36:信仰 vs 現実
正しさは、強い。
だが――それが“現実”に勝つとは限らない。
教国・聖都リュミナ。
白亜の大聖堂は、今日も人で満ちている。
祈りの声は途切れず、光は差し込み、秩序は保たれている。
飢えはない。
混乱もない。
それが――“正しさ”の証明だった。
「神は見ておられる」
壇上の司祭が言う。
「我らが正しくあれば、すべては満たされる」
信徒たちは頷く。
疑いはない。
その時。
列の最後に、一人の男。
粗末な服。疲れた顔。
巡礼者。
だが、その目は、違った。
観ている。
すべてを。
その男は、静かに外へ出る。
街の裏側。
白い石の裏。
そこには、別の光景があった。
食料の搬入。
荷の仕分け。
配分の調整。
帳簿。
数字。
「……ここか」
男は呟く。
同時刻。
森の拠点。
「……分かりやすいわね」
エルディア・ヴァレンティナが言う。
帳面には、教国の流れが記されている。
「表は“信仰”」
「裏は“配分”」
シンプルな構造。
マリナ・ルクレツィアが頷く。
「ええ。美しいですわ」
「だからこそ」
一拍。
「壊れると脆い」
レオニア・アルディウスが腕を組む。
「……分からんな」
「簡単ですわ」
マリナは言う。
「信仰は“正しい前提”で成り立つ」
「その前提が崩れれば?」
レオニアは黙る。
「……疑うか」
「ええ」
それだけで、崩れる。
エルガード・カウフマンは、何も言わない。
だが。
見ている。
流れを。
教国の。
数日後。
聖都リュミナ。
配給所。
人が並ぶ。
祈り、待ち、受け取る。
その中で。
「……少ない」
小さな声。
誰かが呟く。
「前より、減ってないか」
別の声。
ざわめき。
だが、すぐに消える。
「神の試練だ」
誰かが言う。
納得。
それが信仰。
だが。
翌日。
さらに減る。
「……おかしい」
声が増える。
そして。
「なぜだ」
疑問が生まれる。
同時に。
裏。
帳簿。
数字が、ズレている。
ほんの少し。
だが、確実に。
搬入量と、配分量。
合わない。
理由は簡単。
“遅延”。
補給が、遅れている。
帝国と同じ。
だが、違う。
教国は、それを“隠す”。
信仰を守るために。
だが。
隠しきれない。
「……神は見ておられるのではないのか」
誰かが言う。
静かに。
だが。
その一言で。
空気が変わる。
森の拠点。
「……始まったわね」
エルディアが言う。
マリナが微笑む。
「ええ」
「“矛盾”ですわ」
レオニアが問う。
「これで、崩れるのか」
「すぐには崩れません」
マリナは言う。
「ですが」
一拍。
「疑いは、消えません」
それが重要。
信仰は、絶対であることが前提。
だが。
“疑い”が入れば。
それは。
もう、絶対ではない。
エルガードが口を開く。
「押すな」
短い指示。
「……何?」
エルディアが問う。
「自然に崩れる」
それだけ。
手を出せば、反発される。
だが。
内からなら。
止まらない。
教国。
大聖堂。
祈りの声が、わずかに揺れる。
誰も気づかない。
だが。
確実に。
変わっている。
信仰。
現実。
その間に、亀裂が入る。
そして。
それは、広がる。
静かに。
だが、確実に。




