4話 偽装工作
あれからヴァゴスに言われたとおりに湖を左側に見ながら走り続けた。
空をちらりと見上げると月がそろそろ沈む頃合いだな。
つまりは生者の時間で吸血鬼の天敵である太陽が顔を出す時間帯。
案外長い間移動してたみたいだ。
にも関わらずまだ水面が見えてるって想像以上にこの湖はデカいんだな。
日が沈みかけの頃から日の出近くまでだから半日近くか。
生きてた頃ならその一割の時間程度走ったらとっくにばててただろうな。
動き続けれるって面では吸血竜の身体様様だ。
そうなった経緯はお世辞にもよかったとは言えないけどね。
さて、湖と森がずっと隣接した状態が続いてたが、段々と目の前で木が少なくなってきた。
ヴァゴスから聞いた感じここから先は森が無くなって平原が続くみたいだな。
森は東側に向かっては伸びているが南側では徐々に木が減っている。
このまま湖に沿って進めば遠からず平原に出る事になるだろう。
『ああ、夜明け過ぎになるかと思ってたが早く着いたな。
そのまま更にその平原を進めばマラドライ湖岸都市に着くはずだ。
……まぁ、潰れてなければな。
人間に保養所として有名な場所だった筈だ。
俺様も結構前の妖魔だった時代だが一回そこで召喚されたぜ。
ま、取り敢えずのところはこのまままっすぐ湖岸沿いに行くのは一旦終わりだ。
いくら保養所とは言え都市ではある。
当然魔獣に近い奴が近付いたら警戒されるしな。
むしろ各国の貴族が保養目的で家族と一緒に過ごす街だし、下手な国の都市より防衛はしっかりしてる。
一旦東側…あー、お前から見て右側に向かえ。
そっちに行けばオンベール山脈っつう山が見えてくる。
山脈が見え始めたらもう一回南に向えば人との遭遇は最低限に抑えられる。
山脈が見える頃合いにはまた夜になってるだろうし、たとえ人間に見つかった時にもリスクは低い。
夜になったら全身を黒くコーティングしてやるから、闇夜に紛れて平原を走り抜ければいい。』
太陽が出そうな時間帯に見つかるのが一番まずいって事か。
ま、そうだろうな。
一応ヴァゴスに全身コーティングして貰うとはいえ、もし戦闘になって、敵の攻撃で表面のヴァゴスが剥がれて身体が露出したらそこから俺の身体は燃え上がってしまう。
『ああ、序に今のうちに太陽対策ももうやっちまうか。
それにそろそろ人の領域が近いから外見の偽装もするに越したことはないだろうしな。』
ヴァゴスがそう言うと同時に俺の身体のあちこちからパキッ、ピキッと音がして鱗が割れる。
割れた間から赤味がかった玉蟲色の粘液が飛び出し、俺の鱗に沿って全身を包んでいく。
そう言えば空気に触れたらって話はどうなったんだ?
元々空気中では長く生きられないから俺の身体に寄生させてくれって話だったと思うけど。
今のこの感じを見ていると別段そんなことはなさそうだけどな。
俺の身体を包むって事は空気に晒されるって事じゃないのか?
そう疑問に思うと、俺の鱗の上を粘液で侵しながらヴァゴスが答える。
『そりゃ、外に出ても凝固せずに活動できる様になったのは、お前に寄生したからこそ出来る事だからだ。
お前と出会った時の俺様の恰好…まさに今お前の鱗の間から飛び出てるこの状態だが…この流動する血液の形態じゃ外に出たらお前の言う通りそう時間をおかない間に固まっちまう。
だが、お前からオドを貰えばそれに応じて好きに細胞を増殖させ変異させ、俺様の望んだ通りの器官を造れるからな。
……まぁ、その造りたい器官は一度食う必要があるんだが。
それに器官っつうのは何も臓器だけじゃねぇぞ。
肌も鱗も立派な身体の器官だ。
そういった物に変異させて俺様の乾燥に弱い身体の表面を覆えば何も問題ねぇよ。』
ああ、何にせよ培養液の時はオドが無いから、そう言う感じの活動はできなかったって事か。
今は俺の身体に入って俺のオドを供給してるからこそ出来るって事なんだな。
納得してると追加で声が響く。
『ああ、ちょうどいい機会だ。
今の内にお前の身体も可能な限り学習させて貰うぜ。』
え、どういう事だ?
と思うと同時に身体のあちこちで鈍い痛みが走った。
痛って。
なんだ!?
身体の表面だけじゃなく体の中も満遍なくあちこちに痛みが走る。
『いや、人間を食ったって話をしただろ。
同じようにお前の身体を少し取り込ませて貰ってる。
これで俺様がお前の身体を包んだ時に更にその表面を鱗で包めるからな。
他にも竜の器官を再現できるのはお前もありがたいだろ?』
そういう事は、もうちょっと、説明を、ちゃんとしてから、やれ!
いてっ!
了承を取れよ!!
『まぁ、すぐ終わる。
全身ちょっとずつ齧っただけだ。
吸血鬼なら死にゃしねぇよ。』
それって吸血種じゃない普通の生物なら死ぬ量を採取したって事だよな?
いてっ!
ヴァゴスの言う通り暫く待つと痛みは引いて、再生した。
まったく、だとしてもちゃんとやる前に言えよ。
言ったらまた今度って俺が言うだろうってか?
正解だけどな。
そしてヴァゴスが竜の身体を学習しつつ俺の身体の表面も余すことなく包む。
何と言うかもう少し苦しいかと思ったけど別にそうでもないな。
寧ろなんか温かいスライムに包まれた気分で心地いいくらいだ。
スライムに包まれたことないけどな。
昔祖父に数回連れて行ってもらった温泉のぬるま湯が近いか。
『ま、気分がいいなら何よりだ。』
ただ、一個言っていいか?
『なんだ?』
真っ暗なんだが?
『そりゃお前、眼もお前の身体の一部なんだからよ。
俺様が全身を包んだら何も見えなくなるのは当たり前だろ。
むしろお前の目が見えるって事は太陽の下に晒されるって事で眼だけ燃え上がるぞ。
そんなの嫌だろ?』
ああ、うん、まぁ嫌だけどさ。
視界ゼロでどうしろと?
昼間はずっとヴァゴスに包まれて夜になるまでじっと待つだけってならこれでいいだろうけどさ。
『いや、お前何の為に眼球と脳を接続する実験を行ったと思ってるんだ?』
あ。
そういやそうだった。
あまりにも視界が増えるのが気持ち悪くて、正直二度とやりたくなかったから思考の外に置いてた。
『お前、そんなに嫌だったのか。
ま、諦めて慣れろ。
使いこなせれば強力な武器になるんだぜ?
それに今回はお前自身の視界は無いんだから前ほど気持ち悪くはならねぇだろ。
慣れるのに丁度いい機会だ。』
それは分かってるけどさ……。
『分かってるなら問題ないな?
……ほら、外に眼球造ってやったぞ。
今脳と接続してやる。』
俺が混乱している間にサクサクと準備が整えられる。
暫くして、少し前に感じたのと同じ頭にピリッと電流の走る感覚。
同時にボヤーっと視界が見えてくる。
『お、見えたみたいだな。
もう視界をつなぐ事自体は慣れたし、大した手間じゃねぇな。
どうだ?』
少し待つと視界が明瞭になった。
なんか一回目に見せられた時より見やすい気がする。
『ああ、さっきは人間の目。
今回はお前から学習したての竜の目だ。
竜の目だから慣れてるんだろ。』
成程ね。
むう、だけどなんか微妙に違和感があるな。
『あー、恐らく眼の距離の違いか。
俺様が表面を覆ってその上に目をくっつけて、普段よりやや広いからそう感じるんだろうな。
ちょっと待ってろ。』
目の位置が微妙に動く。
『ちょうどいい塩梅になったら言え。』
そう言う声と同時に左右の目がグイっと外側を向いた。
おおう…、気持ちわりー。
そして、徐々に徐々に中心へと目が近づいてくる。
ああ、これで調整しろって事ね。
んーもうちょっとだな。
もうちょっと真ん中より。
……ここだ!
『よし、この位置か。
覚えておくぜ。
で、どうだ?
何か違和感あるか?』
うーん、いや、大丈夫だな。
特に視界に関しては違和感が無い。
普段見てる視界と全く同じだ。
確認するためにあちこち見てみる。
その過程でふと前足を見てみると、鱗が見慣れた俺の鱗色から緑と茶色の斑色になってた。
反対側の前足も同じ……。
見えないけどおそらく全身この色になってるんだろう。
なんだこれ。
『昼間だからな。
森の中で動くなら一番見つかり難い色だ。
インセプティ大陸全土の森に生息する迷彩蜥蜴って種類のオオトカゲの体表の色を似せてある。
第四級程度の大人しい魔獣だ。
身体をその魔獣に似せる為にも翼は収納して背中に密着させて、尻尾は一本に纏めてるぞ。
今のお前はパッと見、ただのでかいトカゲだな。』
言われてみれば背中の翼も動かないな。
尻尾も…確かに一本になってる。
なんか一本しかなかった頃を思い出して懐かしいぜ。
『ま、これならもし人間に見つかっても迷彩蜥蜴の特殊変異って思われるだけだろ。』
それは……どうなんだ?
特殊変異の立ち位置が分からん。
『特殊変異はあまり一般的じゃない個体進化した魔獣につけられる呼称だな。
普通の迷彩蜥蜴は大きくて2メルト程度。
対して今のお前は3.5メルト位の大きさに俺様が表面を覆ってるから4メルト弱ある。
加えて顔の付近に通常個体にはない角があるしな。
どう見ても通常個体じゃねぇよな?』
いや、特殊変異の言葉自体の意味はなんとなく響きで分かるけどさ。
そうじゃなくてそれって人間から危険視されないか?って意味合いだよ。
『まぁ、大丈夫じゃねぇか?
迷彩蜥蜴自体が結構メジャーな魔獣だし、数も多い。
当然母数が多いと特殊変異した個体も一定数は要るわけだしな。
それに戦えば第四級の迷彩蜥蜴とは言え、性格は大人しいから人間から喧嘩を売らない限りあんまり危険じゃねぇんだよ。
だから特殊個体でもあまり大事にされない筈だ。
少なくともエレガンティアでの竜種発生した事件と結び付ける奴は早々居ないと思うぜ。』
俺は知識が無いからそこらへんは分からんがそんなものか。
『ああ、危険じゃないと狩人の連中も進んで狩ろうとは思わない。
見つかってもあんま戦闘にはならねぇ筈だ。
まぁ、報告事態はイーホに行くだろうがな。
報告内容を吟味して調査依頼が発行される頃には俺らはとっくにマラドライ湖岸都市の近くにはいねぇ。
問題ないさ。』
まぁ、そう言うならそれでいいか。
ところで今の話の流れで一つ気になったんだけどさ。
『なんだ?』
前に鑑定の情報を送ったみたいにヴァゴスの知識を俺に送って貰えないのか?
『あー、別に不可能じゃないぜ?
出来るか出来ない聞かれりゃ出来る。
ただ、お前が吸収しきれないだろってだけだ。
肉体は吸血竜でも精神はまだ未熟だからな。
意識と知識の情報伝達はどっちかと言えば精神に負担がかかるから作業だ。
この前みたいに少ない容量ならいいが、大容量を送ればパンクしちまう。
俺様も送る情報を精査するのは怠いしな。
それにどこまでお前が理解して何処から理解が出来て無いのかってのを俺様が把握出来なくなる。
そうなると俺様も今後何かをお前に説明する時に困ることになるんでな。
基本はこうやって思念で会話して教えるのが一番楽だ。』
成程ね。
やらないのには理由があるんだな。
俺の思いつくことは大体ヴァゴスが思いついた上で理由があって、実行しない判断を下した事が多くてちょっと残念だぜ。
少しは驚かれるような提案をしてやりたい。
『生きた年数が違うんだ。
そこらへんは経験がモノを言うのさ。
仕方ねぇよ。』
まぁ、それは分かってるけど、それでもな。
『さて、偽装も済んだし太陽に対しても対策抜群だ。
気にせず森の入り口近くを突っ切ってオンベール山脈の方に向かおうか。
もし人間に見つかっても気にせず無視して進みな。
攻撃された場合はその時々で対処すりゃいい。
ま、多分されねぇだろうが。』
分かったよ。
……ちょっと普段より歩きづらいな。
こっちも何か違和感がある。
まぁ、視界と同じで歩いてれば慣れるかな?
身体の作りがちょっと変わってるんだ、仕方ない。
変わってると言うかいつもより大きくなってて関節とかが曲げづらいんだろう。
歩きやすい歩行法を試しながらのっしのっしと先に進む。
あんまり話が進まない……。
いつもお読みいただきありがとうございます。




