39 秋場駐屯地
2階から、ぐったりした佑美の母親の陽奈を肩に担ぎ上げて、1人の自衛隊員が下りてきた。
その後ろを、両手を結束バンドのようなもので後ろに縛られ、片頬にアザを作った佑美が下りてくる。その後ろに、例の棒を持った自衛隊員がついて下りてきた。
「てめーら! 何を……」
大樹がつかみかかりそうな姿勢を見せると、下にいた1人が大樹の顔にぴたりと銃口を向けた。
「……!」
大樹は黙ったが、その目は死んでいない。銃を向ける自衛隊員をなお睨んでいる。
「このガキを縛り上げろ。」
佑美の後ろにいた隊員が一瞬で間合を詰め、何をどうされたのか分からない間に大樹は床にうつ伏せに押さえつけられていた。
慣れた手際で、あっという間に両手を後ろに回され、結束バンドで手首を縛られてしまう。
「すまんね、坊や。」
その自衛隊員は大樹に馬乗りになったまま、似つかわしくないほど穏やかな声でそう言った。横向きにされた顔のすぐ前に、あのスタンガンを取り付けた棒がまっすぐキチンと置いてある。
「せ……生徒に乱暴はやめてください!」
あの市川先生が銃を持った相手にそう言い放ったことに、その場にいた皆が驚いた。こんな勇敢さを、この先生はどこに隠し持っていたのか。
1階にいた隊員が、銃口は斜め下に向けたままで市川先生を見る。
「全員おとなしく車に乗っていただく。これ以上、手荒なことはしたくない。心配はいりません。司令官と話していただくだけです。」
市川先生の家に来たのは5人のチームだった。
車は護送車のようなものと幌付きのトラックの2台で、陽奈だけが気絶したまま護送車の方に乗せられ、あとはトラックの方に隊員3人と一緒に乗せられた。
もちろん佑美もトラックである。
佑美は美緒に支えられて泣いている。
「この子の手を解いてよ! なんでこんな酷いことするの? わたしたちが何をしたっていうの?」
美緒が向き合っている隊員の1人を睨みつけた。亜澄海がそんな美緒の片腕を手で押さえて自制を促す。
言われた隊員は、ちらと一番奥にいる先ほど1階にいた隊員の方を見た。どうやら彼がこのチームのリーダーらしかった。
その隊員が小さくうなずくと、美緒が抗議した隊員は、よっと立ち上がり、ナイフを抜くと「動くなよ。」と言って佑美の後ろに手を回して結束バンドを切った。
美緒は両手が自由になった佑美を抱き寄せる。
「よくも中学生の女の子にこんなことするわね! いつも人殺しの訓練ばかり……」
美緒はそこまで言いかけて、途中で黙った。
亜澄海が美緒の腕を引っ張って制止したからではない。穏やかにふるまってみせるその隊員の目の中に、ぎらつくような異様な光を見てしまったからだった。
威嚇や剣呑さではない。そう、もっと何か、追い詰められた小動物のような生命ぎりぎりのところにいる者の目の光だ。
こういう目をした人は怖い。
隊員は何も言わずに、もとの位置に戻って座った。
「おい。オレのも解いてくれよ。」
大樹が続いて抗議するが、奥のリーダーはにべもなく言った。
「おまえはダメだ。」
トラックはやはり秋場駐屯地に入った。
驚いたことに、建物が一部壊れている。壁が黒焦げになったところもあれば、弾痕と思しき傷もあちこちにある。燃えて鉄屑になった装甲車まであった。
まるで戦場だ。日本の中とは思えなかった。
どこかが攻めてきたのか?
それまで反抗的な目をしていた大樹も、これを見て唖然とした表情になった。
いったい、何があったんだ?
トラックはゲートからさほど遠くない建物の前に停まった。陽奈を乗せた護送車はさらに奥へと走ってゆく。佑美が、見開いた目だけで護送車を止めようとでもするようにその行方を追う。が、それ以上どうすることもできない。
トラックの全員が、下に降りるよう銃で促された。
「中へ。」
と指示されるままに従うしかない。
階段を上がって2階の1室に入るよう指示される。
「連れて参りました。市川弘夢と同じ家にいた生徒及び保護者も保護しました。感染していた保護者1人は、捕獲して収容棟の方に送ってあります。」
「全員かね?」
司令官と思しき人物が訊ねると、リーダーだった隊員は気をつけのまま答える。
「感染者を隠そうとしましたので。」
「お母さんです!」
佑美が甲高い声を上げる。司令官らしき男は一瞥しただけで、それを無視した。
「ご苦労。ああ、その子の拘束を解いて下がりたまえ。」
隊員が大樹の手の結束バンドをナイフで切ってから部屋の外に出ると、司令官らしい人物は椅子から立ち上がった。
「失礼。やや手荒であったのは許されたい。おかけください。と言ってもそんなパイプ椅子ですがね。
私は現在、この部隊の暫定指揮官を務めます河原大吾一等陸佐です。『どんぐり2021』というブログを書かれている市川弘夢さんは、あなたですか?」
「わ……私ですが……。」
市川先生がおずおずと答える。
ハンドルネームで書いているはずだが……?
「ああ、実名のことですか。この程度のことはハッキングまでしなくても、民間人でも割り出す技術を持った人はいますよ。」




