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~開幕~

 小惑星ワルキューレ・トリスは惑星生誕から800年の年月をかけて、人間が文明を営むようになった。やがてデュオン家という王家がここ50年にわたって統治する国家形態となり、下々の民衆は長らくの年月にわたりデュオン家の元で慎ましくも平和な生活を送っていた。



 しかしこの10年で西域においてリンカーン・バグラーンという女貴族による革命が起き、西域による独立国家の運動が活発化するようになった。所謂“バグラーン抗争”という現象がトリス・デュオン公国の治安にも影響を及ぼすようになり、果ては戦争も回避できない現状を生みだすようになった。



 民衆の意志というものは流動的なものであり、ここ数年で全惑星の6億のうち2億ほどが公国勢で、3億ほどがバグラーン勢だという現状を生みだしていた。いざ戦争となれば結果は見え透いたもの。既に公国中枢にバグラーンのスパイがいるというのだから、情けも容赦もあったものではない。




 この世界情勢に頭を深く抱える男がいた。彼には妻と幼い息子がいる。家名はユミラ。アルバート・R・ユミラ。



 ユミラ一族はこの文明をデュオン一族と共に育んできた。その一族はデュオン皇族の計らいのお蔭でかなりの繁栄を成し遂げる。トリス商業界の中心を担ってきたのは彼ら一族の才能の高さもあるが、それ以上にデュオンとの蜜月とも謳うべき歴史あってのことだと言えよう。



 そのユミラはバグラーンによって理不尽に処刑されていたのだ――



挿絵(By みてみん)



 トリス西域。民の聖域とも言われるサガトール。



 この地も他の地域と同様にバグラーンの運動は盛んに展開された。



 シーロン・オルバーン将軍またマルシエ・セシル大将が率いるバグラーン軍はデュオン公国勢力と近い一族を「聖域の為の粛清」と銘打ち、ギロチンの刑また軍人によるその場での殺害を正当化させていた、



「あなた……それは……」



 サガトールの山間部。木こり職人として生計を立てつづけていたアルバートの妻であるリネは旗を紫色に染めあげる夫の姿に口を開けたと同時にその口を手で抑えた。



「あんな……あんな酷いことをする人たちの味方になるっていうの……」



 リネの表情はどんどん青冷めてゆく。



 しかし、そのまま立ち尽くすこともない。彼女は彼のその手を止めようとした。



 バチン。



 彼女の頬を躊躇うことなく彼はぶった。



「生きる為だ!! この一帯でユミラを名乗る事は許されない!! グレンの為にもそうするしかないだろ!! 違うか!!!」



 アルバートも零れる涙を止めずに吐いた。



 この世界で一族の誇りを捨てずに掲げる事。それは命を捨てるに等しかった。



 アルバートたちの幼き息子、グレンはその夫婦喧嘩を寝たフリをして聴く。



 翌日、彼らは親子3人でその地を発つ。



 馬車を使うこともなく東へ東へと歩き続ける。




 そのまま歩き続ければ、デュオン公国首都のトリノへ着くのだろうが、そんなことを成し遂げようものならば1年ぐらい歩き続けることになるだろう。




「どこの国の者だ?」

「サガトール。山のほうで木こり職人を」

「そうか。どこへ向かっている?」

「激しい戦闘があって。少しでも平和に仕事ができる……ところに」

「今の世にそんなところはないぞ? 名は?」

「アルバートだ」

「違う。家名を」

「カシム」

「身分証はあるか?」

「家と共に捨てたさ」

「そうか。これ以上進めばデュオン公国の息のかかった国になるぞ。お前さんの言う平和な地とはとても呼べん。それでもゆくのか?」

「いや……それは……」

「これをやる。腹を空かせているのだろう? 食わせてやれ」



 バグラーン勢力の軍人だろう。紫色の紋章を身につけている。グレンとリネの顔色が悪いのを気にしてか懐からパンをだして与えた。



「ありがとう……ありがとう……」



 アルバートは兵隊の手をとって感謝を告げた。



 その夜。野宿をしながらリネとアルバートは話し合う。



「どこまで行くつもりなの?」

「仕事ができそうなところが見つかるまで」

「どこにあるっていうのよ……」

「………………」



 妻の冷めた声に夫は俯く。すると空から水滴が落ちてきた。それは段々激しくなって滝に打ちつけられるように彼らを襲った。



 そこに戦車がくる。



「おい、家族になんてことをさせている。乗れ」



 戦車から出てきたのは関門所でパンをくれた兵隊。



 戦車の中はとても狭かった。それでもこの大雨を凌ぐには充分。



「ロンディア・A・ギルバードだ。バグラーンに参加してまだ1年も経たない」

「そうなのか……その……雨宿りさせてくれて本当にありがとう。助かったよ」

「礼には及ばないさ。それより本当にアンタたちはどこに向かっている? そのノコギリをみるに木こり職人か何かで生きてきた感じだろうが、今そんなことで食っていくなら北の大地まで向かうしかないぞ?」

「ルーシアか。本で読んだことしかないな。一生いくこともないだろう……」

「ならば尚更家族の為にも進路を考えるべきだ」

「どうすればいい……」



 ロンディアは溜息をつきながらもアッサリと言い放った。



「この戦争に参加するしかない。勝てば官軍負ければ賊軍だが、今やデュオンは風前の灯火。そこに懸けるのが、奥さんと息子さんの為にも良いと思うが?」

「僕が軍人になれと?」

「そうだ。ハッキリとそう言ってあげたほうが良かったか?」

「………………」



 アルバートは気持ち良さげに寝息をたてている妻と息子をじっと見る。



 その決断をするのは一瞬のことだった。




 彼らはロンディアの運転する戦車に乗ってとある村に着く。山間部に広がっている大きな村。そこには沢山の女子供がたくさんいた。



「ここは……」

「俺の故郷だ。遠征から帰ってきてから関門の任務にあたっていた。サガトール最果ての地、ロズベルグ」

「これも本で読んだことしかない」

「そうだろうな。歩いてここまでくる奴らなんて初めて見たさ」

「あの……ここに住んでもいいのか?」

「ああ。奥さんと息子さんならばイイ」

「?」

「今すぐ呼んで来い。案内してやるよ」



 戦車から離れた所でゆっくりしていたリネとグレンを呼ぶ。彼らはロンディアがかつて住んでいた家まで案内された。そしてリネとグレンの新居にして貰えるとも。



「僕は……僕はここで働くことができないのか?」

「この地が古からなんと呼ばれているのかを知らんのか?」

「いや……最果ての地だとは本で読んだ。旅人からも聞く」

「ならば説明は不要だ。覚悟を決めろ。お父さん」



 ロンディアはアルバートの引っ込んだ腹を軽くパンパンッと叩いて戦車の中へ戻る。何となくこれからのことが彼には分かっていた。



 ロズベルグは最果ての地。戦で家族を失った者が身を寄せ合って過ごす。その地にいる子供は訓練を受けて公国の軍人に。軍人となったからには帰省することなどある筈もない。



「俺はまだ20にもなっていない。本来ならばこの村に残っている筈だったが、トリス史上最大の戦争となった今は別。それでも母が逝ったということでそれが叶った」

「まさかあの家は……」

「ああ、何年か前まで俺と母が過ごしていた家だ」

「そうなのか……かたじけない……」

「俺たちもデュオンには酷い目に遭わされた。アンタとは逆のサガトールですらない国で皇族に無礼を働いたとして父は処刑された」

「無念だったな……」

「処刑するところを見たワケじゃないから何とも言えないが。母は女の手一つで俺をこの地に導いて育ててくれた。俺を訓練してくれた兄も父も今の戦争で命を失った。医者すらロクにいないこの村で母は病苦に絶えるしかなかった」



 これまで無表情で淡々と話すロンディアがグッと堪える。



「俺がここに帰った時には墓の下。まだ墓を作って貰えただけ幸せだが……」



 声を震わす彼は懐から金のネックレスを取りだす。だいぶ錆びているが……



「戦地に落ちていてさ。これを土産にと思っていた。でも、間に合わなくって……」

「ロンディア……本当に無念に思うよ……」



 しかしてロンディアは零れる涙を拭い、アルバートに告げる。



「息子さんと奥さんの為だ。アンタも俺たちと同じく家族の為に戦え。それが今為すべきことだ。それともこの運命から逃げるか?」



 なんと彼はここで拳銃を突きつけた。そう。この村の住人になるからには成人男性は軍人となるしかない。



 その覚悟がない訳でなかった。



「今さっきからそのつもりさ。僕にもパンはあるかい? 食わせてくれよ。腹が減っては戦ができない」



 アルバートは微笑みながら返す。



 ふたたび泣き顔になったロンディアは構えた銃を下ろした――




庵ちゃんこと無頼庵主催「お土産企画」の参加作品になります!


僕のハイファンタジー作品の代表作である「嗚呼!!なんて素敵な女神様!!」と世界観を同じくする作品にもなりますが、読まなくても大丈夫です。


なかなかハードな作品になりますが、僕の想い描く「お土産の物語」です。


最後までお付き合いをm(_ _*)m

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