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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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14 内部対立



 変化は、必ず軋みを生む。


 難民村は回り始めていた。

 配給は整い、列は維持され、調理は効率化された。人々は“待てば得られる”と理解し、奪い合いは減った。


 だが、それは“全員が納得した”ことを意味しない。


 むしろ――


 納得できない者が、浮き上がる。


 その日の昼、火の周りで小さな衝突が起きた。


「ふざけるな」


 低く、抑えた怒声。


 振り向いた先には、鎧を着崩した男が立っていた。王国騎士団の一員――だが、その目は濁っている。


 レオニア・アルディウスが一歩前に出る。


「どうした」


「どうした、じゃねえ」


 男は配給の鍋を顎で示す。


「同じ量だと? 俺たちと、あいつらが?」


 あいつら――難民を指している。


 その場の空気が、静かに張り詰める。


「当然だ」


 レオニアは即答する。


「ここでは全員が同じ配給を受ける」


「はっ」


 男は鼻で笑った。


「冗談じゃねえ。俺たちは戦ってるんだぞ。守ってやってる側だ」


 その言葉に、周囲の視線が揺れる。


 間違いではない。


 だが、それだけでもない。


「守っているなら、守る対象と同じだけ受け取ればいい」


 レオニアの声は冷静だった。


「必要以上は不要だ」


「ふざけるなと言っている」


 男の声が荒くなる。


「俺たちは命張ってる。あいつらは何だ? 並んで飯食ってるだけだろうが」


 その瞬間、列の中に小さなざわめきが走る。


 言葉は刃だ。


 切られた側は、黙るしかない。


 だが。


「違う」


 短い否定が入る。


 エルディア・ヴァレンティナだった。


 軍参謀は、淡々と歩み寄る。


「並んでる時点で違う」


 男の前に立ち、視線を合わせる。


「奪わず、順番を守り、回す側に入ってる。それだけで価値はある」


「価値?」


 男が嘲るように言う。


「そんなもんで腹は膨れねえ」


「膨らませるのが目的じゃない」


 エルディアは一歩も引かない。


「崩さないのが目的」


 そして、指を一つ立てる。


「ここが崩れたらどうなるか、分かる?」


 問いではない。確認だ。


「配給は奪い合いに戻る。怪我人が出る。治療が追いつかない。戦力が落ちる」


 淡々と、積み上げる。


「結果、前線が崩れる」


 男の表情がわずかに固まる。


 理屈は理解できる。


 だが、納得は別だ。


「……それでも、俺たちが損してるのは変わらねえ」


 その一言が、本音だった。


 正義ではなく、感情。


 エルディアは小さく息を吐く。


「損してるって思ってる時点でズレてる」


 冷たい言葉だった。


 だが、止める者はいない。


「ここで得るのは“量”じゃない。“安定”よ」


「そんなもんで戦えるか」


「戦える」


 別の声が割り込む。


 マリナ・ルクレツィアだった。


 ゆっくりと歩き、二人の間に立つ。


「むしろ、それがないと戦えませんわ」


 柔らかな声。だが、芯は鋭い。


「供給が安定している軍と、していない軍。どちらが長く持つと思います?」


 男は答えない。


 答えは明白だからだ。


「あなた方は今、“短期の利益”を求めています」


 マリナは扇を閉じる。


「ですが、我々が作っているのは“長期の利益”ですわ」


「そんなもん、今の腹の足しにならねえ」


 男は吐き捨てる。


 その瞬間。


 空気が変わった。


 音もなく、圧が落ちる。


 エルガード・カウフマンが、そこに立っていた。


 いつからいたのか、誰も気づかなかった。


「……なら、今の腹を満たす方法を選ぶか」


 静かな声。


 男が振り向く。


「何だと」


「簡単だ」


 エルガードは鍋を見た。


「強い者が多く取る。弱い者は削る。短期的には満たされる」


 事実だけを述べる。


「だが三日で崩れる」


「……根拠は」


「食料の総量が変わらないからだ」


 淡々とした答え。


「分配を変えても、全体は増えない。奪えば奪うほど、反発が増える」


 視線が、男を捉える。


「反発は争いを生む。争いは消耗を生む。消耗は崩壊を生む」


 一つずつ、積み上げる。


「それでもやるか」


 問いではない。


 選択の提示だ。


 男は、黙る。


 怒りはある。だが、それを押し切るだけの理由がない。


 沈黙が落ちる。


 やがて。


「……気に入らねえ」


 低く呟く。


「だが」


 視線を逸らし、吐き出す。


「崩れるのはもっと気に入らねえ」


 それが答えだった。


 完全な納得ではない。


 だが、選択はされた。


「なら従え」


 レオニアが言う。


 その声は強い。


 だが、先ほどとは違う。


 押し付けではない。


 “選ばせた後の命令”だった。


 男は舌打ちをして、列に戻る。


 衝突は、収まった。


 だが。


 完全に消えたわけではない。


 火のそばで、レオニアは小さく息を吐く。


「……これが、内部対立か」


「そうよ」


 エルディアが答える。


「外より面倒」


 マリナが微笑む。


「ですが、ここを越えないと価値は固定されませんわ」


 エルガードは何も言わない。


 ただ、鍋を見ている。


 まだ足りない。


 量も、納得も。


 だが。


 崩れてはいない。


 対立は起きた。


 だが、回り続けている。


 それが重要だ。


 レオニアは剣帯に触れる。


 そして、静かに手を離した。


 剣だけでは足りない。


 だが、剣は必要だ。


 その両方を、認める。


 それが、今の答えだった。


 火は揺れる。


 人は動く。


 対立は消えない。


 だが、それでも――


 構造は、前に進んでいた。

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