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12.5 前編 ミサーナの過去

少し本編を外れて番外編です。


ミサーナのフラグを回収したいので、お付き合いいただければと思います。

 この世界に神はいるのだろうか? 


 私は神なんて不確実な存在は、微塵も信じていない。

 だけど、この世界を箱庭のように見下ろし、時に干渉する存在は確かにいる。


 そいつが本当に神なのかもしれないし、上に立つことで自分の万能感に酔っているだけの、自称神なのかもしれない。

 確かなことは、私はきっと10年前から、或いはそれよりもずっと前から、そいつの駒の一つという事。


 10年か……。


 辛いこともあったけど、宝物よりも大切な幸せだった思い出。


 私はその思い出をくれた存在に、感謝すべきだろうか?

 それとも捻じ曲げられた運命として、否定し目に見えない相手を恨むべきか?


 全てはあの日、あの場所から始まった。



・  ・  ・

 私に親はいない。気が付いた時からスラムの片隅で膝を抱え、ゴミ捨て場の中で夜の寒さを凌いでいた。

 この場所ではそれが当たり前で、大人も子供も見境なく平等に命の価値が軽かった。


 どうしてかその日はいつもと違った。


 瓦礫を積み重ねただけの、今にも崩れそうな家と呼べないような住処。

 死んだ魚の目で、食料を求めて彷徨うスラム住人。

 そんな私たちに向けられる、侮蔑と嘲笑の声。


 いつも通り。


 違ったのは私。



 何かに誘われるようにその場所を訪れ、その場所に置いてあった林檎3つを盗んだ。


 そして呆気なく捕まった。

 逃げる意思すら見せずに。


 どうして私は盗みをしたのか。

 盗みをするにしても、慎重に相手を選ばなかったのか。

 ばれない様に最大限の気を配らなかったのか?。


 私が盗みをした相手は、非合法組織の幹部。

 全身を殴られ蹴られ、痛みに悲鳴を上げる体では、それら考えられる余裕は無かった。




 運ばれている。


 ガタゴトと音を立て、時頼大きな揺れに体が揺れる。

 荷馬車に乗せられて、どこか違う町に売られるらしい。


 私の他にも、13人の女と見張りの男性が2人。

 女に性を付けなかったのは、年齢が私よりも幼い子から、成人していそうなくらいに大人な人と、それなりに離れていたからだ。


 最も私自身、自分の年齢を知らないのだが。


 一般家庭か、貴族の家か。

 全員多少汚れているが綺麗な服を着ていた。


 スラム出身は私だけの様で、このような危機的状況であっても、私の異臭を放つボロ雑巾のような服を嘲笑して笑っていた。


 どんな状況でも、自分より下の人間がいることが心の拠り所になるらしい。


 自分で言うのもあれだが、幼いながらも顔立ちはかなり整っていると自負している。

 だから変態的な趣味趣向を持つ、金持ちとやらに売り飛ばされる。

 そう言っているのを聞いた。


 スラムのゴミ溜めに居ても、寧ろゴミ溜めだからこそ、変態的な趣向が何なのか、どの様な目にこれから合うのかも、幼いながらに理解した。


 それならそれでいい。


 あのままスラムに居ても、肉体的に死ぬのだから、売られた先で精神的に死んだとしても、それほど大きな差はない。

 

 そう思うと、時折風になびく天幕が揺れる動き、その隙間から見える外の景色が、次第に面白く思えてきた。


 心理状態がおかしかったのだろう。後々になって思い返しても、面白い事などない。もしかしたら、この心理状態すらも神とやらによって、書き換えられたものなのかもしれない。

 

「ねえあなた、そこの汚いの。ここから逃げて、助けを呼んできなさいよ」


 土に汚れたドレスに身を包んだ、目の鋭い女に小声で話しかけてきた。


 うるさくしないのであれば、話すことは禁止されていなかった。リーダーが馬鹿なのか、結託して逃亡されそうになっても、女だけなら2人の見張りでどうにか出来ると思っているのか。

 それとも、意図してなのかは分からないが、話し合うことで気が紛れて、泣きわめいたりする人はいないからなのか。


「なんで?」

「何でって決まってるでしょ。助かるためよ」


 何で私が行くの? と言う意味だったのだが、聞き方が悪かった。


「私はね、こんな場所にいていい身分じゃないの! 私はナンオカ子爵家の長女、ナンオナ・カロ・オデンドグよ。こんな下民がいるような所にいていい人間じゃないの。どんなことをしてでもいいから、ここを出て助けを呼びなさい」


 長いのと覚えずらいのもあり、全く頭に入ってこなかった。


「どんなことをしてでも?」

「そうよ。どんなことをしてもいいから」

「分かった」


『ゴンッ』っと鈍い音がし、その後、『ドサリ』と何かが倒れた音がした。


「キャー」


 誰かが悲鳴を上げた。


 恐怖が伝染し、馬車の中が次第に騒がしくなり、見張りの二人も慌てて駆け寄った。

 駆け寄る際、その近くにいた私は突き飛ばされ、馬車の後ろの方に転がった。


 余程あの何とかという、子爵家の女は良い商品だったのだろう。

 私の事など一切構うことなく、女の容体を見ていた。


 女の長髪を掴み、振り回し、馬車の淵に叩きつけた私の事を。


 騒ぎが流石に気になったのか、御者が、「何があった」と声を上げて馬車を停止させた。


 だから逃げた。


 何の感情も抱かず、一瞬も躊躇することもなく。



 どんなことをしてもいい。

 だからこうした。どんなことをしてもいいのだから。


 街道のすぐ隣には、森があった。

 だからそのまま、紛れるようにして身を隠した。


 森がある事は知っていた。ずっと窓の外を見ていたから。


 街道と森の境目、そこでただジッとしていた。

 

・  ・  ・

 身を隠して何時間経ったのか、もう辺りは暗くなっていた。


 お腹が空いた。いつも通り。

 体が冷たい。いつも通り。

 死と隣り合わせ。いつも通り。


 だけどその日は安心して眠りに就いた。


 近くでは魔物が徘徊しているだろうし、もしかしたらあの非合法組織の応援が私を報復の為に探しているかもしれない。


 どちらにしても見つかったら死ぬ。

 だから安心して眠った。





「だーかーら言ったじゃん! この森を突っ切るのは止めようって!」

「何度も謝っているじゃないですか、何とかなると思ってたんですよ!」

「その結果がこれって、もう俺たち犯罪者ですよ」

「人間の国では大丈夫ですから」

「もう少しで森を抜ける!」


 騒がしい声に目を覚ました。


 そちらに目を向けると、月明かりが反射した何かが太陽の様に激しく反射し、銀色の光を煌めかせていた。


「あれは……何?」


 答える声は無い代わりに、騒がしい声や森のざわめきが大きくなっていく。

 近づくにつれて見えてきた。


 この森では目立つ真っ白なローブに身を包んだ男と、冒険者風の装備に身を包んだ戦士、そして銀色に輝いていたのは、戦士に背負われたダークエルフの髪の色だった。


「綺麗……」


 立ち上がっていた。


 揺れる髪が変幻自在に光を反射し、幻想的な光景を見せた。


『コンッ!』


 耳の横を何かが通り過ぎ、すぐ後ろで高い音が鳴った。

 矢が私の隠れていた木に突き刺さっていた。


「ひゃっ!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。


 白衣の男と目が合った。

 続けて白衣の男に釣られて、こちらを向いた冒険者の男とも。


 悲鳴自体は大きな声ではない。

 それでも、意識が戦闘、逃亡に傾いていた男たちには、それがハッキリと聞こえていた。


「な、何故……何故こんな「そこのお前、このエルフを任せた!」


 白衣の男の声を遮って、冒険者の男は声を上げた。


 私に背負っていたエルフの女の子、肌の色が褐色である為、ダークエルフの女の子を押し付けるとそのまま街道に出て逃げ出した。


「え?」


 見た目は若く私よりも小柄ではあったが、痩せ細った私では女の子を支えられる力もなく、そのまま押し倒されるように地面に座り込んだ。


 白衣の男と再び目が合った。


 このまま行って良いのか迷っているようで、私の前に立ったまま足を止めていた。


 後ろからまた矢が飛び、その数はどんどん増えている。

 それもあり、白衣の男も逃げ出した。


「すまない……」


 たった一言、その言葉を残して。


 座り込む私と、腕の中で気絶しているダークエルフの女の子。


 気が付くと私たちを囲むように、何十人ものダークエルフに囲まれていた。


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