筋肉
フィンキー尋問の報告書を提出したヒトエは、といっても作成してくれたのはソーカだ、本日はギルドのお仕事である。一日ぐらいは垂れウサミミ系女子として休日を満喫できるかと思ったが、全くそんなことはなかった。すぐに垂れウサミミ系ギルド職員となった。二日かけてしまったために休日返上となったのである。
ヒトエは自分の手際が悪かったことを自覚していたので、タマスの頭を唐草模様の手拭いでキュキュッと拭くだけに止めた。もちろん怒られた。何が気に入らなかったのか。ヒトエにはさっぱりだった、と見せかけてよくわかっているので一定の満足感は得た。悪戯は癒し。心のオアシスなのである。
さて、今日のヒトエの仕事は魔物素材の買い取りの手伝いだ。一人でやるにはまだまだ知識が足りないのでツケウに付いて学ぶ。ヒトエとしてはツケウについて学びたいのだがそうもいかない。お仕事は時に理不尽なのだ。
「おら、大量だぜ」
筋肉が自慢でありそうなガタイのいい男はどや顔で買い取りカウンターに素材をばら蒔いた。魔石化はされておらず、現地で解体して高く売れる部分のみを持って帰ってきたようだ。魔石化魔法を使える冒険者はそう多くないので珍しいことではない。
それにしては確かに大量の素材である。筋肉だけのことはある。
だからヒトエは言った。
「色々と荒いから買い取り二割引きね」
「おいぃ!?」
「ヒトエちゃん、違いますよ」
ツケウの訂正に男はホッとため息をついた。彼は冒険者。素材の売買で生計を立てているのだ。不当に安く買われてしまってはたまったもんじゃない。だからこそ、城に公平であると認可されたギルドで素材を売っているのである。ここであれば相場よりも安く買い叩かれることはない。逆に高く変われることもないのだが、交渉ベタなこの男にとってはどうでもいいことだ。
そしてツケウの目利きは完璧であると評判だった。蓄えられた知識と、不安定な相場を見切る能力はギルドでも一位二位を争うと言われている。ヒトエ調べだが。そんなツケウの出した今回の査定はというと、
「剥ぎ取り方が悪いので三割引きです」
「マジかよ!?」
「マジです。前にも言いましたよね? 素材は丁寧に扱ってくださいと」
「でも前回は――」
「あれはサービスです」
食い下がろうとする男に、ツケウはとびっきりの営業スマイルをプレゼントした。ぐうの音も出ないだろう。雑な剥ぎ取りで素材を傷つけ、価値を下げたのは男自身なのである。厳密には仲間も一緒にだが。皆、大雑把な性格をしているパーティであった。
「わかったよ、それでいい」
「ギルドでは定期的に素材剥ぎ取り講習を行っているので、そちらの参加もご検討ください。参加費はお一人様大銅貨一枚となっております」
ヒトエ感覚で千円だ。安いのか高いのか、少なくとも、めんどくさそうに頭をかくこの男は参加しないだろうとヒトエは思った。
さて、三割引かれた代金を受け取った男の次にやってきたのは、大柄でマッチョな男であった。
え? 前の人物との差がわからない?
安心してほしい。ヒトエにもわかっていない。冒険者の大半はムキムキで大柄な男なのだ。逆に個性がなく、仲良くならなければ違いなどわからないのだ。
男はカウンターの前で力こぶをつくって見せつけてきた。
「では、素材を見せてくださいますか」
さすがプロフェッショナル。ツケウは営業スマイルを武器にスルーを決め込んだ。
「その前に一ついいかな?」
「なんでしょうか」
男はもう片方の腕でも力こぶを作った。そして熱い視線をヒトエに向ける。
「君のお陰でこのマッスルも無事だった! ありがとな!」
「よくわかんないけど、お役にたてて光栄です?」
「うむ、あの聖女のおまじないが発動しな――」
「それでは素材をお出しください」
話が長くなりそうだったのでツケウがぶった切ると、男は手のひらを二人に見せた。
「やられて帰ってきたのでね、ない」
「はい、次の方ー」
三人目も革鎧で身を守る屈強な男だった。ヒトエは同じ人がループしてるんじゃないかと錯覚してしまう。それとも三つ子かな、と考えていると男が素材カウンターにラモビフトの亡骸を置いた。
「帰れ」
「ヒトエちゃん!?」
胸ポケットの中でウトウトしていたラーくんも「ふんふんふんっ」と鼻息で抗議する。余談だが、城に行っている最中はツケウに預けていて、帰ってきて迎えに行ったら今と同じように威嚇された。垂れウサミミは偉大なのである。
「ちょっと待ってくれ、正式な依頼を受けて狩ったんだぞ!」
「そうですよ、ラモビフトが可愛いのは認めますが数が増えすぎると害をなします。間引く必要があるんですよ。ほら、必要以上には手を出してませんからね」
「うー」
男の主張も、ツケウの説得も正しいのである。気に入りはしないが、ヒトエが折れるしかなかった。
話を長引かせるわけにはいかないと、さっさと査定してお金を渡したツケウが「えっと他には素材がありますか?」と訪ねた。すると男は思い出したように革鎧の裏をまさぐり出した。
「おっ、あった。肉は他のところで売っちまったが討伐証明の耳があるぜ。依頼は受けてねぇんだが、群れと遭遇してな。厄介だから狩っといたぜ」
「確認します」
ツケウは耳の束を受けとると顔を近づけて細かく観察する。ルーペみたいなものは無いようである。
チーと能力で作成して、道具屋さんに再現してもらえばいいかも?
と、思い付いたところでツケウの鑑定が終了した。
「これは、ぶたこびっと十二体分ですね」
「さっきの件は水に流すよ。ごめんね、冒険者さん」
「お、おう」
突然にこやかに手を差し出すヒトエに面食らった男は、戸惑いつつも握手した。
ぶたこびっと滅ぶべしなのである。
さて四人目もぶたこびっとのようなでっかい男であった。どれだけ、ムサい世界なのだろうか。もうちょっと目の癒しとなるような人が来てもいいんじゃないか。ヒトエはがっかりしつつも、見知らぬ男が素材を出すのを待った。これはお仕事。ヒトエに拒否権はないのである。
「……おい、ヒトエ。なんだか俺を見る目が見知らぬ人を見てるような目な気がするんだが?」
「え?」
出たと思った。ナンパである。ここで働くようになってから時おりされるのである。ツケウの方は毎日なので、それを見て対処法は覚えた。営業スマイルを駆使して話をはぐらかし、本命の用件を訊ねるのだ。
ヒトエならやれる。家代わりの高級宿にある鏡であれだけ練習したのだ。
「ナンパ撲滅しろ」
超ガンつけであった。ヒトエはここまで悪い顔が出来るのか。出来てしまうのである。天性の才能なのかもしれない。営業スマイルがどこへ行ったのか。本人でさえ知ることはないだろう。
「ヒトエちゃん、ナンパではありません。タマスですよ」
「あ、ほんとだ。ギルドマスターだ。通りで見たことがあると思ったよ」
ツケウの指摘に、てへへとヒトエは誤魔化し笑った。
「……まぁいい。それより、残念なお知らせだ」
「待ってましたっ」
ヒトエはツケウの頬っぺたに自分の頬を擦り付けるように体を前に乗り出させた。
柔らかい頬っぺたである。
「は?」
そんな勢いにタマスは怪訝そうにする。なにせ、まだ中身を言ってないのだ。いくら聖女であるヒトエでも心は読めないはずなのだ。
「俺がどんなお知らせ持ってきたのかわかってんのか?」
「城からの指名消化でしょ?」
「お、おう、その通りなんだが……」
「やった!」
ヒトエはバンザーイバンザーイだ。
「あんだけ、消化の仕事を嫌がっていたのにどうなってんだ?」
「それよりタマス。消化のペースが早すぎませんか?」
「そうだな。でも王妃からの直々の依頼だ。断れねぇ。それとな、ツケウにも一緒にいってもらうぞ?」
「え?」
まさかの事態にツケウは顔を青くしたのだった。




