11話 エヴァーンの想定外
エヴァーン視点です。
シドの執務室兼書斎であるドアの入口。
妾はそこから先には入れぬ故に竜の童に後の指示を行う予定じゃった。
「エヴァーン、何をしている?」
じゃが、突然廊下端にある階段から声を掛けられそちらの対処をせねばならなくなってしもうた。
声の主はアルーダ……シドの従僕か。
ぬう。
この時間帯であれば基本的にシドと一緒に執務室におるはずなんじゃがのう。
見張りの兵士がおらん事と言い、何か言い知れぬ不安感が募るのう。
取り敢えずは今は掛けられた声に応答して、竜の童が契約書を破棄するまでの時間を稼ぐとしようかの。
幸いアルーダは魔眼の類は持っておらんはずじゃしな。
「アルーダ……。
何故ここにいるんじゃ?」
「いや、儂は元からシドの付き人だしな。
ここに居てもおかしくないと思うんだが?
それよりこちらの質問に応えて貰っていないな。
シドの書斎前で何をしている?」
まぁ、そうなるじゃろうな。
どちらかと言えばシドと揃って中に居らぬ事自体が問題なんじゃが。
ただ、普段通りでない兵士の事と言い、妾が書斎前に来た頃合いを見計らったようにアルーダが姿を現したことと言い何か妾の知らぬところで事が進んでおるようじゃな……。
幸い、妾の後ろにある魔領法の腕を見ても無反応ということは見えておらんのじゃろう。
このまま会話で間を繋げばよい。
何をどこまで怪しまれておるかわからんが、アルーダ程度の相手であれば例え戦闘になったところで童が契約書を破棄するまでの時間は十分稼げるはずじゃ。
「……シドに用事があってのう、尋ねたんじゃが留守だったようじゃ。」
「嘘だな。シドを嫌っているお前が直接話に来るものか。
何か言う事がある場合は必ず儂か別の奴に伝言を通していたお前が。」
む、即答しおって。
状況的には死霊魔術師に手下であるアンデットが向かうというのは別段おかしなことじゃないと思うんじゃが……。
まぁ、普段の態度が態度じゃからな。
そう思われても仕方あるまい。
ただ、普段であればありえにくいと思ったところで、アルーダは即座に否定するような性格をしておらん。
確実に妾が何かを企んでおると確信した上での応答じゃな。
となると、何が何処まで誰に企みが露見しておるのかという問題になるのじゃが……。
一番良いのはアルーダの独断で妾が普段より反抗的な態度故に問いただしに来ただけ、と言うものじゃが……まぁ、それは無いじゃろう。
アルーダは案外慎重な性格故に何かしらの確信が無いと動かんじゃろ。
もしくはシドの指示で動いておる可能性じゃな。
シドの指示であった場合少しばかり面倒じゃが……。
「ぬ。今回は急用でな。
時間が無かったのじゃ。」
取り敢えずその場での対応を取り繕うとしようかの。
企みが露見していない前提であればこの返事は少し無理はあっても、そこまでおかしい返答ではあるまい。
「……まぁどっちでもいい。
ただ、良いタイミングだったな。
シドが呼んでいる。
一緒に来て貰おうか?」
む、そう来たか。
妾の応答が無理が無いのと同様に、アルーダの返事も返答としてはなんらおかしくは無い内容じゃのう。
実際に本当に妾が用事があるならば渡りに船といった提示じゃしな。
……さて、どうしたものか。
付いていった場合、本当にシドの居る場所へ連れて行かれる場合と捕えられる場合の二つの可能性が考えられるの。
シドの居る場所に連れて行かれたとして、そこで何を言われるか、命じられるか……。
竜の童には妾は命令にほとんど縛られん、と強がりはしたものの死霊魔術師が配下のアンデットと力量差が離れている場合にも無理矢理命令を聞かせる手段が絶対にない訳ではない。
所謂、犠牲契約などと言われる術者に負担を強いる類のやり方じゃが妾にも通じる手段がある。
そもそも従えられているという現状がかなりこちらが不利じゃしな。
あくまである程度妾が自由に動けておるのもかなりシドとの力量差がある故じゃ。
そう考えるとシドの元に行くのも悪手じゃろう。
無論捕えられる場合も同様じゃ、シドがおらんでもアンデットを捕える方法はいくらかある故に無防備に付いて行くのものう……。
付いて行って捕まりそうになったら反旗を翻せばよいが、それならそれで危なくなるまで大人しくする意味もないのう。
今すぐに敵対すれば済む話じゃ。
逆に断った場合は、先のシドに会いに来たという妾自身の言った言葉と矛盾することになる。
そうなればアルーダからすれば完全に妾は黒じゃろう。
いや、心の中では既に決めてかかっておるようじゃが、ここで矛盾する返事をすればそれは企みの確証としてアルーダが妾に襲いかかるのに不自然で無い理由を与える事になる。
ふむ、どう答えてもこれは詰んでおるな。
もう少し……せめて妾の契約書が破棄されて自由の身になるまでは戦闘行為は避けたかったんじゃが、致し方あるまい。
一応、どちらとも取れるように曖昧に返事しようかの。
「……いいや、断る。
少しやる事が有るのでな。
終わってからこちらから出向く故に先に戻っておれ。」
そう返すとスッとアルーダの目が細くなり剣呑な雰囲気になりおった。
まぁ、敵対の意志ありじゃと受け取ったようじゃの。
致し方あるまい。
「……と言うか率直に聞くがお前、儂らに隠れて何を企んでいる?」
それを直接聞いてくるとは思わなんだ。
が、互いに互いを疑ってる現状で妾の方から破綻させたのじゃ。
もはや取り繕う意思も無いと言う事じゃろうな。
ふむ、じゃがここは問答無用に飛びかかるところじゃと思うがな?
会話で情報を引き出そうと言うには数百年は経験が足りぬぞ若造。
とは言えこちらも時間を稼ぎたいのは一緒じゃ。
乗ってやろう。
竜の童が契約書破棄を行うまでの時間を会話で繋げると言うのであれば是非もない。
アルーダ程度は契約で縛られておってもそこまで負担の無い相手じゃが、自由になればもっという事は無いしのう。
別段妾は戦闘を好んでおる訳ではない。
「企むとは不思議な事を言いおる。
妾は何も企んでなんかおらんぞ?」
「いや、お前があの子竜を使って何かしようとしているのはもう周知している。
ここ一年ほどずっとあの竜の影に居ただろう?
大方、あの竜が自我を得たら何かをしようと企んでいたんだろうがな。
シドはお前の助けであの子竜の個体進化が進むのであればと放置していたようだが、吸血竜にまで進化して子竜に自我が芽生えた後は流石に悪影響が出るからな。
手を出させて貰うぞ。」
具体的にそこまで話してくれて何よりじゃ。
いや、ここまでなら話しても問題ないと判断したのか。
じゃが、聞く限りシドが主軸となっていたようじゃ。
厄介な。
流石に竜の童に自我が残存していた可能性までは行きつかなかったようじゃのう。
まぁ、そんなありえん可能性を考えるくらいなら妾が操ろうとしておったと考えた方が自然かの。
もっとも妾は死霊魔術師ではない故に操る事なんぞ出来んのじゃが。
死霊魔術を使えんとは言っておらんから警戒するのも当然かの。
……にしても一緒に行動していた事がばれておったか。
はてさて、どんな手段を使ったのやら。
普段の状況を覗かれていたのであれば妾は声に出して話すことが多かった故に竜の童の自我についても疑問を抱いておってもおかしくない。
そこに思い至らないというのであれば、妾の居場所が向こうへばれておった場合かのう。
それに二年前ではなくここ一年と来た。
つまり監視が付いたのはここ一年近くでと言う事になるの。
……まぁ、今考えても仕方あるまい。
「じゃからこのタイミングで声をかけたのか?」
「その質問は自白と受け取ってもいいのか?」
「いや?
気になって聞いただけじゃが?」
「……まぁいい。
一緒に来る気は無いと?」
「ああ、妾にはそんな気は無いのう。
何故お主の言う事に従わねばならん。」
「悪いが頼みごとではないぞ。
シドの命令だ。」
空気が剣呑になっていくのう。
まぁ、もはや互いに機を伺うだけじゃからな。
既に影から魔剣を出す準備も整っておる。
竜の童もまだ手間取っておるようじゃな。
魔領法は別段視覚がある訳でもない故に、触って机を確かめるしかないんじゃろう。
計画通りであれば妾が童の魔領法を見つつ方向指示をするつもりじゃったんじゃが、その時間が取れておらんからのう。
仕方あるまい。
「妾にはそれに従う義理は無いのう。」
「……そうか。
では同族として酷く残念だが無理矢理にでも連れて行く。」
「ほほう。
お主が?妾を?無理矢理?冗談としては面白い事を吹かしおる。
笑えんぞ。中位程度の小童が。」
「何とでも言え。従属種の雑種が。
儂が真祖吸血鬼であるお前相手に一人で来る訳がないだろう。」
む、アルーダが最後に言い放った言葉と同時に金属音が妾の耳に届いた。
……騎士団の鎧の音じゃのう。
同時にアルーダの居た廊下奥の階段から新しく人影が上ってくるのが見えた。
2メルト近い大柄にフルフェイスのフルプレート鎧、騎士団長にしか許されておらん紅色のマント……そして、腰で鈍色に光る帝国最強の幻想遺物である神剣。
ちっ、最悪じゃ。
アルーダ、いやシドの奴め、最悪な助っ人を呼びおったな。
「………ザミエール。」
喉から絞り出すような声が出た。
ぐう、どうすればよいか。
「よう、真祖のお嬢ちゃん。
久し振りだな……って、後ろの魔力の線は何だ!?」
ごつい外見に反して気安い声がややくぐもって放たれる。
こやつは大凡誰に対してもこんな感じじゃ。
ただ、妾に対する警戒は怠っておらんようじゃな、その証拠に既に魔眼を発動しておる。
竜の童の魔領法が一瞬で見破られた。
同時にこちらに向かって一瞬で加速したかと思うと妾に……いや魔領法の腕へと飛びかかって行った。
ぐっ!今破壊されては全てが水の泡じゃ!
ザミエールが走りつつ神剣を抜き放ち、魔領法の腕へと振り下ろす。
反射的に妾も魔剣レフソクレイムを抜き、ザミエールの剣戟を受け止めようとした。
……が、力負けしそうになる。
故に諦めて下へ威力を殺すことに尽力する。
何とか威力を逸らすことには成功。
……代償に右腕が跡形もなく吹き飛び、魔剣は遠くへと転がったが。
一瞬後ろを振り返って確認すると魔領法の下半分程度は消し飛んだがまだ竜の童とは辛うじて繋がっておる。
即座に腕を再生し、剣を手元へ呼び戻す。
じゃが、そう何度も守りながら戦える相手ではない。
あの神剣には妾の魔剣同様に魔力を位打ち消す力が当然のように込められておる。
既に契約書が破棄されておるのであれば速攻逃げ出す局面じゃ。
「っ!おいっ!
まだ見つからんのか!?
はようせいっ!」
咄嗟に仕舞っておった遠写しの魔結晶へと声を投げる。
この状況ではあまり四の五の言ってられん。
現状であれば、もはや竜の童の自我の一件がばれたところで大した痛手では無かろう。
「自分の身体を犠牲にしても守るって事はそれがよっぽど大事みたいだな。
……アルーダ、少しの時間でいい。
真祖の嬢ちゃんの足止めを頼む。
俺は先に奥のシドの書斎に伸びているよく分からん魔力の塊を消す。」
冷静に優先事項をまとめてザミエールが指示をする。
ぐ、まぁ、妾でもそう判断する。
じゃが、消されるわけにもいかん。
アルーダが剣を振り下ろしてくる間に「早くせい」と再度童を急かす。
アルーダに向かって刻印発動で氷瀑術式を発動させて廊下端へと吹き飛ばす。
大したダメージにはならんじゃろうが少しでも時間は稼げるじゃろ。
その間に魔領法へと攻撃を仕掛ようとしているザミエールへ背後から切りかかる。
が、振り返りざまに神剣で攻撃をいなされる。
諦めずにそのまま数度打ち合う事になるが、あまり芳しい状況とは言えんのう。
アルーダが戻ってきたら背後から攻撃されるしの。
流石に敵ではないと言うても一方的に攻撃されても気にならないほど力量差がある訳でもない。
「ぐっ、ザミエール!
近衛兵の貴様がなんでここにおるんじゃ!」
上段から振り下ろした剣を斜め下へと逸らされる。
そのまま、ザミエールの放つ前蹴りを今度は妾が後ろに半歩下がる事で回避する。
「シドの奴に要請されたからな。
真祖の嬢ちゃんが何か企んでるかもしれんってな。
もし真っ向勝負になった場合に嬢ちゃんレベルの相手を制圧できるのは、帝城の中だと俺しかいないだろう?
ちゃんと帝王陛下にも許可は得ている。」
高速で剣を振りつつ涼しそうに奴が答えた。
シドの奴め。全くもって面倒な判断じゃ。
せめて奴自身が来れば良かったものを。
……いや、分かっておったからこやつを寄越したんじゃろうな。
実際に真っ向勝負では妾はこやつには勝てぬ。
ん?
妾の正面……つまり向かい合っているザミエールからすれば背後にある竜の童の魔領法の腕が膨れ上がる。
次の瞬間、無数の拳がこちらに向かって飛び出してきた。
こちらの会話は聞こえておる故に援護のつもりなんじゃろう。
そんな暇があれば取りあえず探せと言いたくなるが、タイミング的には助かる援護じゃ。
「む。」
背後で膨張したオドを素早く感知したのか、ザミエールが自身の背後に向かって剣を振りかぶる。
魔領法の拳が神剣の剣圧に触れた瞬間消し飛んだ。
まぁ、そうなるじゃろう。
じゃが、隙は十分じゃ。
妾に背後を見せるのは流石に舐めすぎじゃ。
舐めたというより、背後の攻撃を無視できなかったんじゃろうが……。
ザミエールからすれば未知の攻撃じゃろうしな。
こちらへ背中を向けたザミエールにアルーダと同じく氷瀑術式を叩きこむ。
同時に魔剣で思いっきり突いてやった。
術式は鎧の結界で八割がた衝撃を消され、魔剣の突きも芯をずらされ鎧は貫通したものの肉体に傷は負わせられんかった。
じゃが、姿勢は崩したの。
流石にここから反撃には転じられまいて。
次の瞬間シドの執務室からバキン!と木と金属を叩き割る音が聞こえた。
音が聞こえると同時にパリンと妾の中のあった術式の枷が解かれる感覚。
よし!
竜の童が何とか契約書を破棄してくれたようじゃな!
これで後はシドを殺せば約束は果たされる。
が、問題はザミエールが来ておる現状でシドにまで到達できるかじゃな。
取り敢えず、この場は脱出せんとな。
場合によっては先に童と合流した方が良いか……。
既にザミエールは妾から少し距離を断った場所でこちらと魔領法の様子を伺っておる。
魔領法を攻撃する隙を伺っておるんじゃろうな。
妾の力は大凡分かっておっても魔領法の方は未知じゃろうからな。
そちらを警戒するのは当然じゃろう。
ただ、現状であれば竜の童も妾への援護に十全に力を割けるじゃろう。
それであれば逃げる隙は作れるのう。
そう思うと同時に竜の童の造った魔領法の腕が唐突にフッと解けて空気中へと霧散する。
タイミングを同じくして、遠写しの魔結晶からブツッと通信が切れる音が響いた。
突然の事でザミエールと妾の二人とも一瞬呆けた。
ザミエールは前触れもなく魔領法が消えた事に。
妾は魔領法の腕が消え通信が消えた事に。
現状を理解しているだけ想定外の事態に混乱が多かったのは妾じゃ。
故にザミエールより混乱した時間が僅かとはいえ長かったのは致命的じゃった。
気が付いた時にはザミエールの神剣が妾へと振り下ろされる寸前。
ぐっ、魔剣の防御が間に合……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
別視点でストーリー自体にはあんまり進展が無かった……。
申し訳ない。




