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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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77:最後の正義



風が止んだ。


それは、嵐の前触れのような静けさだった。


都市と連合軍の間。

広がる無人の地帯。


誰も踏み込まない空白。


だが――その中央に、一人、立っている。


「……」


白い外套。

紋章。


教国の聖騎士。


だが、それだけではない。


その立ち姿には、迷いがない。


覚悟がある。


「来たか」


レオニアが低く言う。


剣に手をかける。


だが、抜かない。


「単騎か」


エルディアが呟く。


その意味を測る。


マリナが即座に分析する。


「交渉、もしくは示威行動」


一拍。


「あるいは――」


言葉が止まる。


エルガードが続ける。


「……宣言」


それが近い。


聖騎士は、ゆっくりと前に出る。


連合軍の背後。

だが、前線に出る。


単独で。


「……」


都市側も動かない。


全員が、見ている。


その男を。


やがて、声が響く。


「聞け」


低く、よく通る声。


無理に張り上げていない。

それでも、届く。


「我らは、正義を執行する」


一言。


その言葉に、空気が変わる。


レオニアが吐き捨てる。


「またそれか」


だが、目は逸らさない。


聖騎士は続ける。


「秩序は崩壊した」


一拍。


「信仰は失われた」


さらに一拍。


「だが――」


声が強くなる。


「それでも、正しさは消えない」


断言。


迷いがない。


エルディアが小さく言う。


「典型だな」


マリナが補足する。


「思想維持型」


崩壊しても、理論を保つ。


「……」


エルガードは、黙っている。


聖騎士の視線が、こちらへ向く。


正確には――


エルガードへ。


「貴様だ」


名指し。


「エルガード・カウフマン」


静寂。


周囲がざわめく。


「……知ってるのか」


レオニアが呟く。


マリナが即答する。


「当然です」


一拍。


「情報網は完全ではありませんが、断片は共有されています」


つまり――


敵は理解している。


「……」


聖騎士が続ける。


「貴様が、この混乱を放置している」


断定。


否定ではない。


事実だ。


「……それが、何だ」


レオニアが前に出る。


だが、エルガードは止めない。


聖騎士は視線を動かさない。


「正義を放棄した」


一言。


それは、非難ではない。


宣告だ。


エルディアが言う。


「違うな」


一拍。


「選択しているだけだ」


聖騎士が首を振る。


「それは逃避だ」


断言。


「救える者を救わない」


「秩序を戻せるのに戻さない」


「それは――」


一拍。


「罪だ」


空気が凍る。


レオニアの手が動く。


剣を抜く寸前。


だが――


止まる。


エルガードが一歩前に出る。


それだけで、止まる。


「……」


二人の距離。


数十歩。


だが――


遠い。


「……そうか」


エルガードが言う。


静かに。


「それが、お前の正義か」


聖騎士は頷く。


「そうだ」


迷いはない。


「ならば、俺は敵だな」


即答。


ためらいがない。


レオニアが笑う。


「分かりやすいな」


エルディアは目を細める。


マリナは黙る。


聖騎士が言う。


「最後に問う」


一拍。


「貴様は、何を守る」


それは、核心だった。


信仰か。

秩序か。

民か。


それとも――


エルガードは答える。


「……守らない」


一言。


周囲がざわめく。


レオニアが笑う。


「言い切ったな」


エルディアは動じない。


マリナは目を伏せる。


聖騎士が眉をひそめる。


「……意味が分からん」


当然だ。


理解できない。


エルガードは続ける。


「守るのは、選ぶ奴だ」


一拍。


「自分でな」


それが答え。


聖騎士は沈黙する。


理解しようとする。


だが――


理解できない。


「……責任を放棄している」


結論。


エルガードは否定しない。


「そう見えるなら、それでいい」


静かに。


それ以上は言わない。


聖騎士が息を吐く。


そして――


剣を抜く。


音が、響く。


「ならば」


一歩踏み出す。


「我らが正義を示す」


宣言。


背後で、連合軍が動く。


だが――


遅い。


統制がない。


動きが揃わない。


「……」


レオニアが笑う。


「来るなら来い」


剣を抜く。


風が渦巻く。


エルディアが言う。


「布陣は?」


マリナが即答する。


「不要」


一拍。


「現状、戦術的優位はこちら」


エルガードは動かない。


ただ、立っている。


聖騎士が踏み込む。


速い。


無駄がない。


訓練された動き。


だが――


届かない。


「……!」


足が止まる。


見えない壁。


風と水。


圧。


拘束。


完全ではない。


だが、十分。


「……なぜだ」


聖騎士が呟く。


「戦わないのか」


問い。


エルガードが答える。


「……必要ない」


一言。


それが全て。


「……!」


聖騎士が歯を食いしばる。


理解できない。


正義を掲げる者にとって、それは――


最も受け入れられない形。


戦わない。


倒さない。


だが、否定する。


「……」


やがて、聖騎士が剣を下ろす。


ゆっくりと。


敗北ではない。


だが――


理解できないまま。


「……これが」


小さく呟く。


「現実か」


エルガードは答えない。


ただ、見ている。


その距離。


変わらない。


聖騎士は振り返る。


連合軍を見る。


崩れかけている。


統制はない。


士気も、揺れている。


「……」


一歩、下がる。


そして――


戻る。


連合軍へ。


背を向ける。


最後まで、振り返らない。


「……終わりか」


レオニアが言う。


エルディアが答える。


「いいや」


一拍。


「始まりだ」


マリナが静かに言う。


「はい」


エルガードは、何も言わない。


ただ――


空を見る。


雲が流れる。


変わらない。


世界は、続く。


正義も、続く。


だが――


それは、一つではない。


それぞれの中にある。


それが、この世界の形だった。


「……行くぞ」


エルガードが言う。


三人が動く。


距離を保ったまま。


戦わずに、進む。


それが――


彼らの正義だった。

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