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ミキからの呼び出し

 


「私ぃ、タマキのそれは思春期特有のビョーキみたいなものだと考えてたのよねー。ほらぁ、あるじゃなぁい?擬似恋愛とかぁ、憧れと恋の区別がつかないー、みたいな?」


 珍しく仕事終わりに電話をかけてきたと思ったら、ミキに呼び出された。

 スーツ姿の男の格好のままで、こうも甘ったるい喋り方をされると違和感がある。プライベートの時間だし相手が私だからだろうけど、女装の方が見慣れてるからか違和感が格段に跳ね上がってる。喋り方ではなく、たぶんスーツの方に。


「席ついて開口一番、何の話?とりあえずたのもうよ、ビールでいいでしょ?つまみは適当でいいよね?」

「ちょっと、真面目にききなさいよ。っていうかアンタまたそんなオッサンくさい、可愛いもん頼めないの?」

「可愛さ求めてたらカシオレとか頼んでる」

「かっわいくなぁ……」

「失礼な」


 席ごとに仕切られた個室で向かい合い、タッチパネルを勝手に操作して頼む。手が震えていないことだけが救いだった。

 あ、お通しまだ来てないんだからその時頼めばよかったのか。


美樹よしきさ、いつまでそれ続けるの?」


 存外、低い声がでたと思う。ごまかすにもほかに方法はいくらでもあったのに、悪意がにじみ出ているな、と人ごとのように思った。口の中が苦い。

 アルバイトであろう若い女の子が元気な声で入ってくる。お冷とお通し、数枚の皿と箸を置いて出て行った。


「……それはこっちのセリフよ。もう、いいでしょう。アンタ、いつまでちぃのこと追っかけるつもり?」


 顔をあげられなかった。何も言えない。言えるわけない。


「美樹に知られてると思わなかったわ。さすがに気づくか、付き合い長いし」


 声が震えないように、はは、とから笑いした。力が入らない。


「まあねー、ちぃとのおふざけではじめた女言葉と女装が板につくようになってくるくらいには付き合い長いからねー」


 そう言って笑う美樹の声を聞いていると、中学生の頃を思い出す。あの頃は、まだ何も知らなくて、幸せだった。無知は残酷で幸福だ。それはきっと、若さの特権でもあった。

 店員がお通しとおしぼりを持ってきて、入れ替わるように別の女の子が中ジョッキの生ビールと枝豆を持ってきた。


「はいはいまずは乾杯、ちぃ結婚おめでとうございました、おつかれー」

「ちょっとこぼれる、あーもーはいおつかれ」


 強引に乾杯させられ、とりあえず一口を多めに飲む。

 美樹はジョッキを盛大にあおり、喉を鳴らして半分ほどまで減らして、満足そうに息を吐いた。その一連の仕草が、完全に男のそれで。

 ミキじゃない。


「あー、やっぱりなんだかんだ言っても仕事終わりのビールさいっこう。キンキンに冷えたジョッキで飲むと美味しいのよねー。その点は生ビール最高だわ」

「オッサンじゃん…生ビール最高なのは否定しないけど」


 女装以外で会うのが学生以来と言うのもあるが、男の姿で美樹と飲むのが初めてで、なんだか落ち着かない。いつもと違うところばかり目について、少し戸惑う。最初、待ち合わせも美樹に声をかけられるまで気づかなかったくらいだ。

 学生の頃から美樹は女装していたし、社会人になってからは業界も違ってプライベートでしか顔を合せなかった。


「ずいぶん様になってるけど、会社ではどうしてんの?男物スーツ着てるってことは女装してないんでしょ?」

「あったりまえでしょー、会社で女装するわけないじゃない。大体私セクシャルマイノリティじゃないから」


ずいぶん呆けた顔をしていたと思う。自然と口があいた。


「…………は?」

「何その意外ですって顔、いや知らないですじゃないわよ。無言で首ふるなっ」


 白けた目を向けられ、首を横に振るしかなく、混乱した頭は完全にシェイクされてくらくらする。テーブルに肘をつき手のひらで額をささえる。


「いやいやいや、知らないし。なにそれ。え?あれ完全に趣味なの?」

「そうよ。アンタなに、ずっとソッチの人だと思ってたの?」

「え、うん、なんかゴメン……」


 上目で美樹をみると、お通しの小鉢をかかえてぱくぱくと食べている。

 このときのお通しはなんだか中華っぽい味がした。きゅうりとたけのこが細切りにされてしらたきと一緒になっている。かろうじて唐辛子が少し入っていることくらいしかわからなかった。


「謝られても困るけど。LGBTって今じゃ珍しくないけど私らが学生の時代は散々弄られたわよね〜、今でもそういうイジメってあんのかな」

「あるとは思うよ……ニュースで取り上げられてるし、そのうち教育内容にも入るらしいじゃん、LGBT」

「へぇ、マジで?それどこ情報?」

「NHK、朝のニュース」

「うわガチじゃん、そういう理解広がるといいね。新宿?渋谷?はもう婚姻届みたいなの出せるんでしょ?」

「パートナーなんとかだっけ、渋谷じゃない?」

「渋谷かぁ。今もう仕事ぐらいでしか行かないわ」

「……あのさ」

「なに?」


 ちょうど枝豆が運ばれてきた。


「……ちぃは気づいてたのかな」

「アンタのこと?ちぃはタマキと違って鈍くないけど、どーだか。聞いたことないし」


 取り皿にちまちまと枝豆を出し始めた美樹は、なんだか本当にいつものミキじゃなくて、でもかつての美樹だった。そうだ。美樹はほんとはこうだった。ふつうにオトコノコだった。


「千早への気持ち否定するわけじゃない。だけど、いつまでもそのままでいたら、タマキがつらいだけじゃん。現実ちゃんと見れてるのか確認してやろうって思ってた。あーあ、千早が結婚する前に聞いておこうと思ってたのに、あの子いきなり結婚しまーすとか送ってくるから聞きそびれちゃった」

「……ちぃ、ミキに言ってなかったんだね」

「そう、あの子薄情にもこんだけ長い付き合いしてんのに招待状でいきなり知らせてきたから、思いっきり文句言ってやったから安心なさい」

「ふは、なにそれ」


 ふん、とわざとらしく鼻をならして、胸を張って見せる美樹がおかしくて。気が付いたら張りつめてたことすら忘れて、笑った。


「っふ、ふは、ふふふ」

「なぁにわらってんの~?」


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