07:イベントの始まり
「まさか、ここでヒロインが関わってくることになるとはねえ」
「あれって、前に俺が学園まで迎えに行った時に見かけた子でしょ?」
「そう。ヒロインポジションのマリリン嬢」
あれからマリリンが学園の寮に帰宅――門限はとうに過ぎてるので、壁を乗り越えて侵入していた――するのを見届けたところで、私たちは尾行を終了して屋敷へと戻っていた。今は情報をおさらいしてるとこだ。
今日はいろいろ収穫があったけれど、マリリンに関してはもうお腹いっぱいな感じだ。
ほんとに、裏表もないごく普通の少女だと思い込んでたので、なんか裏切られたような気がする。いや、表面だけ見て、私が勝手にそう思い込んでいただけなんだけど。人は見かけによらんもんだねえ。
ゲームのヒロインもチートを持っていたけど、それは癒しなどのもっと穏当なものだった。決して、銃などという殺戮の道具を召喚するようなものではない。どこでああなってしまったのやら。
「攻略対象たちと関わりがあるようには見えなかったし、平民グループの中で周囲に埋没してたから、完全に油断してたわ。擬態スキルでも持ってるのかしら」
「擬態て(笑)。実際には、裏で王子とガッチリ繋がってたと」
「ゲームとはまったく違う形で、だけどね」
いったい、どうやって接触したのだろう。ゲーム中のイベントじゃないのなら、彼女はゲームにはない完全オリジナルのルートを開拓してしまったのか。
もしかして、他の攻略対象者との関係も洗い直さないといけないんだろうか。あの辺も全部裏で結託してたりしたら、かなり面倒なことになる。なまじ、高位貴族の子ばっかりだから、そんなのがクーデターに参加しようものなら、たとえ阻止できても国がひっくり返りかねない。
私の断罪コースもなくなったかと思ってたけど、ひょっとしてまだ残ってたりするんだろうか。断罪復活とかイヤすぎる。
「学園で目立たないようにしてたのは、注目されて関係が発覚するのを避けてたのかな」
「たぶんね。ジョージの計画にとって、彼女はキーパーソンだし」
彼女はもはや最重要監視対象だ。
これまでうちの密偵は仮面の人物の正体を掴めていなかった。彼女が貧民街出身で土地勘があったからというのを差し引いても、本職の尾行者を見事にまいている。ただの平民の少女にやれることじゃないだろう。
まったく侮れない。
*
その後も、タカシのチートのおかげで、内偵はずいぶんと捗った。というか無駄に捗りすぎた。
タカシはドローンによる監視のほか、ステルス系ゲームのキャラも駆使するようになった。ピッキングで鍵を開け、姿を不可視状態にして侵入し、会議室に堂々と入り込んで打ち合わせをまじまじと観賞したり、資料を漁り、監視カメラや盗聴器を置いてくるなど、まさにやりたい放題だった。
というか、殲滅しようと思えばいつでもやれる状態だったりする。上からの指示も監視に徹して手出しはするな、というものだったので静観してたけど。
サンプルとしてくすねてきた銃一式も、結局どこかに提出することなく返却することになった。それでもバレてないところがなんとも。
ともかく、判明したことはいろいろある。
まず、マリリン嬢の背後関係というのは特になかった。どこかの国や団体との関わりはなく、完全に一個人としてジョージに協力しているらしい。他の攻略対象たちも関与はしていないようだ。父親の男爵もこの件には無関係だった。
学園内でジョージと連絡するときは、別クラスに第二旅団の兵士の子息がいて、その生徒を介して行っているらしい。会話から察するに、当人はメッセージが書かれたメモを受け渡すのみで、何の連絡をしてるのかは知らないようだけど。
ジョージに援助するような奇特な貴族や商人などもいないようだ。全部身内で固めているあたり、ジョージのところは本当に人材が不足している。いやまあ、結果としてうちも似たような状態ではあるんだけど。
彼らの武装については、主力としているのはあの時倉庫で見かけた『すぷりんぐふぃーるど』という単発式ライフルと、『がう゛ぁめんと』という自動拳銃だけど、それ以外のものもいくつか見つかっている。
『がぁらんど』という半自動小銃と、『とみぃがん』という短機関銃。前者は装填が自動になった単発式ライフル、後者は拳銃弾を撃つ機関銃だそうだ。後者はたぶんギャング映画なんかで使われてた奴だと思う。なんとなく見覚えある。
どちらも十丁前後しか用意されてない。たぶん、数を揃えるには召喚コストが見合わなかったんじゃないかと思われる。
ただ、弾薬は単発式や拳銃とそれぞれ共通らしいので、本番で使われる可能性は高いそうだ。
それ以外の型のライフルや機関銃、拳銃もあるにはあったのだけど、それぞれ一丁ずつしか見つかっておらず、それ用の弾薬もなかった。アメリカ製やドイツ製などが混じっていて、いずれも十九世紀末から第二次世界大戦中までに開発された、個人で携行可能な銃ばかりのようだ。型としては骨董品だけど、状態はほとんど新品らしい。
恐らく、最初に選定のためにいろいろ試してみて、採用されたのがあのライフルと拳銃ということなのだろう。
何が造れて、何が造れないかは、当人に聞かないとわからんね。
武器の保管場所となる拠点は複数あって、判明しているのは十五ヵ所。住宅街や商店街といった比較的王城に近い地域に点在している。所有者の名義を調べてみると、ほとんどがジョージの偽名だった。
分散しているのは恐らく、一ヶ所にまとめてしまうと、蜂起の際に人が集中しすぎて初動が遅れるのと、何かあった際に全部失われかねないから、といった理由と思われる。
人員については、やはり第二旅団の者ばかりで、今のところ非番の者五十人ほどが交代で王都内で活動している。
しかし、用意してる銃は数百丁にも上るので、実行の際にはそれに見合った数の兵士が来ると見られる。
国境近くにいるはずの第二旅団がまとまって移動したら、王都に入る前に警戒されてしまうので、あからさまに目立つ行動は控えるはず。だから、王都へは各自ばらばらで入って、密かに集結するだろう。王都へ移動する人員が増えたら、いよいよ要警戒となる。
ジョージの手札が全部丸見えとなって、残る問題は、奴がいつ動くかというところだけとなった。
連中が着々と準備を進めるのを無駄に眺めているうちに、とうとう十二月に入ってしまった。
*
【王都郊外 ウォーデン伯爵邸 本館執務室】
12月8日 19:30
「やはり一週間後、十五日に決行するのは確定のようです」
ようやく連中が動き出したので、その計画の全容を私たちはお父様に報告した。
十二月十五日。それは奇しくも、ゲームで私が断罪されるイベントが起きる日だ。まあ、計画の中身を見ると、ぜんぜん奇しくもないんだけど。
その日は、王立学園で学生とその親を招いた夜会が開かれる予定だ。ゲームだと、そのパーティで私が断罪されるんだけど。
これには宰相や財務大臣など、国の重鎮が出席する予定になってる。彼らの子息・令嬢らが学園に通ってるもんでね。宰相の息子は攻略対象だ。あと、来年度入学予定で、王位継承順位二位の第三王子ルーカスも来る。なかなかにそうそうたる顔ぶれだ。予定ではジョージも強制参加となってる。
ここを襲って第三王子や宰相らの身柄を確保するのが、連中の計画の第一段階だ。こちらには五十人ほどの兵士が来るとみられる。会場は厳重な警備がされるはずだけど、銃を使われたら警備が何人いても意味ないだろう。
次の段階では七百名の兵士らが小隊単位で分かれ、それぞれ王都周辺に散在する拠点で銃を受け取り、行動を開始する。
うち四百名は王城を目指し、これを占拠。非戦闘員らを拘束し、国王や第一王子らを捕縛もしくは射殺する。
残り三百名は、王都を警備する騎士団の詰め所や、巡回中の騎士を襲撃して排除。その後、王都の出入り口にあたる街道を封鎖する。
大雑把に言えば、そういう計画だ。
すでに第二旅団の兵士たちは順次王都へ向けて移動を開始してる。決行前日までには、ほとんどが王都に入り込んでいるだろう。
「ここまでわかっていても、やはり事を起こす前には止められませんか」
「そうだね。彼らが行動を起こすまで、こちらからは絶対に動くなとしつこく言われているよ。騎士団が連中のお相手して、手柄にしたいらしい」
「はぁ……度し難いというか、ナメきってるにも程がありますね。いっぺん滅べと本気で思いますよ」
「ははは、まあね。けれど、それもまた人の創った社会のありようだ。結果が好ましからざるものであろうとも、それを私達は背負っていかねばならない。そして、これを次代への教訓とし、次々代のより良き社会を目指す。そうあるべきものだ」
「わかっております。愚痴くらいは言いたくなりますが」
とはいえ、ほんとに任せっきりというわけにもいかないだろう。普通の戦闘なら手出しする必要はないんだろうけど、相手は強力なイレギュラーだ。もし国王らが殺されでもしたら大混乱は必至だし、民衆にもいろいろな形で被害が及ぶだろう。
「お父様。私たちの役目は王子本人を排除するところまででしょうか?」
「うちの役割を厳密に解釈するならね。ただし、今回上から要求されているのは『王子らが行動を起こすまでは動くな』だけだよ」
「つまり、その後については……」
「何も言われていないのだから、ウォーデン家の裁量に任されてると言っても過言ではないだろう? 王族の不始末を片付けるのもうちの役割なんだから」
いや、それは拡大解釈なんでは。うまくいっても、後で騎士団がぐちぐち文句を言ってくるんじゃないだろうか。
まあ、後のことは気にしてもしょうがないか。後があってのことだし。
「やるのなら、全力でやっていいよ。苦情の処理とか情報の隠蔽とかはこちらでなんとかするさ」
「わかりました。いっそのこと、人智の及ばぬ超常現象に見えるくらいに、超ド派手にやりましょうか」
「それはいいね。うちとの関連もごまかしやすくなるかもしれない。タカシ君も、よろしく頼むよ」
「はい!」
やっぱり、チートに対抗するにはチートしかない。
これまでは諜報中心でやってきたけど、今回は本物の戦闘だ。タカシのチートは人の手には余るほど強力なものであり、安易に使っていいものではないのかもしれない。でも、今回はそういうことを一切気にしないことにする。
やるからには徹底し、自重はナシだ。
*
方針は決まったんで、次は対策を詰めなきゃいけない。
キャシーたち戦闘力のあるメイドさんや、ダグたち庭師衆の人たちも交えて、作戦を練った。彼らにも戦闘に参加してもらうことになる。基本的には真正面からぶつかるのは避けて、奇襲中心にやってもらう。一部の人には、タカシの武器を渡すのもアリかな。
「姉ちゃん、主犯格のそいつらは殺しちゃっていいの?」
「ジョージたちは可能な限り生かして捕らえてほしいわ。後でどっちみち処刑することにはなるんだけど、手順ってものがあるから。
でも、逃げられるのは絶対ダメ。逃げられるくらいなら確実に殺しておいて」
「じゃあ、足撃って動けなくしとこう。『膝に矢を受けてしまってな』がリアルで見られるかも。当たり所が悪いと、出血多量でそのまま死ぬかもしれないけど」
「あら、そうなの? まあ、死んだら死んだで、その時はその時ってことで」
「らじゃ。でも、姉ちゃん変わったね」
「そう?」
「殺すなんて、前世じゃ絶対考えもしなかったでしょ」
「そりゃあ、こっちで十四年も生きてればねえ。日本みたいな安全な世界じゃないから」
むしろ、夢の中とはいえ、現役日本人のタカシが殺すことを平然と口にしているほうが変なのだけど。大丈夫なのか、この子は。
私はといえば、好き好んで人を殺すほど悪趣味じゃないけど、必要なら躊躇せずやる。
日本の倫理観・価値観はここじゃ通用しない。命が軽いっていうより、敵を排除するのは義務みたいな考えが強い。
ここでは襲撃に抗争騒ぎ、紛争は日常茶飯事というほどでなくとも、結構な頻度で起きてる。襲ってきた暴漢や野盗、暗殺者らを自ら返り討ちにして、止めを刺したことも一度や二度じゃないし。
前世の感覚からすれば、とっくに私の両手は血まみれってところだ。
「幻滅した?」
「ん、ぜんぜん。マンガとかでも、ド外道な敵を殺さず見逃しておいたら、後で改心して味方になるって話よくあるけど、俺そういうの大っ嫌いだし」
「そなの? そういうの、日本では人気あったけど。てか、海外でもいくらかあったし」
「そんだけ外道な奴が改心するって、ご都合主義もすぎるでしょ。露骨すぎるわ。そいつがやらかしてきたことも全部チャラにしちゃって、どんだけ脳みそお花畑なんだって。そんなの現実でやって被害拡大しようもんなら、誰が責任取れるっての。殺さないでいる理由も、なんのかんの言って結局『手を汚すのがイヤ!』ってだけだし」
「あんたも極端ねえ。言いたいことはわかるけど」
今となっては、私もそういうものにはまったく共感できなくなってる。敵として立ちはだかるなら、容赦なく討ち滅ぼすまでだ。
情けは人のためならずとか言うけれど、弱者に対する情けならともかく、敵対者相手にそういう不確実なものを当てにするのは立場上許されないし。
もちろん、力関係によってはそれが叶わないこともあるし、単純に武力だけで済む問題ばかりでもない。特に外交となると、交渉で落としどころを探らなければならないことも多い。それでも、絶対に譲れない線ってのはあって、それを超えたら総力戦も辞さないことになるんだけど。
まあそれ以前に、そもそもこの世界では人道や外道といった考え方がないんだけどね。
ここでは自然を司る神様たちが実在してて、宗教も自然崇拝が基本になってる。畜生道なんていうのは、むしろ尊ばれるくらいだ。
人間中心の教義じゃないので、善悪だとか、人間愛やら人道やらといったものを定めてない。自然界には『快不快』や『弱者強者』、『敵とそれ以外』といった区分はあっても、『善悪』なんてないから。
そんななので、人の規範を決め法を定めるのも、人の領分となってる。それらは人が創った人の社会の中でしか意味を持たないので、自然の神様たちは一切関与しない。
そうして作られた法は秩序の維持を最優先に掲げてて、単純で合理的だけど、苛烈な面もある。敵に容赦がないのも、その辺りからきてる。
人間のやることなんで、当然間違いも起きる。けど、そういう失敗も含めてすべて私たち人間自身の責任として、背負っていかなければならない。
人に裁きを下し、手を汚すのはあくまで人だ。
この世界の倫理観や宗教思想はそういうものだ。前世であったような空想上の神サマに救いを求めることもせず、基本、全部自力でやるというスタンスなので、重いし、厳しいけれど、私はそれが好ましいと思う。
そんなだから、前世の考え方とは決定的に相容れなくなっているかな。
「敵は討ち倒す。そこだけ覚悟しておいて。ま、日本ではそんなの通用しないから、あっちに戻ったら思考をリセットしてほしいけど」
「らじゃ」
軽く答えてるけど、ほんとに大丈夫なんだろうか。私ゃ心配だよ。
そうして、当日に向けて、私たちは準備を進めていった。
*
【グレンデル王国王都 王立学園大ホール】
12月15日 18:00
問題のパーティは夕方六時から始まった。
私はあまり派手さのないライトグレーのドレスを着て、エスコートなしでそのまま会場に入った。いつものことなので、それを気に留める人も皆無だったけど。
会場の外にはキャシーやダグらが控えてるけど、タカシはギリギリのタイミングで王城周辺にいろいろと仕込むため、別で動いてもらってる。お父様は王城内で待機している。
会場には第三王子ルーカス殿下やジェレミー宰相の姿も見えた。護衛らしいのがそれぞれ五人ついてるようだ。普段より多いのは、一応対策のつもりなのかな。
事が始まったら、迅速に会場から連れ出してくれればそれでいいんだけど。
三十分ほどたった頃、会場入り口の方からパンッと破裂音が響いた。銃声だ。
ただ、会場にいる人たちは銃声なんて知らないので、何事かと興味深げに視線を入り口へ向けるだけだった。
会場が静まり返った中、扉を開けて入ってきたのはジョージだった。その後ろには正装したマリリンと、えらくガタイが良くて強面の紳士(?)が三人ほど付き従ってる。
たぶん後ろの男たちは兵士だろう。一人は拳銃を手にしてる。そいつに誰か撃たれたのだろうか、廊下の方では使用人たちが慌てているのが見えた。
ジョージは会場の中を見回し、私の姿に目を留めると、こちらに向かってゆっくり歩きだした。
その進路周辺にいた人たちは異様な雰囲気を感じ取って、ジョージらに道を譲った。
ジョージに付き従うマリリンを見て、ひそひそ話す声も聞こえた。まあ、彼女はこれまで貴族連中からは注目されてなかったし、ジョージとの関係を知る者もいないので、無理もないかもしれない。
あと十数歩というところでジョージは足を止め、私と対峙した。観衆は私たちを遠巻きにして、何が起こるのかと見守っている。
嫌だなあ。これ、構図だけ見れば、逆ハールートの断罪イベントそのまんまだよ。まあ、攻略対象はジョージしかいなくて、それ以外は兵士三人が代役を務めてるけど。あと、マリリンはジョージにしな垂れかかってはおらず、しっかりと自立している。
そして、ジョージは高らかに宣言した。
「カースティ・エリザベス・ウォーデン! 貴様の犯した罪は極めて重いっ! よって、我、ジョージ・ハーバート・エル・グレンデルの名において、貴様との婚約を破棄し、貴様をこの場にて処刑する!」
ここでようやく第一話につながります。




