32話 黒き商談
別視点です。
「ご依頼されていたものは此方になります。」
高価な調度品が置かれた応接室で二人の男性がテーブルをはさんで向かい合って座っている。
ニコリと笑みを浮かべて片方のソファーに座る黒服の男…プレイル・テンパーはリラックスした動きで鞄から小瓶を取り出すとテーブルの上にコトリと置いた。
反面、プレイルとテーブルを挟んで向き合って座る恰幅のいいエルフ…エレガンティア魔術大学錬金学科長のイェール・デスモントは緊張した面持ちでその小瓶を恐る恐る受け取る。
デスモントは手に取った小瓶に対し、鑑定で確認を行うと「た、確かに」と呟き懐へと仕舞う。
その後、デスモントは静寂を破るのを恐れるかのように一瞬逡巡した後にプレイルに対して質問を投げかけた。
「あー、既に本体の方は……?」
プレイルは目の前に置かれたティーカップの紅茶を口に含み、味わった後に口を開く。
「ええ、既に魔術科のお客様へ投薬済みです。
今日にでも症状は出るかと思われますので、後はデスモント様の御随意になさってください。
それ以上は私の方では料金外ですので関与いたしかねます。」
「分かりました。
後は私の方で処理いたします。
それで、今回は本当に特別料金でいいんでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。
最もそちらの小瓶と投薬済みの薬の原価の値段だけは頂きますが、私の労働分と手間賃につきましては今回限り特別料金で承りますよ。」
デスモントは再度の確認にプレイルが同意したことで安堵したのか深く息を吐く。
「にしても、」
ただ、今度はプレイルの方が口を開いたことで再び無意識に背筋を正し、緊張することとなった。
「イェール・デスモント学科長。
貴方の様な方にも私は認知されていたのですね。
こちらから話を持ち掛けるつもりでしたので些か驚きです。
私の事は誰からお聞きになったのですか?」
驚き、と言いつつ全く驚いた気配は見せずにそう問いかけた。
デスモントは言葉を選ぶようにやや迷いながら口を開く。
そもそも自分と対等以上の相手と話す機会の少ないデスモントは敬語の類がそこまで得意ではない。
「……祖父から。
そもそも、エルフの間ではやや有名な話です。
……まぁ、有名とは言っても寝物語の類としてですが。
祖父からその物語の人物は実在すると言われていたので。」
「寝物語、ですか?
どんな話なので?」
「……お気を悪くされるかもしれません。」
「いえいえ、構いませんよ。
エルフの間で有名なお話と言うだけなのでしょう?
別段デスモント様自身が私をどう思われているかは関係ありませんから、その程度の事で気を悪くしたりはしませんよ。
どうぞ、お話しください。」
あまり話したくないのか、遠慮がちに断ろうとするデスモントに対してプレイルはニコリと笑いながら諭すような口調でそう言った。
それでもデスモントはやや迷っていたが、諦めたように口を開き話し始めた。
「……金に対する戒めの話です。
金を払えば何でもどんなものでも用意できる黒い商人から色々と買って破滅するエルフの話ですよ。
なんでも金で解決するのは良くない。
金の執着は際限なく膨れ上がる。
だから金の亡者になると碌な事が無い…。
と言う話です。
祖父が言うにはその破滅するエルフも黒い商人も実在した、と言っていました。」
「…成程。」
話を聞く間に空になったティーカップをテーブルに戻すとプレイルが呟くように言い、そのまま続けた。
「確かにエルフは種族的に拝金主義的な者を嫌いますねぇ。
そこら辺の教えの賜物なのでしょうか。
それで言うなら私も嫌われそうなものですが。
…しかし一つ解せないのは、黒い格好の商人など探せばいくらでもいるかと思いますが、何故私だと断定なさったのです?」
「……その話は数は少ないですが絵本にもなっているんです。
戒めは子供に使う事が多いですから、絵がある方が分かりやすいのでしょう。
私の実家は地方ではそこそこ裕福な豪家でして子供向けの高価な絵本も置いてあったのです。
その絵本の挿絵の商人が丁度プレイル様と同じように特徴的な黒い眼鏡をかけていたのですよ。
後、一番決定的だったのは祖父から名前を聞いていたことです。
黒い商人の名前はプレイル・テンパー、破滅したエルフはグリル・ドムリーカと。」
「成程成程。
どの話かと思いましたがドムリーカさんですか。
いやはや、何が後世に残るか分かりませんねぇ。
彼は別段破滅したと言えるほど酷い最期ではなかったように思いますが…まぁ、戒めや過去の話は得てして針小棒大に言い伝えられる事が多いですからね。」
ニコニコと笑いながら懐かしむように言うプレイルを見て、連れられて笑みを浮かべつつ本当に当人であるなら何歳なのだ?と内心デスモントは疑問に思っていた。
プレイル自身は完全に人間族の見た目で亜人族や精人族ましてや魔人族には到底見えなかった。
見えなかったが祖父の代から口伝として残るのであれば少なく見積もっても数百年は昔の話である。
と、唐突にブー!ブー!と何か低いブザー音の様な物が室内に鳴り響く。
一瞬何事かとデスモントは腰を浮かすが、プレイルは別段慌てることなくそれを手で制す。
そして、「ちょっと失礼します。」とだけ言うと自分の服の内側から黒い道具を取り出した。
音の発生源がその道具だとデスモントが気が付くころには、既にプレイルが顔の横にその道具を当て話はじめていた。
「お待たせしました。プレイルです。
ええ、お久しぶりですね。
貴女から連絡があるとは珍しい日もあるものです。」
その様子からどうやら通信に関する魔道具だとデスモントは察した。
通信に関する魔道具は錬金科より魔導工学科の管轄だが、その有用性や実験の材料に錬金科も関わった事がある。
ただ、幾度かの実験を経ても幻想遺物よりかなり劣った性能の魔道具しか完成させられなかった。
しかもかなりの大型の魔道具である。
それを思うと目の前のプレイルが使用しているのも幻想遺物なのか?などとデスモントは考えていた。
「それで?
ふむ。
インジェノス帝国の近況についてですか?
私も最近はプリマイブ大陸の方へ足は運んでいないのですが…。
いえいえ、無いとは言いませんがそこまで確度の高い話はありませんよ。」
僅かだが相手の声がプレイルの持つ道具から聞こえてくる。
その声から察するに相手は女性のようだった。
「それでいいなら。
ええ、幾つかありますよ。
……いえいえ、元同僚からこの程度で報酬は頂きませんよ。
それに先程も言ったように確度の高い情報でもありませんからね。
極秘の情報も含まれていません。
あくまである程度裏付けのある噂程度、と言ったところです。
……さて、まずある程度確証がある話が5個、噂の域を出ないものが18個程ですかね。
ええ、私もそのつもりですよ。
口頭では何ですから後ほどメールでお送りしますよ。
ええ、ええ。
では現在商談中ですので。
ええ、わかりました。
では失礼いたします。」
プレイルはそう言い道具の通信を切ると、元の服の中へしまうでもなく少し屈むと自分の足元へその道具を置いた。
置いてそのまま元の体勢に戻るとデスモントの方へ向き直る。
「急にすみません。
さて、商談の内容を詰めましょう。」
「あ、ああ。」
急に話が戻ったことにやや面喰いつつデスモントは意識を取引内容に戻した。
「薬代は後ほど請求書を置いておきます。
後日ご用意ください。
メインの特別料金の方は今お話しいただけますか?」
「ああ、構わない。
…と言ってもこちらでも全容は把握できてない。
不明点も多い。
それでも構わないか?」
「構いませんよ。
ではお話しください。
数日前に地下から現れた種族不明の竜種について。」
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プレイルが帰った後、部屋で一人デスモントが深くため息をついた。
未だに数時間前から今にかけて会った人物が存在しているのか曖昧で何とも言えない気分でいた。
そこにコンコンとドアをノックする音が室内に響く。
「…入りたまえ。」
デスモントが急いで居住まいを正しドアの方へ向かってそう告げる。
「失礼します。」
扉を開け、若い男が室内へと入ってくる。
そのままデスモントの近くへと近付き、口を開く。
「お呼びしましたか?」
「ああ、ヒュルス君。
お客人が帰られらた。
後片付けをしてくれ。」
そう命令するとデスモントは応接室から自身の学科長室へと戻っていった。
それから数日後、2番手のデスモントとは覆しにくい票数差をつけていた魔術科の学科長の突然の選挙辞退によりデスモントが繰り上げで学院長へと就任することとなる。
風の噂では魔術学科長は運悪く流行り病にかかったが、錬金学科長の調合した薬により快方へ向かった。
その恩義として今回の選挙はデスモントへ譲る、との事であった。
更新が続かなくてすみません。
病気とかではないので心配しないでください。
転職活動やらで忙しいだけです。
読者の方もコロナに気を付けてください。
いつもお読みいただき感謝しています。
不定期な更新で申し訳ありませんが、今後ともお願いいたします。




