76:連合軍
風が変わった。
それは戦場に慣れた者だけが感じ取れる違和感だった。
都市の外縁。
見渡す限りの平野。
そこに――線がある。
「……来たな」
レオニアが低く呟く。
その視線の先。
遠方に、整然と並ぶ影。
数ではない。
“密度”だ。
人が、詰まっている。
統制された集団。
軍だ。
「連合軍」
エルディアが言う。
迷いはない。
「帝国、教国、商業国家の混成」
一拍。
「残存戦力の統合だ」
マリナが即座に補足する。
「単独では維持不能」
冷静に。
「ゆえに、統合」
合理的。
だが――
「……遅いな」
レオニアが言う。
それが本音だった。
エルガードは何も言わない。
ただ、見ている。
索敵。
風と水が広がる。
地形。
兵数。
配置。
全てが、見える。
「……約二万」
マリナが口にする。
「正確には一万八千三百前後」
誤差はある。
だが、十分な精度。
レオニアが笑う。
「多いな」
だが、恐れてはいない。
「統制は?」
エルディアが問う。
マリナが即答する。
「不完全」
一拍。
「指揮系統が統一されていません」
それは致命的だ。
「各国の指揮官が並列」
つまり――
「意思決定が遅れる」
エルディアが言う。
マリナが頷く。
「はい」
レオニアが肩をすくめる。
「寄せ集めか」
軽く言う。
だが、その評価は正しい。
「だが、数は力だ」
エルディアが補足する。
「押し切るだけなら、可能性はある」
マリナが否定する。
「現状では困難です」
一拍。
「補給が維持されていません」
重要な点。
「兵站が崩壊している」
つまり――
「長期戦は不可能」
結論。
エルガードが初めて口を開く。
「……短期決戦」
それだけ。
レオニアが頷く。
「だろうな」
視線を戻す。
連合軍。
ゆっくりと、だが確実に進んでいる。
「目的は?」
エルディアが問う。
マリナが答える。
「制圧です」
一拍。
「統治の再確立」
つまり――
「元に戻す」
レオニアが鼻で笑う。
「戻るわけねえだろ」
その通りだ。
だが――
彼らはそれを理解していない。
「……」
エルガードは、黙っている。
視線は動かない。
連合軍。
その中心。
指揮官たち。
争っている。
遠くからでも分かる。
動きが、揃っていない。
「……内部衝突」
マリナが言う。
「既に発生しています」
エルディアが頷く。
「当然だ」
一拍。
「利害が一致していない」
レオニアが笑う。
「こっちと同じだな」
だが、違う。
決定的に。
「違う」
エルディアが言う。
「こちらは“選択”だ」
一拍。
「向こうは“命令”」
その差は大きい。
マリナが続ける。
「従う理由が異なります」
こちらは自発。
向こうは強制。
「崩れるのは、どちらか」
問いではない。
結論だ。
「……」
エルガードが息を吐く。
わずかに。
「どうする」
レオニアが問う。
今回は、早い。
迷いはない。
エルガードは答える。
「……動かない」
即答。
レオニアが眉を上げる。
「いいのか?」
エルガードは続ける。
「来るなら、受ける」
一拍。
「だが、仕掛けない」
明確な線引き。
エルディアが頷く。
「合理的だ」
マリナが補足する。
「現状、相手は内部崩壊状態」
一拍。
「無理に刺激する必要はありません」
レオニアが笑う。
「勝手に崩れるか」
エルガードは否定しない。
「……可能性は高い」
視線は変わらない。
連合軍。
進む。
だが、乱れている。
指揮が割れている。
動きが遅い。
「……」
そのとき。
都市側でも動きがある。
人々が、ざわめく。
連合軍の存在に気づいた。
恐怖。
だが――
逃げない。
「……」
エルディアが言う。
「試されるな」
一拍。
「この均衡が」
マリナが続ける。
「外圧に対して、維持できるか」
レオニアが笑う。
「面白くなってきたな」
戦場だ。
だが、違う。
これは――
構造の戦い。
「……」
エルガードが振り返る。
都市を見る。
人々を見る。
昨日の衝突。
今日の再結束。
不完全な秩序。
だが――
動いている。
「……」
そして、再び前を見る。
連合軍。
迫る。
統制された“はず”の力。
だが――
中は崩れている。
「……これが」
エルガードが呟く。
小さく。
「現実だ」
誰も答えない。
だが、全員が理解している。
信仰でも、理想でもない。
現実。
それが、ここにある。
「来るぞ」
レオニアが言う。
風が強くなる。
砂が舞う。
連合軍が、止まる。
距離を取る。
そして――
布陣を組む。
だが、遅い。
迷いがある。
「……」
エルディアが静かに言う。
「始まるな」
マリナが続ける。
「はい」
レオニアが剣に手をかける。
だが、抜かない。
まだだ。
エルガードは、立っている。
動かない。
その距離。
変わらない。
だが――
次は違う。
これは、外から来る力。
内部ではない。
「……」
静寂。
一瞬の。
その後に来るのは――
戦い。
だが、それは単なる戦闘ではない。
崩壊する側と、
維持しようとする側。
その衝突。
連合軍。
その名は大きい。
だが――
中身は、脆い。
それが、今の現実だった。




