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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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68:教国崩壊

白亜の大聖堂は、かつて世界の中心だった。


祈りが集まり、救済が語られ、罪が裁かれる場所。

誰もが頭を垂れ、誰もが疑わず、誰もが従った。


その象徴が――今、静かに軋んでいる。


崩壊は、音を立てなかった。


帝国と同じだ。

いや、それ以上に“静か”だった。


エルガード・カウフマンは、大聖堂の広場に立っていた。


石の白は変わらない。

塔は高く、旗も翻っている。


だが――


「……空っぽだな」


彼の呟きは、誰にも拾われない。


広場には人がいる。


信者たち。

巡礼者。

司祭見習い。


だが、誰も“祈っていない”。


跪いている者はいる。

だが、祈りの言葉がない。


手を組んでいる者もいる。

だが、視線が宙を漂っている。


「壊れてる」


レオニア・アルディウスが吐き捨てた。


剣を背負い、周囲を睨む。


戦場ではない。

だが、これは確かに“敗北の後”だ。


エルディア・ヴァレンティナが静かに言う。


「信仰が、機能を失っている」


マリナ・ルクレツィアは、少しだけ笑った。


「いえ、“機能だった”と理解された、が正しいでしょうね」


その言葉に、レオニアが舌打ちする。


「気持ち悪い言い方すんな」


だが否定はしない。


エルガードは前を見る。


大聖堂の扉が、開いていた。


本来ならば、厳重に守られているはずの場所。

枢機卿、大司祭、上位聖職者。


“選ばれた者”しか入れないはずの領域。


今は――


誰も止めない。


誰も守らない。


四人はそのまま中へ入る。


足音だけが響く。


長い回廊。

高い天井。

光を受けるステンドグラス。


そこに描かれているのは、“救済”の物語。


苦しむ民。

手を差し伸べる神。

赦される罪。


完璧な構図。


だが――


「嘘だな」


レオニアが一言で切り捨てる。


エルディアは視線を逸らさない。


「嘘ではない」


一拍。


「“一部だけ切り取った真実”」


マリナが続ける。


「だから成立していた」


そして今――


崩れた。


エルガードは中央ホールに出る。


そこには、聖職者たちがいた。


だが、整列していない。

祈ってもいない。


ただ、座り込んでいる。


「……どうすればいい」


誰かが呟く。


命令を待つ声。


だが、誰も答えない。


最上位に立つはずの大司祭は、壇上で俯いていた。


その目は虚ろだ。


レオニアが一歩踏み出す。


「立て」


短く命じる。


反応はない。


もう一度。


「立て」


今度は、魔力が乗る。


風が圧を持って広がる。


聖職者たちがびくりと震える。


だが――


立たない。


動けない。


「……ダメだな」


レオニアは舌打ちして戻る。


エルディアが言う。


「命令に慣れすぎた結果」


マリナが補足する。


「命令がなければ“存在できない”」


それは、帝国と同じ構造。


違うのは――


理由だけ。


帝国は“権力”に従った。

教国は“信仰”に従った。


だが本質は同じ。


自分で決めていない。


だから――止まる。


エルガードは、大司祭に近づく。


ゆっくりと、目の前に立つ。


「お前は、何をしていた」


問い。


大司祭は、ゆっくりと顔を上げる。


目は濁っている。


「救っていた」


答えは即座だった。


反射だ。


エルガードは続ける。


「どうやって」


沈黙。


答えられない。


マリナが代わりに言う。


「配給です。情報です。役割です」


一つ一つ、指を折る。


「食料を配り、正しい言葉を与え、居場所を与える」


微笑む。


「完璧な“支配”です」


レオニアが睨む。


「それが救いだろ」


短い反論。


マリナは頷く。


「ええ。機能している間は」


エルディアが言う。


「だが依存を生む」


一拍。


「自分で動かなくなる」


エルガードが締める。


「そして止まる」


大司祭は、何も言えない。


理解している。


だが――遅い。


信者の一人が叫ぶ。


「神は……!」


だが言葉が続かない。


神が何をするのか。


何を与えるのか。


それを“自分で考えたことがない”。


だから――言えない。


「神は、なんだ」


レオニアが問う。


沈黙。


誰も答えない。


マリナが静かに言う。


「便利な言葉です」


一拍。


「責任を外に置くための」


その瞬間――


何かが切れた。


目に見えない“何か”。


それは音を立てない。


だが確実に崩れた。


信者の一人が、立ち上がる。


ふらつきながら、外へ向かう。


止める者はいない。


二人目。

三人目。


流れが生まれる。


小さな、だが確実な流れ。


エルディアが呟く。


「崩壊ではない」


一拍。


「解放だ」


レオニアは腕を組む。


「どっちでもいい」


だが、その視線は外に向いている。


人が出ていく。


自分の足で。


それは――


初めての“選択”だ。


エルガードは、大司祭から目を離す。


もう用はない。


役割は終わった。


「……行くぞ」


短く言う。


三人が頷く。


四人は大聖堂を後にする。


外では、さらに人が流れ出していた。


祈りはない。

指示もない。


ただ――歩く。


それだけ。


だが、それでいい。


それが始まりだ。


レオニアが言う。


「結局、全部同じか」


エルディアが答える。


「構造が同じだから」


マリナが続ける。


「だから同じように崩れる」


エルガードは前を見る。


帝国が崩れ、教国も崩れる。


残るのは――


選ぶ者だけ。


「……これでいい」


彼の声は、静かだった。


肯定ではない。


理解だ。


正しさは一つではない。


だが――


選ばない正しさは、続かない。


風が吹く。


白い大聖堂の旗が、揺れる。


だが、その意味はもうない。


信仰は終わった。


支配も終わった。


残るのは――


現実。


四人は歩き出す。


次へ。


もう、止まらない。

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