1話 移動手段
新章です。
ふう、ここまで逃げたら追ってこないだろう。
一旦のところは、だけど。
俺とヴァゴスがエレガンティア魔術都市から脱出して数十分位が経過した。
平原を抜けて森に入る。
それも門から出て道なりに続く舗装された道沿いの森じゃなく、道から離れて人の痕跡の少なそうな場所を探してある程度奥地に逃げ込む。
『取り敢えず一息付けそうだな。』
俺が足を止めて後ろを振り返ったタイミングで体内のヴァゴスがそう言った。
ああ、今から夜だし追って来る事もないだろう。
『ま、俺様もお前も休憩が必要な身体って訳じゃ無いけどな。』
ケッケッケとヴァゴスが笑う。
ま、そうだけど精神的に疲れるって事はあるだろ?
そう言ったら未熟な証拠だって言われた。
フンッ。
やさぐれつつ、ふと辺りに注意を向けるとあちこちに魔獣の気配がする事に気が付いた。
ちょっとした音とかが聞こえてくるんだよね。
餌とでも思ったのか俺達の近くまで来る奴もいたが、俺の姿を視認したとたん逃げて行った。
でっかい熊みたいなやつだ。
迷宮と違って腕は四本の普通のやつだった。
俺を襲うのはやめたみたいだけど人間が来たら多分襲われるだろう。
そんな場所に態々危険を冒して人間が夜来るとは思えない。
ましてや俺の起こした事態の収拾で忙しいだろう。
忙しいといいな。
『とは言っても朝になって日が昇ると同時に捜索隊が組まれるだろうな。
足跡が残ってる以上、この森の中程度までは探されるだろう。
いくら俺様がお前を覆って昼も動けるようにしても夜よりは戦闘能力は落ちる。
だから暗くなった今の内に移動しておくに越したことはないぞ。』
足跡か。
そこまでは考えてなかったな。
なんにせよこの夜の内に行動しないとダメなんだな。
そう考えると取り敢えず移動した方がいいだろうって思って再び移動を始める。
『ヘイ!ちょっと待て!
確かにのんびりする時間は無いが焦る程でもねぇ。
闇雲に動いてもいい事ないぜ?』
むぅ。
足を止めると、ヴァゴスが話しかけてくる。
『さて、グリムル。
取り敢えず、お前の目標はプリマイブ大陸のインジェノス帝国を目指すって事でいいのか?』
ああ、そのつもりだ。
お前の自由になる為に協力するのはその後でいいって話だったよな?
『ああ、そっちはそれで構わない。
それでお前はここから具体的にどうするつもりだ?』
ぬ。
うーん、まぁ、そうだな。
取り敢えず別大陸って事だしプリマイブ大陸に戻らないとダメだよなぁ。
でもここが別の大陸で遠いって事は分かってもどの位遠いかまでは分からない。
それに何よりどっち方向にその大陸があるのかも分からない。
確かに闇雲に動くべきじゃないか……。
『だと思ったぜ。
お前、一匹じゃここから脱出しても詰んでたんじゃねぇのか?
俺様が居てよかったな。』
やれやれ、と頭の中から聞こえる。
ぐぬう。
でもまぁ、その通りだしなんも言えないな。
『仕方ないから俺様が物を知らぬお前に教えてやろう。
お前が…俺達がインジェノス帝国を目指す手段は大きく分けて二つある。
ひたすら移動する方法と転移魔術を使う方法だ。』
転移魔術って俺がこっちに飛ばされた奴だな。
確かにあんな一瞬で移動できるならそれに越したことはない。
『ああ、確かに可能なら一番早い。』
可能なら、を強調してそう言ってくる。
なんか含みのある言い方だな。
『含みを持たせてんだよ。
可能なら早い、だが残念ながら現実的とは言い難い。』
それはどういう意味合いで難しいんだ?
実際に俺は一瞬で移動したから不可能じゃないと思うんだけど。
『まず一つ目にお前が移動したような超長距離、それこそ惑星の反対まで飛ばすレベルの転移術式を俺様は知らない。
お前の記憶を漁れなけりゃ本当にインジェノスから来たのか疑うレベルだ。
今の一般的な国家の持つ転移術式の転移可能な距離はもっと短い。
精々が隣国に移動できれば上出来ってレベルだな。
お前が何で飛んできたのか経験豊かな俺様にも分からないって事だ。
二つ目にそもそも俺様もお前も転移術式、もとい空間魔術に関する知識が無い。
お前は全く知らないし、俺も触りしか知らない。
三つ目、そうなると何処かの術師に頼むか、施設を利用する必要がある。
だが、さっきエレガンティアから逃げたから分かる通りお前の外見はまともに人間と交渉のテーブルに付くことが難しい。
更に言うなら別の国に転移する場合にはその国から許可を貰う必要がある。
許可が無ければ仕事をしてもらえねぇ。
四つ目、よしんば交渉のテーブルに着いたところで相手に見返りとして渡せるものが何もない。
俺様もお前も金なんて持っちゃいないんだ。
ただでさえ高額な空間魔術師に対する支払だからそれなりの値段がする。
依頼に必要な金を貯めるだけでかなりの時間を食うだろうな。
それに三つ目と一緒だが貯めるにしてもどうやって通貨を貯める?
お前の姿じゃ人間と交渉は難しんだぜ?
……とまぁ、以上の理由だ。
オーケー?』
……まぁ、納得だ。
考えてみればそりゃそうか。
せめて俺がここに来た手段が分かれば何とでもなるんだけどな。
俺が飛ばされた先には魔術とかの何かしらの痕跡なんてなかったし。
改めて考えるとなんで俺はこんなところに飛んで来たんだ?
最初はシドがやったのかって考えたけど、今のヴァゴスの話的にそれは無いだろう。
あいつにそんな技術があるとは思えない。
それに何より俺を遠くに飛ばすメリットが無い。
『まず、ヒュマスのオドじゃ足りねぇな。
もし術式的に可能だとしても国家レベルの魔力が必要だ。
余程の目的が無いと使わねぇだろ。
そもそも、お前の言う通り動機もねぇしな。』
考えてるとヴァゴスが口をはさんでくる。
それじゃ、今から空間魔術を学ぶのは……無理だろうな。
分かってるよ。
分かってるからそんな冷ややかなイメージ送って来るな。
ヴァゴスも言ったけど誰から教わるんだって話だ。
何をするにしても人間と接触できないって縛りが案外こういう状況において重いな。
竜天獄じゃ人間と接しなかったし、インジェノスでは人間に全て管理されてたから気が付かなかった。
となると、必然的にさっきヴァゴスの言ってた残る手段の「ひたすら移動する方法」になるのか。
その場合だと、どの位時間がかかるのか見当もつかないけどな。
『まぁ、かかる時間はこの際置いておけ。
これが人間ならともかく助けたいエヴァーンは吸血鬼だろ?
そうそう死にやしねぇよ。
もし死んでるんだとしたらもう死んでる。
死んでると言うか滅されてる。
多少時間をかけても変わらねぇよ。
変わったところで空間転移ができないお前からすれば考えたところで詮無き事って奴だよ。
と言うか、そもそも捕まったって決まった訳じゃねぇだろ。
どっちかって言うとその確認に行くんだからよ。
ま、俺様も現実的な手段としては地道に移動するしかねぇと思ってるぜ。
確かに時間はかかるが仕方ねぇだろ。
今考えられる中では一番現実的な手段だ。
少なくとも今から空間魔術を勉強するよりはな。』
厭味ったらしく言うなよ。
ちょっと言っただけじゃないか。
……まぁ、じゃあ仕方ない。
他に手段が無いなら地道に移動する選択肢しか無いだろう。
で、何処に向かって移動すればいいのか分かるのか?
俺は全然分からんが。
そもそも竜天獄と帝都と迷宮から出た事が一回も無いんだ。
当たり前だが初めて来た場所に土地勘なんてあるわけも無い。
天性の方向感覚なんてものも持ち合わせてないしな。
『ああ、安心しろ。
俺様にはちゃんと心当たりがある。
俺様が居てよかったなぁ?感謝するんだぞ。
さて、地道に移動するとして取れる進路は三つ……いや二つある。
一つ目はこのまま東に抜けてユルグルカ海岸国のマルカから船に乗ってダルアダーリ大陸経由でプリマイブ大陸を目指す方法。
もう一つは南東方向に向かいハウィネン公国のウィネバからデバスター大陸経由でプリマイブ大陸に行く方法だ。
……厳密にはもう一つあるがレリージオ法国を通るんでな、俺様とお前にはリスクがデカ過ぎるんで却下させてもらう。
なんにせよインジェノスの真反対に居るから東から行っても西から行ってもあんまり変わんねぇよ。』
ふむ。
当たり前だがそういわれてもピンと来ないな。
大陸経由って事は海を渡るのか?
『当たり前だろ。
俺様とお前の今居るインセプティ大陸と目指す先のプリマイブ大陸は地続きじゃねぇんだ。
さっきも言う通り一番遠い場所にあるんだよ。
惑星の反対側だぞ。
あー、惑星の概念を理解してねぇな?
今度説明してやる。
取り敢えず世界で一番遠い場所って思っておけ。』
一番遠い場所か……。
何でそんな世界の果てみたいな場所に来たんだ。
『別に世界の果てじぇねぇけどな。
と言うか世界に果てなんてないが。
……因みにダルアダーリ大陸経由ならプリマイブ大陸の西海岸に着く。
つまり帝都ヴィトゥルームのある方角だ。
対してデバスター大陸経由なら東海岸につく。
こっちはプリマイブ大陸に着いてから更に内陸を移動する必要があるな。
まぁ、その分船旅自体をしてる時間は少ないが。』
うーん、陸で移動するのがいいか船で移動するのがいいかって事?
『ま、どっちもあんま変わんねぇけどな。
強いて言うなれば、って程度だ。』
と言われてもな。
説明に出てくる国の名前のほとんどを聞いたことないしな。
今の話の中で知ってるのはデバスター大陸位だぞ。
『デバスター大陸のファンディ魔王国だな。
厳密にはその都市のハイガンの港を経由する。』
ふむ。
『因みにダルアダーリ大陸の場合はキスロヴォツクって言うエルフの国だな。
その国のアバルキンって都市経由だ。』
ううむ。
初めて聞く名前ばっかりで分かんないよ。
話を聞いて教えてくれるのはありがたいが俺は判断付かん。
ヴァゴス的にはどっちがいいとかあるのか?
『おいおい、俺様に意見ばっかり求めてたら思考力が育たねぇぜ。
って言っても知識が足りないって言うなら仕方ない。
知識不足は思考では補えないどうしようもない事だしな。
精々頑張って知識を身に着けろ。
話を戻すなら俺様のおすすめはデバスター大陸経由だ。』
なんで?
『デバスター大陸の唯一国家ファンディ魔王国は良くも悪くも平等だ。
あそこは珍しい事に吸血種が他の種族と同じように過ごせるんだよ。
それにお前みたいに身体のデカい奴もいる。
グロリア・アローサルオリジンも住んでるからな。
竜種だろうと意思疎通が可能な事を示せば揉めずに街中に入れて貰えるだろう。
そして街に入れたら情報収集ができる。』
成程。
他の町じゃ出来ない交渉事が可能な場所って事か。
『それにもう一個利点はある。
デバスター大陸は大気中のマナが濃くてな。
その影響か珍しい物が多いのさ。
ま、持ち出しを制限されているのが多いけどな。
そして、珍しい物が多く、制限されてるとくれば非合法な連中の出番だ。
つまり他の国と比べて違法に入出国しようとする連中が多い。』
ええっと、その話の何が利点なんだ?
そう思ったらヴァゴスが呆れた様にため息をついたのが分かった。
なんだよ。
『……お前、プリマイブ大陸以前にデバスター大陸にそもそも向かうのにどうするつもりなんだ?』
そりゃ、海を渡るんだから船に乗っていくしかないだろ……。
ん?船に乗らないとダメなのか。
船……あっ。
『ようやく気が付いたか。
そうだよ。ここでまたしても人間と接触を持てないって縛りが効いてくる。
だから船を奪い取るしかねぇ。
ただ、そこらの船を奪ったんじゃ、ばれたらデバスターでもお尋ね者だ。
そいつはマズい。』
唯一と言っていい俺が大手を振って歩ける場所みたいだもんな。
そんな場所にまで入れなくなったら悲しい。
……ああ、分かったぞ。
だから非合法な連中の中でデバスターに向かおうとしてる奴から船を奪おうって事か。
それに乗っていけばいいと。
『ああ、そういう事だ。
賊からなら何を奪っても合法的に奪った奴の物だからな。
賊に物の所持する権利は与えられてねぇ。
寧ろ名の知れた賊なら討伐報酬が出るくらいだ。
そいつらの船を奪って船旅と行こうか。』
となるとさっきの話的にハウィネン公国のウィネバって場所を目指せばいいのか。
……どっちだ?
『南東だ。
あっちの方向だな。
幸いさっき逃げてきたエレガンティアのある方とほぼ逆だ。
まっすぐ進んでいいだろうよ。』
エレガンティアの方角だったら迂回しないとダメだろうからな。
進むべき道が分かったところで早速そちらへ移動を開始する。
迷宮と違って俺を見かけても襲ってくる奴はいないから地上の移動は楽でいいな。
疲れ知らずの身体ってのも楽で助かるよ。
移動するだけなら精神的に疲れることもないしな。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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