表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/100

91:戦争のない世界

世界は、止まってはいなかった。

ただ――“戦わなくなった”だけだ。


かつては国境線に張りついていた軍勢は消え、要塞は半ば空き家となり、徴兵の号令はどこにも届かない。

帝国は崩れ、教国は信仰を失い、商業国家の大商会が握っていた流通と経済、人材支配の網も綻びを見せた。


上位貴族の命令は遅れ、あるいは届かず、情報統制担当がいくら網を張り巡らせても、もはや“統制される前提”が崩れている。


それでも、人は動いていた。


市場は開き、荷車は行き交い、誰かが勝手に畑を耕し、誰かが勝手に街路を整え、誰かが勝手に子どもへ読み書きを教えている。


命令がない。

だが、停止もしていない。


――戦争のない世界。


それは理想ではなく、“現象”だった。



エルガード・カウフマンは、その中を歩いていた。


護衛もいない。

儀仗もない。


ただ、三人がついてくる。


レオニア・アルディウス。

若き前線指揮官。


エルディア・ヴァレンティナ。

侯爵家令嬢にして軍参謀。


マリナ・ルクレツィア。

商業国家の大商会に連なる、情報と流通の結節点。


三人とも、本来なら“戦争のために最適化された人材”だ。


だが今、その役割は消えている。


「……暇だな」


レオニアが吐き捨てる。


皮肉ではない。

本音だ。


「戦場がないなら、前線指揮官は不要だ」


エルディアが即座に補足する。


正しい。


だが、それで終わりではない。


「不要って言われて、はいそうですかって消えるわけないでしょ」


マリナが笑う。


それもまた正しい。


三人とも、役割を失った。

だが、“価値”は失っていない。


問題は――


「……何をやるか、か」


エルガードが呟く。


彼自身も同じだ。


戦場を消した。

国家を止めた。

構造を崩した。


だが――


その先は、決めていない。



街の中心へ入る。


かつては兵站拠点だった場所。

今は市場に変わっている。


武器は減り、食料と布、工具が増えている。


「流通が変わってるわね」


マリナが一目で見抜く。


「中央集権が崩れた結果、分散化が進んでる」


エルディアが続ける。


「で、効率は落ちてる」


レオニアが言う。


三人の視点は違う。

だが、見ているものは同じ。


エルガードは黙っていた。


その光景を、ただ受け取る。


「……悪くない」


それが結論。


完璧ではない。

効率も低い。


だが――


「戦うよりは、マシだろ」


その一言で、三人は沈黙する。


否定できない。



通りの奥で、小さな騒ぎが起きていた。


男たちが言い争っている。


原因は単純だ。


「お前の荷が遅れたせいで、こっちは損してるんだぞ!」


「知らねえよ、誰も管理してねえんだ!」


管理者がいない。

責任者もいない。


だから――


ぶつかる。


それが“戦争のない世界”の現実だった。



レオニアが一歩踏み出す。


「……うるせえな」


低い声。


一瞬で空気が変わる。


戦場の圧。


だが――


「やめろ」


エルガードが止める。


短い一言。


レオニアが止まる。


「……放っとくのか?」


不満はある。


だが、従う。


エルガードは首を振る。


「違う」


視線を向ける。


言い争う男たちへ。


そして――


何も言わない。



しばらくして。


片方の男が息を吐く。


「……分かったよ、次は遅らせねえ」


もう一人も舌打ちする。


「……俺も、融通は利かせる」


それで終わる。


誰も裁いていない。

誰も命令していない。


それでも――


収まった。



「……」


三人が、同時にエルガードを見る。


理解する。


あれが答えだ。


強制しない。

だが、見ている。


介入しない。

だが、放棄もしない。


その“存在”だけで、均衡を作る。


「……めんどくさいやり方だな」


レオニアが言う。


「効率は低い」


エルディアが分析する。


「でも、壊れにくい」


マリナが笑う。


三人とも、納得している。



「戦争のない世界、ね」


マリナが呟く。


「平和とは違うわよ?」


エルディアが即答する。


「分かってる」


レオニアが吐き捨てる。


「ただ、“殺さなくていい世界”だ」


その一言で、すべてが収まる。



エルガードは空を見上げる。


雲が流れる。


静かだ。


だが――


完全ではない。


歪みはある。

摩擦もある。


それでも。


「……続けるか」


小さく呟く。


何を、とは言わない。


だが三人は分かる。


この世界を。


この均衡を。


この“戦わない状態”を。


維持する。



歩き出す。


四人で。


距離は変わらない。


近い。


だが、踏み込まない。


言葉も少ない。


だが、理解はある。



戦争はない。


だが、問題はある。


秩序は弱い。


だが、人は動く。


完全ではない。


だが――


進んでいる。



それが。


この世界の答えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ