第14話A:生還とは何かを考えよう(前編)
無闇に死にまくる体質、それをスペランカー体質と揶揄してはや二十五年。
気付けば地獄に居る生活も、それだけ続けば日常だ。
「また戻ってきたか……この地獄に」
『死ななければ戻らなくて済むんですが』
女神様の声が、地獄の天から聞こえてくる。
まあそれは理想論であり、事実として俺は死にまくっているのだ。
『開き直らないで下さい。でもよく一日を無事に生き延びました』
「最後の最後で死にましたけどね……まさか雨漏りが額に直撃するとは」
『かなり高度な拷問ですよ、それ』
うーん、死神に魅入られているとしか思えないな。
『安心して下さい。昼夜問わず死ぬ貴方に、死神さんはウンザリしてます』
「だったらスペ体質を治して下さいよ、もう」
『無人島から生還できれば、そうしましょう。約束通りに』
「じゃあ、戻りますかー」
女神様の言葉を聞き流しつつ、俺は無人島への帰還に備える。
やる事は山程にあるんだ。ボヤいている暇も無い。
ところが、しばらく待っても女神様から転送される気配が起きない。
「あれ? どうしました、電池切れですか」
『神の奇跡をなんだと……いえ、今日は本当に頑張りましたね、タクヤ』
「褒められたって何も出ませんよ。死斑とかなら出ますが」
『出さなくて結構。でも、今日という一日を続けなさい。それを日常としなさい』
いやあの、ものすごい勢いで死んでいるから、できれば日常にしたくないなぁ。
ま、女神様はそういう意味で言っているんじゃないだろうけどさ。
「サバイバル生活、やれるだけやってみますよ」
『生還を目指しなさい。どんな形であれ、貴方だけのやり方で』
***
目覚めると、俺の作った掘っ立て小屋の付近が水浸しになっていた。
周囲に溝を掘らなかった為、昨夜の雨で水没したのだ。
「ここ掘れワンワン、ここ掘れワンワン。あ、タクヤさんおはようございます」
猫の姿をしたリアが、何か己の存在を否定する文句で溝を掘っている。
というか、犬になればいいのに。
女神様の化身であるリアは、どんな姿も変化自在なのだ。
「おはよう。てかまぁ、見事に水没してるなぁ」
「いきなりの雨でしたからね。さぁ、今日も張り切ってサバイバルしましょうっ」
朝から元気なリアである。
さてどうやって溝を掘るか、新しい一日の始まりから思考を巡らせるのだった。
***
女神様の言った通り「今日という一日を続ける」事が、俺の毎日だ。
俺は死にながら新たな解決策を見出し、またそこに新しい問題が生まれ、俺は死ぬ。
だけども諦めず、ひたすら生活を続ける事が、俺の生還の一歩に繋がるのだ。
そんな日々が続く。
やがて衣食住は満ち出し、無人島の一部は生活拠点として征服した。
そう確信を持てるようになるまで、何度死んだか。
もはや、俺にとってその事実は問題では無かった。
もっと根本的な問題が、俺の前で無限の広さと深さで横たわっていたからだ。
***
「生還できねぇーーっ!」
俺の絶叫が、小屋の工作室に轟いた。
多種多様な工具や資材を前にして、俺は適当な場所を蹴飛ばす。
材料の丸太がゴロンと転がり、工作場の屋根を支える壁に当たって止まった。
「タクヤさん、落ち着いて落ち着いてっ」
「二ヶ月だぞ!? 二ヶ月も漂流したのに、なにも見つからなかった」
白い狼の姿をしたリアが、俺をなだめようと周囲をうろつく。
でもその行動すら、俺にはストレスであった。
「いかだで脱出するも、食糧不足で駄目。狼煙を上げても、誰も気付かない」
そもそも島を通りすがる船や飛行機すら見えない。ここは本当に地球なのか?
「仕方ないから舟を作って、載せるだけ物資を乗せて漂流したのに……」
「タクヤさんっ」
「何処に、どうやって、帰れってんだっ」
それは根本的な問いだった。
二ヶ月の無意味な漂流生活を死で終えた俺は、気付けば元の無人島に戻っていた。
死んで女神に問い詰めたかったが、そのチャンスすら与えられていない。
「タクヤさん、次はきっと上手く行きますよ」
「次っ? 今度は豪華客船でクルージングでもするか、半年くらい」
俺の冗談にリアが顔を背ける。
彼女が狼の姿をしていても、怯えているのは伝わった。
「すまない。でも無理だ、無理だな。生還なんて出来やしない」
「今度は違う方角を目指しましょうよ。島の反対側とか」
あくまでポジティブなリアを見て、俺も平常心を取り戻す努力をした。
しかし、どうすれば良いのやら。
「死んで女神様に会って直談判するか」
「だ、駄目ですよっ。自殺なんて絶対に駄目です」
「自殺しなくても、どうせすぐに死んでしまうけどな」
死んで女神様に会う。
生きて女神様の化身に会う。
「うん、どっちも同じだ。生き抜くのも死ぬのも、俺には同じ事だ」
「全然違いますっ。周りを見て下さい、タクヤさん」
そう言ってリアが周囲に手を広げる。
泥や木の板で作った住居、丈夫なかまど、洗濯場にトイレ、工作場。
食料をネズミから守る貯蔵庫、動物を捕らえる罠、育ちの良い野菜の畑。
他にも多種多様な手作りの設備が、俺やリアを中心に広がっている。
「死んでこれらを作れましたか? いいえ、生きて貴方が作った物です」
「まぁ、作る度に死んでるんだが」
「そこは諦めてください。人間は、できるだけの事をする事が大事ですよ」
フォローになってるか、それ?
そもそも「大事」と書いて「おおごと」って読めるだろ、人が死んでるし。
「死んでも同じだなんて、言わないで下さい」
「はぁ。わかっちゃいるんだけどね、そりゃまあ」
でも今度ばかりは無理だ。
生還を目指せって言われても、目指すべきゴールが存在しない。
ただただ俺の屍の列が、この島をぐるりと一周した円環になっているだけだ。
「女神様がタクヤさんを生き返らせているのは、貴方を苦しめる為じゃありません」
「それすら疑わしいぞ。俺の人生を操る黒幕の気がして来た」
「もし黒幕だったら、どうしますか?」
リアが怖い事を言い出した。
俺にはどうしようも無い。死んで生き返るを無限永劫に繰り返す。
そんなの、地獄よりもタチが悪い。
だから、俺はパッと明るい表情で答えた。
「そうだな。その時は、もう死にたくは無いかな」
死ななければ、女神の顔を見なくて済む。
生き返らせないならば、女神が俺の人生を操る事もできない。
「ま、元より死にたくて死んでる訳じゃないし、そうできれば苦労しないんだが」
「でも生きていたら、私が居ますよ?」
白狼のリアが、ショボンと顔を垂らしながらそう言った。
なんとも申し訳無さそうな顔で、俺の罪悪感がミシミシと増幅される。
「ほら、リアは何もしないからなっ。いや色々してるけど、何も悪く無いからっ」
「私、タクヤさんが苦しんでいるのに何もできなくて……」
「何もできなくて良いんだって! 俺の人生なんだ、俺が決めるよ」
リアの両肩を掴んで、俺は言い切った。
そうだ、女神もいつか言っていた。
「何もできないならば、俺だけのやり方でしか終われない。生還だって同じ事だ」
生還しようとしてもできない。
それなら俺は、生還しようと「し続ける」事が、俺の人生なんだ。
「タクヤさん、それって」
「うん、俺は間違っていた。こんなに沢山の物資を作っても、死んでいたら意味が無い」
そもそも、死なない為に人はサバイバル道具を作って使うのである。
作ったり使う度に死んでいては、何をいわんやだ。
「俺は、死なない。生き続けてみせるし、死んでも納得する」
「そうですか……もう誰も、タクヤさんの事をスペランカーとは言えませんね」
リアが俺の背中に飛び乗った。暖かい抱擁を受けている気分だ。
でも、この結論で良いんだと思う。
死んでも生き返られる、だからスペ体質を受け入れて死にまくる。
そうじゃない。スペ体質を受け入れて「生き抜く」事こそが、俺の人生だ。
「よし! 今度こそ生還するぞっ」
「頑張りましょう、タクヤさん!」
俺とリアが一緒に盛り上がった瞬間、工作小屋の天井が落ちてきた。
あ、そういや丸太を蹴っ飛ばした時に、壁に当たってたっけ。
「うそぉおおお!?」
「きゃああ!」
いかんっ、このままじゃリアも巻き込まれるっ。
俺は彼女を抱え込むと、そのまま落ちる屋根を飛び出した。
脱出が間に合うとは思えない。でも、何もしないよりは良い。
「くっそぉ、もう死ねないんだっ。死んでたまるかぁっ」
崩れきった屋根の破片と土埃が舞って、俺達の姿を隠してしまった。
次回に続く。
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次回の更新は、明日の昼11時頃を予定しています。




