第14話B:生還とは何かを考えよう(後編)
リアをかばい、工作場の屋根に潰されそうになった俺。
今、死の世界に居るという事は「潰されそう」じゃなくて。
『ええ。潰されたんですよ、貴方は』
「うっひゃー、それは残酷過ぎませんかね」
『安心しなさい、屋根の直撃はしてませんから』
なら安心。ミンチより酷い死に様なら、もう死んだ方がマシだ。
綺麗なまま死んでいきたい、と誰だって思うだろうし。
『潰れた屋根の粉塵を吸い込んで、呼吸困難で倒れました』
「その、無理やりに情けない死因を暴いていくスタイル勘弁して下さい」
『まぁ実際にホコリを吸い込めば、そりゃ地獄を見る程にむせますけど』
「ホコリの臭いが染み付く前に起きますか」
やれやれ、と腰を上げる。
だがそれよりも、肝心な事を忘れてた。
「あ、そうだ。女神様、俺、二ヶ月くらい漂流したんですが」
言いながら、俺は女神像へと詰め寄った。
今までは敬意を払って近付かなかったが、今回は別である。
「陸地なんて全く見えませんでしたよ。通りすがる船も何も無い」
『そうでしたね』
「生還なんて、絶対できないんじゃないですかねぇ」
リアには『生き続ける事が俺の生還』だと格好つけて言ったりした。
でも、やっぱり不満に感じる部分は、元凶に問い詰めたいのも心情である。
「今となっては、どっちでも良いですけど」
『ふむ?』
「もう生き返るのをアテにした生き方を辞めます。死ねばそれまで」
『諦めるのですか。今、こうして死の世界に居るにも関わらず』
「勘違いしないで下さい。俺は『女神様に頼らない』と言ったんです」
かつて俺は女神様と出会う前にも、この世界の常連だった。
そしてその時は、いつも女神様の奇蹟を得ずとも生き返っていた。
「まぁ見てて下さい。俺のスペ体質を克服するサマを」
そう言って女神像の前で上空を見上げる。
遥か彼方から、リアの声が聞こえてきた。
『生き返って下さい、タクヤさんっ。今、心臓マッサージをしますから』
「リアが応急処置をして、俺を助けようとしてくれている」
女神像は、神々しい輝きを抑えて静かになりつつある。
『死んじゃだめですっ。もう生き返られないんですよ? 頑張って!』
必死の声が俺に届く度、俺の身体の底から力が湧いてくる。
それは久しく忘れていた「死にたくない」という感情の力だ。
「生きたい、とはいつも考えていた。でも死にたくない、なんて考えていなかった」
『スペ体質の貴方にとって、死は身近過ぎましたからね』
生きる事が終わりなき道程であり、それは死にたくないというスタートから始まる。
俺は、スタート地点を見失ったまま、コース外を走り続けていたんだ。
両者を捉えた今、ゴールはもう定まった。
「その両者が揃って、初めて『生還』になるんだ」
俺の言葉に女神像が一瞬揺らいだ、気がする。
いつも助けてくれていた女神様には悪いけども、これは絶縁状に近い。
死を完全に封じていた蘇生の女神様が居る故の「死にたくない」の喪失。
今、それを裏切ろうとしているのだから。
「リアッ。俺はそっちに帰るぞ。死にたくないからな。必ず、生きて帰ってやるっ」
天へと叫んだ俺の言葉、それが彼女に届いたかどうか。
女神像の輝きは完全に失せていたが、何も心配する気は起きない。
もう、目は覚めつつあった。
***
「あいよー。蘇生一丁上がり」
「さっすが救急隊員さんですね。ご苦労様です」
そんな声が雑音や騒音と混じって聞こえてきた。
俺は頭を振って、ボンヤリとした意識を覚醒させる。
「ここは……ゲーセン?」
かつて、無人島生活をする前にバイトをしていたゲーセンだった。
なぜ、こんな所に俺が居る? リアは?
「良かった、タクヤくん。また死んでたのよキミ」
「あ、店長」
「スペ体質なの知ってるから、まぁ気にしないで。でもあんまり死なないでね」
それ気にしろって言ってるじゃないですかねぇ。理不尽だ。
というか、なぜここに居るのかが分からない。
「俺、無人島に居たはずなんですが」
「見たのね、走馬灯を」
「いえ、そうじゃなくて。実際に無人島に行って、サバイバルをですね」
言っている最中で、なんか馬鹿馬鹿しさを感じてくる。
また、救急隊員が早足に立ち去っていく後ろ姿を見て、実感が湧いた。
「もしかして、夢の話とかしてる? 私、そういうの苦手なんだよね」
「いや夢というか……まぁ夢なんですけど」
こりゃ駄目だ、話にならない。適当に話を打ち切ろう。
そして、なんとなく理解してきた。
「俺、生還したんだな」
「でないと死体安置所行きだったわよ。さぁ、働いて働いて」
死にかけた人間を容赦なく働かせる。
彼女こそ、ゾンビ使いのネクロマンサー店長だ。
いやもう訴えるぞ、労働基準法違反とか著作権とか色々と。
救急隊員が自動ドアを通り抜けて去って行く。
それを見て俺は、思った事を試してみる。
ドアが閉じ切る瞬間、その隙間に飛び込んで挟まれてみた。
バシーンッと、なかなか豪快な音が俺の身体を貫く。
「いてぇっ」
「なにしてんのよ、キミ。まだ寝ぼけてる? てか死ぼけてる?」
「……死ぼけてる、とか嫌な造語を生み出さないで下さいよ」
死んでいない。
いつもの俺なら、確実に死んでいるはずなのに。
「やっぱり、生還したんだ。俺は、無人島から」
***
ゲーセンのバイトを終えて、俺は自分の家への帰路を歩く。
夢、と考えるには無理がある。
あの無人島での生活は、実際にあった事だ。
現実世界では一秒も進んでいない時間の中で、確かに折れは無人島に居た。
「スペ体質は治った。女神様が言った通り、生還したからか」
それだけで飛び跳ねて喜ぶはずなのに、どうしても心が浮かばない。
例えば、無人島に居た俺の身体はどうなったのだろう?
今もそこで死に続けているのか、それとも現実のここにある身体がそうなのか。
「何より、リアとはもう会えないのかな」
寂しさしか心を占めない。
ずっと俺を支えてくれた自称無力な女の子。
彼女を失った事は、終生のパートナーを喪失したに等しい。
実際、何度も何度も死を見送ってくれていたわけで。
「死ねば会えるのだろうか。女神様やリアに」
気分が沈めば雨まで降り出した。
昔の俺が風邪でも引けば、簡単に死んでしまうだろう。
でも今は、傘を差す気にもならない。そもそも持っていない。
「あーあ。蛇の目でお迎えしてくれないかな、誰か」
そう呟きながら角を曲がると、そこには一匹の超巨大蛇がとうせんぼしていた。
南米アマゾン川に生息するオオアナコンダである。
その両眼が俺を鋭く睨みつけている。
「ワォ……蛇の目だ」
言いながら、その蛇の頭をカバンで殴る。
ペコンッと音がして蛇は倒れた。気絶したのだ。
「コラッ、リア! 俺を脅かそうたってそうは」
「あんた勇気あるなー。逃げ出したからどうしようかと思ってたよ」
そう声を掛けながら、ペットショップの男がアナコンダを回収していく。
女神の化身じゃなくて、本当にアナコンダかよ。てか売ってて良いのか?
「そっか。リアじゃ無かったか」
考えれば、あの子が爬虫類に変化するとは思えない。
もっと美しい動物になりたがるだろう。白い犬とか、猫とか。
マンションまでの最後の角を曲がると、そこには白い四足動物が居た。
白馬である。
俺はその前を通り過ぎると、何気ない様子で俺の背後を追いかけてきた。
かっぽかっぽかっぽ。
「あのさ、一つ言っておく」
「ひひんっ」
「日本の住宅街にだな、野生の白馬は居たりしねぇよ!」
「えぇっ!? そうなんですかっ」
リアの声で、白馬が強烈な驚きを口にした。
いや、なんで居ると思ったよ、そもそも。
「だって道路標識に軽車両のみ通行可って書いてありますし」
「お前のどこに車輪が付いてるよ」
「軽車両には牛馬が含まれるってあったから、てっきり今でも馬が居るのだと」
そこまで日本の道交法を調べておいて、なぜ社会常識を学ばない?
わざとだな、わざとだろう。
「いえ、ガチですっ」
「威張るな。でも、よく無人島から帰れたな、リア」
「そりゃあ私も女神様の化身のはしくれ。簡単な奇蹟なら起こせますとも」
そう言って、白馬は俺の髪の毛を噛んでくる。怖い怖い。
懐いている様子なのは嬉しいけどな。
「私、きちんとお役に立ちたいんです。無人島でも、この街でも」
「そうか。助かるよ、リア」
「はい。安心して、ばんっばん死んでくださいね。必ず蘇生して見せますから」
彼女の言っている事は頼もしいが、死ぬ前提の俺が頼もしくないな。
それにしても、彼女の言葉には間違いがある。正さねばならぬ。
「リア、俺はもう普通の人間として行きていけるんだ」
「タクヤさん?」
「だから、リアも普通に生きていい」
俺はリアの頬に、そっと手を触れる。
「どうだ? 一緒に人間らしく暮らさないか?」
俺の言葉を聞いて、リアは最初ぽかんとするだけだ。
やがて表情をゆっくりと変えていく。
それは、なにか気まずそうな事を話さねばならない時の顔だ。
「あ、あ、あ、あの……タクヤさん。あの、もの凄く言い辛いんですけど」
「アレ? なんか間違ってたか、俺?」
リアが青ざめた馬の顔で、呟いた。
「その、残機制、です」
「はい?」
リアは、蹄から生まれた謎の光を俺の胸に当てる。
するとそこに「残機0」という文字が浮かび上がった。
「ああ、残機減ってるっ。もう既に死ぬような目に遭いましたねっ!?」
「な、なんのこと……って、自動ドアに挟まれた事か」
残機ってなんだ? ゼロから減ると、どうなるんだ?
「即ゲームオーバー制から、残機制になったんですよ、タクヤさんは」
「それ、スペランカー体質が治ってねぇじゃん!」
「改善はしたでしょう? 女神様、嘘つかない」
「っざけんなコラー!」
俺が叫ぶと同時に、腹の底から衝動が湧き上がる。
これだけ雨に打たれていたのだ、仕方ない衝動でもある。
だがスペ体質の俺にとっては、その衝動が……。
「ハッッックショォォォンッ!」
「あ!?」
死に直結するのである。
***
『おお、スペランカー体質のタクヤよ。残機を失ってしまうとは、なさけない』
「良いから復活させて下さい、女神様」
できれば、無人島以外でな。
完
物語は今回で完結です。
読んでくださり、ありがとうございましたっ。




