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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
二章
39/76

ジュリエットの最期

 上で激しい戦いが続けられる中、地下牢へ続く階段には熱で溶けたナイフが転がっていた。その歪んだ刀身にはまだ乾いてない血がべっとりとついている。すると突然、ナイフを中心として小さな星形の魔方陣が描かれた。男は時限式の死霊召喚魔法を仕込んでいたのだ。

 魔方陣が収縮していくとうずくまった一人だけが残された。ピンクの動きやすそうな服をまとった黒髪の少女である。




 その頃、地下牢、椅子に座った見張りの兵士はうんざりとしていた。

 牢屋の見張りは朝昼晩をそれぞれ週交代で勤める。彼はこの一週間は夜担当であった。もともと光の届かないので暗くはあるのだが、上から届く人の営みが聞こえてこない分、とても静かである。それを退屈と捉える兵士も少なくないが、彼はその静寂が好きであった。囚人達の寝息と松明の燃える音、そして時おり吹く風。本を読むのには絶好の環境なのである。

 しかし、この週は違った。いや、とある犯罪者が収容されてからはずっとこうなのであろう。地下牢にはすすり泣く声が響いていた。後悔に嘆く、陰気臭い言葉、聞かされる方はたまったものではない。

 しかし、彼は魔力なくして魔法を行使する聖人だと言う。だから特別な牢に入れられ、接触も極力しないよう命じられていた。泣くのを止めろとも言いにはいけないのだ。仮にたとえ言えるとしても怒りを買ってしまったらどうなるか。想像しただけで男は震えた。やはり、命がなくても無視を決め込むしかなさそうである。


「はぁ、早く寝てくんねぇかな。てか今日は上もうるせ……ん?」


 妙な感触が胸よりしたので、そこを見るとなにかが生えていた。それがナイフの先っぽだと気づいたときにはもう遅い。鎧が床を打ち付ける音が響くと男の瞳からは光が失われていた。


 そんな男の最後を看取ることなく、ナイフを持った少女はゆっくり歩いていく。左手に歪んだナイフ、右手には血まみれのナイフ。歪んだナイフの先には、兵士から奪った鍵束が下げられていた。

 彼女は囚人の顔を一人一人チェックしていく。どの人も、すやすや眠っている。イビキをかいてる者すらいない。けれど、知っている。一人の囚人が起きていることを彼女は知っている。

 そして一つの扉にたどり着いた。すすり泣く声はそこから聞こえてくる。

 少女は歪んだナイフを落とし、一緒に落ちた鍵束を拾う。それから一つ一つ鍵を差し込んだ。かちりと合う鍵が見つかり、ゆっくりと開けた。

 そこですすり泣くのは背を向けた金髪の男であった。

 少女は先程の兵士にしたように、躊躇なく、ナイフを彼の心臓めがけて突き刺した。

 男もようやく気づいたのだろう。体を震えさせながら振り向き、目を見開いた。その男はなぜか女性のような顔であったが、少女はただ無感情にナイフを引き抜き牢屋を出る。


 刺された男、フィンキーは血が溢れる口をパクパク動かし、しばらくして力尽きた。瞳から涙を溢れさせたその顔は、なぜか安堵の表情が広がっていた。

 誰も聞くことのなかった最後の言葉、それは謝罪と感謝の言葉であった。


 フィンキーを刺した少女であるが、それはもののついででしかない。本命は地下牢の突き当たり、三方を補強された壁に囲まれた、その場所にあった。

 ピタリと止まると、しゃがみこみ、床にナイフを突き立てる。土と埃で隠されていたが、穴が存在していて、刃先がずるりと吸い込まれていく。そのままナイフの刃をすべて飲み込むと、なぜか柄まで、そしてあろうことか少女の手をも飲み込んでいく。腕、肩、胴と徐々に。それでも少女は無表情である。そして気がつけば、姿を消していたのだった。






 あれからどれだけ斬り結んでいただろうか。コーリッヒと男の決着は未だついていなかった。互角、というわけではない。コーリッヒの剣技は確実に男を追い込んでいる。一方的と言ってもいいだろう。

 逆に防戦一方となっている男であるが、それでも諦めようとしなかった。彼ほどの実力があればコーリッヒからも逃げられるはずなのに戦い続ける。

 ――まだ切り札があるのか?

 だからこそ、コーリッヒも思いきった攻撃ができないでいた。一気に決めるには、相手の攻める隙をつきたいところ。でも男にそんな隙はない。かといって無理に攻めて崩そうにも、相手の切り札がカウンター系の技であれば危険すぎる。

 万が一にも自分が抜かれてしまえば城は多大な被害を被りかねないのだ。だからどうにもできず、現状維持で優位を失わず相手をただ削るだけしかできなかった。


 その均衡はいつまで続くのか。

 しかし、それは案外早く訪れた。

 男の気配が膨れ上がる。

 何かしてくるな、と察知したコーリッヒは気を引き締めたその時、周囲を死霊達が取り囲んだ。何度目かの召喚魔法。瞬時に切り裂くが、すでに男の姿はそこにない。死角を警戒するが、そもそも男はどこにも存在していないようだった。

 すると、大広間に声が響く。


「いい戦いだった。私と互角以上に戦えるものなど久しぶりだった」

「まだ、戦えるだろう? 決着をつけようじゃないか」


 逃げそうな気配だったので挑発したものの、やはりダメだったようだ。


「目的を達したものでね、すまないが時間切れだ。これでお暇させてもらおう」

「させん!」


 コーリッヒは声の振動だけを頼りに、剣を投げつけた。

 魔法かなにかで隠れていたのか、男の姿が現れる。肩には剣がしっかりと刺さっていた。男はぐっと呻く。


「さすがは規格外だ。それでいて手負いなのだろう?」


 男の指摘に、コーリッヒは無意識に右腕の肘を庇った。それはヒトエとの戦いで負傷した傷であった。


「また会おうじゃないか。今度は全力で闘ろうじゃないか」


 そう言うと男の姿も気配も振動も全てが消えてしまった。今度こそ本当に逃げたようである。

 コーリッヒは舌打ちする。全てを知っていそうな重要人物を逃してしまったのだ悔しいのは当然だろう。


 彼の目的がなんだったのかはわからない。しかし、コーリッヒは見た。刺さった剣の真後ろにいたピンク色の服を着た少女がいたことを。

 男が庇ったあの子がなにかをしていたのは間違いないだろう。そしてコーリッヒの目がおかしくなければ、その少女はつい最近見たばかりであった。


 朝になったら王に報告せねばならない。

 それまでしっかり警備をせねばならないな、と気を引き締めたのであった。

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