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団地の怪  作者: 佐良夏生
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こっくりさんの代償 4

 繁華街近くにある大学敷地内から、マンションまでは自転車で十五分も走れば十分だ。アーケード街と併走している大通りは、未だ車で溢れ返っている。道に街灯は少ないが、信号待ちで連なる車のヘッドライトとテールランプで随分と明るい。この道路の下は暗渠になっているのだと聞いたことがある。暗渠、という言葉もその時初めて聞いた。

 蒸し暑さもだいぶおさまって夜風が涼しく気持ちいい。それにしても、今日は色々あり過ぎて疲れた一日だった。自転車を漕ぎながら、今日一日に思いを馳せてみる。

 目を覚ました幸代は元気そうだったが、彼女に一体なにが起こってあんな風になってしまったんだろうか。また、一緒にコックリさんを行ったという「美帆」という友人は亡くなってしまったと言ってた。それは本当なんだろうか。それから、先生が言っていた「田中河内介の最後」というのは一体なんなのだろう。

 怖い思いはもうしたくない。けれども、友人の幸代を放っておくこともできない。

「───先生なら、一緒に考えてくれるかな……でも、図々しいかな」

 つぶやきは闇夜に溶ける。

 ふと、視線を前に向けたときだった。何かがこちらに向かってきている。毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出したように、体が冷たくなっていくのがわかった。

 目の前から歩道を悠々と歩いて来るのは、長い髪で顔が覆われた女性だ。しかし、何かがおかしい。なぜなら、彼女はアスファルトの上を裸足で歩いているのだ。昨今の流行で、裸足で歩くという健康法もあるにはあるが、まさかアスファルトを選んで歩いたりはしないだろう。

 しかし、おかしいのはそれだけではなかった。女性が顔を上げると、その顔を隠していた髪が左右に流れた。しかし顔が黒い靄のようなもので覆われていて、女性の顔を見ることができないのだ。

 この女性が普通ではないことはわかる。しかし、どうしたらいいのか全くわからない。引き返して逃げようか。でも、よくわからないものに背中を見せるのも怖い。そうこうしているうちに、女性はすぐ側までやって来た。自転車を漕いでいる足が妙に重く、前になかなか進めない間に距離を詰められたのだ。女性の歩調は早く、あっという間にすれ違うことになった。

「───ねえ、こっちにこないの」

 すれ違いざま、女性はひび割れた声でそう言ってのけた。悲鳴を上げそうになる唇を噛み締め、ただ無心でペダルを漕ぐ。

 気がつくと、自転車はかなりのスピードで川沿いの通りを駆け抜けていた。女性とすれ違った繁華街側の通りから、どうやってここまで抜けて来たのか全く覚えていない。ただただ怖くて、早く家に帰りたいという一心で自転車を走らせたのだ。

 そうしてようやく帰宅したまりあだったが、結局まんじりともできずに朝を迎えたのである。

 朝を迎えてすぐに、これではいけないと強く思う。なにもわからないから怖いし、幸代が心配だから何でも恐ろしいものに見えてしまう。昨晩の女性が何者かは分からないが、どうやら何かに巻き込まれてしまっているような予感がある。

「やっぱり、先生に相談してみよう」

 蛇口を捻って流れてきた水は生温く、顔を洗ってもあまりさっぱりとした感じはない。それでも先ほどよりは、ずっと前向きな思考に切り替わった。

 そうと決まれば、まずは前向きになれるように身なりをこざっぱりと整える。小松の好みなど想像もつかないが、少しでも可愛いと思ってもらいたい。レースのカーテン越しに、新しい一日を告げる朝日が差し込んでいる。窓を開けて朝の空気を存分に吸い込み、まりあは気分を一新したのだった。

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