10話 重なるイレギュラー
エヴァーンが研究塔の地下から地上へと進んでいくのに合わせて魔領法の腕を少しずつ伸ばしていく。
結構慎重な速度で進んでるんだな。
……まぁ、元々エヴァーンは基本的には研究塔の中を歩き回らないからな。
人と出会うと警戒されるって思ってるんだろう。
塔内には一応見張りの兵士もいるんだろうし。
帝王の居る帝城中心部よりかは少し離れているとはいえ一応城の敷地内な事に変わりは無いしな。
まぁ、そんな城の中にアンデットとかの研究所があるのは何か事故が起こった時にどうするのかとか思ったりするけど。
そこら辺も何かしらの対策がされているんだろうと思う。
知らんけど。
遠写しの魔結晶を手元でコロコロ転がしながらそう考える。
試しに一度使った時にはこの場に居ないエヴァーンの声が聞こえてきて驚いたものだ。
今思うと人間が一人で勝手に魔道具に向かって話していたのも、こんな感じの魔道具で離れた場所に居る人と話していたんだろうな。
色々と便利な物を発明するね。
これが、互いに持っている必要が無くて一方的に話すだけで届いて、しかも距離は遠くまで、って言うなら親に連絡が取れるんだろうな。
まぁ、そんな都合がいいものあるのかどうかわからんし、あったところで今の俺が入手できる手段なんて限られてるだろう。
……と言うかもう二年間行方不明って事になってるんだろうけど竜天獄では俺の事はどう思われてるんだろうな。
別に品行方正な訳でもなかったし、当時は単純に術式が使えない出来損ないって印象だっただろうけど。
人間の文献を読むまではそもそも病気って事を知らなかったから仕方ないんだけどさ。
多分、流石に十日とか経ったら家族は探し始めたんだろうな。
でも二年も経ったら既に諦めてそうなものだ。
少なくともこの二年の間では俺が捕まった帝国最南端の町パーダーボルンが滅んだとかそういう話は聞いてない。
まぁ、基本情報収集して俺に伝えてくれてたのはエヴァーンだから、不要な情報だと切り捨てられてたらそれまでだけど。
ただ、別段大きな徴兵とかの物々しい雰囲気は無かったから多分何ともないんだろう。
まぁ、基本迷宮内に居たからその間に何かあったらわからないけど。
でも、多分俺の家族はきっと未だに俺が人間に捕まったって思ってないんだろうな。
そうなると家出か似たような類のモノって思われてるのかね。
そりゃ探さないか……自己責任だもんな。
家族からすればそもそも自分たちのスペック的に人間に捕まるって発想が無いのかもしれない。
あんまりそこら辺を話したことが無かったから、どう思ってたまでかは今となっては分からないけどさ。
そうこう考えてるうちに大体200メルト位の距離まで魔領法が伸びた。
少しクネクネ曲がったりしてるのは多分道なりに進んでいるからなんだろう。
実際最短距離にピンと伸ばそうと思ってもあちこちで壁とかに引っ掛かる。
まぁ、ここら辺は研究塔の地図が頭に入ってるエヴァーンに任せるか。
「……聞こえるかの?」
遠写しの魔結晶からザッっと音が入り、その後にエヴァーンの声が聞こえてきた。
エヴァーンの肩に置いている腕から線を生やしてそれで文字を形どる。
聞こえてるよ。
「うむ、なら良い。
そのまま聞くのじゃ。
今のところ順調に進んでおる。
今の場所が大凡半分の道程と言った感じじゃのう。
誰とも遭遇しておらん。」
それは何より。
まぁ、作戦外の事なんて起こらないに限る。
今で大体腕の長さが200メルトと少しって事を考えると確かに半分だ。
念のために500メルトって最初はなってたけど、時間が無くて450ちょいしか最終的には鍛えられなかった。
少し不安だったがこれで半分なら何とかなるだろうな。
厳密には無理をすれば450メルトよりさらに伸ばせなくもないが、どこか限界が来たタイミングでプツリと魔領法が有効距離から出て霧散してしまう可能性がある。
そうなってしまったら再度一からやり直しになる。
俺は道案内が無いと今のエヴァーンの場所まで行ける自信が無いからな。
……魔領法で視界とかそこら辺も取れないものか。
実際に手探りでしか先に進めないし感覚もないからな。
いや、当然と言えばそれで当然なんだろうけどさ。
消えたらわかるんだけどね。
「一旦このまま遠写しの魔結晶は繋ぎっぱなしにしておくぞ。」
了解、と魔領法でエヴァーンに向かって文字を形作る。
再びエヴァーンが動き始めたのが魔領法越しに伝わってくる。
魔結晶からは衣擦れの音しか聞こえてこなくなった。
更に200メルトほど進んで計400メルト前後腕を伸ばした場所。
直線距離だったら既に書斎についてるであろう距離だ。
ただ、実際に魔領法で伸ばした腕の体感では結構クネクネ曲がって移動してるため、直線に直すと350位の距離しか進んでない。
まぁ、あと一歩だろう。
「………妙じゃな。」
後少しで書斎に着くだろうって考えていると、魔結晶からボソッとエヴァーンの声が聞こえてきた。
妙って?何が?
「む、地下室からシドの奴の書斎までは大凡400メルト、この研究塔自体の幅は300メルト前後なんじゃ。
つまり、建物を正面から見ると右下から左上にほぼ階を跨いで行く形になるの。
その研究塔の端から端まで移動しておるのに妾は未だに誰一人として見回りの兵士に遭遇しておらん。」
うーん、単純に遭遇しなかったってだけじゃない?
それに兵士が多いならともかく少ないんだったらそれに越したことないでしょ。
特に万が一とは言えそこら辺の兵士が魔眼を持ってる可能性だってゼロじゃないんだから。
「むぅ。
いや、夜中の研究塔警備は基本的に衛兵がペアで全ての通路を一時間に一回は周回するんじゃ。
つまり既に一回は絶対に遭遇してないとおかしい筈なんじゃよ。
いつも通りじゃとな。
故にいつもと様子が違うというのもなんとも気持ちが悪いのじゃ。
何かあったのかのう……。」
まぁ、考えても仕方ないと思うけど。
別段明確に敵と思える相手からの介入があった訳じゃ無いしね。
何と無く気持ち悪いから今更中止するって訳にもいかないでしょ。
文章で俺の意向を告げる。
念話と比較すると今更だが当然だけど面倒くさいな。
これが前から使えれば意思疎通が楽だったのにって一瞬思ったけどそもそも魔眼持ってないと魔領法の文字は見れないんだな。
……いや、別に直接魔領法で表現しなくても、地面に文字を書けば通じるか。
その場合は何もない地面に文字が浮かび上がる訳だから怖がられなければの話だけど。
「まぁ、そうなんじゃがな……。
お主の言うとおり考えても仕方ないからのう。
先を急ぐとしよう。」
そう言って今まで通りに進み始めた。
兵士と遭遇しないとなっても一応辺りを警戒しているみたいだ。
そう時間のたたないうちに再度声が聞こえてくる。
「着いたぞ。
シドの執務室兼書斎じゃ。
中には誰もおらんようじゃな……。
この時間であればシドがまだ作業しておると思っておったが。」
ドアを開けたのであろう、木材の軋む音が僅かに聞こえる。
むう、誰もいないのか。
元々、シドがいる前提でエヴァーンがシドを外へ呼び、その間に俺が契約書を破る手筈になっていた。
が、そもそもシドが居ないか。
楽になったと喜ぶべきなのかもしれないが、一概にそう喜ぶには研究塔全体が静かで微妙に不穏だな。
エヴァーンも同じように言いしれない空気を感じているのか黙り込んでいる。
ドアを開けたところから動かない。
って、そもそもエヴァーンは執務室へは命令で入れないのか。
「今空いてるドアがあるのが分かるかの?
空いたドアの少し左側の正面に机がある。
その机をドアから見て右側の引き出しの中の金庫に契約書が一式入っておる。
金庫を開けるのは厄介故に魔領法で両断するのが良かろう。」
俺はまだ書斎への侵入の制限は受けてないからな。
まぁ、そもそも入るなって命令だったら魔領法だけ中に入れたら済む話だけどさ。
エヴァーンの方から魔領法の腕を離して、ドアを確かめる。
そこからまっすぐ腕を伸ばして机の場所へと腕を進ませる。
む、結構部屋の奥行きが広いな。
それにあと少しで距離限界だけど大丈夫かな……?
「エヴァーン、何をしている?」
「っ!?」
エヴァーンの指示通りに魔領法を伸ばして部屋内を探していると、遠写しの魔結晶からエヴァーン以外の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
「アルーダ……。
何故ここにいるんじゃ?」
「いや、儂は元からシドの付き人だしな。
ここに居てもおかしくないと思うんだが?
それよりこちらの質問に応えて貰っていないな。
シドの書斎前で何をしている?」
「……シドに用事があってのう、尋ねたんじゃが留守だったようじゃ。」
「嘘だな。シドを嫌っているお前が直接話に来るものか。
何か言う事がある場合は必ず儂か別の奴に伝言を通していたお前が。」
一瞬の間の後にエヴァーンが答えると、間を置かずにアルーダが即答した。
普段からエヴァーンはシドを嫌がってたからな。
「ぬ。今回は急用でな。
時間が無かったのじゃ。」
「……まぁどっちでもいい。
ただ、良いタイミングだったな。
シドが呼んでいる。
一緒に着て貰おうか?」
「……いいや、断る。
少しやる事が有るのでな。
終わってからこちらから出向く故に先に戻っておれ。」
む、本来であれば入れなくとも目視で指示が出せるエヴァーンに従って魔領法を動かそうと思ってたんだけど、第三者の介入で指示が出せなくなったな。
仕方ないので話を結晶越しに聞きつつ部屋の中の机を探す。
何処だ?本棚っぽいものはあったけど……。
触覚が無いから毎回魔領法で対象物を覆ってその形を類推するしかない。
「……と言うか率直に聞くがお前、儂らに隠れて何を企んでいる?」
……おいおい、ばれてんじゃねぇか。
完全に何処までばれてるかは分からないけど。
エヴァーンはそれに恍けた声で返答する。
「企むとは不思議な事を言いおる。
妾は何も企んでなんかおらんぞ?」
「いや、お前があの子竜を使って何かしようとしているのはもう周知している。
ここ一年ほどずっとあの竜の影に居ただろう?
大方、あの竜が自我を得たら何かをしようと企んでいたんだろうがな。
シドはお前の助けであの子竜の個体進化が進むのであればと放置していたようだが、吸血竜にまで進化して子竜に自我が芽生えた後は流石に悪影響が出るからな。
手を出させて貰うぞ。」
「じゃからこのタイミングで声をかけたのか?」
「その質問は自白と受け取ってもいいのか?」
「いや?
気になって聞いただけじゃが?」
「……まぁいい。
一緒に来る気は無いと?」
「ああ、妾にはそんな気は無いのう。
何故お主の言う事に従わねばならん。」
「悪いが頼みごとではないぞ。
シドの命令だ。」
「妾にはそれに従う義理は無いのう。」
「……そうか。
では同族として酷く残念だが無理矢理にでも連れて行く。」
「ほほう。
お主が?妾を?無理矢理?冗談としては面白い事を吹かしおる。
笑えんぞ。中位程度の小童が。」
「何とでも言え。従属種の雑種が。
儂が真祖吸血鬼であるお前相手に一人で来る訳がないだろう。」
なんか会話が段々不穏な流れになってるが大丈夫か?
っと、見つけた!
多分これだ。
これの……引き出し部分を斬ればいいんだな。
引き出しは右側だって言ってたから……。
ん?魔結晶の方から人の歩く音とそれに合わせてガチャガチャと金属の擦り合わせる音が聞こえてくる。
む、何処かで聞いた音だな。
何処だったか………。
……ああ、俺を競売の時に引き取った金ピカの奴ら、騎士団の鎧の音だ。
俺が思い当たったのと同時に魔結晶から絞り出すようなエヴァーンの声が聞こえた。
「………ザミエール。」
「よう、真祖のお嬢ちゃん。
久し振りだな……って、後ろの魔力の線は何だ!?」
更に別の奴、恐らくガチャガチャと音を立てていた鎧の主であろう声が聞こえてきた。
って、は?
ザミエール?
おいおい、一番出会っちゃまずいって言ってた奴じゃねぇか!
タイミング悪すぎるだろ。
……いやむしろ逆に相手も狙い澄ませてこのタイミングで来たのか?
一番警戒しろって言われていた対象の出現で一瞬呆けて魔領法の腕の操作を止めてしまった。
その間にダンッっと何かの音が魔結晶から聞こえる。
「っ!おいっ!
まだ見つからんのか!?
はようせいっ!」
次の瞬間焦ったエヴァーンの声と同時にドゴン!!と魔結晶から衝撃音が響いた。
衝撃音と同時に伸ばしていた魔領法の腕の先端部分近くが削られたみたいで、魔領法に使っていたオドの一部が消失。
幸いいくらか消し飛びはしたがまだ書斎の中の部分とは繋がっている。
何かあったのは間違いない。
ただ音だと何が起こってるか全然分からん。
「自分の身体を犠牲にしても守るって事はそれがよっぽど大事みたいだな。
……アルーダ、少しの時間でいい。
真祖の嬢ちゃんの足止めを頼む。
俺は先に奥のシドの書斎に伸びているよく分からん魔力の塊を消す。」
低い声……エヴァーンの反応的にザミエールって奴の声が続けて魔結晶から聞こえてくる。
やばい、魔力の塊ってのは魔領法の事だろ。
もうばれてんじゃねぇか。
ああ、魔眼があるって言ってたから当然か。
ただ、机はもう見つかっているからこれを断つだけでいい。
「おい、早くせい!」
「……?
誰と喋っている?
共犯者がいるのか?」
アルーダの呟くような声とガンガンッと何かが連続してぶつかる音がする。
剣戟か。
「ぐっ、ザミエール!
近衛兵の貴様がなんでここにおるんじゃ!」
「シドの奴に要請されたからな。
真祖の嬢ちゃんが何か企んでるかもしれんってな。
もし真っ向勝負になった場合に嬢ちゃんレベルの相手を制圧できるのは、帝城の中だと俺しかいないだろう?
ちゃんと帝王陛下にも許可は得ている。」
ちっ。
シドの奴が命令でどうにかなるって過信してくれていれば良かったが、エヴァーンに命令が通らないことが前提で最悪な人選をしやがった。
そもそも普段からエヴァーンに命令が通りにくかった事が仇になったか。
……だが、まだ本当に最悪って訳ではない。
幸いにも初撃をエヴァーンが防いでくれたのか俺の魔領法は消されていない。
会話の流れから俺の腕が狙われてる前提で、ドア近くの魔領法の腕から多量の拳を多方向へ展開する。
心の中でエヴァーンに謝りながら取り敢えず手当たり次第にぶちまける感じだ。
エヴァーンに当たったら申し訳ない。
「む。」
ザミエールが一言発すると同時に拳が半分以上かき消された。
何が起こったか分からんが、多分打ち消した場所におおよそザミエールが居るんだろう。
だが、流石に魔領法を知らない状態での急な拳の攻撃で一瞬ザミエールの足が止まったみたいだ。
その隙に見つけていた机に刃状に変異させた魔領法を振りかぶって契約書の入っているであろう引き出しを机ごと切断する。
途中に少し硬い抵抗はあったものの床まで一気に両断できた。
……成功か?
と思った瞬間切断した机の切断面から何かが魔領法を伝ってこちらへ向かってくるのを感じた。
なんだ?
魔領法を解除しないと思った反面、ここで魔領法を解除したら何かあった時にエヴァーンを援護できない。
そもそも、契約書の破棄に成功したかどうかすら、まだわからない。
そんな状態でもし解除したら二度とやり直す機会を失ってしまう。
そんな逡巡を数瞬している間に魔領法の腕を辿った何かは凄まじい速度で地下室まで到達し、魔領法の元である俺に触れる。
瞬間、世界が暗転した。
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