留守電メッセージ
「もしもし、ちぃ?珠衣です。お式の写真、現像できたから都合のいい日教えてください。プロよりうまく撮れてる自信あるよ。また連絡しまーす」
笑い混じりに携帯の留守電にそう入れた。今の時間なら仕事だろう。
千早は銀行員だから、昼休憩以外で平日の昼間に電話に出ることはほとんどない。
千早と出会ったのは、中学の入学式だった。直前に引っ越してきて友達なんていなかった私に、一番初めに声をかけてくれたのが千早。
同じクラス、出席番号が前後。秋元の千早が2番、浅見の私が3番。そして、当時は相川だったミキが1番。
なんでも3人一緒だった。クラスが離れても、同じ高校上がっても、大学進学で別の道にいっても、就職しても、それでも続いてきた。
これからはどうなるんだろう。
「やだな……」
なんだかんだ言って、失いたくない友達だったから余計に怖かった。
中学からの友達。長く付き合い続けた生ぬるいこの関係が、私を弱くした。
この先ずっと、あの新郎の隣で笑う千早を見ていかなくちゃいけない。私、耐えられるかな。そのうち、慣れるんだろうか。
「いたいた、浅見」
名前を呼ばれて振り返ると、二期上の先輩がいた。
「あっ、佐藤さん。ごめんなさい、今戻ります」
「ああいや、そんな急がんでいい。俺も吸う」
煙草の火を押し付けて消そうとすると、止められる。珍しい、佐藤さんも吸うのか。タバコ休憩をとっているところなんて見たことなかった。
同じ部署でデスクも近く、直属の後輩にあたる自分をよくかわいがってくれている。昼休憩にランチをご一緒することもちょくちょくあるので、そういうときは食後に一緒に吸って帰るからタバコを吸うこと自体は知っていた。
「何かありました?不備でも……」
「クソオヤジが癇癪おこしててな、いつものやつだ。仕事に穴はなかったから大丈夫。たぶん上からなんか言われたんだろ」
ああ、そういうことね。
佐藤先輩が普段からクソオヤジと呼ぶ部長は、パワハラが多い。流通部のみんなから嫌がられてるけど、まあそんなのお構いなしである。たぶん本人は煙たがられていることに気づいていない。
みんなは眉を顰める程度だけど、真正面からぶつかっていく佐藤先輩はすごいと思う。またやりあったんだろう。
「いつもすごいですよね先輩、部長にくってかかるの先輩ぐらいですよ」
「あー、俺もそろそろ左遷かな……」
「やめてくださいよ、先輩いなくなったら仕事まわりません。部長もそれくらいわかってるでしょ」
んー、と気のない返事をしながら先輩が白いため息を吐く。灰を落とすと、いつのまにか持っていた缶コーヒーを開けた。
いいな、私も飲みたい。
「そういえばさ、友達の結婚式、どうだったよ。」
自販機に百円玉をいれて、紙コップにコーヒーが注がれるのをなんとなしに見ていると後ろから声がかかる。
振り返ると思ったより近くにいて、驚いた。
「ああ、えっと…やっぱり、花嫁って綺麗ですよね。なんかトクベツっていうか。友達だとなおさらそう感じます。今まではほら、親戚のおねーさんとか年上だったけど、同い年が結婚するってなると違うっていうか……」
「なんだ、歯切れ悪ィな。さみしくなったか?」
壁にもたれかかって苦笑しながらこちらを見る先輩の目は、優しい。口が悪い人だけど、こちらをよく気遣ってくれるのは知っている。
紙コップに注がれた砂糖とクリームがたっぷりのコーヒーが甘い。
「まあ、正直。私の知らないあの子みたいで、さみしかったです。手の届かないところに行かれちゃったな、って」
「なんだよ、それ。たかが結婚だろ?新郎に取られちゃった〜ってか?付き合いは続いてくんだし、そんなんで友情終わるわけじゃないだろ」
「そうなんですけど……やっぱ、いろいろ変わっちゃうのかなって、感傷的になっちゃって」
二本目に手を伸ばしているのをみて、火を差し出す。
そのまま自分のタバコにも火をつけて、灰皿に放る。
「おぅ、さんきゅ。おまえ、まだマッチ使ってんのか」
「最近の百円ライター硬いんですよ、指痛くなる」
「もうジッポ買えば?当分やめる気ねえんだろ、タバコ」
ふぅっと煙を押し出して、口の中に残ったメンソールと苦味をコーヒーで流す。
「さみしいのは、わかるけどな。結婚すると急に付き合い悪くなるのとかいるし。新婚だからしゃぁねぇけど」
苦笑した雰囲気を感じ取って、肩をすくめて見せた。コーヒーを一気に煽って、少し長くなった灰を落とす。そのまま吸って、もみ消した。
煙が目に入ったようだ。
「年齢重ねれば変わっちゃうもんですね、色々」
時間の流れに文句言っても仕方ない。その中でも形を変えて続けていける思いさえあるなら、変わらない関係のままでいられることだってある。上手く折り合いをつければいい。わかってる、でも、思い知らされた。
ただ、覚悟がなかっただけ。
「ああやだなあ。仕事もどりたくない」
「おう、俺もだ安心しろ」
そのあとデスクに戻ると、案の定上司が不機嫌だった。




