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それは聞いてみたかったぞ

一時間ほど集中し、休憩を入れることにした。


椛島はトイレへ、朝比奈は飲み物を買いに行った。

 俺も凝り固まった体をほぐすため、ロビーの自販機コーナーへ向かう。


自販機の前には、うちの高校の制服を着た男子生徒の集団がたむろしていた。

 何度か見たことがある。たしか、2組のやつらだ。


「……あそこ座ってるのみた? やっぱ聖女様レベル高ぇわ」


「やべぇよな。朝比奈だろ? 一回、相手してもらいてぇわ。あーゆーお高い感じの女をイジメる感じでやってみてぇ」


俺は小銭を取り出そうとして、手を止めた。

 聞き覚えのある名前。彼らの視線は、閲覧室の方を向いている。


「へぇ、あれが噂の。……でもさ、なんか必死じゃね?」


「わかる。隣の筋肉ダルマに勉強教えてたけど、なんか目が笑ってないっていうか」


「『私、頭もいいんです』アピールすごくね? なんか可愛げないよなー」


「私、天才なんですぅ、って感じだよな」


下卑た笑い声。

 心の中じゃない。言葉として発している口だ。


彼らは、朝比奈が必死に椛島に教えていた姿を見て、そう切り取ったらしい。


(俺らのことなんて見下してんだろうな。泣かせてみてぇ)


心の声も聞こえる。

 そこにあるのは、自分たちが届かない存在への、卑屈なやっかみだ。


俺は、ポケットの中で拳を握った。


あいつの脳内は、確かうるさい。そりゃプライドも高いだろう。

 だが、その裏にあるのは「完璧でありたい」「期待に応えたい」という、血の滲むような努力だ。


お前らのような、外野から石を投げるだけの連中に、あいつのノイズの何がわかる。


「……チッ」


俺は舌打ちをし、自販機のボタンを叩いた。


ガコンッ!!


静かなロビーに、不釣り合いな衝撃音が響き渡る。

 ブラックコーヒーの缶が、取り出し口に荒々しく転がり落ちた。


「!? な、なんだよ……」


男子たちがビクリとして振り返る。


俺は彼らを一瞥もしない。

 ただ、冷ややかな「無関心」を装いながら、彼らの横を通り過ぎた。



席に戻ると、朝比奈が戻ってきていた。

 さっきまでと違い、少し背中が丸まっている。


(……はぁ。チャンネル登録者数、伸び悩み中……)


(結局、佐鳥くんにいいとこ見せられなかったな……)


(私、教え方下手だったかな? 邪魔しちゃっただけかな……)


脳内YouTuberは配信停止中らしい。

 俺は買ってきたコーヒーを開け、椛島のノートを指差した。


「……ずいぶん進んだな、椛島」


「ああ! 朝比奈さんの解説がすごくわかりやすかったんだ! 抽象的な概念をカバディに例えてくれて……!」


それは聞いてみたかったぞ。


「そうか」


俺はちらりと朝比奈を見た。


「椛島がこれだけ理解できたんだ。……わかりやすかったんだろ、お前の教え方」


「えっ……」


朝比奈が顔を上げる。


「俺じゃ、感覚的すぎてうまく説明できないからな。……助かったよ。すごいな、朝比奈は」


俺はあくまで「椛島のため」という体裁で、短く礼を言った。

 嘘ではない。


俺が教えるより、彼女が噛み砕いて教えたほうが、椛島には合っていたのは事実だろう。

 俺は、人にものを教えるときに高速脳内会議でベストな方法を模索したりはできないからな。


朝比奈が、瞬きをする。

 そして、数秒後。


((((((((100万回再生突破ァァァァァァァ!!!!))))))))


「ぐっ……!?」


俺はコーヒーを吹き出しそうになった。

 朝比奈の脳内で、金の紙吹雪が舞い、銀の盾が贈呈されている。


(褒められた! 役に立った! 佐鳥くんに『すごい』って言われた!)


高評価グッドボタン連打! 過去最高評価です!)


(うれしい……うれしいぃぃぃ! アーカイブ保存! 切り抜き動画作成決定!)


「あ, あのっ, そ, そんなことないわ! 私の方こそ、佐鳥くんと……べ、勉強できて、その……っ」


顔を真っ赤にしてモジモジする朝比奈。


さっきのロビーでの陰鬱な空気なんて、微塵も感じさせない爆音の幸福。

 ……まあ、悪くない。


あの陰口を叩いていた連中も、この脳内パニックを見れば「可愛げがない」なんて口が裂けても言えないだろうな。


「……うるさい」


「えっ? 何か言った?」


「……いや。続き、やるぞ」


俺は騒音に蓋をするように、再び参考書を開いた。

 耳の奥には、いつまでも彼女の喜びのファンファーレが鳴り響いていた。

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数式をカバディに例える?一体どんな風だったのか…
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