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死した竜の物語  作者: 獅子貫 達磨
第二章 死肉竜の目覚め
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1話 生死不明

ボーっとする。

暗い。

昏い水底。

水の底に居るみたいだ。

身体の感覚が無い。

何処かへ沈んでいる気がする。

深く、深く、下へ、下へ。


落ちる。

ここは何処だっけ……。

俺は……。


ぐにゅ。

ぐにゅりと身体の中に何かが入ってくる感覚があった。

身体を見ようとするけど何も見えない。

前足も動かせない。

後足も、尻尾も、翼も、首も。

動かせないんじゃなくてそもそも最初からそんなもの無かったかのような。

身体の中に入ってきたのが何かわからない。

ぐにゅり、ぐにゅり。

続けて二つ入ってくる。

入ってきて、俺の中を泳いでいる。


なんとなく泳いでるモノに触れる気がした。

触ろうとする。

掴めた。

前足が無いから掴むとは違うのかもしれないけど。


掴まれた方は焦るでもなくクネクネとしている。

クネクネした奴らから何かが伝わってくる。


フフフ。アハハ。クスクス。

楽しいね、見つけたよ、遊ぼうよ、面白そう。


純粋な子供みたいな感情。

ふとまだ年端も行っていなかった弟を思い出した。

ボーっとしてると、クネクネした奴がふと消えた。

いや、消えたんじゃない、薄まって薄まって俺の全身に広がる。

そして俺と混ざった。


そして俺は、また、落ちていく。

下に、下に。

深く、深く、深い底へ。


僅かに今度は下に光が見えた気がした。

そして……。




……眼が開く。

ぼんやりとした光が眼に入ってくる。

地面に寝転んでいるみたいだ。

………何してたんだっけ?

視界に靄がかかったみたいにぼんやりとしてはっきりと見えない。

起き上がろうとしたけど、上手く力が入らない。

仕方ないので光に眼が慣れるのを待つ。


だんだんと視界が明瞭になり灰色の何か……石壁が見える。

なんだろう……?何か違和感を覚える気がする。

眼が慣れてから、もう一度身体を動かそうとする。

少し視界の角度が変わる。

動いたのか?

視界は変わったが、体の感覚が鈍い。

触覚を何も感じない。

……いや、感じにくいだけか。

僅かに感じる。

集中しないと感じないレベルだが。


なんとか身体を起こすことに成功した。

辺りを見渡すと、扉と机と椅子、そして椅子に座る人間と眼が合った。

人間。青白い人間。気味の悪い青白い人間。

……俺を殺そうとした奴。

ボーっとしてた頭が急にすっきりとまとまる。

そして、違和感の正体にも気がつく。

ここ数日ずっと俺を外から拒絶していた檻が無い。

つまり、すぐにでも目の前の人間に襲いかかる事が出来る。

感覚の鈍い身体を動かして、目の前の人間に飛びかかろうとした。

同時に男が口を開く。


「私への許可なき接触を禁ずる。

 許可なき攻撃行動を禁ずる。

 身体動作を静止せよ。」


男の声が耳に入った瞬間、体が硬直して動かなくなった。

なんだ……これは。

見えない壁に阻まれたとかじゃない。

俺の体が俺の体じゃなくなったみたいに俺の命令を聞かない。

動かない。いや、動けないのか……。

自分の体なのに動かせないってのは、気持ちの悪い感覚だな。

多分今俺は、前に飛びかかろうと力を貯めた状態で固まる、という傍から見たら間抜けな感じで静止してるんだろう。

俺が動けない事が確認できたのか男が頷いた。


「ふむ。無事に死霊術式が完了したようだな。

 主従の接続も問題なさそうだ。

 竜種に行うの初めてだったが問題はなさそうだ。

 部屋の中央に戻れ、命あるまで待機せよ。」


ブツブツと呟き、最後に俺に対してもう一度言葉を発した。

俺の体が勝手に動いて、部屋の中央に座る。

それを見て、男は満足げに頷くと部屋から出て行った。

バタンと扉が閉まり、コツコツコツと遠ざかる足音も時期に聞こえなくなった。


……身体は動く。

待機せよ、は動くなとは捕えなかったか?

そもそも、誰が命令を認識して解釈してるんだろうか。

ただ、普段は人間の前では動かない方がいいかもな。直感的にそう思った。

一応扉を開こうとするが扉に触れる事は出来ても力を加える事は出来なかった。

扉に力を加えて外に出る、は待機せよという命令に反するからか……。


少し落ち着いたところで疑問がいくつか湧き上がる。

なんで俺の身体は人間の命令に従ってるのだ?

なんで俺はまだ生きてるんだ?確実に死んだと実感できるような最期だった気がするが。

いや、死んだ事は無いから本当は死にそうなだけだったのかもしれない。


……なにか違和感がある。何の違和感か分からない。

……酷く静かだ。

今まで感じたことのないほど。

瞼を閉じ、少しの間思考する。

……ああ、分かった。

普段なら眼を瞑ったり寝る時に聞こえる、自分の体の内側から聞こえてくる音が何もしないんだ。心音も、血流の流れる音も、肺が呼吸する音も、何もかも。

息を止めても苦しくない。


俺の意識が閉ざされる前に人間の言っていた言葉を思い出す。

ネクロドール。

魔術の知識が疎い俺でも知っている数少ない術式がある。

別に興味があったりした訳じゃ無くて、話を聞いた時のインパクトが強かった術式。

ネクロドールもその一つ。

えーっと確か正式名称が、死精霊魔術・傀儡化術式ネクロドール。

俺の記憶が正しかったら精霊魔術の一種だったはず。

効果は死体に死の精霊を宿し、死の精霊を術者が命令と制約で縛り死体を動かす。

確かそんな効果。

術者の技量が低かったりすると、中に入れた死の精霊が言う事を聞かなくなるから緻密なオド操作が必要とかなんとか言われた気がする。

まぁ、話をしてくれた母さんが嫌そうに説明してたのが印象的だったから覚えてるんだろう。

母さんも使えないって言ったか。使えないのか使いたくないのかは分からないけど。


ただ、この術式はあくまで精霊魔術の一種のはずで蘇生魔術ではない。

だから俺の意識が残ってるっていうのは何故かわからない。

仮に蘇生されたというのなら、それはそれで体が生命反応をしていないのは不思議な訳で。

というか、今腑に落ちたが感覚が鈍いのは体温が外気温と同等くらいにまで下がっているからか。

いや、そもそも今の俺に感覚を強く感じる器官が残されてるのかは分からないけど。

そう考えると、おそらくこの事態、俺の自我が身体に残されているという事態はあの人間からしてもイレギュラーなのではないか?

まぁ、もしかすると俺の自我を残留させることを込みとした術式なのかもしれないが。

今後の人間の対応次第だな。

一旦は俺の自我は残っていない、と人間が思っている前提で行動しよう。


現状を取りまとめると、

1、人間の命令には逆らえない

2、ただし人間が明言しなかった行動は自由にできる。

3、人間は俺に意識は無いと思っている(確実ではないが)

4、身体が死んでいる

このくらいか……。


気になるのは体が死んだ事で腐敗しないかって事だけど、それは今すぐ気にしても仕方ないな。

でも、たしか精霊魔術は死の精霊に対する術式だから俺には適用されないはず。

って事は身体が人間の言う事に従うのは俺の身体に死の精霊が入って、それに対する命令で体が勝手に動いてるって事かな。

死精霊魔術は印象に残ってるからどんな効果かまでは覚えてたけど、肝心の精霊魔術の細かい知識が俺にはないから精霊がどんな存在なのかまでは覚えてないんだよなぁ。

知ってれば現状打破できたかもしれないけど、知らないものは仕方ない。


扉からは出れないので部屋の中を見渡す。

部屋はのっぺりとした簡素な石造りの部屋で窓は無い。

空気がひんやりとしてて、少し土の湿気がするから多分地下。

部屋の中央には何かの術式の魔方陣が書かれてて、部屋の隅に机と椅子。

机の上に何かが置いてある。

近づいて前足で触ってみると、四角い塊だ。

うん?上部がパカッて開くようになってるな。

開くと何か文字が書いてある。

えーっと、魔素粒子論?

次も薄い白い物で捲れるようになってる。

ああ、これが本ってやつか。

人間が知識を保存しておくための媒体だったか。


所々分からない言葉があるが、大凡読むことには苦労しないな。

暇つぶしがてら読んでみるか。

幸い外も石で出来てるのか、足音が響くから誰か来たら直ぐに分かるだろう。




結構な時間がたったと思う。

前にいた場所と違ってここは密閉されてるのか、全く日の光が入ってこず変化が何も見られない。

だから、厳密にどの位時間がたってるかとか分からないけども。

ただ、机の上に積まれてた本は結構読み終わったぞ。


何冊か読めない言葉で書いてある本があったからそれはそのままだけど。

因みに殆ど、と言うか全てだな、全て魔術に関する本だった。

魔素粒子論、旧時代の術式、刻印術式と詠唱術式、オドとマナの相互作用、2000年前の真実、カレスティア歴の終わりに何があったのか?、ヒューバーン家の秘術、生体術式概論、魔素と病の症例、などなど。

本の表紙的に関係なさそうなのも魔術の歴史に関するものだったりで、最終的には魔術絡みだった。


そして、個人的に読んでて引っかかった本が一つ。

魔素と病の症例って本。

表紙の言葉の通り、魔術に関するもの……魔術と言うか厳密にはマナとオドだけど……に関する病気や先天的な障害についての事例が集められた本だった。

机の上の中では一番ボロボロで古い本だったから読むのに気を使った。


その中の事例の一つに『先天性魔臓肥大病』と言うものがある。

魔臓って言うのは簡単に言うとオドを貯めておく体の器官らしい。

正確には決まった場所に在る物じゃないらしいけど。

その病気は生まれつき魔臓が他の人間に比べて肥大、つまり大きくて、他の同種族と比較すると大量のオドを溜められるらしい。

原因は不明。


それだけならメリットしかなさそうだが病としてデメリットもある訳で、この病のデメリットは多すぎるオドが激流のように全身を流れオドを意識的に操作をする事が出来ない。

無理に魔術を使おうとした場合、使用する術式に必要なオドの数十倍の量が流され術式が破壊され小規模な魔縮現象……魔素を一か所に固める事で起こる爆発に近い現象らしい……が起こると。


ふむふむ、なるほど……もろ俺の事じゃないのか?

文献で残る発症例は14件。多いのか少ないのか。

ただ考えてみれば、人間って種族はかなりの数が居てその中から14は少ないんだろう。

少なくとも俺は家族以外に古代竜を知らないからな。

知ってる数は祖父、父さん、母さん、兄ちゃん、姉ちゃん、弟の6匹だけ。

しかも古代竜は人間と比べ物にならないほど寿命が長い。

そう考えると発症例も少なくなるか……。

少ないというか歴代で皆無だろう。


そしてなにより一番大事な治療法。

これが一番大事。これさえ分かれば他はいらない。

読み終わって、もう一回読んでみる。

……

………

…………

……結論から言うと治療法は、載ってなかった。

正確には『治療法は不明』との記述。

そうかぁ……。ないか。ないのか…。


正確には過去に治療出来た人間はいなかったらしい。

俺は加護のおかげか暴発時の魔縮現象で傷ついても治ったけど、人間って一度傷つくとなかなか治らないらしい。

そのせいか、大怪我をして二度と魔術を使わないか、下手をするとその傷が元となって死んだそうな。

まぁ、か弱い人間ならそうなるか。


一応、本を書いた奴曰く、可能であれば練習あるのみ(当然数十回か数百回近く暴発させることになるが)で膨大な魔力に慣れる事。

しかもこれは仮定。誰も試したことが無いらしいからな。


もう一つは術式を介さないオド運用を行う。

例えば精霊魔術。精霊魔術は精霊と契約し自身のオドを精霊に食わせる事で代わりに魔術を運用してもらう。これも欠点があってそこら辺の自我を持たない下級精霊だった場合はオドを力任せに注いだ瞬間破裂する。

ので必然的に中級……はまだきついだろうし上級以上との契約になるが、上級精霊なんてそうそう居ないし、そもそも上級にもなると自我があるから説得しないとダメ。

ハードルが高い……。

一応、人間の中で奇跡的に上級精霊と契約を結べた奴は一人だけ居たらしい。

多分、寿命的な問題で、もう死んでるだろうけど。


今できるのは鍛練あるのみになるんだが、そもそも今の身体は痛みを感じるかは、一旦置いておいて治るのかが不明だな……。

今使って治らなかったら人間が来た時に怪しまれるだろう。

ので、保留。

原因っぽい物が分かっただけでも良しとしよう。

当然ながら本に載ってるのは人間の発症例だけで竜の発症例なんて無かったから、俺の症状はもしかしたら全くの別物かもしれないが……。


それにしても言葉がそもそも読めないのはいいとしても、読めても理解できない部分が多い。

こう、いい感じに単語を意味と共に並べた本は無いかね。

望んだところで、そんな都合のいいもの無いだろうけど。


諦めてそのまま次の本を見る事にした。

人間はまだ来ない。

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