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8 - 虹町ショッピングモール1

 車道の上空をトンネルのように避けた、駅とショッピングモールの連絡通路を進む。両開きの自動ドアが私達を迎えてくれる。風除室を抜けると、空調の行き届いた心地良い室温に、私は身を委ねた。やんわり黄みがかった照明が、私達の来訪を優しく歓迎してくれている。


 その隣で、一際げんなりしているアダム。


「もう……まだ拗ねてるの?」

「我の切符が……」

「帰りにまた買ってあげるから、元気だしなって」

「誠か⁉」


 バッと顔を上げたアダムの目は潤んでいる。無垢な子供のようにせがむ視線を向けられると、つい甘い言葉を返してしまう。


「誠、誠。今度は持ち帰る用も買ってあげる。だから、元気だして」

「約束じゃぞ! 約束じゃからな!」

「はいはい。それ以外にも色々買ってあげるから楽しみにしてて」


 アダムの必要物資はとりあえずクレジットカードで立て替えて、青森に到着次第、母に経費として請求しようと考えている、今日の私は無敵だ。


 私達が入店した連絡橋入口は、ショッピングモール二階の入口だったらしい。二階はファッションエリアらしく、ライトベージュ色の床が貼られた一本の通りを取り囲むように、女性向けの服飾店が並んでいる。「現在タイムセール中でーす!」と若い女性店員が声を張り上げている。


 私もショッピングを楽しみたい気持ちはあるが、今日はアダムの必要物資を買いに来たのだ。このフロアに用はない。そんな私の気などお構いなしに、好み——どストライクのワンピースを着たマネキンが目に飛び込んでくる。全体的にふんわりとしたシルエットのワンピース。


 ——あのワンピース可愛い。


 心を奪われそうになる私は、首を左右に振り回し雑念を取り払う。湧き上がるショッピング欲をグッと飲み下した。


 フロアを縦断する通路を真っ直ぐ進むと、エスカレーターが見えてきた。乗り場付近に用意してあるフロアマップを確認する。一階は食料品フロア、二階がレディースファッションフロア、三階がメンズファッションフロア、四階が家具・生活雑貨フロアとなっている。


「まずは、三階だな。アダムさん行こっか」


 私は三階に上がるエスカレーターに乗り込む。エスカレーターは緩やかに上昇していく。丁度半分くらい上がったところで、背後からアダムの呼び止める声が聞こえた。


「待ってくれ、イブ! 何じゃこの動く階段は……」

「便利でしょ? 勇気だして一歩踏み出してみてー!」


 少しだけ声を張って、下の階で右往左往するアダムに呼びかける。


 一歩踏み出す気はあるのか、アダムはエスカレーターの段差が出てくるのに合わせて首を前後に振り、踏み出すタイミングを計っている。


 私は三階に上がりきってしまったところで、エスカレーター越しに身を乗り出して、下のフロアを覗き込む。


「今だ!」


 雄叫びを上げたアダムが勢い良くエスカレーターに乗り込む。全身を力ませ、瞼はしっかりと閉じられている。彼はそのままの状態で、じりじりと三階まで上がってくる。


 子供の頃、私もこんな感じだったかも、なんてノスタルジーに浸っていると、アダムはすでに眼前まで上がってきていた。しかも、目はしっかりと閉ざされたままだ。


「目、開けて! 次は降りないと!」

「えっ……⁉」


 アダムはバッと目を開けるが、もう遅い。


「早く足上げて!」

「おわっ!」


 渾身の叫びも虚しく、エスカレーターの降り口で足を詰まらせたアダムは、盛大にすっころんで三階に上がってきた。


「大丈夫っ⁉」


 慌てて駆け寄った私は、うつ伏せに寝っ転がったままのアダムに声を掛ける。私の中で驚きと緊張が介在し、思いがけず変な声になってしまった。


「いっっ……」


 むくむくと起き上がったアダムは、赤く腫れたおでこを擦っている。


 今、アダムが転んだのは間違いなく目を瞑っていたのが原因だが、私はすっ飛んでいったスリッパを拾い上げた時、早急に靴を買ってあげなければならないと思った。


 ——まずは靴屋さんだな。


「ちょっと、腫れてるけど大丈夫?」

「ああ、問題はない。我の体は丈夫に出来ておるからの」


 見たところおでこ以外に目立った外傷はなさそうだ。それより今は、すぐにこの場を離れた方が良さそうだ。野次馬の如き見物客が集まりつつある。メンズファッションフロアに何の用があるのか不明な女の子二人組は「あの人、海外の人かな……カッコ良くない」と目を煌めかせ、子連の男性客からは「何事だ?」と訝しがられ、その子供からは「お兄ちゃん、こけた」と無垢に真実を拡散された。


「……行こう!」


 私はアダムの手を引いて彼を起こし、あらかじめフロアマップで目星を付けていた靴量販店に急いだ。



#



 フロアの東側最奥、エレベーターの隣に一際大きな、通常テナント五店舗分ほどの売場面積を誇る有名靴量販店があった。


 店舗名を模った看板が、真っ赤に光り輝いている。


 店舗中央には何段も積み重ねられた靴箱の上に靴が展示され、左右奥全ての壁面には様々な種類、大小色鮮やかな靴が片側だけ展示されていた。


「ここが、靴屋か……」


 入店したアダムは低く唸り、周囲を嘗め回すよう目に焼き付けている。


「いらっしゃいませー」


 店のロゴマークが胸元にプリントされたポロシャツを着た、陽気な女性店員が満面の笑みを浮かべ話しかけてくる。


「何かお探しですか?」

「うむ。我の靴をな!」

「どういったものを……」


 言いかけて店員は話半ばで口を丸くした。店員の視線は真っ直ぐアダムの足元に向かっている。彼の足元、すなわちスリッパを。


「日常使いが出来て、ちょっとした農作業が出来そうな靴ないですか?」


 アダムと店員のやり取りを黙って見ていても埒が明かないので、私は助け舟を出した。


「農作業ですか……」


 顔を引きつらせていた店員の顔がギュッと引き締まる。プロの眼だ。


 少し考え込んだ店員はすぐに思い当たる品を見つけたのか、私達をとある商品の前に案内してくれた。


「こちらの商品なんていかがでしょう?」


 提示されたのはカジュアルなデザインの厚底靴だった。布地と皮革を織り交ぜた靴に、平たいきしめんのような靴紐が通されている。二層になった靴底が特徴的だ。


「こちらの商品は通気性にも優れておりますし、頑丈な作りになっておりますので、軽作業にも持ってこいだと思います」


 厚さ四センチほどある靴底も、意外と柔らかい素材なのか可動域も広そうで歩きやすそうだ。


「履いてみます?」

「お願いします。アダムさん、こっちきて!」


 店員に一言告げて、店内をふらつくアダムを呼ぶ。


「ここに座って、一度この靴履いてみて」

「良かろう」


 試着用の椅子に腰掛けたアダムはスリッパを脱ぎ捨てる。真っ白の素足が剝き出しになった。


 ——そういえば、靴下履いてないんだった。


「試す際はこちらの靴下をどうぞ!」


 店員がポシェットから取り出した試着用の靴下を、アダムに履かせてくれた。彼もなされるがままで、借りてきた猫みたいになっていたので一安心だ。


「サイズはいかがですか?」

「うむ。くるしゅうない」


 話のわかる店員は、アダムの履いた靴のつま先を念入りに押してサイズ感を確かめてくれている。


「問題なさそうですね」


 店員が私に向かって言ってくる。本格的に保護者のような扱いを受けるようになってきた。


「じゃあ、これください!」

「ありがとうございます。新しいものをお持ちしますね!」

「あの……すいません。今日、履いて帰りたいんですけど、大丈夫ですか?」

「もちろんです」


 靴下コーナーで適当に何足か靴下を取ってきて、一緒に会計を済ませる。靴下を一足開封してもらい、アダムに履かせる。購入した靴もその場で出してもらい、履いて来たスリッパ紙袋に入れてもらった。


 これで、ちんちくりんのジャージにスリッパという、ヘンテコな格好が少しは改善された。




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