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番外編 ジェイスとシュリーナのその後

読んでくださりありがとうございます。

一応、これで完結です。

 番外編 ジェイス殿下とシュリーナのその後




「……ジェイス……と、シュリーナ……か」


 王によく似た人物と異国の髪色を纏っている女性が寄り添ってソファーに腰かけ、やつれた様子のジェイスとシュリーナを立たせたままジロリと見つめていた。




 ☆




 ジェイスとシュリーナは母親達が宣言した通り、着衣三着金貨一枚を残し、私物が全て売り払われ賠償に充てられた。

 しかし、四年もの教育期間・王家の結婚という莫大な費用には到底足りなかった。

 その足りない金額は、もちろん二人で働いて返すしかない。

 ここで、王家と侯爵家は二人の就職先に悩んだ。

 処罰が公布されたとはいえ、ジェイスは元第二王子。

 シュリーナはジェイスの子を身ごもっていてもおかしくない状態。

 二人が、就職先で王家の威信を崩すような事をまた仕出かすかもしれない、という不安から滅多なところへ行かれては困る。

 ならば、信用のおける就職先で、第二王子としての理想像を見せつける罰も兼ねて、という理由から王弟夫妻に預けられた。


 この王弟夫妻、実はコリーナと交友があり、事情を全て知った上で快く引き受けてくれた。

 コリーナは、第二王子の行く先、将来王弟になる事を鑑みて、生きたお手本である王弟夫妻に心得を学びに来ていたのだ。

 病的なまでに一生懸命に知識や教養を身に付けようとするコリーナに、感心と心配を抱きながら教師となった王弟夫妻は、身勝手な婚約破棄にそれはそれは激おこだった。

 王弟は、王よりも身体つきが細く少し垂れ目で優し気な男性に見えるが、凍えるほどの冷静さを持ち容赦ない性格。

 また、異国の姫であった王弟妃は、珍しい髪色と艶かしい体型をしていて、とても穏やかで柔らかい雰囲気の女性であるが、その実、激情家で筋の通らない事が大嫌いな性格。

 この二人は、ジェイスとシュリーナを受け入れる返事をした後、使用人をも凍りつかせる仄暗い笑みを浮かべていた。




 ☆




 ジェイスは、叔父であり、多少の交友があった王弟夫妻に、なぜ他人のような雰囲気を出されているのか解らず戸惑っていた。


「ねえ、貴方達。ここで働くのよね?」


 ぎこちない表情で礼もせずに立っていたジェイスとシュリーナを見て王弟妃が口を開いた。


「……はい」

「……」


 戸惑いながら返事をするが、納得はしていないようなジェイスと、返事もしないシュリーナに、王弟妃のこめかみに一本の筋が出来た。

 働きに来ているのに、その意欲を見せなければ当然やる気なしと判断されて、雇ってもらえなくなる可能性だってある。

 借金がある身で仕事を選べられるとでも思っているのか、それとも、まだ罪を認識できていないのか……。


「シュリーナ……だったかしら? 貴女、働く気があるの?」

「……」


 返事をしないシュリーナに、王弟妃の冷たい視線が突き刺さる。

 こめかみには二本目の筋が出来ていた。


「……無いの?」

「……」


 低い声で尋ねても返事をしない。

 部屋へ入った時から、シュリーナは顔を上げず、ずっと下を向いていた。

 その態度に、働く意欲は見られない。

 むしろ、悲哀を漂わせ悲劇のヒロインを演じているかのように、王弟妃には見えていた。

 その通りで、シュリーナの心の中は嘆きでいっぱいだった。

 助けてくれない両親に。

 許してくれない姉に。

 解ってもらえない境遇に。

 祝福してもらえない関係に。

 今起こっている事は、他人からもたらされている不運だとシュリーナは嘆き、就労しなくてはいけない意味が解っていなかった。

 だが、彼らは現実を認識せねば、せめて働かなければ、先が無くなる。

 かろうじてジェイスに働く気があるだけマシなのかもしれないが、シュリーナの態度はいただけない。


「じゃあ、シュリーナ。君、うちで働かなくてもいいよ」

「……え?」

「……本当ですか?」


 王弟妃のこめかみの筋をチラッと見て、軽い口調で王弟が言うと、いいんですか? と二人は助けの手だと思い、それに縋ろうとした。


「うん。うちは、働く気のない人はいらないから」

「そうね。ダメそうなら言ってくれって陛下たちもおっしゃっていましたものね」


 あっけらかんと明るく言う王弟。

 王弟妃も気を取り直して、王弟に笑顔を向けて賛成した。

 両親に口酸っぱく働けと借金を返せと言われていたジェイスとシュリーナは、王弟夫妻の言葉に、両親達の手がここまで伸びているのだと苦い気持ちになるが、ガミガミと言われない分自分たちの援助をしてくれるのだと思ってしまった。

 シュリーナに『働かなくてもいい』と言ったのも、『王弟夫妻の家で生活すればいい』と解釈し、今までより少しだけ生活水準が下がるかもしれないが、二人でここを拠点に暮らしていけばいいと王弟夫妻が思ってくれていると盛大な勘違いを起こしていた。


「あ、ありがとうございます」

「シュリーナ、良かったな」


 二人は嬉しそうに顔をほころばせているが、王弟夫妻の瞳には仄暗い焔がたぎっていた。


「いいのかしら? 我が家で雇ってもらえなかったら、シュリーナは娼婦になるしかないと思うのだけど」

「そうだね。何も出来ないんじゃあ、身体を売るしかないね」

「え?」

「っ!」

「何を勘違いしているのか解らないけど、貴方達は使用人として働きに来たのでしょう? 働かないなら住んでもらう訳にはいかないし、我が家で働かないなら借金奴隷になるしかないもの。貴方達罪人でしょう?」


 愕然とした表情で王弟夫妻を見つめるジェイスとシュリーナ。


「君らは、平民で犯罪者だ。雇ってくれるところなんてまずあり得ないんだよ。それに多額の借金もある。君らが処刑されなかった理由の一つは、自分たちが作った借金を自分たちで返してもらうためだよ」

「そんなっ」

「なんで……なんで……」

「他にも理由はあるけどね。君らは、借金の額を知っているだろう?」

「それはっ」

「私のせいじゃ」

「知らない間柄じゃないからね。君らに返済する気があるならうちで雇ってもいいって、兄上に言ったんだよ。条件付きで」

「あ、あの借金は不当な額で、私達のせいでは」

「君らのせいだよ。あばずれ女」

「ひぅっ」

「叔父上!それはあまりにも」

「僕にはジェイスなんて甥っ子は、ついこの間いなくなったんだけど、なんだい? 反逆者君」


 自分たちの立場を、罪を、いまだに理解しておらず認めていない言動をするジェイスとシュリーナに、王弟はザクザクと現実という傷をつけていく。


「ねえ。君らに訊くんだけど、好きだったら何をしてもいいのかい? 人を殺すのが好きなら殺人してもいいのかい? 欲しかったら窃盗してもいいのかい?」

「そ、れは……」

「他人の物を窃盗したら、罪に問われて当たり前だろう。君らは、王の、ラダサ公爵家の、テンリン侯爵家の、カルロ殿の、コリーナ嬢の、色々な物を窃盗したんだよ。ほら、犯罪者だろう? 被害者の兄上達が温情で君らを処刑せずに、罪を償う道を示してくれているのに、それにも気付かずに悲劇を気取ってるのって、滑稽にしか見えないよ?」

「「……」」


 反論の余地が無く、また自分達を責める王弟夫妻に、ジェイスとシュリーナは物が言えなくなる。


「君らは、罪を償うために借金を返さないといけない。むしろ借金を返せば許してもらえるという多大な温情だよ? なのに働かないの? それは反省の色が全くないという事なんだろうね」

「そうですわね。その様子が全く見受けられませんもの。貴方達って、全てを他人のせいにして、自分の悪い所を見ようとせずに自分を憐れんでるのよね?」

「バカバカしい。うちで働く気が無いなら、罪人としてそれ相応の所で強制的に労働してもらう事になるけど……」


 虫けらを見るような冷たい眼差しでジェイスとシュリーナを見る王弟夫妻。

 そう、王弟夫妻のもとで働かなければ、平民の重罪人として一番過酷な労働が二人には科せられる。

 本来なら、処刑されるほどの事をした二人だが、温情と制裁を込めて大人たちが画策し、借金返済という許しを与えたのだ。

 王弟の言葉に、シュリーナは真っ青になって震えだし、ジェイスはグルグルと思考を巡らせた。

 シュリーナが娼婦なら自分は何処で働くことになるのか考えてみると、同等かそれ以上の労働を科せられる予想がつき、そしてここなら人並みの生活が送れるはずだと気が付き、ジェイスは王弟に懇願した。


「申し訳ありませんでした。僕達をここで働かせてください! ほら! シュリーナもお願いして!」

「……え? ……あ……なんで?……じぇいす……」


 いきなり態度を変え、土下座をして懇願するジェイスに、困惑するシュリーナ。

 シュリーナは『娼婦になる』という衝撃から立ち直れておらず、また、働かなくても良かったのではないかという妄想が心から離れていなかった。


「ここで働かせてもらえなかったら、僕等は第一級罪人として扱われるんだ! シュリーナ!」

「そうだよ。ジェイス、やっと解ったのかい?」


 無理やりシュリーナに膝をつかせ、床に頭を着けさそうとするジェイス。

 その様子に、にっこりと微笑む王弟。


「シュリーナ! 娼婦になんか成りたくないだろう! 王弟夫妻にここで働かせてもらえるようにお願いするんだ!」


 今まで見たことのないような必死の形相で、力ずくで土下座をさせようとするジェイスに、恐怖を覚えたシュリーナは、震えながら尻餅をついて後ずさりをする。

 だが、娼婦は御免だと、納得のいかない瞳をしながらジェイスの隣でシュリーナも土下座をした。


「……ぉ……お……ぃします」

「何を言っているのか解らないんだけど?」

「……お……お願いします」

「何をお願いしているの?」

「……こ……こで……働か……せて……ください」

「どうして?」


 震えた声でしゃべるシュリーナに、容赦なく王弟は突っ込んだ。

 なぜなら、シュリーナの手が床に爪を立てていたのがチラリと見え、納得しておらず、心から働きたいと思っていない、と王弟は感じたからだ。

 それもそのはず。公爵夫人に成るべく教育を受けてきていたシュリーナは、労働について考えた事もやってみた事も微塵も無かった。

 夫人は働いている夫を家で待ち、使用人に囲まれて優雅な生活を送り、華やかな社交で煌びやかな毎日を送るもの、だと思っていたのだ。

 働くのは全て夫がするものだと思い込んでいたため、シュリーナは今まで領地についての勉強に身が入っていなかった。

 そんな使えそうにない使用人を受け入れても、困るのはフォローをする者達だ。

 ならば、せめてやる気だけは持って働いてもらわねば、困る。

 そう考えた王弟がシュリーナの返答を待つが、アワアワ口は動いているようだが声が聞こえない。


「ねえ。答えてくれるかな?」

「……ぁ……」

「もちろん王弟夫妻のもとで働きたいからです!」


 中々答えないシュリーナにしびれを切らして、ジェイスが横から口を挟む。


「ジェイス。君は平民だよね? 呼び捨ては不敬罪だよ?」

「あ……」

「まあいいや。シュリーナ。ジェイスがああ言っているけど、そうなのかな?」

「……はい……」


 言質を取った王弟夫妻は、仄暗い視線を一瞬合わせた後、口元に笑みを浮かべた。


「それなら、二人とも家で雇ってもいいよ。ただし、働きに応じて給金は変わるから。それから、お試し期間が三か月あって、三か月後に使い物にならないと判断されたら、相応の所に引き渡されるから。覚悟して働いてね」

「まあ、あなた。お給金をもらうからにはそれ相応の労働をしなければならない事くらいはこの二人も知っているはずですわ」

「そうだよね」

「うふふふふ」


 王弟夫妻のやり取りに、シュリーナの肩がギクリと跳ねる。ジェイスは苦渋の顔で床に頭を擦りつけていた。


「では、うちの家令に後は任せるから、彼の言う事をよく聴くように」

「セバス。後はお願いね。……あ、そうそう、うちの使用人は貴族と平民と入り混じっているけれど、罪人は居ないの。貴方達は一番身分が低いから、そこの所よく考えて行動してね」

 立ち上がり、部屋を出ていこうとした王弟夫妻だったが、王弟妃が首だけをジェイスとシュリーナに向け言った。

「くすくす。それくらい、解っているはずさ。二人とも」

「ですが、頭の中にお花が咲いていそうな言動が目立ちましたもの。一応、言っておいた方が良いかと思いましたの」

「ははは。そうかもね」


 仲睦まじそうに扉へ向かう王弟夫妻。

 王弟夫妻と入れ替わるように、扉の横で待機していた家令のセバスがジェイスとシュリーナに近寄って行く。

 そして、王弟夫妻が扉を開けた時、王弟だけが振り向き、


「君らは、婚約者がいるのに寝たんでしょ? 好きだからという理由で。なら、また好きな人が出来たらきっとその人と寝るんだろうね。好きだからという理由で」


 と、仄暗い瞳でニヤ~と笑いながら、ジェイスとシュリーナの心に闇を投げ込んだ。




 その後、王弟夫妻が住む離宮では、疲れた顔をしながらも小さな希望を瞳に灯しながら働くジェイスと、やつれた様子で悲しみと絶望を抱いた瞳をして働くシュリーナの姿が見られた。

 そんな二人の様子を冷酷な瞳で見てきた王弟夫妻は、今後の二人の人生を予想していた。


「あの二人、見事に心情が別れたね」

「そうですわね。シュリーナは甘えた心が一生直りそうにありませんわね」


 お茶を飲みながら、ゆったりと話す二人だが、瞳には侮蔑の色が灯っており、ジェイスとシュリーナを微塵も許してはいない。


「返済金額なんて、罪人である彼等からしたらここじゃ一生かかっても稼げないんだけどね」

「それに、いつ気付くのかしら」

「一生気付かないんじゃないか?」

「なら、定期的に金額を教えてあげたらいかがかしら」

「そうだね」

「それに、ジェイスもあなたと同じ処置をされたのですよね。ジェイスは知っているんですの?」

「いや、知らないはずだ」

「なら、シュリーナに子供が出来たら見ものですわね」

「そうだな。その時にジェイスとシュリーナに真実を話して、借金金額に応じた所へ移そうか?」

「それもいいですわね」

「くくくくく」

「ふふふふふ」

 人を絶望に引きずり落としそうな程の闇色の瞳で、王弟夫妻は嗤い合う。


 この国では、王位継承争いになりそうな原因を少なくするため、王族にはある処置を施される。王太子に男子の子供が出来た時点で、その他の王族男子は避妊魔法をかけられる。

 王弟ははなから自分の子供を国の争いの種にしたくなかったため、結婚前からすでに避妊魔法をかけてもらっていた。そして、その理由をキチンと王弟妃に告げ、この二人は納得済みで結婚をしていた。万が一、王に子供が生まれない場合にのみ、避妊魔法を解き、子を産めるようにしていた。

 これは、最重要機密事項で、直径の王族男子が結婚した後に告げられ、処置をされることであるため、王夫妻と王弟夫妻、王専属魔術師以外には知らされていない。

 だが、王が危険と判断した場合には、本人に告げずに施されることもある。

 そう、元第二王子であるジェイスには、密かに避妊魔法がかけられていた。これは、王夫妻と王弟夫妻が話し合い、決めた事だった。

 理由は、甘えた心のシュリーナが唆されて、王位継承争いを勃発しかねないと判断したから。

 そうとも知らない二人に、もし、子供が出来たら……。


 王弟夫妻の脳裏には、今までしでかした過ちに対する後悔と愛する人の裏切りに対する憎悪で泣き叫ぶジェイスと、自分の殻に閉じこもり絶望に染められた仄暗い瞳で娼館に連れて行かれるシュリーナが浮かんだ。


 自分の想いを殺し、子供さえも作れない環境で、あらゆる重圧に耐えながら、国のために生きる。

 それが、第二王子の宿命。

 そして、享受している特権階級生活に対する責務を負い、自家の繁栄と国の繁栄のために生きる。

 それが、貴族の宿命。


 ―――――宿命から逸れたジェイスとシュリーナは、最も過酷で残忍な道をこれから歩んでいく。




お付き合いいただき、ありがとうございます。

今後も『衝撃』が更新出来るまでは、新作をちょこちょこ投稿しようと思っています。

よかったら、覗きに来てくださいm(__)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宿命、改めて重いですね……(しみじみ [一言] 〉あなたと同じ処置をされたのですよね ……でーすーよーね〜。幾ら何でそこまで甘くはなかったか。
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