ横にあるアイラの頭を撫でた。


(私のはいないけど、妹がいたらこんな感じかな)


「何年でも居てもらって構わない。一応言っておく、見た目もだが、アホな所為で余計に幼く見えるが、アイリアは35歳。ミサーナの年齢は知らないが、恐らく2倍は離れておるからな」

「え?」


 妹じゃなくて姉、普通に母じゃん。私よりも背が低いのに。


 ダークエルフの成長はよく分からない。


・  ・  ・

 あの後、私はアイラの部屋で一緒に暮らすことになった。


 一緒にご飯を食べたり、同じベッドで寝たり、今みたいに湖で遊んだりして、三日が過ぎた。

 

 帰る場所の無かった私には、アイラの隣が私にとっての帰る場所になっていた。



「ねえミサ。これからもずっと一緒にいようね」


 アイラにとって大切なことは、精霊の輝き。どれだけ外見が汚れていても、精霊が綺麗な人は、心が綺麗な良い人らしい。


 私は自分のことを良い人とは思えないけど、アイラがそう思ってくれるなら嬉しかった。


「ええ。私が見ていないと、アイラが何をしでかすか分からないもの」

「もー、私の方がお姉さんなのに」

「外見と精神は私より幼いんだから、大人しく妹って認めなさい」

「えー。でもミサと一緒ならそれでもいいや」


 そう言うと、アイラは水しぶきを上げながら、私の抱き着いた。


 そんなことをしながら湖で遊んでいると、森の中から声がした。


「あれはなんだ!」


 身を隠しながら護衛をしていたダークエルフの一人が姿を現し、湖の反対側を指さした。


 黒煙が立ち上り、時折大きな火柱が見える。


 護衛の言葉を皮切りに、どこに隠れていたのか10人以上の護衛が姿を見せた。


「アイリア姫、ミサーナ様、直ぐに月光樹までお逃げください。火の手は当分来ないでしょうが、そこで国王陛下からお話があるはずです」

「分かったわ」

「うん」


 私とアイラは、護衛達に抱きかかえられると、森の中を疾風のように駆け抜けて月光樹の根元まで戻った。




 月光樹の周囲は既に、何百人ものダークエルフで溢れかえっており、今もその数は増え続けている。

 私たちはその群衆を抜けると、最初に連れてこられた、裁判所兼、王族の住居である大きな家に到着した。


『バンッ!』


 勢いよく扉を開けると、国王を含めて28人のダークエルフがいた。

 大きな音を立てて開けられた扉に、何事だ! と全員が振り向いたが、開けた人物がアイラである事を確認すると、いつものことだと思ったようで、呆れたような笑いを浮かべた。


 しかし次の瞬間、彼らは一斉に跪いた。


 アイラの後から部屋に入った、私の姿を見て。


 立っているのは国王とアイラ、そして私のみ。


「ミサーナの精霊を見て、反射的に跪いてしまったようだな」


 国王が言った。


「私、国王にもアイラにもここまでされてないんだけど、この人たちはどうして?」

「国王ならば、本物の神を前にでもしない限り、膝を屈することはない。アイラは気にするな」

「気にするなって……。まあいいわ。じゃーここにいるダークエルフは、みんな王族って事なの?」

「そうだ。ダークエルフにとって寿命は有って無いようなものだからな。ここにいるので全員ではなく、王族はもっと多い」

「そうなんだ。それよりこの人達、いつまで跪いているの?」


 私と国王が話している最中も、一切身動きせずに跪いている。


 そして私と国王が話している最中も、一切会話に参加していなかったアイラは、全く動かないダークエルフ達をつついたり、上に座ったりと悪戯していた。


「全員立て、これからの事を話す」


 王様の言葉にようやく立ち上がった王族たちは、私の事を離れてジッと見ていた。そして目が合うと、目を逸らされた。



 これからの事を話すというのは、国民に対して話すという意味だったようで、王族の29人はバルコニーへ移動した。

 緊急時にどのように動くかは、あらかじめ決められているらしい。


 私はその奥でそれを見ることになった。


「諸君。この森の西側で現在、大規模な火災が発生している。我々王族は、この火災を止めるために向かわねばならない。それこそが月光樹の庇護下にある、私たちの使命だからだ。諸君らは、どうか月光樹の結界の中で待っていて欲しい」

「「「おー!」」」


 王様の言葉に、大きな声援で返す国民たち。

 月光樹の結界がどのようなものか分からないけれど、この中が安全であるということは、国民の共通認識らしい。


 次々とバルコニーから降りて、火災現場に向かおうとする王族たち。


「行ってくるね」


 私の前を通る時に、明るい表情でアイラは私に言った。


「ねえ、大丈夫なの? どうやって火を止めるのよ」

「大丈夫だって。僕たちは精霊の力を借りて、水を出して雨を降らすことが出来る。だから危ないことは何から、ミサはここで待っててよ」

「わ、分かった。絶対に帰ってきてね」

「うん」


 アイラ達王族29人は、火を沈めに向かった。


 雨を降らすことが出来るなら大丈夫だ。

 そう思いつつも、胸騒ぎは止まらなかった。


 ようやくまともな名前のキャラが登場した気がします。

 カムイに、ミサーナ、リリスと全員一文字だったのですが、王族だし長い方が良いかな? と思って、散々迷って決めました。

 名前を決めるのが上手い人が、羨ましいです。

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