48 雨が拭い去った
「なんで、こんな急に増えたんだ? 電波、強くなったのか……?」
大樹が誰に言うともなくつぶやいた。
「いや……」
何かの機械をいじっていた市川先生が、それに答えた。
「電波は強くなっていません。ガウスメーターの値は変わってないです。」
「私が勧めなければ……」と言おうとして、市原先生はその言葉を呑み込んだ。ここにいる皆が、拍手で佑美たちが最初にシャワーを浴びることを勧めたのだ。
これを言ってはいけない……ということくらいは、いかに言葉の下手な市川でも分かる。
しばらく沈黙が続く。
激しい雨の音の中で、時おり青白い稲光が窓を照らし、その時だけカーテンに映るオレンジ色の光がかき消された。
少し遅れて雷鳴が轟く。
皆が不安な顔で落ち着かない様子を見せている中、佑美と陽南だけが静かに身を寄せ合って座っている。
そこだけは、別の空間であるようでさえあった。
「考えられるとすれば……」
と市川先生が、皆が忘れた頃になって先ほどの答えの続きを話し始めた。
「発生のエネルギーの閾値が下がった、ということでしょうか……。こんな状態では、スマホの通信圏内では水なんて使えない……。」
それは……、生活できない——ということでは?
雨は翌朝になってもまだ降り続いていた。
地面は相変わらず無数のオレンジ色で埋め尽くされている。
夜のうちに外からの情報がほとんど何も入ってこなくなった。
ただ雨の音とオレンジ色の光だけが、この家を取り囲んでいる。
政府にも連絡がつかない。自衛隊の関口さんとも連絡がつかない。小学校の白藤先生とも相変わらず連絡がとれない。
中でも稲生先生と連絡がとれなくなったのは、痛手だった。久留原先生とは電話がつながったが、なんだかノイズが多く、言葉が聞き取りにくい。
今、連絡がかろうじてつくのは、最初から連絡を取り合っていた身近な人たちだけになってしまった。
まるで、雨がこの家のまわりから何もかもを拭い去ってしまったようだ。
幸いにも沙緒里や葉子たちとは連絡が取れている。スーパーの古津店長とも連絡はついた。誠のお父さんの木田さんとも連絡は取れている。
巫女内亮太とは連絡が取れなくなった。病院は無事なんだろうか?
テレビは全て砂嵐になり、SNSの更新はまばらになった。その投稿のほぼ全てが、窓の外に広がるオレンジ色についてだけだった。
絶望的なコメントと、終末思想の投稿だけが散見される。画像や動画のついている投稿のアカウントはほぼ全て、その投稿以降の更新が途絶えた。
もちろん、天気予報など知る術もない。
そういうものを検索することでさえ、今は極度の緊張を伴う。
とにかく、部屋の中に水面を作ってはいけない。
佑美も陽南も誰かを雨の降る外へ押し出そうとしたりはしなかったが、部屋の中に水面があればどうなるか分かったものではない。
「雨、いつやむんだろう……」
悠が不安そうにつぶやいた。玲奈が泣き出しそうになって、玲音がその肩を抱き寄せた。
「これから、どうする? 雨がやんでも、水が使えない。お風呂どころか、食器を洗うことすらできない……。」
亜澄海が片頬に手を当てて、困惑した声で言う。
「逃げるか? 電波の届かない圏外へ。どうせもう検索してもマトモな情報は入ってこねーし。水なら、田舎の山ン中でも川があれば……」
大樹がそう言うと、泉深がすぐ反論した。
「あんたバカ、何言ってんの。食料はどうすんのよ? 電気もないし、冷凍食品は持って行けないんだよ? キャンプなんか、都市とのつながりがあるから可能なんだよ?」
泉深さんの言うとおりだ。と美緒は思った。
わたしたちはすっかり都市人間になっていて、自然の中で暮らす方法なんて全く知らない。
だからといって、このままここに留まっていてもいずれ食料は尽きる。流通がまともに機能しているとは思えない。手元にあるストックだけが全てだ。
昨日総理に面会した市川先生や亜澄海でさえ、政府の誰とも連絡がつかないのだ。政府もこの突然の発生爆発で崩壊したのかもしれない。
この先、救援が来るなんて、期待できるような状況じゃない。美緒もまた、ただ困惑することしかできないでいる。
本当にどうしたらいいんだろう?
「だったら、基地局ぶっ壊そうぜ。データ通信の電波が飛ばなきゃ、あれは発生しないんだろ? とりあえず、ここら一帯を『圏外』にしちゃえばいいじゃねーかよ。」
大樹が言うと、亜澄海が顔を上げた。
「そうだな。電源を止めちゃえば、ただの鉄クズだ。雨が上がったら、まずそれをやりに行こう。」
「そうですね。やりましょう。ガウスメーターを持っていけば、少しは探しやすいかもしれません。」
市川先生が明るい声で言った。
「でも……」
と美緒が不安そうに言う。
「沙緒里たちと連絡できなくなる。」
沙緒里の家族は香鈴の家で、感染した香鈴の家族の面倒をみているのだ。情報交換は欠かせない。
「私が、データ通信ではない通信手段を作りますよ。アナログな——。」
市川先生がちょっと嬉しそうな声で言った。




