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08:対峙

※第一話からの続きとなります。

一部、別地点で三人称の描写があります。


【グレンデル王国王都 王立学園大ホール】

12月15日 18:42


『“()()()()()”、こちら“()()()()”。ユ()ット()置は完了。ポイントに到着(厨房にて)()()を待つ』


 パーティ会場にてジョージが婚約破棄&クーデター宣言をし、私に拳銃を向けたところで、別口で動いてもらっていたタカシから連絡がきた。

 どうやら間に合ったようだ。

 通信は日本語なうえに、事前に決めておいた暗号でやりとりしてる。他に転生者がいないとも限らないからね。傍受されてもいいように、単純な暗号だけ決めていたのだ。

 ……つい出来心で、アクション映画みたいなノリをやってみたかった、なんてことはございませんことよ? おほほ。


 視界の端に、ごくわずかな空気の歪みが見える。よく見れば、その歪みは人の形をしてるんだけど、意識してなければ気がつかないほど微かなので、周囲にいる人たちが感づいた様子はない。

 私はとりあえず、不自然にならないよう気をつけながら、右手で『待機』のハンドサインを出した。


 準備は整ったけれど、その前に、王子の傍らで不敵な笑みを浮かべているヒロインにちょこっと聞いてみたいことがあったのだ。彼女がまだ生きてるうちにね。


「マリリン嬢に一つお聞きしたいのですが、何故そこの無能に付き合って、こんな大それた企てに加わったんですの? 貴女なら『主人公』ポジションなのですから、普通に『シナリオ』通りにやっていれば、そこのボンクラよりもっとマシなお相手がより取り見取りだったでしょうに」


 彼女の動機が不明だったのだ。彼女のチートはジョージにとっては都合が良かっただろうけど、彼女にとってのメリットがまったく見えなかった。イベントをスルーした理由もわからない。

 王子が「馬鹿とか、ボンクラとはなんだ!」とか喚いてるがそっちは無視。

 ところが、


「へ? 主人公? シナリオ?」


 当の彼女は質問にきょとんとしていた。私もこういう反応は予想していなかったので、困惑してしまう。


「あら? えーっと、貴女は転生者ではないのかしら?」

「や、元日本人の転生者だけども……あんたもそうだったの? てか、主人公って何のこと?」

「この世界そのものがとある乙女ゲームそっくりにできていて、貴女がその主人公に相当するのですが……」

「げえええぇっ!? 何よそれっ!? 全っ然知らなかったわよっ! 転生だけでもありえねえのに、よりによって乙女ゲー世界って! ラノベかっ!? より取り見取りって、逆ハーかよ! いらんわそんなもん! やったら歪でクソったれな世界だとは思ってたけど、どーりで……」


 転生者ってのは当たってたけど、本気で彼女はゲームのことを知らなかったらしい。真相を知って愕然、というよりは憤慨していた。リアルで地団駄踏む人って初めて見た。

 道理でイベントとか全部すっぽかしてたわけだ。

 ヒロインという重要ポジションの転生者だから、てっきり私と同様に『ファントム・ガーデン』のことを知っているものとばかり思い込んでいた。ラノベでもそういうの多かったし。先入観って怖いわ。


「まあ、いいわ。今更だし。どっちみち、あたしのやることは変わらない。

 あたしはね、この世界がだいっ嫌いなの。こっちで生まれ変わってからこの方、ずっとひどい目ばかりだったわ。こうして生きてるのが不思議なくらい。お貴族サマに転生したあんたにはわからないかもしれないけど、平民の、それも貧民街の孤児の生活なんてとことん悲惨なものよ。

 今の義父に拾われてから多少生活はマシになったけど、貴族社会は貴族社会で、またクソばっかりだし」


 なるほど。ゲームの設定では、主人公は「幼少時に孤児として過酷な生活を送っていたが、それを乗り越えてなお天真爛漫さを失わない、健気な少女」とかいう、超テキトーでありがちなものだった。

 でも、現実にはその設定は無茶だろう。遺憾ながら、貧民街の生活環境は極めて劣悪だと言わざるを得ない。その上孤児ともなれば、凄惨な暮らしをしていたことは想像に難くない。あれで心を荒ませずにいられるなど、まともな精神では無理だ。()()だろう。


 あー、そうか。考えてて腑に落ちた。ゲームでのヒロインがなぜあれほど脳みそお花畑でいられたのか不思議だったけど、そうじゃない。過酷さに耐えかねて、とっくに壊れてたんだ。常識はずれな行動が多かったのも、現実を見るのをやめてしまっていたから。そう考えると、ヒロインの行動が理解できる。できてしまう。


 そして当然、転生者にとってもそれは到底許容できないレベルであったと。

 そりゃそうだろう。私が生きてた頃の二十一世紀日本と比べてしまうと、すべてにおいて雲泥の差がある。貴族の身分であってさえ、きつく感じるほどだしね。

 前世の記憶がなければなんの疑問も持たなかったかもしれないが、あいにく彼女は前世を覚えていた。精神が成熟していたために、耐えきることができた。そして、なぜこんなひどい世界に放り込まれなければならなかったのか、と理不尽な転生を呪っていたわけだ。


「ほんと、この世界の人も、国も、ロクなもんじゃないわ。

 だから全部、何もかもぶち壊すの。こんなもの、いらない。あっちゃいけない。

 あたしにはそれを可能にするチートがあったし、ちょうど王族からハブられて燻ってたジョージもいた。だから、やった」


 彼女の望みは逆恨みと言ってもいいだろう。

 けれど、裕福な家に転生しただけの私が、それを批難できるだろうか。転生した原因もわからないのだから、立場が逆になってた可能性もないとはいえない。


 もちろん、元日本人としてではなく、この世界に生きる人間の一人としては、断じて認めるわけにはいかないけれどね。ジョージなんぞが君臨したら、余計な苦痛と混乱と死をもたらすだけだ。

 私はカースティ。悪役令嬢にして、監視者だ。であるならば、ヒロインと対峙するのは必然なのだろう。


「国や世界を滅ぼそうだなんて、それではヒロインではなく魔王ですわね」

「あー、それもそうね。『ヒロインに転生した少女は、魔王を目指しました。』って、いかにもネット小説にありそうじゃない?」

「たしかに。ふふふ」

「あははは」


 場違いだけど、同郷ならではのネタで私たちはつい笑ってしまった。互いの立場がこうでなかったら、案外気が合いそうなんだけどねえ。ものすごく、ものすごく残念だ。


「さて、事情は理解しました。

 しかし、理由はなんであれ、貴女は武器を持って立ち上がりました。それはすなわち殺し合いの世界に身を投じたことになります。人を殺す、もしくは負けて殺される覚悟はおありでしょうか?」

「それこそ今更ね。貧民街で育った人間に何言ってんのよ。あそこじゃ人の命なんて羽毛より軽くて、ガキでも殺し合いは日常茶飯事だわ。死ぬときはあっさり死ぬ。殴っていいのは殴られる覚悟のある者だけよ。まあ、そう簡単にむざむざ殺されてやるつもりもないけど」

「上等です。元日本人ということで、ゲーム気分とか夢見心地でやってないか心配になったものですから」

「そんな心配は無用よ。ここはどうしようもないほどに現実だわ」

「そう。理解されてるなら結構」

「あんたこそ、殺し合いなんてできんの? 自分で手を汚したことなんかないんじゃないの? お貴族サマなんだし」

「貴族もいろいろですのよ? 表では華やかそうでも、裏では別の顔もあるものでして、素人じゃなく本職の刺客とダンスをすることもあるのです」

「なるほど」


 互いに視線を合わせ、ニヤリと笑って肯きあう。やっぱり気が合うわね。

 まあ、これなら日本人的な下手な恩情とかは不要だろう。心置きなく討伐できる。


「さて、お嬢さん方。お話は済んだかな? 時間も押してるのだが」


 そこへ、私たちの奇妙な会話にずっと割り込めずにいたジョージが、痺れを切らして割り込んできた。律儀なんだか、どうなんだか。

 銃の召喚方法とかを先に聞いておくべきだったかな。まあ、素直に答えてくれるとも思えないしね。しょうがないか。


「充分ですわ」

「さっさと終わらせましょ」


 こちらとしても、準備は整ってる。私はこっそりハンドサインで『GO』を出した。ついでにレバースイッチのついた小さな箱を右手で掲げた。

 ジョージは拳銃の撃鉄を起こした。


「では、カースティ、いよいよお別れ……ん? なんだそれは」

「ポチっとな。1、2、3、そろそろ聞こえる頃……ほら」


 ドッドォーーンドォオオーーン!


 スイッチを入れて6秒ほどしたところで、遠くからかなりの轟音が聞こえてきた。会場ホールの建物もビリビリと震えるくらいの、大きな振動が伝わってくる。かすかに爆竹が爆ぜるような音も混じっている。

 音速と距離からくるタイムラグは概ね計算通り。


「なんの音だ、これは!?」

「地震、じゃない、爆発!?」

「殿下らが銃を隠していた武器庫は、王都周辺に十五ヵ所あったと存じます。そこを吹っ飛ばしました」

「なっ、なんだと!?」


 あらかじめタカシに頼んで仕込んでおいた爆薬を、遠隔操作で一斉に起爆しました。

 全部じゃなくて、そのうちの六ヵ所だけどね。住宅密集地の中などだと、爆破しちゃったら周辺の被害がヤバそうなんで避けた。それで、敷地が広くて、木や高い塀などの遮蔽物で囲われてるところだけを狙ったんだけども。

 それでも弾薬がまとまって爆ぜたら、ちょっとマズいかな。伝わってきた爆音の大きさに、内心ちょっとビクビクしてる。


 今頃、王都に潜んでいた第二旅団の兵士らは、溜め込んできた武器弾薬がごっそり減って泡喰ってることだろう。いくらかは、爆発に巻き込まれてるかな。

 まあ、詳細については、当然王子に伝えるつもりはない。連中には通信機がないから、せいぜい焦ってもらおう。


「頼みの綱の切り札が、まるっと消し飛ばされたお気分はいかがでしょうか? まさに、『ざまぁ』っ! ……ですわ」

「き、きっ、貴様ぁアアアッ!」


 実際にはまだ勝負はこれからなんだけど、とりあえずここは煽っておく。

 私が面と向かって『ざまぁ』を宣言する――少々はしたない言い方をしてしまいましたわね――と、顔を真っ赤にしたジョージが引き金を引いた。

 銃口から火が噴き出て、私の心臓目掛けて弾丸がまっすぐ飛んでくる。10mも離れていないので、いくら無能王子でもそうそう狙いを外すようなことはないだろう。

 しかし、弾丸は私を貫くことなく、手前1mほどのところでガツンッと音を立てて停まった。一瞬だけど、当たったところから虹のように光る()()()()模様が波紋のように拡がった。

 エネルギーを失った弾丸は、床にポトリと落ちた。


「なにっ!?」


 拳銃に絶対の自信を持ってたらしいジョージが驚愕の表情を浮かべた。彼は慌ててさらに二発、三発と撃ちこんだが、全部防がれた。


「個人用の魔導障壁なぞ聞いたことないぞっ!?」

「ちがうっ! 障壁じゃない! まさかっ、光学迷彩っ!?」


 さすがに転生者のマリリンは、そういう視覚効果(エフェクト)に見覚えがあったみたいだ。

 弾の当たったところを中心に、細波のように六角格子の虹が広まり、人の形をとった。虹は急速に色を失い、黒く染まった。

 そうして現れたのは、黒いヘルメットに赤いバイザー、そして全身の筋肉が鋼でできたような異形の怪人だった。


 ……まあ、タカシなわけだけど。





【グレンデル王国王都 王城内南門前】

12月15日 18:50


 王家の私兵である近衛騎士団は、王族および王城の警備、そして王族の領地である王都内の治安維持を任じられている。平時では半数が王城内に詰めており、残り半数は王都内各所に設けられた詰め所にいる。

 今、城門前に集まっていた近衛騎士団員らは騒然としていた。ちょうど、第二王子が叛乱を起こすという情報が入り、これからその討伐のために集結しようとしているその矢先に、巨大な爆発音が響いてきたのだ。


「なんだ、あの爆発音は!?」

「王都内数ヶ所で煙が上がっています! 五、いえ、六ヶ所!」

「第二王子の配下の仕業か!?」

「不明であります! 先ほど、確認のために騎兵二隊向かわせました!」


 近衛騎士団長のメイソンは状況確認にやっきになっていた。

 あれほどの轟音を響かせる爆発など、高位の魔導士でなければ不可能である。しかもそれが複数同時となれば、魔導士もその数だけいることになる。

 高位の魔導士はそれ一人であっても一軍に匹敵する脅威となる存在だ。それが複数いるなどというのは、悪夢以外のなにものでもない。

 第二王子配下の第二旅団にはそんな魔導士はいないはずだった。だが、現実に爆発は起きた。

 実態は不明なものの、第二王子の脅威度を数段階上げるべきか。


「こんばんは、メイソン閣下」

「ウォーデン卿」


 のん気な声でやって来たのはウォーデン伯爵だった。第二王子によるクーデターの情報をもたらしたのはこの伯爵である。


「先ほどの爆発も、第二王子の手によるものか?」

「その可能性もありますね(連中の拠点が爆発したのだから、間違いではないでしょうけれどねえ)」

「くそっ、奴らはどういう戦力を持っているのだ」

「決して侮っていい相手でないことは確かでしょう」

「うむむ。だが、魔導士とは安全な後方から遠距離で攻撃するものであろう。それを市街地のど真ん中で運用するなど、愚の骨頂! 何人いようと、恐るるに足らぬわ!」

「閣下、再三申し上げた通り、彼らの武器は魔法ではないのですがね」

「あの小さなつぶてを飛ばすというのだろう? そんなもので、何ができるというのだ」


 メイソンの常識では、伯爵の話がまったく理解できなかった。せっかく彼らが実物を失敬して用意したというのに、それさえも不要だとして無視していた。

 伯爵のほうも、何が何でも説得しようなどとは考えなかった。彼は見切りをつけてしまうのが早いのだ。


「第四~第九隊は準備が整い次第、迎撃に出よ! その後に城門を閉鎖! 残りは城内で防備を固める!」


 メイソンが騎士隊に次々と指示を出していく。

 そこへ、ようやく用件を思い出したかという風に、ウォーデン伯爵が口を開いた。


「あー、それとですね、閣下。先日、()()()()()()()()()()とお会いしましてねえ」

「は?」

「今回の件を話したところ、少々お力を貸してくださるそうでして」

「なにを、言っておるのだ?」

「もうそろそろですかな」

「なに?」

「皆さん、城門から離れたほうがよろしいかと」


 伯爵がそう言った直後、城門を囲うように青い光の奔流が迸った。


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