2話 夜の外出
そこから更に数冊読み終わったところで、人間の足音が聞こえる。
しかも複数。
本を元の状態に戻さないと。
……もう忘れちまったよ。
まぁ、元からゴチャゴチャしてたから多分ばれないだろう。
ばれないと良いな。
取りあえず、急いで部屋の中心に移動し鎮座する。
そういえば、生き返って……この表現が正しいのかは賛否あるとして……少なくとも数日は経ったと思う。
文字に不慣れな俺がある程度の量を読んだんだ。その位はね。
んで、そんだけ経ったと思う訳だけど、俺の肉が腐り始める雰囲気は今のところない。
相変わらず感覚はやや鈍いが、それでも整然とあまり変わらない使い勝手で何とかなっている。
そんな事を考えてると部屋の扉が開いた。
扉から入ってきたのはこの前の青白い人間、後は知らない人間の二人。
知らない奴はなんか体にゴテゴテと巻いていて、眼に悪そうな鮮やかな格好だ。
鮮やかと言うか金と紫で毒々しい。
あんな色のキノコを見かけたらまず森では食わんな。
絶対に腹を下す。
んなことを考えてたら、その毒キノコが口を開いた。
「ほうほうほう、これが件の子竜か。
素晴らしいのう、出来れば生きている時に見たかったものだ。
何故殺してしまう前に余に連絡しなかったのだ?」
「第三騎士団が落札した折に、連絡を差し上げているかと思いましたが……。
おそらくは、服従の術式をかけて安全にした上で報告を行おうとしたのかと。
私は連絡が第三騎士団から来た時に頼まれた内容を遂行しただけですので、詳細は存じかねますが。」
「うむ……。生きておれば余が飼ってやっても良かったのだが。」
そういいつつ、派手な人間が俺の身体に触る。
勝手に触るな。
「別段、今からでも構いませんよ。
王子が欲するならば献上いたしますが。」
それを聞いて派手な人間……王子って言われた……が顰め、青白い人間の方へと振り返る。
王子って言うと、たしか人間の階級で結構上の奴だったはずだ。
「要らぬ。余は生物の見せる反応が好きなだけで、死したモノ、しかも死霊魔術で無理矢理動かされているモノを近くに置く趣味は無い。
これを見よ。先ほどから余が近づいて、触っても何の反応も示さんじゃろう。面白くもない。
それにこの竜は最近の父上の執り行っている軍備強化の一環であろう?
ここで余の我儘で取り上げては、父上から大目玉をくらうのは余じゃ。」
死霊魔術ってのは死精霊魔術の事か?
人間の方だと言い方が違うのかね?
「そうですか。
反応は死霊魔術の効果上ないのは致し方ありません故。
他のアンデットと同様に個体進化を繰り返せば自我が芽生える可能性もありますが?」
ふむ、やっぱり普通の死精霊術式の創造物は自我が無いのか。
まぁ、術式的には下級精霊が死体を動かしてるわけだから当然だな。
自我が芽生えるって言うのは、おそらく創造物の中に更に複数の下級精霊が混じって入って、下級精霊が肉体に定着することで上級精霊になるからか。
ただ、受肉した精霊は良くも悪くも精神を肉体に引っ張られるらしいから、あまり良いとは言えなかったはず。
……あくまで知識でしか知らないけど。
「シド、それは自我が芽生えるまで余に面倒を見ろと?そう申すかのか?」
「いえいえ、可能性のお話をしたまでですよ。」
「そもそも、自我を持つほどにまで個体進化の進んだアンデットは相応の術式で縛らねば命令を聞かぬだろう。余は刻印発動しか使えぬのだぞ。正式な魔術師ではないのは知っておろう?
魔術師隊の隊長だからとて、あまり余を愚弄するな!」
「その通りです。流石は王子です。博識ですね。
王子が刻印発動のみと言う事は十分存じ上げております。
愚弄するつもりは毛頭ありませんでしたが、癇に障ったのであれば謝罪いたします。」
「フン、もう良い。
見たいものも見れた故、余は帰る。」
「お送りいたします。」
「要らぬ!」
毒々しい王子はそのまま勢いよく扉を閉めて出て行った。
荒々しい足音が暫く響いて遠ざかって行く。
青白い人間は軽く溜息をつくと、ブツブツと喋りながら机の方へと向かっていった。
よくよく聞いてみれば、大半が愚痴だった。
人間が机に向かったことで、本の位置などの気が付くかと思ったが別段そんな気配はなかった。
そのまま、何冊か本をまとめると手元の鞄に仕舞っていく。
ああ!まだ読んでない本もあるのに!
幸い全て持っていくつもりは無いようで、ある程度のところで鞄を閉めて、席を立った。
そのまま、こちらにチラリと視線を向けたのでスッっと顔を無表情に徹する。
すぐに視線を外して青白い人間も出て行った。
行ったか……。
ふう、動けないって言うのは結構ストレスが溜まる。
足音が聞こえなくなった辺りで緊張を解いて、身体を動かす。
死体だから別に身体には、疲労は溜まらないけど、精神的な疲れは生前と変わらないな。
取りあえず、机の上を確認すると当たり前だが本が減っていた。
しかも読んでる途中の本も持っていかれてた。ちぇ。
仕方なく、まだ読んでない本を適当に漁ろうとした時、唐突に背後でマナが活性化する。
慌てて振り返ったら、俺が普段鎮座しているであろう地面の床の魔方陣が光り輝いている。
次に魔方陣の中央の円から半球状に透き通った障壁の様なものが生じた。
魔方陣と障壁はそのまま数秒光ると、フッと消えて元の線に戻った。
因みにその間は俺は本を片手に硬直してた。
うーん、本来だったらあの魔方陣の上には俺が居るはずだから、多分俺に対する遠隔で使用された魔術の類だと思うけど……。
今のとこは魔方陣の上に居なかったからか、身体に変調は無い。
ただこれ、絶対に不発って思われるだろうな。
本当なら諸に、俺に対して使用したんだろうし。
うーん、もし次使用された時のために仕方ないから中央に戻っておくか……。
ちょっと本は名残惜しいけど。
部屋の中心に戻ってさっきと同じような姿勢をしようとしていると、外から足音、しかも駆け足が聞こえた。
あっぶね。戻っておいてよかった。
そのまま走って来た勢いで扉を開けたのか、バン!と勢いよく扉が開け放たれる。
……見たことのない黒い格好の人間。
ただ、あの青白い人間と格好は似ているな。
その人間は部屋に入るなり、俺の方をじろじろと見て、取りあえず安心したようにため息をついた。
そのまま、机の方へ歩いていくと、胸元から装置を出して机の上に置き何かごそごそしている。
そのまま、装置に向かって話しかけた。
「あ、あ、聞こえますか?
……ああ、よかった。
はい、部屋の中央に座っています。
ええ、ええ、魔力不足じゃないですか?
分かりました。一応確認してみますね。
確認が終わったらまたご連絡します。」
死ぬ直前でも見た、装置に向かって話す人間。
今思うと、やっぱりあれは今この場にいない人間と話す装置みたいだな。
人間はその装置を一旦机の上に置くと、俺の方へ歩いてくる。
そのまま俺の周囲に書いてある魔方陣を屈んで調べているようだ。
悪いな。俺が中央にいなかっただけで、その魔方陣はちゃんと機能してたぞ。
おっかしいなぁ……、とか時折ブツブツ言いながら調べているが、当たり前だけども魔方陣の不備なんて見つからない。
魔方陣を一周した辺りで、もう一度机の上の装置を手に取って話しだした。
「あ、あ、聞こえますか?
えっと、一旦調べてみましたけど、別に陣には不備らしいものは見つかりませんでした。
えー、だからやっぱり魔力不足だと思うんですけど……。
自分はここにいるのでもう一回発動してみたらいかがです?
……わかりました。
ではこのまま見ています。」
人間は手に装置を持ったまま、俺の方を振り返る。
そしてしばらく経つと、さっきと同じように魔方陣が光りだした。
「はい、術光は発生しました。
地上の術式とリンクはしてるかと。」
それに合わせて人間も話す。
そして、さっきと同様に俺をすっぽりと覆うように半球状の障壁が俺を包み込む。
次の瞬間、目の前に見えていた石壁が消えて草木と夜空が映った。
は?
キョロキョロとしたい衝動に駆られたが、視界に人間が居るのが見えてクッと堪える。
何が起こったんだ?
部屋の壁が開いた?いや、でも地下だったはず。
……いや、これは俺が移動したのか。
人間が近づいてきて、そいつがいつもの青白いやつだと気が付く。
「ふむ、成功か……。
さっきはなぜ何も転送されてこなかったのだ?
何かに阻害されたのか……。
ただのミスか?
……専門外だから考えるだけ無駄か。
……一応、ミゲルに知らせておくか。」
青白い奴……ってのもいい加減長いな。
確か王子にシドって呼ばれてたか。
シドはこちらを見て相変わらずブツブツと呟いている。
どうもこいつは他の人間と違って考えていることをそのまま口に出す性質みたいだな。
もっとも、他の人間と居る時はそんな気配が無いから、意識はしてるんだろうが。
ま、今とかは俺の事を自我が無いって思っているなら、一人も同然なんだろう。
暫くブツブツと呟いていたが、不意に黙った。
それから直ぐに俺の視界外から人間が…さっき地下室で話してた奴だな…が走り寄ってくるのが見えた。
「ああ、きっちり転送されましたね。
……原因は分かりましたか?」
「いや、おそらくは出力不足だったのかと思うが……。
丁度いい、この事を第六魔術師隊のミゲルに伝えて来い。」
「え、ミゲル隊長ですか。
わかりました。
陣はこのままですか?」
「ああ、このままで構わない。
私はこいつを『怒れる自然の大遺跡』に連れて行く。
明け方になる前には戻る。」
「ムーマーの迷宮ですね。
わかりました。
では、お気をつけて。」
ぺこりとお辞儀をすると、視界から消えて行った。
シドは軽く目で追った後にこちらに向き直り口を開く。
「ついて来い。」
俺の身体が動き出す。
今回は自分でもそれに従って動こうと思っていたからか、妙な強制力は感じなかった。
シドの後ろを歩いていて、周りに人間も居なさそうという事で軽く辺りを見渡してみる。
まず、さっきの人間が走って来て、走り去った方向にかなりでかい建物。
そしてその建物をぐるりと囲むように壁が聳え立っている。
今俺が歩いているのはその建物と壁の間の空間だな。
あまりキョロキョロしても目立つから、これ以上辺りは見渡せない。
仕方なくシドの背中とその先に在る物を見るようにした。
歩いて行った先には見慣れた檻。
またこれかよ。
これはもう飽きたんだけどなぁ。
「乗れ。」
そう言われると乗るしかない。
反抗してもどうせ体が強制的に動くだろうから、しぶしぶ乗り込む。
ちぇ。
俺が乗り込んだことを確認すると、シドは檻を閉めて、檻に結ばれている馬に乗りこんだ。
そのまま、馬が走り始めた。
すぐに壁の近くに差し掛かりそのまま門から外に出る。
すぐ外は橋になっていた。
橋の先には人間が二人。
「第零魔術師隊隊長シドだ。
死霊魔術の実験で怒れる自然の大遺跡まで外出する。」
「ハッ。かしこまりました。」
橋を挟むように左右に立っていた門番が同時に発声する。
そして、馬がまた進み始めた。
橋の先には見慣れた人間の町。
一瞬振り返ると、さっきまでいた場所は少し町より高くなって塀に囲まれているみたいだ。
町も塀に囲まれているのに、その中でさらに壁を作るなんて厳重だな。
臆病なだけかもしれないが。
馬が進んでいく。
……ここで揺られてると少しだけ楽しいって思ったな。
悔しいけど。
まぁ、地下に閉じこもった生活をしてたからかもだが。
後は単純に夜の人間の町を見るのが少し楽しみって言うのもあるんだろう。
夜の町は昼と違って酷く静かだった。
真っ暗で誰もいない。
そんな中を進んで、直に町の端の門にも到着する。
そして、同じようなやり取りをシドがして、今度は町の外を俺を乗せた檻が進んで行った。
月がもう少しでてっぺんまで来るかなって頃合いに、ようやく檻が止まった。
因みに町を出た頃は月が昇って少し経ったくらい。
檻の空く音が後ろからする。
「出て来い。」
その命令で初めて後ろを向く。
そのまま、檻の外に出た。
周りは森で、降りた周囲だけ開けた場所になっている。
そしてその開けた場所の中心に、巨大な門……門なのか?……が鎮座している。
本当に門構えだけで後ろに壁とかが無い。
これって意味あるのか?
それに門の普段潜る箇所が真っ黒になっている。
いや、夜だから暗いのは当たり前なんだけど。
ただ、その門の前には赤々と燃え盛る松明が置いてあるんだけども、その炎の光が全く門の中に届いていない。
真っ暗だ。
ん?門の前に立て看板があるな。
ええっと『怒れる自然の大遺跡』『恩恵と自然と憤怒を司る母神ムーマーの試練所』?
母神って事は神の一柱かな?
立て看板の単語に悩んでると、シドが俺に命令する。
命令しつつ俺の首に何かをかける。
……金属の板?
「首のタグを身体の損傷の次に守れ。
中に入って魔獣を倒せ。
身体に傷がついたら治るまで五個目の階層で待機せよ。
後は可能な限り繰り返せ。」
え。これに入るの?
真っ暗だからあんまり入りたくなんだけど……。
というか入ったところで直ぐに後ろの森に出るだけでは?
五個目の階層ってなんだよ。
まぁ、そうは言っても身体は勝手に動くから行くしかないんだけどさ。
仕方なく、門の真っ暗闇の中に入っていく。
門の黒い場所を通る瞬間、一瞬だけ地面がなくなったような感覚。
ただ、直ぐに俺の足が地面を捉えた。
一気に目に光が飛び込んできて眼が眩む。
鱗を何かがジリジリと焼く感覚。
………何とか目を開ける。
……は?
門を潜った先は大草原だった。
空には太陽がさんさんと照っている。
どういうことだ?




