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しかしあまりにもカバディである

休日のショッピングモール。


家族連れやカップルで賑わうその場所は、俺、佐鳥観人にとって本来なら近づきたくない「騒音地帯」だ。


だが、今日は隣に強力な「防音壁」がいる。


「佐鳥くん! 見てくれ、このテーピング! 伸縮性が素晴らしい! まるでカバディのアンティ(守備)のような粘り強さだ!」


(カバディ、テーピング、カバディ、半額セール、カバディ……)


椛島貞治だ。

 彼が発する一定リズムの「カバディ音波」は、周囲の有象無象の思考ノイズを打ち消してくれる。


今日は、先日の勉強会のお礼ということで椛島が昼飯をおごってくれると申し出たので応じている。

 俺は、誰かとでかけるなら椛島が一番いい。


理由はカバディだから。

 彼が隣にいれば、よほどのバカでか感情や高速思考の人間がいなければ平穏である。


椛島の奢りでかつ丼を食い終わった俺は、そのまま買い物があるという椛島に付き合ってモールをうろついていた。

 ホワイトノイズで騒音が遮断された状態でモールを歩ける貴重な機会である。


俺たちはスポーツ用品店での買い出しを終え、モールの通路を歩いていた。


「……で、次はどこ行くんだ」


「ゲームセンターに行こう! 運動にもなるし、動体視力を鍛えるんだ!」


「へいへい」


俺が気のない返事をして歩き出した、その時だ。


「――おっ? 南志見なじみじゃないか!」


椛島が足を止め、前方のベンチにいた二人組に声をかけた。


一人は、分厚い眼鏡をかけた小柄な女子生徒、小山内南志見。

 そしてもう一人は、明らかに「変装」を意識した帽子を被っているが、オーラがダダ漏れの朝比奈七瀬だ。


「げっ。貞治さだはる……」


「奇遇だなあ! 買い物かい? おばさんは元気か?」


「……元気よ。アンタこそ、また筋肉用品?」


(うわ、見つかった。計画では『自然な遭遇』を演出するはずだったのに、この筋肉ダルマが……)


小山内の脳内から、あからさまな舌打ちが聞こえてきた。

 それにしても、「南志見」「貞治」と下の名前で呼び合い、親の近況まで話している。


こいつら、知り合いだったのか?


「あ、佐鳥くん。……実は僕たち、高校に入る前から付き合いがあってね」


「腐れ縁です」


小山内がやれやれと眼鏡を直す。

 なるほど。直感型の椛島と、理屈型の小山内。


水と油に見えるが、昔からの付き合いならこの妙な距離感も納得だ。

 そしてここに朝比奈と小山内がいるのは、おそらく事前に小山内が椛島から今日の予定を聞き出していたからなのだろう。


そして、その横で朝比奈が固まっている。


(ど、どうしよう! 師匠の合図の前に会っちゃった! 今日の私服、変じゃない!?)


(採点! 採点してください佐鳥くん!)


朝比奈のパニックをよそに、椛島が提案した。


「せっかくだし、みんなでゲームセンターに行こう!」


「……仕方ありませんね。朝比奈さん、行きましょう(作戦変更です)」


「えっ? あ、うん……!」


こうして、俺たちは奇妙な4人組でゲームセンターへ向かうことになった。



店内は電子音で満ちていた。

 椛島がパンチングマシーンでものすごい数値を叩き出している間、朝比奈はクレーンゲームの前に立っていた。


景品は、眠そうな目をした黒猫のぬいぐるみ。


俺は少し離れたベンチで荷物番をしていたが、視界の隅で小山内がスマホを操作しているのが見えた。

 直後、朝比奈のスマホが振動する。


(ん? 師匠からLINE?)


朝比奈が画面を見る。

 その瞬間、彼女が心の中で読み上げた「文字」が、俺の脳内に飛び込んできた。


『送信者:師匠』

『件名:作戦指令』

『本文:ターゲット(佐鳥)は後方で待機中。これより「ドジっ子アピール作戦」を開始します。クレーンゲームでわざと失敗し、困った顔で振り返ってください』


……なるほど。

 直接話すと俺や椛島に聞こえるから、文明の利器スマホで指示出しってわけか。


朝比奈は(ラジャー!)と心の中で敬礼し、コインを投入した。


(狙うは……あえてのアーム弱点!)


(失敗して……可愛く「取れな~い」!)


朝比奈がボタンを押す。


ウィィィン……ガシッ。


アームは計算通りにズレて、景品を撫でるように空振り――しなかった。


「あっ」


(えっ!?)


アームの爪が、奇跡的にタグの輪っかに引っかかった。

 景品が持ち上がる。


朝比奈の顔が青ざめる。


(ま、待って! 取れちゃう! 取れちゃったら「お願い」できない!)


(落ちろ! 落ちてよ黒猫ちゃん!)


しかし物理法則は無慈悲だ。

 ぬいぐるみはそのまま運ばれ、ゴトンと取り出し口に落ちた。


一発ゲットだ。


『受信:師匠』

『本文:……何やってるんですか(呆れ)』


(ち、ちがうの! 物理演算が暴発したの!)


「す、すごいな朝比奈さん! 一発でとれたのかい! カバディ!」


戻ってきた椛島が大声で称賛する。

 朝比奈は引きつった笑顔で「あ、あはは……」とぬいぐるみを抱えている。


作戦は失敗だが、結果としては成功だろ、それ。


俺はため息をつき、荷物番をしている小山内の隣に腰を下ろした。


「……お疲れ」


「――ッ!?」


小山内がビクリとして、操作していたスマホを慌てて伏せた。


「さ、佐鳥くん……! い、いつの間に……」


(やばい。軍師活動オペレーションを見られた? いや、画面は隠したはず)


(平静を装え。私はただの通りすがりの文学少女)


小山内が不自然に眼鏡を押し上げ、視線を泳がせる。

 俺はもちろん、その画面に『次の指令:失敗を笑って誤魔化す』と打ち込まれていたのを知っているが、あえて気づかないフリをした。


「椛島っていつも元気でスゲェよな」


とりあえず共通の話題でもあるし、椛島は俺が好意を抱いている数少ない人間なので、素直にそんなことを言ってみた。


「あ……。ええ、まあ。そうですね。昔からずっとなんですよ」


小山内がホッとしたように肩の力を抜く。

 俺は視線を、はしゃぐ椛島と、それを困った顔で見ている朝比奈の方に向けた。


「昔から?……そういやお前ら、下の名前で呼び合ってたな」


「……ええ。お恥ずかしながら、家が隣同士でして」


小山内は遠い目をした。


(窓越しで会話可能な異性の幼馴染。これほどベタなシチュエーションでありながら、相手はアレ。私の深い嘆息がわかるだろうか)


(けっして悪いヤツではない。明朗快活にして公明正大。ルックスもマッチョに過ぎるが悪くない。それは間違いない。しかしあまりにもカバディである)


「幼稚園からの付き合いなんです。貞治とは」


「へえ、幼馴染か。良いヤツだよな、椛島は」


俺が何気なく言うと、小山内は意外そうな顔で俺を見た。


(お? さすがは隠れ実力者系モブ主人公。人を見る目があるな)


小山内の中で、俺への評価ポイントが少し変動した音がした。

 彼女は、パンチングマシーンに挑む椛島の背中を見つめ、ぽつりと漏らした。


「……まあ、そうですね。暑苦しいですけど。カバディの化身ですし」


「前から思ってたけどなんでカバディなんだろうな。なんでもできるだろ、あいつは」


俺はあえて、少し踏み込んで聞いてみた。

 あそこまでの恵まれた体格だ。勧誘がなかったはずがない。


それをやめてカバディを選んだのには、何か事情があるんじゃないか。

 俺のそんな予想を、小山内は鼻で笑った。


「別に理由はないみたいですよ」


「……は?」


「中学二年までは野球とかサッカーとか陸上とかやってましたね。大体どこでもエース級で。でも、たまたま動画サイトでカバディの試合を見たんです。そうしたら……」


小山内は、信じられないものを見る目で遠い記憶を振り返った。


「『これだ! 俺の求めていた魂の鼓動ビートだ!』って、夜中に叫び出して。……それだけです」


「……それだけ?」


「ええ。ただの一目惚れです」


(はぁ……。私が『もっと将来性のある部活にしなよ』って必死に止めたデータ、全部無駄でしたからね)


(理由なんてないんです。あいつの脳みそは、理屈じゃなくて直感カバディでできてるんですから)


小山内の思考には、深い呆れと、一周回って清々しいほどの諦めがあった。


俺は思わず、持っていた缶コーヒーを口元で止めた。

 ……なんだそりゃ。


俺が「平穏」とか「モブ」の立場を得るためにグチャグチャやってる横で、こいつはただ「好きだから」という理由だけで、あの暑苦しい競技に青春を捧げてるのか。


「……バカだな、あいつ」


俺の口から、自然と笑いが漏れた。


「ええ。救いようのないバカです」


正直に言えば、眩しかった。

 俺は、人の裏を聞くことに慣れすぎてしまっていたから。その『裏』からたくさんの攻撃を受けてきたから。


でも、椛島は表も裏もカバディだ。


「やっぱいいやつだな」


パンチングマシーンのスコアを見て「カバディ!」とガッツポーズをする椛島。

 その笑顔には、一点の曇りもない。


俺にとって、彼のその単純明快さは、ある意味で一番の「救い」なのかもしれない。


(……ふふっ。佐鳥くん、いい顔するじゃない)


(貞治のバカさを肯定してくれるなんて、やっぱり貴方、属性がある)


小山内がニヤリと笑い、スマホを構え直した。


(さあ、次の指令を送りますよ! 『ぬいぐるみを抱いて、佐鳥くんにウインク』!)


……余計なことすんな。

 俺のささやかな感動を返せ。


「おーい! 佐鳥くんー! 次はエアホッケーやろう!」


椛島が呼んでいる。

 俺はやれやれと膝を叩いて立ち上がった。


「……行くか」


「ええ。行ってらっしゃいませ」


小山内はあくまで「無関係なクラスメイト」を装って、軽く手を振った。

 俺は気づかないフリをして、騒がしい二人の方へと歩き出した。


純粋すぎる筋肉バカと、策士ぶったその幼馴染。さらに暴走する聖女。

 俺の平穏は遠のくばかりだが、まあ、慣れれば少しは大丈夫かもしれない。

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― 新着の感想 ―
カバディ、随分と理解度が高い幼馴染がいましたね。人間観察力は高いようだけど、彼女のことはどう思っているのか…気になります
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