ドヴァルの怒り
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「ジャスティー、両足の靴を脱いでくれないか?」
「なんで?」
「実際に見た方がいい」
意味も分からぬまま靴を脱ぐと、靴下まで脱ぐように言われ、素足になる。
「左足……」
そう言うと、父は私の足を指す。
「その裏にあるものを、ずっとお前は運命のナンバーだと信じてきたし、私たちもそう教えてきた。そう、国文字が外国のナンバーだ。だけどお前のナンバーは、左足じゃない。右足に刻まれている」
慌てて両足の裏を確認すると……。
「嘘……。二つ……?」
左足は、いつも私の心を重くしていた、あの国文字が不明のナンバー。右足には、フレイブ王国の国文字のナンバーが刻まれていた。
「なんで? ナンバーは、一人に一つのはずだよね?」
「右足のナンバーに、覚えはないかい?」
ふるふると首を横に振る。
左足の裏を見ないようにしていたら、右足の裏も自然、見ないようになっていた。意味もなく足の裏を見る機会も、そうはないし。ましてや、これまで見たこともないナンバーに、覚えなどある訳がない。
「その右足のナンバーが、お前の本当のナンバーだ。左足は、私と母さんが入れ墨を施した、偽物だ」
「……偽物? どういうこと?」
「誕生日で成人を迎えた時、教えるつもりだった。お前の右足の裏にナンバーが現れた時、母さんと相談した。このままでは私たち夫婦は、お前と離ればなれにされる。だから、もしお前が少しでもそう望むのなら、手離そう。だけど望まないのなら、偽りのナンバーで誤魔化そうと決めた」
「お父さん、意味が分からないよ!」
父は一体、なにを言っているのだろう。得体の知れない話が怖くなり、つい声を荒げてしまう。
「忘れたか? エニュス王女のナンバーが発表された時のこと」
視線を合わせようとしない父の声は、とても小さい。
足を指していた手も、力なく両足の間に下ろされ、いつもは伸びている背は丸まっている。
「エニュスのナンバー?」
あれは、まだ王都に行く前で……。そんな話をした気もするが、すぐには思い出せない。
「母さんが、王女と結婚する相手は、王城にひきとられるか、どこかの貴族の養子になる話をしただろう? それを聞いたお前は、家族と離ればなれにされることが嫌だと……」
そう言われ、会話をした思い出がよみがえる。
「だから私たちは、お前と離れないよう……。お前の足に、フェーデ殿下と同じナンバーが現れたと知りながら……」
「え?」
今、父は、なんと言った?
慌てて右足の裏を見る。
このナンバーが、フェーデと同じ? 本当に?
「その晩、眠っているお前の左足の裏に、入れ墨を彫り……。お前には、左足の裏にナンバーが現れたと伝え……」
「じゃ、じゃあ……。右足のナンバーって、本当にフェーデと同じなの……? それって、フェーデの運命の相手が、私ということ……?」
震える声で尋ねれば、弱々しく父は頷く。
「なんで……。なんで今そんなことを言うの⁉ なんで今まで黙っていたの⁉ ひどいよ! お父さんもお母さんも、なんで……!」
私は立ち上がると、丸まった父の背中を何度も拳で叩いた。
「私がずっと……。どんな気持ちで……!」
自然と涙が溢れてくる。
「なんで……」
父の背に拳を当てたまま、私は俯いたまま動きを止め涙を流す。
ずっと偽物のナンバーに苦しんでいた。事あるごと、フェーデは別の誰かと結婚すると思い知らされ、左足が重くて仕方がなかった。ナンバーがなければと、何度思ったことか……。それなのに……。
……そうか。襲撃前、母が大切な話があると言っていたのは、この話だったのだと、今なら分かる。
フェーデのことを好きなのか尋ねてきたのは、この話の前触れで……。
「おい、ジャスティー。アコッセが呼んでいるぞ」
ドヴァル先生に呼ばれ、私はぐいっ。と濡れた目を拭う。
「分かりました、行きます」
父になにも挨拶せず、私はテントを出た。
◇◇◇◇◇
「お前ら、なんていうことをやらかしたんだ」
二人きりになるなり、ドヴァルは厳しい口調でファイオスに言う。ジャスティーを呼びに来てみれば、とんでもない会話を聞いてしまった。
「……申し訳、ありません……」
体勢を変えず、弱々しい声でファイオスは謝罪の言葉を口にする。
「私に謝っても、意味ないだろ。娘と離されるのが嫌なら、正直にそう訴えれば良かったんだ。国王はな、そういうのを考慮される御方だ。お前もモディーンも知っているだろう?」
「……議会が、反対するかと……」
一向に立ち上がろうとしない弟子の背中を見ていると、ドヴァルは段々と、いらついてきた。
もとより、人より気が短い自覚はある。そんな気の短さが、いらつきを抱かせた。
「村で暮らしていれば、殿下と出会うこともないと、高を括っていました……。まさか殿下と王都で出会い、娘と親しくなるとは、考えもせず……。先生……。私たち夫婦は、愚か者です……っ」
「ああ、馬鹿だな」
両手で顔を覆いむせび泣こうが、ドヴァルは遠慮ない。
「城で噂を聞いたことがある。フェーデ殿下が、お前らの娘に執心しているとな。離れた城内でさえ噂になっていたのに、間近で見ていたお前らが、それに気がつかなかったわけがない。なぜ今まで打ち明けなかった」
「娘を、手離せなく……」
「それは分かるが、アローンとか、相談する相手はいくらでもいただろうが」
「しかし……」
なおもぐずぐずする態度に、ついドヴァルは切れた。
「うじうじしやがって! 立て、ファイオス!」
襟首を掴み、無理やり立ち上がらせると、フェーデが眠るテントへ連れて行く。
「お前らが黙っていたせいで……! 殿下とジャスティーは、何年も知らずに苦しんだんだぞ! しかも殿下は今、熱で気を失っている! このまま薬も作れず助からなかったら、死ぬんだぞ! それなのに、なぜ今娘に打ち明けた! こんな殿下の状態で! 殿下になにかあれば……。どれだけあの娘が傷つくか、分かってるのか⁉ 思い合っていたはずなのに、ナンバーを偽らせたせいで、正直になれず……。自分たちがどれだけのことをしたのか、本当に分かってるのか⁉ 親なら娘の幸せを、一番に考えてやれ!」
顔を赤くし眠るフェーデの足元で、胸倉を掴まれるファイオスは、なにも答えられなかった。
「しかもお前……。ジャスティーはこれから、任務に向かうんだぞ! 動揺させてどうする! 娘を殺す気か!」
「違う! そんなつもりは……!」
「ええい、言い訳ばかり言いおって! 娘を見ろ! モディーンを目の前で亡くしながらも、前を向こうと、努力しているじゃないか! それに比べて、お前はなんだ! それでも父親か! もういい! お前など、このままずっとここで、一人で泣いていろ!」
強い力で突き飛ばされ、ファイオスは尻餅をつく。それを気にもせず、真っ赤な顔のドヴァルは、テントを出ていった。
一人残されたファイオスは、静かに涙を流した。
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