22話 鎧袖一触
速攻で襲い掛かって来るかと思いきや、武器は構えているものの人間達は固まっていた。
よく見ると何かに驚いているみたいだけど、何に驚いているのかまでは分からない。
取り敢えず周囲の人間に動きがあれば、自分も直ぐに動けるように注意を払いつつ辺りを見渡す。
たしかヴァゴスの言では南側が良いって話だったと思うけど……。
『丁度正面方向だな。
少し遠くに高い壁が見えるか?
あの壁が近いだろ?
あれが町を守る防壁だ。
壁を越えさえすれば後は一直線に逃げるだけでいい。』
了解。
んじゃ、あっちに行けばいいんだな。
さて、目の前の人間達をどうしようか。
試しに俺が一歩踏み出すと人間が一歩下がる。
うーん、これなら普通にまっすぐ逃げられないか?
でも走ると人間を踏ま無いように気を付けつつ進める自信は無い。
空が飛べたらなぁ。
『空が飛べたとしても防壁に設置された門から出ないといけないことには変わりないぞ。
確か、魔術都市の空には防壁からドーム状に障壁が展開されていたからな。
今のお前じゃ突破できねぇ。
精々が勢いよく障壁にぶつかって落下するのが関の山だ。』
ありゃ。そりゃ残念。
ま、なんにせよ飛べないから関係ないけどね。
そう言えば、人間をいかに煙に巻くかしか考えてなかったけど、ヴァゴスのいる今なら対話ができるんじゃないのか?
『ヘイ!そいつは俺様に人間と話せって言ってんのか?』
ああ、お前が俺と話したみたいに口を作って喋れば意思疎通できるだろ。
それで対話したら平和に外に出れるんじゃないか?
『お前、本気で言ってんのか?
ああ、本気って言うのは分かるんだが……。』
何かまずいか?
『まず、人間からすれば突然町中に出現した魔獣だぞ。
そんな奴から話しかけられて外に出たいって言われても、はいそうですかって出してくれる訳ねぇだろうが。
一番良くてここで監禁研究、最悪の場合は普通に討伐対象として殺される。
お前もインジェノスで人間がどんな奴らか見ただろ。』
うーん。
まぁ、確かにシドは気に食わないけどさ。
でも人間がみんな悪い奴らかって言われるとそうじゃないと思うんだけど……。
『まぁ、その意見は否定しねぇよ。
ただな、人間って生き物は群になった瞬間に個とは意見が変わる事が多いんだぜ。
そうなっちまうと基本的に自分達の利益が無いと動かない。
どう考えても俺らを素通りさせる利益なんてないだろうが。』
まぁ一応だ、一応話してみてくれよ。
逆に話しかけるデメリットってないだろ?
『あるに決まってんだろ。
交渉が仮に成功しようが決裂しようが、意思疎通を図った時点でそれは相手にはこっちに知能が有るって事を晒すのと同義だろうが。
もしそこから戦闘に発展した場合にはそれを逆手に取られる可能性もある。
俺様もお前も情報が万全じゃねぇし、状態も完璧じゃねぇんだ。
あんま不確定要素を残すべきじゃないと俺様は考えるね。
さっと蹴散らして街の外に出る。
その方がシンプルでいいだろうが。』
ううむ、でも仮にもし交渉がうまく言ったらインジェノスまでの道のりを案内してもらえるかもよ。
ヴァゴスの事を隠しさえすれば、俺は俺で突然こんな場所に送られた被害者なんだから。
それにグロリアの中には人間からかけ離れた見た目の奴もいるんでしょ?
それならそれで話しかけて知性があることをアピールして普通のグロリアのふりをしたらいいと思うんだけど。
『知性があったらあったで魔術都市の防壁を掻い潜って突然封印された区画に出現した方法を取り調べられると思うけどな……。
お前自身とお前の記憶を見れる俺様を除くと本当にお前が自分の意思でここに来たってどうやって証明する?
却下だ。
それにお前は吸血鬼だぞ。
鑑定されたら一発でばれる。
基本的にエレガンティアはまだ他の諸国に比べるとグロリアに対して寛容な方だが、人に害なす可能性の高いグロリア・ヴァンパイアだけは別だ。
三百年前の時点では大体の国で吸血鬼は良くて迫害対象、悪いと討伐対象に近かった。
たった三百年経ったからってそれが緩まってるとはあんまり思えねぇな。
吸血鬼でも問題なく暮らせる国なんてデバスター大陸のファンディ魔王国位だ。』
むぅ、戦うしかないのか。
仕方ない、せめてあまり傷つけずに済むように魔領法でどかすか。
ヴァゴスの疑似筋肉の着いた腕で薙ぎ払うとただじゃすまないだろうしな。
『それも控えたほうがいい。
あんまり奥の手を晒さずに、普通の竜種っぽく物理的にねじ伏せた方が良いぜ。
そうなれば人間の注意はお前じゃなくてお前が出現した事象に目が行く。
あんまりお前の特異性を晒すとお前が現れた事自体とお前を結び付ける輩が出てくる。
あくまでただの竜として振る舞う事を勧めるね。
一番いいのはお前が逃げた後に人間共が放っておいてくれる事だ。
あくまで野良の竜種が逃げただけ。
普通の竜と同じ程度の危険しかないから街近辺をある程度警戒したら終わりって具合にな。
そうなったら竜が突如出現して逃走したっていう事象事態に注目がいって、逃げた竜の事は忘れて起こった事象の再発防止方法の模索に人間は努めるだろうよ。
当然、そんな不確定要素が起こった最中の竜を捕まえたい輩は要るだろうけど少数派だ。
お前は確かに変だが尻尾と翼の数が多いだけ、別にその程度の「変さ」なら細かく気にする奴は少ない。
少なくとも知性が有るってばれるよりは何十倍もマシだ。
今の俺様達の目標は注意を此方に向けさせずに可及的速やかにこの場から遁走することだ。
その為には普通の竜っぽく振る舞って逃げるのが一番なんだ。
オーケー?』
長々と説明された。
むぅ、まぁ言いたいことは分かる。
が、インジェノスで話せなくて失敗した身としてはここでコンタクトを取った方がいいんじゃないかって思ってしまうんだけどなぁ。
『馬鹿か。
記憶を読んだ限りだがお前はあの時は人間にコンタクトを取ることが最善だったんだよ。
なんせ物理的に脱出する手段がなかったんだからな。
物理的に逃げる手段が無かったからこそ会話を試みたかっただけだろうが。
今はそうじゃねぇだろ。
こっちのが強いのに態々相手に合わせる道理が何処に有るってんだ。』
ああ、もう!
そこまで言うなら分かったよ!
俺だって自分が一番大事だしな。
自分の命を危険に晒してまで人間を助けたいとは思わない。
取り敢えず南門を目指して走り抜けよう。
そう決めた。
悪いが寄ってきた奴は蹴散らす。
走る姿に脅威を感じて近付いて来ない事を祈るしかないな。
せめて避ける余裕は作れるように後ろ足に力を籠める予備動作を大きくとる。
静止していた俺が動き始めたことで人間も慌てて陣形を固め始める。
……残念、道をあけてくれないか。
流石にここまで数が多いと誰にも被害を出さずに突破するのは無理だ。
それこそ俺が飛べでもしない限りは。
大人しく道を空けてくれた方が互いの為なんだけどな。
『威圧感が足りんな。
お前が成竜ならあるいはな、ってところだ。
残念ながら3メルトの子竜は頑張れば止められそうに見えるんだろう。
エヴァーンだってパッと見じゃ大人に力負けするような見た目してたろ。
外見じゃ吸血鬼種の腕力は測れない。』
遠くから人間が固まって此方へ走ってくるのが見える。
増援かな?今ここにいる奴らと違って服が統一されてるって訳じゃなさそうだけど。
なんにせよあんまり時間もなさそうだ。
今でも十分多いからここから人間の数が多少増えてもあんまり面倒だとは思わないけど、人間側の被害者は少ない越したことないだろうしな。
諦めて後ろ足に籠めた力を一気に解き放った。
せめて被害は減らすために完全に地面を直進するのではなくやや上方向に跳ぶ。
人間の背丈よりやや高い位置を跳躍して通過する。
飛んだ訳じゃ無いから直に着地するけどな。
これで前の方の俺の近くに居た奴らには被害は無いだろ。
後ろに居た奴は哀れだけど。
でも一直線に進んで全員轢き殺すよりはマシだと思うぞ。
俺が着地する瞬間、その地点に居た人間と目が合う。
悪いな。
俺が跳び上がると同時に端に居た指揮官らしい人間が慌てて命令を下そうと口を開く。
ちょっと反応が遅い。
「ぜ、全員!防御態せ…」
グシャリ!
何かがひしゃげた音がする。
パンッ!
何かが破裂する音がする。
ゴキッ!
何かが折れた音がする。
バキン!
何かが砕けた音がする。
後方で慌てて俺を受け止めようと運悪く俺の着地地点で構えていた奴らは一瞬で押し潰された。
振り返ってないけど顔にかかった血の量と前足の感触から考えると即死だったろう。
圧し潰し着地した勢いのまま近くにあった薄い壁にまっすぐに突撃する。
幸い俺の着地で死んだ奴らを見たからか、俺と壁の間に居る奴らは反射的に飛び退いて道を譲り死ぬことは免れた。
着地で死んだ奴らもこれで報われるかな?
数瞬後に壁に激突。
バコン!と言う音と共に扉を破った時と同様、あっさりと穴が開き、街の防壁までの道が露わになった。
そのまま一直線に道を走り抜けて防壁の門へと急ぐ。
幸いなことに道にいた人間は俺に気が付くと慌てて道から飛びのいてくれた。
見た感じ武器を持っていなかったり雌が多かったから戦う奴らじゃなかったんだろう。
俺として無為に殺したい訳じゃないからそれでいいんだけどな。
気が付かなかった奴も極力踏まないようにだけ注意する。
多分最初に跳ね飛ばした奴ら以外は被害は出てないはず。
走りながら顔についた血を少し舐めとる。
む、なんか人間の血だけどヴァゴスから貰ったのより濃厚な気がする……。
何か違いがあるのかな?
『ん?術式が来るぞ。注意しろ。』
そんな事を考えてたらヴァゴスの声が頭に響いた。
次の瞬間、目の前に巨大な石の壁が地面から出現する。
おお。吃驚した。
何人か死んだだろうに俺を逃がすんじゃなくて足を止めて戦おうって判断か。
中々勇敢な判断だ。
だけど悪いがこっちは戦うつもりはない。
元より俺自身は交渉するつもりもあったが、交渉が決裂した場合も戦うんじゃなくて逃げるつもりだったしな。
俺からすれば戦うのは最後の手段だ。
誰だって死にたくないだろ?
俺は俺の命を最優先するが無暗に他の奴らの命を散らしたいって訳じゃないからな。
走った勢いのまま石壁が近付くと、最初のダッシュと同様に再度後ろ足に力を籠めて解き放つ。
ただし今度は前にじゃなくて斜め上方向に。
俺の腕力は思ってるよりも向上してるみたいで、俺の体重をいとも簡単に跳び上がらせてくれた。
そのままピョンっと5メルト位の高さになった石壁を飛び越えて走り続けた。
腕力の上昇からか思っているより足も速くなってるみたいで、もう間もなく防壁の門に到達する。
最初の場所から見たら結構遠かったと思ったんだけどね。
連絡が言ったのか門の近くに居たさっきの奴らと同じ格好をした人間が門を閉めようとし始めている。
閉められるとまずくないか?
『いや、別に閉められたところで大した問題じゃないな。
さっきの扉と同様に突き破れば済む話だ。』
それに、扉が閉まりきるよりは俺が到達する方が僅かに早いな。
俺が近づいて来るのを目視した人間が大声で何かを怒鳴っている。
それを見た門を締めようとしてた奴らも諦めて慌てて門から退避していく。
まだギリギリ俺が通り抜けれる隙間はあるな。
門戸を破壊せずに済みそうだ。
バキッ!
ちょっと掠ったか。
まぁ、別に体に傷はついてないから誤差だな。
街の防壁を抜けた先は道が続いており、道沿いに馬車が連なっていた。
馬車の近くには呆然とした様子の人間が幾ばくか、それ以外にも慌てて逃げていく人間もいた。
そっちを一瞥したが呆然とこっちを見てるだけで別段こっちに向って来ようと思う奴は居ないみたいで、脅威はなさそうだな。
まぁ急に門戸が閉められかけたかと思ったら、街から竜が飛び出してきたら呆然とするか。
でも逃げ出した奴はともかく呆然としてる奴らは危機管理能力が欠けてないか?
俺が腹の減った獣なら食い殺されてるぞ。
道沿いに居た人間と馬車を無視してそのまま走り抜ける。
チラッと後ろを見ると閉めかけの門戸からは、さっき閉めようとしてた奴らが外に出て来た。
俺を追いかけようとしてるみたいだな。
だが外に出たらこっちのもんだ。
もう追いつけないだろ。
そのまま平原を走り抜けて森のある方角へと向かう。
一旦は森にでも逃げ込めばいいだろ。
平原だと身体が大きいからどうしても見つかるだろうしな。
こうして特に苦労することは無く、思いの外あっさりと魔術都市からは脱出する事に成功した。
いつもお読みいただきありがとうございます。




