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第1話 誤配転生

 急な話で申し訳ないのだが、どうやら俺は死んだらしい。

 会社からの帰り道。スマホでTS物のラノベを読みながら駅の階段を下りようとしたら転んで、そして気が付いたらこうなっていたのだ。


 どうなっていたかというと……目の前に女神が立っていた。


 いや、別に名乗られたわけじゃないんだが。

 でも、ここは見渡す限り真っ白な空間だ。

 床は鏡のようにつるつるで、壁や天井は見当たらない。


 目の前にいる女性は腰まで伸びた薄紫色の長い髪に、その髪より少し濃い紫色のドレスを着ている。そして頭には黒いリボン。


 うん、そこまではいい。

 ただ、背中には光の翼のようなものが浮かんでいるのだ。

 これが女神じゃなかったら何なんだ。

 新手の宗教の勧誘か?


「あっれぇ? おかしいわね」


 その女神は、開口一番そんな声を出した。

 手に持った書類の束をぺらぺらとめくりながら首を傾げている。

 そして怪訝な表情のまま視線だけを俺に向けた。


「あの、お名前を聞いていいかしら?」


「えっ、輝山(きやま) 晃(あきら)ですけど」


「うーん、おかしいわね、どこにも名前がないんだけど?」


「はい?」


 その前にこの状況を説明して欲しいんだけど?


「あの、すみません」


「えっ? 何?」


「ここはどこであなたは誰ですか?」


「ああ、そうだったわね。私は女神アリシア、あなたのように若くして亡くなった人を転生させる仕事をしてるのよ」


「……神って仕事だったんだ」


「当たり前でしょ、何を言っているの?」


 いや、神様の常識なんて一般人は知らないんですけど?


 いや、ちょっと待て!

 今、聞き逃せない単語が聞こえた。


 転生って言ったよな? ということは、もしかして俺も?

 夢にまで見た異世界転生、やっと俺にも順番が回ってきたのか。


 俺にはずっとなりたかったものがある。

 それは――美少女だ。


 普通なら勇者や賢者を選ぶのだろう。

 男のまま最強とかを目指すのも確かに面白いかもしれない。

 しかし、俺が目指したいのは『俺TUEEE』ではなく『俺KAWAEEE』だ。


 お洒落な服を着て、髪を長く伸ばして色んな髪型にしてみたい。

 そして、そんな姿で美少女たちといちゃいちゃしながら楽しく暮らしたい。

 その願いが叶う時がついにきた!


 いや待て。

 こういう時に浮かれるとろくなことにならない。

 ここは慎重に話を聞いておかないと。


「あの、ってことは俺も転生させてもらえるってことなんですよね?」


「えっ、あー」


「どうしました?」


 あれ? なんだか様子がおかしいな。

 アリシアは困ったような表情で書類に目を落とした。

 どう見ても嫌な予感しかしないんだけど。


「それが、転生者リストにあなたの名前がないのよ」


「はい?」


 転生者リストってなんだそれ?


「それに名前がないとどうなるんですか?」


「あなたは間違えてここに送られて来たってことね」


「ええっ! それ、どういうことですか?」


「誤配だったみたいね」


「いや、俺の魂。宅配便で届けられたの?」


 まさか、ここまで来て転生出来ないってことなのか?


「じゃあ俺は一体どうなるんですか?」


「そういうことなんで、帰ってくれる?」


「いや、帰るってどこに? 俺もう死んじゃってるんですよね?」


「そうね、現世には戻れないからそのまま成仏してちょうだい、南無南無」


 やる気なさそうに掌を合わせて目を閉じる。

 いや、それ宗派合ってるのか?


「いや、処理しようとしないでください!」


 これはまずい、このままでは成仏させられてしまう。

 何とかしなければ、転生する前に物語が終わってしまう。

 ここは……勢いで押し切るしかない!


「あの、俺がここに来たのってそちらのミスなんですよね?」


「えっ、まぁそうとも言えるわね」


「じゃあ責任取ってください!」


「はぁ?」


 アリシアはポカーンとしたまま首を傾げた。

 本気で何を言っているのか分からないという顔だ。

 だが、こっちだって本気なのである。


「そっちのミスでここに呼んだんだから、責任取ってちゃんと異世界転生させてください!」


 俺はゆっくりとアリシアににじり寄る。

 このまま成仏なんて冗談じゃない。美少女転生のチャンスを逃してたまるか。


「ちょっと、近寄らないで。そんなにごねられても無理なものは無理……」


「いや、一つくらい行ける世界あるでしょ!? 世界っていくつあるんですか?」


「いくつって、そんなの数えたこともないわよ――あら?」


 言いかけて、アリシアは一枚の紙をじっと見つめる。


「どうしました?」


「そうね……ここならいいかしら?」


 何やら書類を見ながらブツブツと呟いている。

 そして意味深な笑みを浮かべて顔を上げた。


「ちょうど空いてる世界があったわ」


「いや、空き部屋がある、みたいな言い方しないでもらえます?」


 喜ぶところなのかもしれないけど、今の反応はちょっと引っかかるな。


「まぁまぁ、そう言わずに」


 ずいっと一枚の紙をこちらに突き出した。

 覗き込んでみたが、知らない文字がびっしり並んでいて一文字も読めない。

 しかし読めていないことなど気にも留めず、アリシアは話を続ける。


「いいわ。そこまで言うのなら転生させてあげる」


「えっ、本当ですか?」


「ええ、ただ……」


 アリシアは紙をひらひらさせながら、もったいぶるように間を置いた。


「この世界は少し前に転生者を勇者として送ったんだけど、すぐ死んじゃったの」


「はい?」


「ここで良ければ転生させてあげるわよ」


「いや、すぐ死んだってどういうこと? そんなに危険な世界なんですか?」


「うーん、それほどでもないんじゃないかなぁ? まぁ、よくある剣と魔法のファンタジー世界なんだけど。ちょっと魔王とか邪神とかがいるだけだから」


「いやいや、滅茶苦茶ヤバそうなワード出てますよね?」


 魔王に邪神?

 前に転生した人はそれに殺されちゃったってこと?


「いや、それって事故物件じゃないですか」


「大丈夫よ、ちゃんとチート能力を一つあげるから」


「えっ、チート?」


 まじか、だったら一考の余地はあるか?

 いや、でも魔王と戦うとかは遠慮したいな。


「あの、それって俺も勇者として転生するってことですか?」


「違うわよ」


「へっ?」


「だってあなたどう見ても勇者って感じじゃないでしょ。あはははは」


 アリシアは翼をパタパタと動かしながら笑っていた。

 失礼だな、そりゃ前世の俺はたいしてカッコ良くはなかったけど……。

 何? 勇者って、『ただしイケメンに限る』なの?


「じゃあ、別に魔王とかと戦わなくてもいいんですか?」


「ええ、いいわよ。小さな村の片隅でひっそりと膝を抱えて生きなさい」


「……言い方酷くない?」


「ふふっ、冗談よ。そんな顔しないで」


 いや、絶対本気で言ってただろ?

 この人は本当に女神なのか?


「あの、それで。俺はどんなチート能力がもらえるんですか?」


「そうね、じゃあコーラを砂糖水に変える能力をあげるわ」


「いや、いらないですよそんなショボい能力。ってか能力なくてもできるでしょそれ!」


 思わず全力で突っ込んでしまった。

 なんなのこの人。

 相手は女神だけどもう敬語とかもいらないよな、これ?


「そうじゃなくてちゃんと戦いとかに役に立つ能力が欲しいんだよ!」


「ああ、もう。わかったわよ、じゃあどんな能力が欲しいの?」


「あっ、じゃあ。まず美少女になりたいです。それから世界最強にしてください。あとアイテムボックスと鑑定スキルと、便利な道具を作るスキルとか欲しい!」


 畳みかけるように思いついたチートを次々と要求してみた。

 こういう時は最初から最大限ふっかけておいた方が絶対にいいはずだ。


「多いわね、って便利な道具? なにそれ?」


「文明レベルの低い世界なんですよね? 冷蔵庫とかスマホとかもないんでしょ? だったら快適に暮らすには道具作成のスキルは必須でしょ!」


「めっちゃ早口ね……」


「あと」


「まだあるの?」


「出来れば赤ちゃんプレイは勘弁して欲しいので、ある程度の年齢からスタートでお願いします。出来れば十六歳くらいで」


「本当に注文が多いわね、でもそんなのできるわけないでしょ、チートは一つしか無理よ」


「うーん、一つかぁ。そこを何とかなりませんかね?」


「ならないわよ、あっ、でも美少女っていうのは別にいいわよ。十六歳スタートも大丈夫」


 おお、お願い聞いて貰えた。

 やっぱりこの人、女神さまだよ。


「ありがとうございます、じゃあチートの方もなんとかなりませんか?」


「そんなこと言われても……あっ」


 アリシアの指が止まった。

 書類の束から引き抜いた一枚をしげしげと眺めている。


「じゃあ、これなんかいいんじゃないかしら?」


 そう言って紙を俺の方に差し出した。

 いや、だから読めないんですけど?


「それは?」


「えーと、神具創造よ」


「神具? 一体どんな能力なんですか?」


「なんと! これはあなたがさっき言っていた、鑑定、アイテムボックス、道具作成が全部付いてるお得パックなのよ」


「お得パックとかあるんだ……」


 じゃあ最初から言ってくれればよかったのに。


「ただし剣術も魔法も覚えないし、身体能力も上がらないわ。強くなるには自分でなんとかレベルを上げてね」


 俺は一度、ゆっくり考える。

 鑑定にアイテムボックス、それから道具作成。

 ほぼ全ての要求が通った形になった。


 これだけの能力があれば文明の進んでいない異世界でもなんとか生きて行けるだろう。……いや、本当にそうだろうか?


 魔王とか邪神とか言ってたし、まだ少し不安要素は残っている。


「最強ってのは無理なんですか?」


「無理ね、頑張ってスライムでも倒しなさい。三百年くらい」


「いや、どこの魔女だよそれ!」


 そんな風に突っ込んでいたら、ある考えが頭に浮かんだ。


「あの……その神具創造って、物凄い武器とか防具とかも作れたりするんですか? 例えば伝説の聖剣みたいな」


「えーと、そうね。レベルを上げればだけど。でもそんな凄い武器を作るには相応の材料が必要よ」


 アリシアはチラチラ紙を見ながら説明してくれた。

 なるほど、難しいけどレベルさえ上げれば作れるのか。


 それってかなり凄い能力じゃないか!

 頑張れば自分だけの武器とかを作れるかもしれないんだろ?

 ということは工夫次第でいくらでも可能性が広がるはずだ。

 お店でも開いてのんびり暮らすことだってできるかもしれない。


「よし、じゃあその神具創造でお願いします!」


「分かったわ、じゃあさっき言った条件でいいのね?」


「あっ、そうだ。ちゃんと美少女でお願いします!」


「念を押すとこ、そこなの?」


「最重要案件です!」


「あなた、さすがにちょっと気持ち悪いわよ……」


 まぁ、確かにそう言われても仕方ない。

 だけど、それでも俺は美少女になりたいんだ!


「はい、自覚してます」


「してるんだ」


 アリシアは背中の翼をすぼめてドン引きしていた。


「まぁいいわ、じゃあそれでいいのね」


「いいですよ。どうせ異世界に行くなら好きなことして生きたいですから」


 別に前世の人生が嫌だったわけじゃない。

 でも、漫画や小説で何度も読んだ夢の異世界転生だ。

 どうせなら思う存分楽しみたいじゃないか!

 俺は美少女として好きに生きてやる。


「ふふっ、前に送った勇者とは正反対ね」


「えっ、それはどういう?」


「世界を救うって張り切ってたのよ」


「真面目な人だったんだ」


「そうね、まぁ一週間で死んじゃったんだけどね」


「はぁ?」


「気にしなくていいわ。じゃあ送るわね」


「いや、気になるんだけど?」


「じゃあ行ってらっしゃーい」


 アリシアは持っていた書類を丸めて肩に乗せると、ひらひらと手を振る。


「いや、最後まで話を聞けぇー!」


 視界が、目を開けていられないほどの光に飲み込まれる。

 結局、前の勇者がなぜ死んだのかは聞けずじまいだった。

 まぁ、でも何とかなるかな。


 ……いや、なるのか?

お読みいただきありがとうございます。

こちらはのんびり投稿していきます。

次話は明日10:30に投稿します。


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