3話 その頃の魔術都市
別視点です。
少し短めです。
時間は少し戻り、グリムルとヴァゴスがエレガンティアから脱出した直後。
グリムルとヴァゴスが抜け出した禁術封印区域の上部縦穴から出た直ぐの『崖っぷち』と呼ばれる箇所。
その近くに集結していた警備隊の中のシェーマスとサムは後ろを振り返った後に顔色を悪くして恐る恐る顔を見合わせた。
最前列に居たシェーマスとサムからすればドラゴンが動いたかと思うと、一瞬で頭上を跳ばれて背後で凄まじい音が鳴った。
そういう認識しかなかった。
だが、その音の元凶となった物を見ればウッと顔を背けたる有様だった。
まず眼に入ったのは背後にあったエレガンティア魔術大学の塀で、既に破壊されて瓦礫になっていた。
一応、入学したてで破壊魔術を覚えたばかりの生徒が馬鹿な真似をする事もあって耐魔術用の強度がそこそこ確保されていた塀が、だ。
実際には物理的な強度はさほど普通の塀と変わらないのだが、魔術の造形にそこまで深くないシェーマスとサムからすれば、強力な破壊魔術でも傷つかなかった塀を見ていただけに、それが崩れているのは結構な衝撃だった。
そして、続いて目に入ってきたのは潰されて半ば地面にめり込んで臓物を撒き散らしてる同僚たち。
同僚と言っても前に行かされたシェーマスやサムなどの下っ端と違って、後ろの方に居たのは管理官クラスなので普段あまり仲のいい部類ではなかったが。
普段見慣れない生々しい死体。
しかも同族の物は見慣れずに吐きそうになっていた。
元々街中での任務が多く、しかも一番治安のよい大学区域を担当していたシェーマスとサムの所属する警備隊は血や臓物と言ったものに耐性が低かった。
そういった物への慣れをつける意味でも偶に敢行される外での討伐任務でも対象と遭遇しなければ、外で過ごすだけの野外任務と何ら変わらないからだ。
故に慣れない死体、しかもさっきまで意思疎通を取っていた仲間の死体と認識するや、顔色を悪くしてその場で吐き出す新兵が続出した。
昔からいる者からしても、そこそこ平和なエレガンティアでは仲間が死ぬという事は異常事態であった。
あちこちで発生した部隊の不具合で漸く我に返った生き残りの管理官が慌てて救護班を通信魔道具で要請していた。
それに続いて他の部隊も命令が下り事態収拾になんとか動き出す。
顔色の悪い新兵も取り敢えず他の仲間に支えられて動き始めた。
だが、シェーマスとサム……厳密にはその二人の部隊には声が全くかからなかった。
「……あれ、なんで俺達には声がかからないんだ?」
疑問に思ったシェーマスがサムにそう問いかけた。
「正確には俺達の部隊だけ……。
いや、他に何部隊か立ち尽くしてるな。」
「ああ、と言うかお前顔色がだいぶ悪いぞ。
大丈夫か?」
青いというか白くなりつつあるサムの顔色にシェーマスは不安そうにそう伝える。
「そう言うお前も大分酷い顔色だけどな。
まぁ、まだ大丈夫だ。
ちょっとな……。」
「まぁ、仕方ない。
警備隊は基本的に死ぬ危険の低い仕事だったからな。」
チラッと死体の方を見ながらシェーマスがそう言う。
話をしながら辺りを見渡していたサムが「あ」と声を上げた。
シェーマスはどうしたのかと首をかしげると、サムがとある方向を指さした。
「あれ見えるか?」
「あー、あまり遺体の方はまじまじと見たくなんだが。
どれだ?」
「あそこだ。
あの右端から二番目の遺体だ。」
サムに言われて仕方なくシェーマスは振り返る。
そのまま、サムの言う死体を眺めた。
「あっ、ああ……。
成程ね」
シェーマスも何かに気が付いたのか声を上げた。
サムの指した遺体はシェーマスも知っている人物のだった。
シェーマスは何とも言えない面持ちで口を開く。
「だから俺達には命令が来ないんだな。
命令を下す上司が死んでんだ。
当然か。」
「ああ、他の立ってる奴らも恐らく上司があそこで亡くなってるんだろう。」
「忌々しくは思ってはいたが、死ねとまでは思ってなかったんだけどな。」
「まぁ、別にお前がそう愚痴ってたから死んだ訳じゃないさ。」
シェーマスとその上司は普段から嫌って反発していたとは言え、憎んだりしていた訳ではない。
故にシェーマスも死んだからと言って喜ぶようなことは無かった。
寧ろどちらかと言えばあまり上司とかかわりを持つことも少なく、無関心だったサムの方が平然とはしていた。
「取り敢えず他の管理官に仕事を割り振る様に頼んでくるか。
お前も別に動くのに支障があるわけじゃないな?」
サムはさっさと気持ちを切り替えてシェーマスにそう尋ねた。
シェーマスは顔色を悪くしながらも無言で頷く。
頷いたのを確認するとサムは近くに居た別の管理官へと声をかける。
そのまま、命令系統から漏れていた警備部隊に上が気が付くと指揮系統に組み込まれて機能するようになり何とか動き始めた。
暫くして、事態の報告を上にあげた伝令が戻ってきて管理官に何やら手渡しつつ伝えた。
それに対して管理官が再び伝令に報告を伝えると伝令は元来た道を戻っていく。
管理官は何か少し考えていたが、程なくシェーマスとサムの部隊の方へと歩いてきた。
「なんか嫌な予感がするんだが。」
「奇遇だな。俺もだ。」
二人がボソッと互いにそう言い合っている内に管理官が目の前までやってくる。
因縁をつけられても嫌なのでシェーマスとサムは管理官が近づくと黙って口を閉じる。
以前の上司とは折り合いが悪かったが、次に上司になる相手とも折り合いを悪くはしたくないシェーマスとしては大人しくしておこうという算段で、サムもそれに乗っかる形だった。
管理官はシェーマス達の部隊をザッと見渡すと口を開いた。
「今から貴様らの部隊は一時的に大学区画第四治安維持警備隊に所属となる。
次期管理官が選定されるまではこちらの指示に従う事!
さて、早速次の命令だ。
ここにいる部隊は地下の禁術封印区域の中を調査してこい!
学院長からの許可状は発行済みだ。
あー、よし、そこのお前。
今任務の責任者とする。
今回の異常事態の原因を突き止めてこい。」
急に責任者に任命された部隊の仲間は戸惑っていたが、管理官に嫌とは言えず狼狽えつつ許可状を受け取る。
管理官は満足げに頷くと「以上!」といい、自身の本来の部隊の方へと移動していった。
「普通、こういうのって管理官が責任者になって指揮を執るんじゃないのかよ。」
「普通はな。だが今はうちの部隊の管理官は死んでる。
だから隣の部隊のあの管理官からすればこっちの部隊の指揮を執る気は無いんだろうよ。」
「じゃあ、何でわざわざ自分の部隊の一員だって宣言したんだか。」
「そりゃ、手柄が出たら自分の部隊の手柄にするためだろう。
死んでも元から自分の部隊の面々じゃないから惜しくないし、成功したら自分の指揮の手柄にできるからな。」
……前言撤回、やっぱり権力持った管理官とは仲良くできそうにないな、とシェーマスは感じていたが既に下った命令には従わない訳にもいかず、禁術封印区域へと入る脇の小屋へと歩を進めた。
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「どうなってるんだ!!!!!!!!」
デスモントは報告に来た伝令に怒りのあまり、たった今渡された報告書をよんで怒号を上げた。
伝令は一瞬怯むものの黙って紙に書かれたことを繰り返す。
「禁術封印区域より竜種が出現。
推定される種類は不明。
大学区画の壁を破って逃走、その後に市街区南門を破り都市外へと逃走しました。
人的被害は治安維持警備部隊で五名。
禁術封印区域の外側出口が内側から破壊されたとのことです。
区域の中側の調査は未確認ですので未だ不明です。」
「そんな事は分かっている!!!!
クソッ!何故こうも間の悪い……。」
じゃあ聞くなよ、と伝令は思ったが口を噤む。
「区域内の調査を早急にさせろ!
逃げた竜種についても調査しろ!」
「区域内の調査の件は既に開始しております。
逃げた竜種の調査につきましては、街中への被害が出たために既に管轄が学院長へと譲渡された後となっておりますので従いかねます。」
「ぐ、クソッ!
ええい、下がれ!」
伝令は一礼すると学科長室のドアを閉めて一息ついた。
デスモントは伝令が居なくなっても不快さを隠すことなく顔を歪めていた。
被害を抑えるために金をかけて外部者のギルドまで招集をかけたが結果は散々だった。
実際にはクエストギルドで招集の有ったギルドメンバーが駆けつけるより先に、グリムルたちが出て行っただけなのだが。
報告書にもギルドが駆けつけるより先に事態が発生と書いてあったが、デスモントからすれば金をかけて外部の応援まで頼んだが事態を収拾できなかった無能、と言われるのが目に見えていた。
選挙での風評被害は事実であれ無実であれ広まった時点で票数は落ちるのだ。
ましてや今回の事態は事実ではないにしろ視点を変えればある意味間違ってはおらず、競争相手には格好の口実を与える結果になりかねなかった。
せめても要因となった竜を捕獲できればまだやりようはあっただろう。
禁術封印区域にはデスモントの記憶では竜に関するものは封印されていなかった。
で、あるとするならば何かしら他の禁術の要因が折り重なって生じた事態であり、危険ではあるが研究すれば何らかの発見があった筈なのだ。
実際のところはグリムル自身は外部からの転移によって現れたのだが、デスモント自身はそんな事は知る由もない。
更にいうなればエレガンティア魔術大学全体には魔術結界が張られており、空間魔術でも外部からの干渉は制限がされている。
国宝級の幻想遺物を媒介に貼られた結界であり、その信頼感からか外部からの干渉があったという思考には至らなかった。
直ぐに竜を追跡して捕獲し汚名を雪ぐべく命令を下そうとしたものの、既にそちらに対する実行権限は学院長の方へと移ってしまっていた。
基本的に魔術大学の各学科内で発生した事故や事件は、明確な犯罪を除き各学科長が独自に調査と沙汰を下す権限が与えられている。
しかし、大学外に被害が及んだ場合には大学全体の問題にまで発展するため、即座に権限が学科長から学院長へと譲渡される仕組みになっていた。
今回の件であればグリムルが大学の塀を破壊するまではデスモントの権限でどうにでもなったが街中へと逃げた時点で学院長へと権限が移り変わったのだった。
故に権限を使って捕獲する方法も今は取れなかった。
もっとも権限があったとしても、これから夜になるこの時分に森林方向への警備隊の派遣はそもそも難しかったが。
今は事体の究明と今回の要因を調べて再発防止に努める位しかデスモントが外部へアピール出来る事が無かった。
その後、夜が明ける頃合いに禁術封印区域での調査も完了したとの報告が上がったが、デスモントが期待するような名誉挽回できそうな情報は残念ながら存在しなかった。
彼はそのまま頭を抱えながら選挙に挑むことになる。
いつもお読みいただきありがとうございます。
クリスマスっぽい話をしたくてもグリムルとヴァゴスの二人にはそんな風習は無い……。




