pt.2 暴れざかりのこどもたち -enfant terrible-
うーん、困ったな。
セリはおままごとをしているロフェと、それにつきあってあげているレキサを離れた場所から眺めながら悩んでいた。
二人がままごとで机にしている踏み台が必要なのだが、邪魔をしちゃいけないと思い、不要になるまで様子を見ているところだった。
しかし、早めに下準備をしないとそろそろ夕飯に間に合わないような気がする。
――仕方ない。
行儀が悪いので子供たちに見られたくはないが、セリは調理台の上に登ってしまおうと足をかけた。
そこへ早めに帰宅したボルターが現れ、慌ててセリは持ち上げていた足を下ろした。
「ボルター! ちょうど良かった。あのさ、一番上の棚に大きなすり鉢とすりこ木があったと思うんだけど見てくれる?」
「ん? すり鉢? ああ、いいぞ」
そう言って近づいてきたボルターは、セリの予想と反した行動をとった。
セリを軽々と抱えると、自分の肩に座らせるようにして持ち上げる。
「ちょっと! 何してんの!? ボルターなら背伸びすれば普通に見えるし届くでしょ!!」
「俺じゃ、どれがどれだかわかんねえもん。ほら、あったのか? さがせよ」
目的のものが見つかるまで下ろす気がないと分かると、セリは観念してすり鉢とすりこ木を棚の奥から引っ張り出した。
急がないと変態に尻をなで回されかねない。
「ありがとボルター。もういいよ。おろして」
しかしボルターは動かない。
不審に思ってボルターを見下ろすと、なぜかボルターは険しい顔をしながらものすごい眼力でセリの胸を凝視していた。
「…………なにしてんの?」
決して聞きたくはないのだが聞かないわけにもいかず、セリはおそるおそるボルターに声をかけた。
「ん? 今お前の乳に俺のエロスを注入して胸をでかくしてやろうと思ってな」
「ちょ……っ!? バカ! やめてよ!! おろして!! 今すぐおろしてっ!!」
「待て暴れんな! 落ちたら危ねえだろ! それにまだ右乳しか注入できてねえから左右の大きさが変になっちまうだろうが。待ってろ、今すぐ左乳にも俺のエロスを……っ」
「しなくていいっ!!」
セリは手に持ったすり鉢で必死の抵抗を試みる。
「バカお前! すり鉢で人の頭をどつくな! 痛えだろうが!」
しかし、ボルターが放してくれる様子がないので、引き続きすり鉢による連続攻撃を続ける。敵はセリを抱えているため手出しできず、セリの攻撃ターンは終わらない。
「おい! いい加減にしろ! すり鉢が割れるだろうが! 分かった! いったん止めてやるからひとまず落ち着け!」
おままごとをしていた子供たちも、いつの間にか父親と居候のケンカを固唾を飲んで見守っている。
「胸が大きくなるっていうのはあんたの弟子になってからの話でしょ!? なんで今私の胸を大きくしようとしてんのよ!? 私あんたの弟子じゃないし!!」
ボルターから十分に距離を確保して離れると、セリはすり鉢で胸をガードしながら真っ赤な顔で抗議した。
「ん? 借金ついでにお前のエヌセッズ入会手続きも済ませといたぞ。
お前はとっくに『エヌセッズのセリ』だ。そしてすでに正式な俺の弟子でもある。
さあセリ。何カップがいいんだ? 遠慮すんな、いくらでもでかくしてやるぞ。ただし、お前の体型バランスを見た上で俺的におすすめなのはな……」
「何勝手に決めてんの!? 勝手に私の筆跡真似してサインしないでってあれほど言ったのに!! いい加減にして!! 公文書偽造反対!! しかも犯罪!!」
セリは敢えて後半の話題に触れないようにして、ボルターの話を遮った。
「なあ、それよりお前はすり鉢出してきて何する気だったんだ?」
ボルターも当てつけかは不明だが、全く別の話題にして質問返しをしてくる。一瞬、腹は立ったが話が胸からそれたので、セリはそのまま会話の流れに乗ることにした。
「八百屋さんから規格外のかぼちゃをおまけしてもらったの。夕飯に使いたいんだけど、普通に出してもレキサもロフェも食べてくれないし、ポタージュにしようかなぁって」
セリの視線の先にある大きなかぼちゃを見つけ、ボルターが提案した。
「でけえな。鍋に入らねえだろこれ。俺が切ってやろうか?」
ボルターが手伝ってくれるのは珍しい。素直に甘えることにした。
「よし、危ないから退いてろ」
言うと同時にボルターはどこから出したのか、相棒の双子戦斧の片方をぬっと取り出した。
「夫婦円満! 毎晩イチャイチャ! だから子だくさん!!」
かけ声とともにバカでかい斧を振り下ろし、大きなカボチャは真っ二つになった。
――のは良いとして……。
「ねえ、いま変なかけ声しなかった? あとなんでわざわざ戦斧出したの?」
怪訝なセリの問いかけに、ボルターは勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべた。
「ん? どうしてだと思う? ちなみにこっちは子授け能力を持つカノンの方だ。こいつで割ったカボチャがどうなるか分かるか? その種、裏の庭に蒔いとけよ。来年すげえカボチャが育つぜ」
セリは目の色が変わった。
――変態の武器にそんなありがたい節約裏技が――!?
「ちょっとボルター!! そういう特技があるなら早く言ってよね!!」
セリは満面の笑顔で果物のカゴからレモンを出してくる。
「これも! これもお願い! いっぱい使うから買わないで済むならすっごい助かる! 超節約! 返済効率アップ!」
「おい、こいつは木だぞ。言っとくが収穫まで年単位かかるからな」
そう言いながらもボルターはレモンを受け取り上へと放り上げると、家の中にも関わらず大きな戦斧を軽々と振った。
「精力増強! 夜ギンギン!! ゆえに子だくさん!!」
気合一閃。宙に浮いたレモンは見事に真っ二つになる。
「……だからさっきからなんなの? その意味不明な呪文は」
「気合だ。またの名を真言とも言う。こういうのあった方がありがたい感じするだろ?」
こいつって、変態ってだけじゃなくて、頭もおかしいのかもしれない。
セリは自分の認識を修正することにした。
******
次の日、ボルターをギルドに送り出してから、セリは日課の買い物兼散歩をしていた。
道中にボルターが多額の借金をして建設している『子供の遊びから学びまでをトータルプロデュースする複合施設(仮)』の前まで来た。
最初は空き地で家を建ててるだけだと思っていたのだが、どうも上に上にと増築中で、すでに家のレベルを超えている。
――あいつ、何階建てにする気なんだろう。
よく考えたら、セリは借金こそ連帯で背負わされたが、図面や計画書などは全く共有してもらっておらず、建築物の方も一向に完成する気配はない。
セリとしてはさっさと一階で託児部門だけ開始し、収益を少しでも出して借金を返し始めたいところではあるが、ボルターの許可が出ない。
今やれているのは、今までもやっていた広場で子供たちと遊ぶことくらいだ。
市場のお母さん方の要望に合わせて、お昼や夕方の食事の支度の時間帯に面倒を見るようにしたら、そこそこ評判もいい。
雨が降ると中止になってしまうのと、短時間なので、ちょっとした小銭程度の稼ぎなのが残念なところではあるが、それでも小銭以外にも市場の人たちからお礼として食材のおまけなどをしてもらえるので家計的には助かっている。
「あ、いたいたセリ!」
小さな子供の声がして、セリは辺りを見回したが、誰もいない。空耳だったかと思い直すと、
「……セリ姉? もしかして知り合い?」
戸惑いがちにレキサがセリの袖をつまむ。
「きゃあ~! ちっちゃい~! かあいい~!!」
ロフェが黄色い声をあげる。
レキサが指さした方を見てみると、――いた。
セリを死の淵に追いやった恐ろしい種族、ピクシーたちが。
「ちょっと!! あんたたち! 人に見つかったらマズいんでしょ!? なに堂々と真昼間から出現してんのよ!!」
レキサとロフェを背中に庇い、セリは威嚇した。この二人は自分の命に代えても守らねば。
「えへ♡ きちゃった♡」
頭をかきながら、小首をかしげて小さく舌を出すピクシー。
かわいいが騙されない。油断すると踊り殺されてしまう。
「来ちゃった♡ じゃない!! 早く森に帰りなさい!!」
完全に邪険にするセリに向かって、ピクシーたちは憐れみを誘うような表情を浮かべてセリにすがりついた。
「実はね、追い出された上に、結界まで張られちゃったからしばらく帰れないの」
「そうそう、どっか人目につかないところある?」
「……は?」
仕方なくセリは周りに誰もいないことを確認すると、建設中の建物の中にピクシーたちを引き入れた。
薄暗い建物の中に侵入を果たすと、ピクシーたちは我先に事情をセリに説明し始めた。
「あのね、今ね、あたしたちの住処でね、『小さき者たちの決起集会』をやっててね、あたしたちがいると話し合いの邪魔だから出ていきなさいって追い出されちゃったの」
「そーそー、人間たちから身を守るための話し合いなのに、おれたちを人間のいるところにほっぽりだすってのが根本的におかしいよな~、さらわれたらどうすんだって話~」
「とりあえず、セリのところにでも行ってなさいって言われたんだよね~」
「そこでなんで私!?」
「大地の治療を受けても生きてたし、最後まで踊っても死ななかったし。セリってもう既にアタシたちと同類じゃん?」
同類にしないでと言いかけ、その前にずいぶん引っかかったセリフがあることにセリは気づいた。
「え? ちょっと待って。大地の治療で生きてたってどういうこと?」
「大地が拒否した人間だと、目の前に挿した木が埋めた人間の養分全部吸いとっちゃうから、干からびて死んじゃうんだよ。セリはほら、水っぽかったから余分な水だけ抜かれただけで終わったじゃん? だからセーフ!」
他のピクシーたちもセーフの手振りで真似をする。
「――っあんたたち! どんだけ私のこと殺そうとしてんのよ!」
わーい! セリが怒ったー! とピクシーたちはおおはしゃぎだ。
「セリ姉、ピクシーと友達になったの?」
恐れおののいた表情でレキサがセリを見上げる。セリはそんなレキサへげんなりした顔で返事をする。
「友達っていうか、殺されかけたけど運良く生き延びたら気に入られてしまったというか」
「ピクシーって友達になると困った時に助けてくれるんだよね」
「おくつ作るのがじょおずなのよね!」
レキサとロフェが言っているのは小人が出てくる絵本のお話だ。
小人が靴屋の手伝いをすると、靴が瞬く間に売れて大繁盛するというお話だったはず。
「あー、違う違う。わかってないなー、それはレプラホーンの方ね。ピクシーじゃないから」
ちっちっち、と指を立ててピクシーが得意げに説明してくれる。
「っていうか、オレたち、別に好きで人間の手伝いしてるわけじゃねえもん、な?」
「そうそう、さっきもちょっと言ったけどさ、オレらって人間に捕まると身ぐるみ剥がされて売られちまうんだ。たぶん人間の伝承に出てくるやつは運良くそいつらのとこから逃げ出して、うまいこと服をゲットして家に帰れたヒーローの話だろ?
そんなやつらほんの一握りで、実際は奴隷にされて死ぬまでこきつかわれてるやつらがほとんどさ」
急にきな臭い話が出てきて、セリは眉間にしわを寄せた。『奴隷』とは聞き捨てならない。
「あたしたち、服がなくなってしまうと家に帰る力がなくなって逃げられなくなっちゃうの。悪い人間は私たちを捕まえるとまず真っ先に服を奪って、それから売りに出すの。そうなったら死ぬまで働かされるんだって言ってた」
「ひっどい話! なんなのそれ。奴隷にするためにピクシーを捕まえようとしてるやつがいるってこと?
っていうかそれ私にしゃべっちゃダメだから! ここに人間いるから!!
レキサ! ロフェ! 今の話、人に言ったらダメだからね!」
ぴしっとレキサとロフェがセリに向かって敬礼する。
「それにしても結界が張られてるうちは帰れないんだっけ。ここにいればたぶん人目につくことはないと思うんだけど……」
セリは天井を見上げた。工事はまだまだ進行中だが、おそらく一階部分は完了しているので、ここに工事の人が出入りするような気配はない。
「ここなに? セリのウチ?」
ピクシーたちがセリにつられて、建物内に興味を持ち始める。
「仕事場……って感じかな。なんか子供と遊んだりするための場所になるみたいなんだけど」
「えー! じゃあこれじゃつまんないじゃん!」
「もっと楽しい感じにしようぜ!」
「いーね!」
セリは嫌な予感がした。
予感が的中し、ピクシーたちが一斉に散らばり、落書きを始めてしまった。指先が光り、なぞったところが色とりどりの軌跡になる。
花や星を描く分には微笑ましいが、『卑苦死威、参上!』と書くようなガラの悪いのが紛れている。どっちにしろボルターにバレたらやばそうだ。
「わーーーーーっ!! 待って! ダメ! 汚さないで!
まだローンが!! ローンがまるまる残ってるのに!!」
飛びかかって押さえつけようとするが、ピクシーたちは素早くなかなか捕まえられない。
「へへーん、普通の人間ごときがオレたちを素手で捕まえられるもんか!」
生意気なピクシーが今度は『仏恥義理』と書き始めた。風紀が悪いことこの上ない。
「セリ姉! どうする?」
「しぇり! わるいこにはおしおきなのよ!」
レキサもロフェもピクシーを捕まえようとしてくれるが、すばしっこいピクシーに指先すらかすらない。
セリは静かに息を吐いて、全神経を集中させる。
よく考えたら踊りで殺されかけた借りもある。本家の舞踊殺し屋集団出身者としてはこの雪辱は果たさなければならない。
というより、セリはあの日から兄弟子スズシロに詰られながらお仕置きされる悪夢を見続けていて、雪辱を晴らすまで逃れられないと思っていた。今こそ悪夢から解放される時だ。
「……いい加減にしないと、本気出すからね? やめるなら今だよ」
静かに低く、だか誰もが一瞬動きを止めるような声色でセリが呟いた。
しかし、ヤンキーピクシーだけが唯一、気丈にも次の文字を書き出した。次の文字は『夜』だ。
――書かせるかっ!!
セリは溜めもなく跳躍し、そのピクシーをあっという間に捕獲する。
「さあ捕まえたわよ。今すぐ落書きを消すなら許してあげる。言っとくけど脅しじゃなくて本気よ」
セリは膝でピクシーを押さえつけ、マウントの姿勢で静かに宣告した。
「なんだよ! 殴るのか!? やれるもんならやってみろ! ピクシーにひどいことをすると、後でひどい仕返ししてやるからな!」
周りのピクシーたちが心配そうに見守る中、捕まった当のピクシーだけは威勢がいい。
「殴るなんてするわけないでしょ? もっと楽しくて苦しいこと……さあ覚悟はいい?」
セリは笑みを深くすると、押さえつけているピクシーに手を伸ばした。
「ぎゃははは!! ちょっと待って!! ひいいいひひひ!! あっそこはダメ!! あひゃひゃひゃ!! あ! ダメ! そこはダメーーー!!」
スズシロ直伝のくすぐりプレイがピクシーを襲う。セリに的確に急所を責められ、ピクシーは涙を流しながら悶絶している。
一応れっきとした拷問の一種なのだが、傷跡も残らないし、見た目が楽しいので拷問風景に見えないため、人前でも公然と行うことが可能だ。
ちなみにセリは過去に何度もスズシロからこれを食らい、失神したこと数知れずだ。
自分の意思と反して無理やり延々と笑わされることは、非常に体力を消耗し、呼吸すらできなくなる。この苦痛は受けたものにしか分からないだろう。
「どうする? 笑いすぎると息ができなくなって死んじゃうらしいけど。
この子を助けたかったら落書きをやめて、元通りに戻して投降しなさい」
セリはくすぐりの手を止めないまま、他のピクシーたちに向けて呼びかけた。
「俺のことはいい! こいつの言うことなんか聞くな!」
息も絶え絶えに叫んだピクシーを、セリは静かな眼差しで見つめた。
「その威勢……いつまで続くのかしらね」
さらにくすぐりレベルを上げる。
「あはーん! そこは!! そこはあぁあ!!
はあはあ、だめーん! お姉さん、もっとおおぉぉっ!! あぁん! だめーん!!」
喘ぐピクシーの表情には、苦しみの中に歪んだ悦びにも似たものが見え隠れしている。それに気づいたレキサは羨望にも似た眼差しでピクシーを見つめていた。
「あっふーん!」
絶頂の吐息と共に気絶したピクシーを一瞥し、セリは他のピクシーたちへ警告した。
「こうなりたくなかったら、おとなしく落書きを……」
「ボクにも! ボクにもそれして!!」
「ああああたしにも! あたしにも!」
「はああぁ! おおお願いします!」
目を血走らせて、顔を上気させたピクシーたちが興奮ぎみにセリを取り巻く。
脅しのはずが逆に食いつかれてしまった。
「こちょこちょあしょびってたのしいのよね!」
ご機嫌で笑うロフェの横で、レキサが顔をわずかに赤らめながら小さな声でいいなあと呟く。
「わかった! みんなに順番でやってあげるから! まずは落書きを全部消して! きれいにできた子から順番ね!!」
結局セリはピクシーたちが帰れる時間になるまで、自ら刑の執行を志願し列をなす者たちへ、延々くすぐりの刑を執行し続けたのであった。
セリがその日の夜、家事が何もできなくなるほどの腱鞘炎になってしまったのは、また別のお話。




