3話 出会い
ついに、ボイちゃんと会う日がやってきた。
週末の会社帰りにターミナル駅のデッキで待ち合わせをする。定時後すぐに出てきたからか少し早く着いてしまったようだ。電気屋の大型ビジョンが見える植え込みの近くに立った。まだ人の通りは多くない。
手持ち無沙汰で髪を無意識に触る。今日はきつく縛らず、髪を下ろして綺麗めの服を着てきていた。柚乃には、上から下までじっくりと見られて「今日は何か予定あるの?」なんて言われたけど、適当に誤魔化して出てきたところだ。全部話したいような、秘密にしておきたいような気分。今度、飲みに誘うかな。上手くいってもいかなくてもボイちゃんのことを話したい。……上手くいくって何が、だ。軽く息を吐いて前を見る。
この電気屋で、ボイちゃんと出会ったんだよね。あれから数ヶ月か。あのおじさんも、はっきりと「人が話している」って言ってくれれば良かったのに。AIの話をされたからAIボイスだと思い込んでしまったじゃない。——だけど、人間だと分かっていたらあんなに嵌まらなかったし、今日会いにきていないだろうな。
というか、勢いで会いたいなんて言ってしまったけど、大丈夫だよね。誠実そうな喋り方だったし、20代って登録してたからには本当に20代なんだと思うけど。やっぱり面倒になって来ないってこともあるかな。もしおじいちゃんだったら話が弾まないかなぁ。スマホで時間を確認する。待ち合わせまで、あと5分もある。半分帰りたいような、落ち着かない気分で視線を彷徨わせていると、目の前に影が立った。
「お姉さん、待ち合わせ? ずっといるよね。俺のこと待ってたのかなー?」
ぱっと顔を上げると、目線の少し上で陽気な顔が笑っていた。ジーンズにTシャツの20代。あー、もっと細かく待ち合わせの服装決めておけば良かった。ジーンズにTシャツなんて、どこにでもある組み合わせだ。だけど、この人は違う。声はもちろん、全部違うと直感が告げている。黙って目を逸らすとさらに近づいてきた。
「無視しないでよー。ねぇ、相手、来ないんじゃない?」
ちょうど似たようなことを考えていたのでカチンとくる。面倒くさいナンパだ。
「あなたには関係ないです」
「っんだよ! どうせアプリで待ち合わせだろっ」
急に足元を蹴って威嚇してきた男に、こんなの絶対ボイちゃんじゃないと確信して睨みつけた。
「いい加減にして下さい!」
あ、まずい。つい流せずに応戦してしまった。心臓の音が大きくなる。
不意に、男と同じくらいの背丈の男性が間に割り込んできてくれた。
「あの、僕の連れです」
ほっとして力が抜ける。男が悪態をついてどこかに消えていくと、その人が振り返った。
「ボイちゃん?」
「はい。ボイちゃんです」
言いながら照れたのか、青年が目を逸らした。いつもと同じ、少し低くて甘い声。打ち合わせ通りのジーンズにTシャツ。さらさらとした髪と茶色がかった瞳が優しげな雰囲気を作っていた。少し年下だろうか。
「晴夏です。先ほどはありがとうございました。すぐ、わかりましたか?」
「ええ、さっきの声で。はじめまして、ですね」
先ほど逸らした視線を私に向けて、目を細めてくる。恥ずかしい。ナンパ男に言い返している様子を見られてしまったんだ。今度は私が目を逸らす。
「あー、イメージと違ってたらすみません」
「いや、そんなことないですよ。こっちこそ若造ですみません」
ぎこちないやり取りでお互いお辞儀を繰り返す。こうして会う前までは普通に喋っていたのに、なんだかおかしい。
「名前は統一郎です。『SUBERU』は統一郎の統からつけました」
「ああ、『滑る』なんて変わってるなと思ってたんです。そっちでしたか。私は晴れに夏で、晴夏です」
「夏の青空って感じ、ありますよね」
統一郎さんが頷く。良い印象ってことかな。私も変わらず、ボイちゃんは良い印象です。……なんてね。統一郎さんは首に手をやって少し黙ったあと、迷ったように言葉を続けた。
「えーと、どこか移動しましょうか。食事、まだですよね? お酒が飲めるところがいいですかね?」
そうだ、毎週金曜はビールの日って力説していたんだった。でも、いきなり酔うのも恥ずかしいので問い返してみる。
「統一郎さんって飲む方ですか?」
「いや、研究室の集まりがあるときくらいですね」
「研究室?」
「すみません、まだ社会人ではなくて院生なんです。ボイスはバイトで」
続けて「26歳です」と小さく補足する。同世代だ。学生さんだから若く見えたのか。バイオ系の研究室だそうで、今日も実験帰りとか。私には未知の世界だ。
「あ、私が27だから一つ違いですね。すごいですねぇ。白衣とか、着ているんですか?」
「まぁ、実験の時には着てますね。普段はこんな感じです」
上に白衣を着た統一郎さんを想像すると似合っていた。そのまま頭の中のボイちゃん本体にも白衣を着せてみる。かわいい。
うーん、統一郎さんはボイちゃんで、ボイちゃんは統一郎さんなんだけど、なにかパズルのピースが嵌まらないようなモヤモヤした感じ。じっと統一郎さんを見る。そうか。私は思い切って提案してみた。
「あまり飲まれないようでしたら普通に食事にしましょう。……それから、敬語だとボイちゃんじゃないみたい。いつものように話したい、です」
「……うん」
照れたように頷いて、そのまま黙ってしまう。私も緊張してるけど、ここはお姉さんで社会を知っているこっちがリードする場面だよね。食事場所も私の方が詳しそうだ。
「じゃあ、カジュアル系のイタリアンにしよう。こないだ柚乃と行って美味しかったんだ」
「うん。柚乃さんと仲良いね」
柚乃の名前はいつも話題に出していたからか、統一郎さんも笑顔を見せた。柚乃に感謝だ。大通りから一本、飲食店の立ち並ぶ裏路地に入ってお店に向かう。そのままパスタはトマト派かクリーム派か、はたまたオイル派かと話し続ける。
「ボイちゃ……、統一郎さんは何が好き?」
「——僕はカルボナーラかなぁ。高校生の時にファミレスで初めて食べて感動したんだ」
統一郎さんがこちらを向いて目を輝かせる。それからカルボナーラがあれば必ず注文するほど好きになったと教えてくれた。
「今日もメニューにあるといいね。食べ比べられるよ」
「うん。僕の思い出の味はファミレスだから生クリームでクリーミーな仕上がりなんだけど、本場イタリアンでは生クリームとか牛乳とか一切使わない濃厚さが特徴で——」
ぴたりと口を閉じた統一郎さんを不思議に思って首を傾げると、恐縮したように謝ってきた。
「あー、すみません、興奮して喋りすぎました」
「ねぇ! 敬語になってる」
思いもよらない謝罪と敬語に突っ込みを入れる。統一郎さんが「あ」と固まって首に手をやった。
「間違えた……」
間違えたという返しが面白くて吹き出すと統一郎さんも肩をすくめてみせて、また歩き出す。目的のお店の看板が見えてきた。
「あ。今日はダイエットはお休みだから!」
「うん。晴夏さんの好きなチーズケーキもあるといいね」
「チーズケーキはダイエット用でね、イタリアンならティラミスが——」
「晴夏さん?」
立ち止まった私に気づいて統一郎さんが振り向く。
「ううん。やっぱりボイちゃんだなぁって実感したの」
統一郎さんが笑う。
「実はボイちゃん本体も連れてきていて……」
私はカバンの口をそっと開けて見せる。ころりとしたフォルムが顔を出した。雪だるまのような丸いフォルムをしたボイちゃんは、子供向けのキャラ型置き時計のような大きさだ。
「僕の分身かぁ。お疲れさま」
統一郎さんが優しい瞳でボイちゃんを撫でる。連れてきて良かった。
「人型もよろしく」
統一郎さんがボイちゃんを見たまま言う。ボイちゃんに向けて話しているのに、自分に言われた気がして、顔が赤くなるのを感じる。私は「今後ともよろしくお願いします」と小さく呟いた。
このあとは、ボイちゃん×ハルカが、統一郎×晴夏になっていきます。
読んでいただき、ありがとうございました。




