4話 前兆
アルクカタン王国か。
二年前にエヴァーンと出会う直前に丁度読んだ本に載って居た国の名前だ。
歴史上で最も凄惨に滅んだと言われている国。
一晩で国中がアンデットと化し、対アンデット専門部隊のレリージオ聖滅騎士団が派遣されて、制圧されたアンデットにより被害が最も大きく忌まわしいと言われる事件だ。
まぁ、と言っても400年も前だから俺も本で読んだってだけの話だけど。
しかもアンデット絶対全滅させるべしって観点から書かれた本。
こんな身近に当時の生き証人がいるとは思わなかったな。
いや、まぁ、生き証人と言うか何というか正確にはもう死んでるけどさ。
黙って聞いていると、そのままエヴァーンが続けて口を開いた。
「むう、まぁ、それからはあちこち放浪したの。
王女で世間知らずだった故に最初は酷く苦労したものじゃ。
ましてやアンデットになった当初は下位吸血鬼で吸血衝動も酷ければ日光耐性もほぼ皆無じゃった。
乗り切れたのは運が良かったんじゃろう。」
『アルクカタンでまともに生き残ったのはエヴァーンだけだったのか?』
王たちは理性を無くして狂ったって聞いた。
けど国ってのは何万人も居るんだろう?
その中でまともだったのがエヴァーンだけってのは少し考えづらいんだけど。
本ではアンデットは全て聖滅騎士団が滅ぼした。と書かれていたが実際には国って言う広い範囲を騎士団一個でカバーできるようなもんじゃないだろう。
実際に今こうやって聞いてる限りエヴァーンは少なくともその包囲網から逃れているわけだしね。
「いや…。
そうじゃな、妾の近く…王宮の近辺では侍女だった娘、近衛兵の中では二人、と合わせての三人も妾以外にまだ自我がはっきりしておって、理性を保っておったのう。
まぁ、会話が通じない程に酷く混乱はしておったがな。
それでも落ち着けば話は通じたのじゃ。
従属種としてのアンデット化による理性の保持などは持ち前の才能に近い部類でもあるのかもしれんのう。
まぁ、でも妾の周辺ではそれだけじゃ。
恐らく市政を探せばもっと見つかったんじゃろうが、そもそも当時に自分たち以外を慮るような余裕は無かったからのう。
妾自身が幼さ故の無知で何が起こったか理解できておらなんだ。
逆に理解できていなかったからこそ一番落ち着けていたのかもしれなんだがのう。
大人たちは自分達の現状をそもそも理解するまで時間がかかり、理解したら理解したでこの世の終わりのように絶望した様子じゃったからなぁ。」
実際に急にそんな境遇にやられたのだ。
ある意味では、彼らからすると本当にこの世の終わりだったんだろう。
『王宮の周辺では三人、エヴァーンを入れても四人か。
王宮に居たであろう人間の数を思うと少ないんだろうな。
その、王宮にいた三人はどうしたんだ?』
今はもう一緒に居ない、って事は多分別れたか死んだかなんだろうけど。
そう聞く俺の方にエヴァーンが顔を向けた。
「……まず三人で話し合っておったよ。
妾も含めてどうするのかとな。
国が亡ぶ事態故に妾なんぞただの小娘で荷物にしかならぬというのに助けるつもりのようじゃった。
近衛兵二人はまず投降してもアンデットとして処理されるだけ、故に混乱に紛れて逃亡しようとの意見じゃった。
周辺諸国のアンデットに対する対処は、よくよく知っておったんじゃろうな。
侍女の娘は貴族の子女だったのじゃろう、逃亡生活なんて耐えられない、周辺諸国に助けを求めよう、と言う意見じゃった。
こちらは余りアンデットに対する知識もなかったんじゃろう。
もしくは自分は元々貴族故に何とかなると思っておったのかもしれんな。
全く、その程度で他国の貴族の子女を慮るとは思えんのじゃが……。
まぁ、今となってはもう分らぬことじゃな。
最終的に折り合いはつかずに近衛兵二人と侍女は袂を分かつことになった。
侍女は周辺諸国の軍隊が来るのを待ち、妾と近衛兵の二人はそのまま夜の内に国から逃げ出した。
故に侍女がどうなったのかまでは知らぬ。」
恐らくは死んだんじゃろうな、と最後にボソッと小さく呟いた。
焚火近くに刺さった竜の肉が宙に浮き、エヴァーンの元へと運ばれてくる。
俺は何もしてない。
エヴァーンの魔領法だな。
そのまま、手に持ち変えると食べるでもなく肉を眺めていた。
「……暫くは何とか三人で逃亡生活が続いたのう。
町に入れない事もあったわい。
その三人で行動している間に妾は一般的な常識や生きて行くための知識を最低限教わったのじゃ。
本当に世間知らずじゃったからのぅ……。
じゃが、運悪く四個目位の町で聖滅騎士団に出くわしての。
これは後から分かった事じゃが、アルクカタン王国の掃滅作戦後に自国に帰る途中じゃったんじゃろう。
つまり、まぁ妾達の逃げた方向が悪かったんじゃな。
じゃが、当時は全員が全員その日を超える事に必死で、自分たちが逃げるのに安全な方向まで考える余裕が無かったのじゃよ。
そして、近衛二人は妾が逃げるための時間稼ぎをし、妾は逃げた。
その後はその二人も見ておらぬ。」
エヴァーンはそう言い、肉を齧った。
俺も無言で焚火から肉を取って口に運ぶ。
結構お腹が空いたしな。
この屍鬼としての身体はあんまり燃費が良くない。
それに喉もちょっと乾いたな。
焚火から取ったばかりの肉を齧るとジワッと濃厚な脂が口に広がる。
竜の肉はワイバーンの肉と比較すると重厚な感じのこってりとした味わいだな。
脂身が多いのかな?
まぁ、あっさりしてたワイバーン肉とはまた違うが、これはこれで普通に旨い。
俺的はこっちの方が好きなくらいだ。
齧った肉の咀嚼が終わると、エヴァーンが話を続ける。
「そして、後は何とか運よく一人で生き残った。
当時はまだ理解も薄かった故にアンデットに対する対策なんぞも少なかったからの。
村はもちろん町にも入り易かったぞ。
夜に動いて極力殺さぬように血を吸った。
……まぁ、何人か勢い余って吸い殺してしまったがの。
力が強い事に気が付いてからは外で魔獣も狩ったのう。
そのまま、死なぬよう死なぬように慎重に行動して、気が付くと大分位階も上がっておったわい。
そうなれば早々そこら辺の人間や魔獣に負ける事は無くなった。
後は最初に言った通りじゃな。
そのまま、何処にも定住はせずにあちこち放浪して、五十年ほど前にこの国へ来た折にアズランに捕まった。
以来、ずっとこの国に縛られておる。
……こんな感じで満足かの?」
手元の肉を半分くらい食べ終えたエヴァーンがこちらを見てそう言った。
む、満足か?と聞かれても返事に困るな。
いや、聞いたのは俺だけどさ。
えーっと。
『あー、位階って言ってたけど、厳密にエヴァーンって今は吸血鬼としてはどの程度の位階なんだ?』
困ったので話題を逸らして質問を投げかけると、フッっと失笑された。
なんだよ。
「お主、ここはせめて壮絶な人生を送った妾に対して慰めの言葉の一つでもかけるのがいい男かと思うんじゃがな?」
『でも、エヴァーンは別に俺からの慰めなんか別段聞きたか無いだろ。
むしろ、そんな事を言ったら「知ったような口を聞くな!」って言うだろうに。』
「うむ、言うぞ。
じゃが、市政の女共はそこで共感して貰った方が好感度が上がると言うものじゃ。
そんな様子じゃ女に好かれんぞ。」
『人間のメスに好かれたところで別段嬉しくもなんともないんだが……。
それにエヴァーンの共感した方が好かれるってのは竜にも適応されるのか?』
「む、そんなこと妾が知る訳も無かろう。」
『じゃあ、あんまり意味ないだろう。
俺に人間の娘に好かれるアドバイスしてどうすんだよ。』
「むぅ。」
そう返すと分が悪いと感じたのか押し黙った。
勝った。
いや、何にどう勝ったのかよく分からないけど。
まぁ、いいや。
そんな事より位階だ、位階の話。
「むむ、そうじゃったな。
あー、妾の今の位階は真祖吸血鬼じゃよ。
上から三番目の位階じゃ。
故に太陽下でも吸血鬼としての不死力が著しく弱体化するだけで済むの。」
『ん?エヴァーンは太陽下でも何ともないのか?
上の太陽が出ている階層ではずっと俺の影に居たから知らなかったけど、てっきり外に出るとアルーダと一緒で燃え上がるのかと思ったぞ。』
その返事に、ややムッとして食べかけの肉でビッとこちらを指し示す。
「アルーダは中位吸血鬼じゃぞ。
妾をあんな半端者と一緒にするでない。
そもそも、吸血鬼が日光に弱くなるのはな、デメリット付きの能力を背負うからじゃ。
吸血鬼になると『再生』の能力が『太陽の呪い』と統合され『闇なる復活』と言う物に変化するのじゃよ。
『再生』と『太陽の呪い』は屍鬼で手に入る故にお主も既に持っておるじゃろう。
まぁ、『闇なる復活』はその二つがメリットもデメリットも強化された手合いのモノじゃと思えばよい。
そして、真祖になれば『闇なる復活』が『夜の王』という能力に変化するんじゃ。
その際にデメリットも太陽下での炎上から、太陽下での能力弱体化に変化するのじゃよ。
なんにせよ、太陽の下では不死性が著しく減衰する故に、上位までと同様気は抜けんがな。」
『ふーん。
じゃあ俺も次に個体進化して下位吸血鬼になったら真祖になるまでは太陽で身体が燃える心配をしないといけないのか。』
「そうじゃな。
と言っても結構長い期間じゃぞ。
普通の吸血鬼であればアルーダのように全身をすっぽり覆うローブ風のものを着ればよいんじゃが、如何せんお主は子供と言えど竜種故になぁ……。」
『全身を覆うほどの布が普通は売ってないって事か。』
「うむ。
まぁ、自作になるかのう……。
流石に夜にしか動けんと言うのはやや行動制限がきつすぎるからの。」
うーん、面倒くさいな。
こればっかりはどうしようもないんだろうけど。
人間と違って体に何かを纏うって言う習性が無いから、結構人間みたいに服か布を羽織るって言う行為に抵抗を感じるんだよね。
絶対に嫌って訳じゃ無いけど、自由度が減りそうって言うか、違和感が付きまとうって言うか。
「なんじゃ、随分と嫌そうじゃな。」
『なんだか服とかの布を纏うって言う行為に抵抗感があってね。』
「むぅ、そればっかりは元が人間である妾には理解しかねる感情じゃのう。
じゃが、そうでもせんと昼間に満足に動く事すらできなくなる。
もし人間共に追われる事などになった場合に著しく不利となろうよ。」
分かってはいるんだけどね。
まぁ、いざそうなった時にでも考えようかな。
あんまり先延ばしにするのは良くないだろうけどね。
『まぁ、その時に考えるよ。
ほら、鱗と毛が盾になって案外太陽下でも平気かもしれないし。』
「いや、そんなことは無いと思うんじゃが……。
それにその理屈じゃと羽だけ先に燃え落ちるぞ。」
あ、ほんとだ。
………まぁ、今は置いておこう。
「やれやれ……。
全くお主は念話で返事するだけじゃから良いのう。
妾は話しすぎて喉が渇いたぞ。」
そう言いい、エヴァーンが竜の死体へ…厳密には竜の死体の横にある桶に…目をやると、桶から血が線上になってツーっと宙を滑りエヴァーンの口へと運ばれてくる。
そう思うならそっちも念話で話せばいいだろうに。
別に俺は声で直接話せなんて頼んだ覚えはないぞ。
『そりゃ悪かったな。
ああ、ついでで悪いが俺も喉が渇いたから何か水でも出してくれ。
飲めるやつな。』
俺はこの場で水を出す力は無いからエヴァーンに頼む。
流石に血は飲む気になれないしな。
最近、焼いて食って生臭さを忘れそうになるから、思いっきり血生臭い代表と言うか大本の血は飲む気にはなれない。
エヴァーンが毎回美味しそうに血抜きするのだって、よくやるなぁって思ってみている。
ん?
返事が無いなと思いエヴァーンの方を見ると、大きく目を見開いたエヴァーンがこちらを見ていた。
どうしたんだ?
「おい、お主、今何と言った?」
え?
急にどうしたんだ。
喉が渇いたから水でも出してくれって……。
うん?何か変か?
「喉が渇いたじゃと?
お主、意識しておらぬかもしれんが、
お主が妾に飲み水を頼るのはこれが初めてじゃ。」
あれ、そうだっけ……?
まぁ確かに言われてみれば記憶にないな。
でも、それがどうしたんだ?
今まで喉が渇かなかっただけだろう。
あれ?今まで喉が渇かなかった?
「……知らぬようだから教えてやろう。
屍鬼が欲求として覚えるのは肉の摂取のみじゃ。」
うん、まぁ、屍鬼になってからは腹が減ったよな。
実際に死肉の時は取りあえず暇だし味が気になるから食いたいから適当に食う、だったのが、屍鬼になったら食わないと空腹衝動が抑えられない様になった。
「つまり、屍鬼は食欲はあってもそれは腹が減ったという欲求だけじゃ。
水分を欲する事は無い。
その欲求は…喉が渇いたと身体が感じる行動は、」
………。
ああ、そういう事か。
この欲求が吸血衝動か。
俺が思いつくのと同時にエヴァーンの言葉が耳に入る。
「屍鬼が喉の渇きを覚えると言うのはな、吸血鬼に進化する前兆じゃ。
つまり、もうお主にあまり時間が残っておらん。」




