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「お帰りなさい!ヘーゼルさん!」
メレドーラ家に戻ると、玄関ホールでソワソワしたシャナが待っていた。
「シャナ様?」
「いま、お疲れかしら?」
「え?私ですか?……いえ、特には」
「じゃあ、お腹は空いてる?」
「いいえ、お昼が遅かったので、そんなに……」
「よかった!じゃあ、一緒に来て!」
シャナに手を取られ、そのまま二階の客間へ。
部屋の前で侍女が恭しく扉を開け、シャナはヘーゼルに先に入るよう手振りで示す。
怪訝に思いながら足を踏み入れると、視界に飛び込んできたのは色とりどりの衣装や小物が並ぶ光景だった。
「これは……?」
「どうかしら?」
「どう、と言われましても……」
戸惑いつつ見回せば、町の女性が着るようなドレスをまとったトルソーをはじめ、上質なブーツや小物、バッグ。そしてひときわ目を引くのは、花冠のついた華やかな帽子。
カラフルで賑やかだが、どれも一級品の気品が漂っている。
「ヘーゼルさんがアクオスと花祭りに行くって聞いたの。だからお礼も兼ねて、お祭り用に用意させてもらったのよ。ゼルダも一緒に選んだの。今日は騎士科の遠征で来られないけど……ねえ、ヘーゼルさん、もっと近くで見てみて」
呆然と立ち尽くすヘーゼルの背を、シャナがわくわくした様子で押す。
「シ、シャナ様……あの」
「ねえ、着てみせてくれない?絶対似合うと思ったの。サイズも見たいし」
そう言うや否や、侍女たちが現れ、衝立のある方へヘーゼルを誘う。
気づけば、彼女は町娘風の可愛らしいドレスに着替えさせられていた。
「まあ!やっぱり思った通り、似合うわ!とっても可愛い!」
シャナが声を上げ、周りの侍女たちも一斉に頷く。
「シャナ様……なんと申せばいいか……。お祭りには普段着で行くつもりでしたから、まさかこんな可愛いドレスを……」
まだオロオロしながらも、鏡に映る自分を見てヘーゼルの唇が小さくほころぶ。
「気に入ってくれたなら嬉しいわ」
「も、もちろんです!私、こんなに素敵なドレス持っていませんから……本当に嬉しいです」
「じゃあ、あの帽子も被ってみて!」
「お花の帽子、ですか?」
シャナが自ら手に取り、ヘーゼルの頭にそっと載せる。
まるで本物のように作られた花々は白を基調に、紫の花がグラデーションであしらわれている。
その帽子は派手すぎず、それでいて地味にもならない。
繊細な意匠が一目でわかる品だった。
「とても……とても綺麗で、私なんかが被るのはもったいない気がしてしまいます……」
ヘーゼルは壊してしまわぬように、そっと白い花びらに指先を触れた。
「いいえ、とてもお似合いよ。品があっていいわね!しかもちゃんと花々が主張しているわ。さすがお義母様の手作りっ!」
満足げに言い切るシャナの言葉に、ヘーゼルは固まった。
(……お義母様の手作り?)
ヘーゼルの瞳が大きく見開かれる。
(え?……て、ことは……ラグーナ様の?……ええ?……それは、さすがに恐れ多い……)
手先がかすかに震える。
「あ、あの……シャナ様?この帽子って……ラ、ラグーナ様の手作りなのですか?」
「そうなのよ!花祭りと言ったら花の帽子でしょう?やっぱりお義母様のセンスはピカイチだわ。ほら、ヘーゼルさんとても似合ってる!完璧!」
確かに帽子はヘーゼルに似合っている。
お店で見かければ、間違いなく自分でも手に取っていただろう。
だが、それがラグーナの手によるものだと知った途端、話は別だった。
「そ、そんな貴重なもの、私なんかが……」
「何を言ってるの?ヘーゼルさんだからこそ、お義母様も張り切って作ってくださったのよ。被らなかったら、むしろお義母様が悲しまれるわ」
「そ、それは……確かにそうかもしれませんが……。ラグーナ様の大切なお時間をいただいたと思うと、どうしても恐れ多くて……」
「ねえ、ヘーゼルさんがそう思うなら、なおさら喜んで被ってくれる方が、お義母様も嬉しいはずよ。だから、そんなに気に病まないで。気に入ったって言って?」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、ヘーゼルは胸が熱くなった。
恐れ多い気持ちはあるけれど、それ以上に、自分のために誰かが心を込めて作ってくれたことが、素直に嬉しい。
「……はい。もちろん気に入りました!こんな可愛らしい帽子は見たこともありません。宝物です、大切にします!」
言葉を口にすると同時に、ヘーゼルの顔がぱっと明るくなった。
その様子に、シャナも大輪の花のように笑みを咲かせる。
「なら、よかったわ!」
二人の笑顔が重なり合い、花祭りを前にした部屋は一層華やいで見えた。
ヘーゼルは帽子を鏡越しにもう一度見つめ、今度は心から嬉しそうに被り直す。
「ラグーナ様にお礼を……」
「あ、それなんだけど、今日お義母様は婦人会で出かけているの。戻られたら、ぜひ『嬉しかった』と伝えてちょうだいね」
「はい!こんなに素敵なドレスに帽子に……しかも靴や小物まで!とても素敵で……すごく嬉しいです。シャナ様、そしてジゼル様にも……本当にありがとうございます」
「ふふ、あまりに可愛すぎてアクオスは倒れちゃうかもしれないわね!当日が楽しみだわ」
「いやいや、流石にそれはないです!でも……褒めていただけたら嬉しいですが……」
ヘーゼルは、レイであるアクオスを思い描きながら、『レイならきっと褒めてくれる』と、笑顔になった。
そんな和やかな空気のなか、突然ドアが勢いよく開いた。
「助教授っ!!」
駆け込んできたのはナーラスだった。息を切らせ、両手に瓶や小箱を抱えている。
「ちょっと、ナーラス!ノックぐらいしなさいな! もしヘーゼルさんが着替えていたらどうするの!?」
「あ、ああ、ごめんなさい……!でもどうしても今、助教授に見ていただきたくて!化粧品とハンドクリームが、ようやく出来上がったんです!ぜひ確認を!」
その顔は満足感と興奮で輝いていて、目がきらきらと煌めいていた。
ヘーゼルはその様子に思わず笑みをこぼす。
「ナーラス様、出来上がったのですね?思っていたよりずっと早いです!ぜひ拝見させてください」
そう言うと、ナーラスは「ではこちらへ!」と期待に満ちた眼差しでヘーゼルを促す。
「ちょっと待って。私も一緒に行くわ。販売者として確認しないと!私にも見せてちょうだい」
シャナも立ち上がり、楽しげに二人のあとを追った。




