入籍!NEW籍!!
駅前の大型スポーツショップ。
週末ということもあり、店内は部活帰りの学生や、ジョギングウェアを探すカップルで賑わっていた。
「へぇ……結構広いのね」
朝比奈が店内を見回し、感心したような声を出す。
だが、その涼しい表情とは裏腹に、彼女の脳内はすでに戦場だった。
(索敵開始! 周囲に知人はいないか確認!)
(クラスメート遭遇率、5%以下! クリア!)
(よし! これより『カップル風ショッピング』ミッションを開始する!)
(目標:『これとか似合うんじゃない?』と服を彼の体に合わせるアレ!)
(難易度S級! だがやるしかない! このために昨夜、ファッション誌のデート特集を暗記してきたのだから!)
……どんな目標だ。
俺は隣から聞こえてくる「作戦概要」を聞き流しながら、目的のチームウェアコーナーへ向かった。
「朝比奈、こっちだ。カタログにあったメーカーのコーナーがある」
「あ、待って佐鳥くん!」
俺の背中を追ってくる朝比奈。その脳内では、
(歩幅! 彼の歩幅に合わせて三歩後ろを歩く『大和撫子』スタイルか、それとも横に並ぶ『相棒』スタイルか!?)
という議論が勃発していたが、最終的に
(並びたい! 二の腕が触れる距離で!)
という本能派が勝利したらしい。
彼女は小走りで俺の横に並び、ぴったりと距離を詰めてきた。
……近い。
物理的距離が縮まると、思考ノイズの音量も上がる。
右耳から聞こえる(柔軟剤の香り!)というアレな心の声に耐えながら、俺はTシャツの棚の前に立った。
「これだな。ドライ素材の無地Tシャツ。色は……クラスの多数決だと『ターコイズブルー』だったか」
俺は目当ての色のシャツを手に取った。
鮮やかな青緑色。まあ、無難なチョイスだ。
「そうね。……でも, 実際に見るとちょっと派手かしら?」
「そうか? 体育祭なんて目立ってなんぼみたいに考えてるヤツが多数派だろ」
「それもそうね。……あ、こっちのネイビーも素敵じゃない?」
朝比奈が別のハンガーを手に取った。
そして、チラリと俺を見る。
その瞳の奥に、肉食獣のようなギラついた光が宿るのを俺は見逃さなかった。
(ロォォォックオン!!)
(ターゲット、佐鳥くんの胸板!)
(作戦名『あてがい』! これを彼の胸に当てて、さりげなく距離を詰め、あわよくば手首が彼の胸筋に触れる事故を誘発する!)
(これぞ高等テクニック! さあ覚悟なさい!)
……殺気がすごい。
ハンガーを構える彼女の姿が、ライフルを構えるスナイパーに見える。
俺のボクサーとしての本能が警鐘を鳴らした。
これを食らうのはマズい。物理的な接触事故はもちろん、今の彼女のテンションで至近距離に来られたら、なんかマズい気がする。何がとは言えないが、マズい。
「……ん」
俺は防衛本能に従い、彼女が踏み込んでくる前に、スッと手を伸ばした。
彼女の手からハンガーを取り上げる。
「え?」
「いや、俺のはいい。サイズもわかってるしな。それより……」
俺は取り上げたネイビーのTシャツを、逆に朝比奈の胸元に当てた。
「女子の方がサイズ感とか難しいだろ。……うん, まあ, この色でも変じゃないな」
あくまで事務的に。
俺は彼女の体に合わせて、色味とサイズ感を確認するフリをした。
これで「あてがい作戦」は回避され、俺の身の安全は確保され――
(――ッ!?!?!?)
(ピーーーーーーーーーーーーーッ!!)
(ドッゴォォォォォン!!)
脳内で、心電図の停止音と爆発音が同時に響き渡った。
(き, 緊急搬送ォォォッ!! 患者(私)、息してません!!)
(バイタル危険域! 心拍数200オーバー! 血圧も急上昇中!)
(先生! ダメです! ターゲット(佐鳥)からの「逆アプローチ」が心臓に直撃しています!)
今度はERか。バリエーション豊かだな。
俺の目の前で硬直している朝比奈の脳内では、スクラブを着たミニ朝比奈たちがストレッチャーを押して走り回る、緊迫の医療ドラマが始まっていた。
(クソッ, なんて威力だ……! まさかカウンターで「服を選んであげる」攻撃を仕掛けてくるとは!)
(視線による熱量が止まりません! 網膜が焼けます! 体温上昇、オーバーヒート寸前です!)
(除細動器(AED)を持ってこい! 今すぐショックを与えて正気に戻すんだ!)
(ダメです! 充電が追いつきません! このままでは患者が「尊死」します!!)
(諦めるな! 「佐鳥くんの笑顔」という特効薬を投与し続けて持ちこたえさせろ!)
……俺は真顔だぞ。
それに「尊死」って医学用語じゃないだろ。
朝比奈は茹でダコのように顔を真っ赤にし、パクパクと口を開閉させている。
普段は完璧にポーカーフェイスを保つ彼女だが、予想外のカウンターには免疫(抗体)がなかったらしい。
「あ、あう……さ、佐鳥く……」
「……なんだよ。イヤなら戻すぞ」
「い、イヤじゃない! ……うれ、しい……です」
最後の方は蚊の鳴くような声だった。
そして聞こえてくるのは、心拍計の音……ではなく、なぜか『アメイジング・グレイス』。
あ, 手遅れだったか。
俺はため息をつきつつ、ハンガーを戻そうとした。
その時だ。
「あら、お兄さんたち、カップルでお揃いのウェア?」
横から、店員さんが満面の笑みでカットインしてきた。
「今なら二枚セットでお得なキャンペーンやってるわよ。彼女さん、彼に選んでもらって幸せそうねぇ」
――ピシッ。
朝比奈の動きが、完全に石化した。
(……カ) (……ップル?) (……えらんで, もらって?)
俺は「しまった」と思った。
ただでさえ『アメイジング・グレイス』が流れている脳内に、第三者からの「カップル認定」という燃料を投下してしまった。
「いや、俺たちはただのクラスメ――」
「か、カップルに見えますか!?」
俺の言葉を遮り、朝比奈が食い気味に叫んだ。
さっきまでの羞恥はどこへやら、その瞳は「言質を取りに来た」敏腕弁護士のように鋭い。
「ええ、とっても。彼氏さんがリードしてあげてて、お似合いですよ~」
店員さんのトドメの一撃。
((((((((昇ォォォォォォォ天ンンンンン!!!!))))))))
朝比奈の魂が、口からエクトプラズムのように抜け出ていくのが見えた。
(聞いた!? 聞いたわよね!? 『お似合い』認定いただきました!)
(しかも『彼氏さんがリード』! 今日の佐鳥くんのカウンター攻撃は、すべて愛ゆえのリードだったのね!)
(深い! 愛が深いわ佐鳥くん! もう籍を入れるしかない! 入籍! NEW籍!)
……思考の飛躍が光の速さを超えている。
俺はカウンター狙いで出した手が、結果的に彼女の妄想を加速させる「神の一手」になってしまったことを悟り、深く項垂れた。
「……これで注文するか、朝比奈」
「はひっ! はい! 買います! 一生大切にします!」
クラスTシャツだぞ、これ。
イベント終了後はパジャマにするか母親の部屋着にしろ。
俺はふらつく聖女様の背中を支えながら、レジへと向かった。
今日のミッションは、まだまだ終わりそうにない。




