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第五章~懐妊~

 ガドネア歴 九七九年 八月一〇日   ファーネル・テナイ


 アーサー達がユニスに戻ってきて、三ヶ月ほど経った。

 二人とも原隊復帰なのだが、まあ、マリアは以前の通り侍女の仕事の方を始めている。

 スナー家で起こった悲劇的な事故については、俺も直後に聞き及び、彼らの元を訪ねた。ミリアは泣き崩れるほどにショックを受けていた。無理もないだろう。王族として感情を表に出さない訓練を受けていたが、それとこれとは別だ。友人の悲劇を悲しまない奴がどこにいるというのか。俺だって悔しかったさ。

 あの事故は、通常の事故として処理させた。俺もブラスト殿の腕を知っている。そんじょそこらの宮大工よりも数段上の腕前だ。そんな彼が、凡ミス以下の下手を打ったというのは考えられないのだ。

 戻ってきた二人が俺に話したことがある。

 スナー家の呪いは、単純かつ明確。スナー家に入った女性、スナー家に生まれた、或いは生まれる予定の女性に対し、運を徹底的に下げるものだと断定した、と。それでこれまでの女性の死因についてほとんどのことが説明できる、と。

 心を折られず、より強くなった二人に、さすがだと賛辞を送った。

 ついでに。これは書いちゃ悪いかもだし、人のことも言えないが。……お前ら盛りすぎだ。


第五章~懐妊~


「……ぎゃーーーーっ!!」

 ミリアの叫び声が響いた。何事かと、普段近衛の仕事がないアーサーがいの一番、何物をも投げ捨てて彼女の元へと駆けつけた。その直後、マリアが空間を越えて部屋へと飛び込み、ファーネルが何人かの侍女や父の近衛たちを引き連れ、部屋へ押し寄せた。

 彼女は、顔面蒼白だった。手には、先ほど別の侍女から渡された手紙を広げていた。その手は振るえ、同じく震える目でファーネルを見つければ、くわっと見開く。

 怖えよ、とファーネルは内心思いつつ、側までかけよる。

「何があった!?」

 目を見開いたまま、ミリアは口を開く。

「……ま……」

「ま?」

「また先を越されました!! 八月二日にレアがルミィ出産! 名実ともに私はおばさん! なんで妹にばっかりいろいろ先を越されるんですか? 私より背が高いし、おっぱいでかいし! ……そうですファーネル、子作りしましょうええしましょう今すぐしましょう!」

 そう言いながらミリアはファーネルの服をつかんでくる。そしてキスをせがんで顔を寄せてきたミリアに対し。

「落ち着け」

 ごんっ!

 頭突きで対応、なかなか酷く良い音を響かせた。

「いだっ!?」

 ミリアは額を押さえ、しばらく沈黙する。

「……酷いです。酷いんじゃないですか? これはもうお仕置きです。罰として子作りを所望します!」

「だから暴走するなっつーのーっ!!」

 ファーネルは思いっきり声を張り上げるのだった。


「……すみません、取り乱しました」

「ああ、久々の……暴走っぷりだった、ぞ」

 ファーネルはぜーはーと肩で息をしていた。深呼吸をしてから、ミリアを睨む。

「見ろ。お前の叫び声で、どれだけ人が集まったか」

「沢山いらっしゃいますね……あはは」

 笑って誤魔化すミリアに、ファーネルは溜息。

「全員にお前の恥ずかしい発言聞かれてるからな? 自嘲しろ」

「う……、はい」

「後ちゃんと説明しろ。意味が分からん」

 そうですね、とミリアは頷いてから。

 妹のレアが先日、無事に女の子を出産し、ルミィと名付けたそうだ。これで名実ともに、ミリアは叔母となった。それ自体はとても喜ばしいことなのだが、色々妹に先を越されることに憤慨してしまったそうだ。後はこの騒ぎである。

 何だいつもの事か、と侍女も近衛もコール王たち……いつの間にか来ていた彼らも苦笑しつつ、部屋を辞していった。

 残されたのはいつもの四人。勝手知ったる仲間同士だ。

「こほんっ」

 ミリアは咳払いをして姿勢を正す。

「最初から話しますね。私宛に、メルセアから手紙が届けられました。ウーニャからの手紙と、実家からの手紙の二通が同封されていました。……レアのことはいったん置いておきます。おそらく、こちらの方が重要案件かと思います。簡単に話せば、ドゥルガー帝国の帝王が先日亡くなられ、皇女ではなく宰相が政権を奪うという政変に発展しました」

 ファーネルは息をのむ。

「大事件だな……」

 ミリアは頷き、手紙の続きを読む。あくまでもミリアの言葉に直して続きを話した。

「その隙を突いて、デリシア王国が派兵して武力衝突が起こったそうです」

「大事件だな!?」

「はい。ですが衝突は一日にして終了、デリシア側の敗北という形で終わっています。……えっと、互いに宣戦布告は出さず、これは偶発的に起こった事故として処理したそうです」

 ほっとファーネルは肩の力を抜き、胸をなで下ろした。

 ディトリア・クレール大陸における、二大大国だ。その大国同士がぶつかり合えば、ガドネアもまた経済的な影響が及ぶ。それに、自治州とはいえミリアの実家がある国であるし、友人のアレクサンドルやウロフカーニャの二人も住まう地区がある。なので、そうした問題はなるべく起こってほしくないのが、皆の共通する願いだ。

 今回はどうやら事無きを得たようだが、色々心臓に悪いニュースだった。

「父にも見せるか?」

「さすがにこれは無理ではないかと?」

「なんでだ?」

「書いたのがウーニャなので。……読みます?」

「ああ、見せてくれ」

「なかなかに酷いですからお覚悟を」

「何がどう酷……」

 ファーネルは、手渡された手紙に目を落とした。

 全文を読んでから、息を吸う。

「ホントに酷いな!?」

 そして叫んだ。まあ仕方ないだろう。

「で、ですよね~~」

 ミリアも苦笑して。興味を引かれたアーサーとマリアも、その手紙を読んで露骨に表情が渋くなった。

「ま、まあ、あいつらしいのか? いやしかし。これはさすがに見せられんな。……はぁ~~~~~~」

 ファーネルは大きく、とても大きな溜息を吐いて。

「一つ気になるんだが、ウーニャって頭を強く打ってただろ? それでここまで口悪くなったとかないか? あと最後。くくくと手紙に書くか普通? 内容とか情緒不安定すぎるだろさすがに」

 食ってかかるファーネルに対し、ミリアは目をそらし。

「いえ、マイルドになった方ですよ?」

 と告げる。

「はぁ……!?」

 ミリアの言葉に、ファーネルは絶句する。そしてミリアの肩に両腕を置き。心底尊敬したという眼差しを向け。

「学生時代の苦労が解るよ、ホント」

「……ありがとうございます」

 二人して、しみじみと話すのだった。

 因みに、彼女がミリアに懐いてからは従順だったのでそこまで苦労していない。逆にどこからともなく調達した『Yesまくら』を抱えて百合にお誘いするなんてこともしばしばあり、そっちの方が頭痛い案件だった。当然これに関しては、流石に他人には話せない。そんな彼女が、普通に異性に恋をして結婚したことは、本当に驚きのことだった。

 何はともあれ。ある意味元気そうで何より、ではあった。


 ファーネルとミリアは、コール王に手紙の内容を伝えるべく、謁見室を訪れていた。王は冒険者から一通の手紙を受け取り、その冒険者が謁見室を退室していくところだった。

「……ん? ああ、構わない。こちらに来てくれ」

 王は玉座から立ち上がり、近くにある会談用の小さなテーブルを二人に勧めた。

 王が着席し、続いて二人も着席した。

「冒険者協会から、デリシア方面が何やらきな臭いという知らせを持ってきてくれた。ちょうど良いタイミングだ、二人にも話しておこう」

「それは、ドゥルガーの皇帝が亡くなり、その隙ににデリシアが侵攻しようとした、という話ですか?」

「……おお、よく知ってるな? 今まさにその話をしようと思っていた所なんだが、何処でその話を?」

 王は身を乗り出す勢いで、ファーネルに尋ねる。元々その話をするために王を訪ねてきたのだから、情報のすりあわせをすることにした。

「カル=アストロフのウーニャから手紙が届きました。内容としては、ドゥルガー皇帝が亡くなったこと、政権は宰相が奪ったこと」

「なぬ? 奪った? 宰相が?」

 王は、ファーネルの言葉を遮るように、疑問符を叩き付ける。

「はい。まだ皇女が子供ということで、その代行者という明目だそうです。ただ、ウーニャからの手紙では濁していますが、皇帝陛下が亡くなったこと自体も不可解な点があるのでは、と」

 コール王は唸る。

「その混乱に乗じて、デリシアが帝国領土に踏み入った、と、そう考えられるな」

「はい、手紙にもそう書かれていました。戦い自体は一日で終結、デリシア側の大敗だったそうです。これについては双方考えることがあって、お互い偶発的な事故として手を打ったそうです」

「……ふむ、そちらの情報が詳しそうだな。手紙を見せてくれないか?」

「いや、これは……」

 ファーネルはミリアに顔を向ける。彼女も、さすがにこの手紙は見せられないと考えており、首を振った。

 ファーネルは体勢を崩し、内緒話の体勢をとる。王もそれに応じて、体勢を低くした。近衛の他は三人しかいないため、内緒話は必要ないのだが。

「……親父、ウーニャの口の悪さなら知ってるだろ?」

 ファーネルは言葉を崩す。

「まあな? でもあれぐらいなもんなら可愛い方だろ? さあ、見せろ?」

 ウロフカーニャについては、四人の結婚式とその一周年記念パーティーで、王たちとは軽く顔を合わせた程度に過ぎないが、その前でミリアの妹レアとじゃれ合っている。結構口汚く罵っているが、王はその程度のことだと勘違いしている。真実は、その比では無いのだ。

 手紙は現在、ミリアが持っている。ミリアは若干の冷や汗を流し、成り行きを見守る。

「いや、あれはさすがに。卒倒するレベルだぞ」

「ほう? それは逆に興味があるな。見せなさい。王命であるぞ~?」

 ここぞとばかりに職権乱用する王だった。

「……後悔すんなよ?」

「全く大げさだな」

 ミリアは、封筒を王に差し出した。受け取った王は、それを丁寧な手つきで引っ張り出した。

「ふむ? なるほど、レア殿に娘さんが生まれたと。いや実にめでたいな」

 一枚目を丁寧にたたみ直し、二枚目に目を通す。そしてカッと目を見開き、そして冷や汗を垂らす。



『拝啓、愛しのミリア


 八月になってすぐ、帝国の帝王がお亡くなりになりました。帝国は広い国土ですが、それでも内乱などといった混乱も一切起こらず、平穏に統治されていました。客観的に見ても、帝国の歴史の中でも一番平和な時代だったかと思います。ただ、先日まで元気だった方が急に病床に伏してしまい、亡くなるまでは本当にあっという間でした。そこに何かありそうではありますが、下手な想像は書かないことにします。皇帝陛下のご冥福をお祈りいたします。

 まずここで問題発生。政権は元来ご息女様に引き継がれるはずでしたが、彼女がまだ幼いという理由を付けて、宰相が実権をかすめ取りやがりました。

 その直後です。あのクソ蛆デリシアが帝国領土へと踏み入りやがりました。当然侵略とゆーことで戦いになりました。で、どうなったと思います? デリシアのポンコツ共、全く刃が立たず歴史的大敗ですよ、けっ、ざまあみやがれ♡

 この件に関しては、両国の思惑があって、双方合意の元偶発的な事故として処理されました。帝国側は政変直後の混乱時を狙われたため準備が全くできていませんでしたから、仕方ないでしょう。それでもクソデリシア軍をブチ倒したのは賞賛に値します。一方クソデリシアは、改めて自分らの兵がクソミソでゴミで弱くて役立たずなことを痛感し、互いに戦闘継続が困難であると判断した結果です。因みにこの時のクソデリシアの言い訳、準備不足だと抜かしてましたよ。テメエらが仕掛けた戦いで準備不足って頭悪そうな言い訳、いや、頭悪いこと確定ですねー。準備したら一体何百年かかるか解りませんねぇ? マジ受けるー♡

 これに関しては、帝国の内情に詳しい、北方に済む龍族からの確かな情報です。

 この事件の後、近隣の龍族がメルセアに集まり、会合を開きました。私たちカル=アストロフ、お隣ミストラド家、サンディー家。多分中立なんで無視するんじゃないかと思っていた北方の赤龍ボーグ家が会合に応じてくれました。で、そこで決定したこととしては、今回については静観、これ以上クソ蛆デリシアの不遜が続くようであれば縁を切る、事と次第によってはデリシアから完全独立、敵対することも厭わない、と全会一致で決定しました。

 くくく、覚悟しやがれ、です。

ウロフカーニャ・アントノーヴナ・カル=アストローヴァ』



 王は顔を歪ませ、テーブルに突っ伏した。

「……舐めてましたごめんなさい。くくくとか書きませんよね普通」

 そして王が涙目でそんな言葉を口にしながらよろよろと顔を上げ、ミリアを尊敬の眼差しで見上げる。

「ミリア殿は、学生時代によくぞこれを御していたものだと、尊敬に値する」

「あはは……」

 親子共々同じような反応に、苦笑するほかなかった。


 それから、ウロフカーニャからは度々手紙が送られてくるようになった。半分は自分らの身の回りの話で、もう半分がデリシアを取り巻く情勢の話だった。そちらは相変わらず口汚く罵る。

 ウロフカーニャたちがカル=アストロフの町で生活を始めてからしばらくして、ちょっとしたパン屋が開店したそうだ。すぐに美味しいと評判にもなり、夫婦も度々このパン屋のものを購入するようになったと話す。

 政治情勢に関しては、いろいろな動きがあった。まず帝国。政変後の混乱は、デリシアとの武力衝突があったことで国民達が協力し合う形となったため、一気に地盤が安定した。一連の武力衝突は、このためのデモンストレーションだったのでは、と疑われるほどに、帝国内ではうまくいきすぎているのだ。その一方で、宰相に反発する一部の皇族が離反し、行方をくらましてしまったそうである。宰相側は、彼らを無理に捜索はしていないようだが、将来何かしらの混乱の種になるかも知れない。

 一方、デリシア王国。先の武力衝突で大きな損害を被った軍だが、その再編に時間がかかっている。国境警備軍は、体制や人員など何もかもが刷新され、より強力なものへと再編しようとしている事も影響しているそうだ。なおウーニャの説明には、「お前らクソ共には無理だぎゃははは」、と煽り付き。

 その他、自国の民間人を守るためという明目で、デリシア王国は越境を厳しく制限するようになった。本来制限を受けないはずの冒険者ですら厳しくチェックされ、入国も出国も無駄に時間がかかるようになった。

 龍族や人龍の方々みたく空を飛べるものには全く関係ない話ですけどねくくくっ、とウロフカーニャは締めくくった。

 月を追うごとに、デリシアの挑発的な行動も目に見えてきた。そしてウロフカーニャの煽り文章も絶好調だった。

 帝国との国境に近い、デリシア王国トランディア市。三代英雄縁の地として有名な小都市だが、ここで、大々的に武闘大会が開かれるようになった。もともと昔から、人間対魔獣、という見世物はあったらしいが、トランディアの頂点を決める大会として、行われたらしい。なお、主催者は闘技場のオーダーで、民間人だ。優勝者は、賞金の他、他市他国のものであればトランディアの私設兵への斡旋を行うとのことだった。これについて、ウロフカーニャは、普通に中立的な意見を併記していた。この辺りは昔から魔獣などが多いらしく、町を守るための人材がどうしても必要だから、そんな措置をしているのではないか、と。


 そんな手紙のやりとりも一年以上続いた、ガドネア歴九八一年七月。とある晴れた日の昼下がりのことだった。

「……手紙では無く、小包、ですね?」

「はい。これぐらいなら私たち人龍便でも運べますよ、とお話ししたら、ウーニャさんに是非にと依頼されたものです」

 いつものように、人龍便は王城一階の受付で受け取っている。その後手紙の中に危険物が入っていないかなどを確認してから、王族のも元へと手渡される。今回はたまたま一階に所用があったマリアが受け取った。

「思ったよりも軽いですね」

「中身はパン、と聞いています」

 マリアは、ウーニャからの手紙で時々登場するパン屋のものだと考える。ただ、それを素直には信じてはならない。

 マリアがお疲れさま、と声をかけ、人龍便はぺこりとお辞儀をしてその場を辞した。

 ユニス王国は、建国以来大きな事件は起こってはいないが、皆無というわけでもない。それこそ歴史の話となるぐらい昔のことだが、実際に御家騒動になりかけた事件が一度だけ起こっている。

 それ以来、表向きはずっと平和な王国が運営できているが、裏面では様々な思惑が蠕いてはその種を芽が出る前に叩き潰しているのが現状なのだ。

 近衛であるからこそ、そうした情報は耳にするし、その度に溜息が出てしまう。そうした背景があるからこそ、知人からの贈り物であろうが楽観視はできない。

 知人の名を騙ったものである可能性、荷物を道中ニセモノにすり替えられた可能性など、考えればキリは無いが、無警戒でいることが一番問題だろう。

 マリアは、昨年城に戻ってきてから、様々な魔法を開発した。それらは龍族であるミリアがいたからこそ、開発できたものばかりだ。その中の一つに、毒を見極めるというものがある。これも龍族が持つ毒耐性を再現できないかという研究の副産物として編み出されたものだ。口にする前に、魔法で手軽に発見できるようになったことから、これまで毒味役を買って出ていた料理人達から賞賛の声が上がったのは、言うまでもない。

 なお、龍族本来の毒耐性は、体内に入ってきた毒素を即分解する酵素を作り出し無害化する。ほぼ免疫機能と言って差し支えないものだ。結局普通に毒消し魔法を使えば良いだけなので、この研究自体は中止してしまった。

 そんな経緯で作られた魔法で、彼女は小包の中に毒性物質が含まれていないことを確認した。


 小包は、執務室で蔵書を開いていたミリアに手渡された。

「……今日は小包ですか。大きさの割にはそれほど重くはありませんけど、これは?」

「パン、らしいですよ」

「早速開封しましょう」

 ミリアは即答し、嬉々としてその包みを開く。これまで幾度となく美味しいと手紙に書いていたパン屋のものだと、開ける前から確信して。

 そして開けば、手紙とさらに包みが入っていた。開封の途中からパンの匂いがしていた為、ミリアは手紙を無視してそちらも開けようとしたところで、マリアが苦笑して止めた。

「手紙を先に読みましょ?」

「う……、そうですね」

 彼女は食いしん坊だ。手紙にパンの話が出る度に、食べられない悔しさを噛みしめていた。そして最近に至っては、特に食い意地が張っている。そのため他の誰よりも食べる量が多く、お腹周りが気になると本人曰くが、それは自業自得。健康診断でも毎回食べ過ぎで運動不足と指摘されている。

 マリアの制止には素直に応じ、中身の小包を一旦箱に戻して、手紙を開封した。そして手紙を手に取り、開封してそれを読み始める。

 いつもの通り、ミリアの実家からの手紙を先に読む、そしてその文章に目を走らせていくうち、ミリアの顔色が俄に変わった。

「……ぎゃーーーーっ!? また先を越されした!?」

 そして突如叫ぶ。執務室にはアーサーもファーネルもいたため、すぐ側まで駆けよってきた。

「今度は何だ?」

 ファーネルも落ち着いたものだ。ミリアが多少叫ぼうとも、もう動じない強靱な心ができあがっていた。それはアーサーも同じく。ファーネルは冗談交じりに、尋ねてみた。

「レア殿に二人目でもできたってか?」

 ビクッと肩をふるわすミリアに、逆に驚くファーネル。ぎぎぎ、と音を立てそうにぎこちなく首を回したミリアは、ファーネルを睨む。若干涙目だ。

「……できたではなく、生まれましたっ! お名前はエリィだそうですよっ!」

「お、おう……」

「これはもう負けてられません、子作りしましょ是非しましょ今すぐしましょう!」

 この流れも久しぶりだ。

「落ち着け、それは後でいくらでもやってやる」

 いつもの暴走に、他三人とも、もう落ち着いたものだ。ミリアもただ鬱憤を晴らしたいだけなので、今すぐファーネルを寝室へ連れ去ることはしない。

 数回ほど深呼吸をして、ミリアは目を開く。

「……はい、落ち着きました。その、後で思う存分かわいがってくださいね」

 アーサーもマリアも既に、いつも通りの仲良し夫婦だな、としか感じない。麻痺したともいえるが、自分等も相当なものだという自覚はあるため、突っ込みはやぶ蛇だろう。

「で、他には何て?」

「そうですね」

 ミリアは、手紙の内容を語る。

 サンディー家からの手紙では、先月六月一七日、次女のエリィを出産したと記されていた。ルミィが水龍族ミストラドの色が濃かったのに対し、ルミィは黒龍族サンディー家の色が濃いそうだ。まだ産毛なので髪色はどちらになるかは分からないが、と但し書きされている。ミリアもそろそろ良い話を聞かせてくれ、と期待の文章をミリアは煽っていると判断しているが。

 サンディー家においては、それ以外には特に事件はなく、平穏な毎日だそうだ。

 いつも両家ともタイミングを合わせて手紙を書いてくるのだが、今回は次女の誕生報告をしたかったのだろう、少し予定を前倒しでの手紙だ。そのためウロフカーニャからの手紙は、いつも書かれている情勢に関しての話はなく、代わりにパンを二斤包んで送ったと書かれているだけだった。

「手紙の代わりにパンを用意する方が手間かと思いますが……」

 手紙を読んだ後、ミリアは再びパンの包みに手を伸ばした。そして部屋に、パンのにおいが充満していく。

「……これは、小腹が空きますね。ガーリックトースト、でしょうか?」

「ガーリック? とは?」

「ニンニクのことです。ユニスでは余り馴染みはないようですが、向こうでは結構普通に食べられるものです。ただ、口の中に特有の匂いが残ってしまうことがあるので、食後にえっちしたいときには不向きですね」

「ああ、あれのことか。確かに食べた後は結構匂ったな。……しかしお前は、何でもかんでもそっちに絡めてくるな」

 ファーネル、苦笑。いつものミリアではあるのだが。

 そして包みを開封し終わったところで、ミリアは顔を上げた。

「どうしましょう。切ってません。一斤まるごとが二つです」

 食べたそうにしているミリアに、ファーネルはしばし考え。

「それなら、場所を変えよう」


 四人は、厨房へと移動した。自分らの生活の場にもキッチンはあるが、食材はない。ファーネルは、どうせならサンドイッチにしてみようかと考え、こちらにしたのだ。

「王子様、このような場所へいかがなされましたか?」

 料理長が驚きの表情をしながら歩み寄ってきた。

「ああ、ミリアの友人からパンを頂いてね。どうせならサンドイッチにできないかと」

「そうでしたか。丁度夕食の準備に取りかかったところですので、色々食材もそろっています。なんでしたら、我々がお作りいたしましょうか?」

 料理長の申し出はありがたいが、彼はこれから住み込みで働いている侍女や兵士達の夕飯を作るのだ。それを邪魔するのは憚られた。

「いや、こんなことで料理長の手を煩わすのはな。食材だけ用意してくれたら、調理は俺らでするつもりだ」

「そうでしたか。解りました。あちらのテーブルをお使いください。食材は、こちらにあるものでしたらご自由にお使いください」

「解った、ありがとう」

 料理長は深く頭を下げ、立ち去る。四人も場所を確保し、サンドイッチを作り始めるのだった。


「できました」

 一斤を八枚切りにし、まず四つのサンドイッチを作製。それらを更に四等分に切って、一六個が完成した。昼下がりのおやつとしては、比較的多めの量となった。早速という感じで、四人は一つを口へと運ぶ。

「……確かにこれは、……美味しい、ですね」

「ああ、美味いな。口に入れた瞬間に、何とも形容しがたい香りが口に広がって、それがまた味を引き立てているっていうか」

 二人とも大絶賛だった。

 ユニスではニンニクそのものがほとんど流通していない。皆無というわけではないが、知る人ぞ知る食材というものである。四人は旅先で食したことはあるが、味が良い代わりに後で口臭が気になることも経験済だ。だがこのパンは、ニンニク以外の味がほのかに感じられ、それらがとてもおいしいのだ。

 そこに、料理長が再び顔を出した。

「盛り上がっているようですね」

「ああ、場所と食材には感謝だ」

「滅相もございません」

 ファーネルはふと思い立ち、一つを料理長にもごちそうすることにした。

「よろしいのですか?」

「ああ。おそらくこちらでは馴染みのない味だと思う。再現は難しいかもしれないが、料理の参考になればと思ってな」

「なるほど。それでは頂戴いたします」

 受け取ったサンドイッチを、料理長は口に運ぶ。そしてゆっくりと味わい、その味を分析していく。

「なるほど、パン生地にニンニクをおろしたもの、その他香草などを混ぜ合わせているようです。……このパンはなかなかよくできています」

 料理長は二度ほど頷くが、その後うーん、と唸ってしまった。

「……香草やニンニクはこちらでも栽培は可能でしょうが、……小麦も水も違います。このパンそのものを再現するのは、やはり難しそうですね」

 やや残念そうにする料理長だった。

 気がつけばコール王にソニア王妃まで厨房に来ていた。公務はどうした、というファーネルのツッコミに、コール王はおどけてみせる。

「そこに美味しそうなパンがあるから」

 という理由にもならない言い訳をして一つを口に放り込む。

 結局大勢が集まってきたこともあって、もう一斤もサンドイッチへと料理し、皆のお腹に収まっていくのだった。


「……ちょっと、お腹が苦しいかもです」

「食い過ぎだろ。お前が何気に一番食ってたからな?」

 厨房を後にしたファーネルとミリアは、執務室へと歩いている。その途中で、ミリアは少々顔色を悪くしていた。量的には八個、一斤の半分を一人で食べたことになる。普通に二食分だ。おやつの量ではない。

「いつもならこれぐらい、食べたうちに入らない、はずなのですけど……ぅぷ」

 言い終わるやいなや、ミリアはその場にしゃがみ込んでしまい、口元を押さえた。急激な吐き気に襲われたからである。それでも何とか嘔吐までには至らなかったが、顔色は益々悪くなっていた。

「おい、本当に大丈夫か?」

 ファーネルもミリアの隣にしゃがみ込み、背中をさする。そうしながらも、疑問に思うことがある。

 ミリアは龍族であり、大概の毒物なら自身の能力で無効化してしまうのだ。それこそフグ毒やら毒キノコやらを食べたところで、たちどころにその毒素を浄化してしまうほどだ。一時はマリアがその毒耐性を研究していたこともあるが、あっさりやめてしまっている。

 それに今回について、毒物の反応はマリアが手ずから検査しており、安全であることは確認済だ。他の者たちも、毒による中毒なんて一切起こしていない。

 それでなければ食べ過ぎだろうかと考えるが、それも考えにくかった。この程度は、食べたうちに入らないのがミリアだ。何だろうか、とファーネルは考える。

「……大丈夫、だと思います」

「一応診察して貰おうか」

「え゛?」

 ミリアは目を見開き声を裏返す勢いでそんな返事を返した。

 そう言えば、とファーネルは思い返す。毎年、年始めに健康診断を行っているのだが、うちの女性陣はどうも採血、というよりは注射が苦手らしい。

 逃げ腰となったミリアに、優しい顔をしながら手を差し伸べる。ミリアはそれに手を伸ばさず、そーっと後ずさる。

「ちょうど良いや、マリア、アーサー。ミリアを医務室に連行する。捕まえてくれ」

 厨房から遅れて出てきたマリアとアーサーをいち早く見つけたファーネルが、二人にミリアの確保を願い出た。

「なんでまた?」

「捕まえたけど、どうしたの?」

 マリアはミリアの腕を軽く握っているだけだ。龍族の力を発揮すれば、簡単に逃げおおせるであろう。が、親友のマリアに対しては、龍族の力を発揮しても逃げられないことを既に知っている。戦士としては比べるべくもない。

「ああ、ちょっと気分が悪くなったそうだ。念のため医務室で診て貰おうと思ってな」


 そして一行は医務室へと移動した。

 常勤のモノクルをかけたフィンチェスカ医師が皆を迎え入れた。

「はいはいはいはい、どうしましたか~?」

「ああ、ミリアがな」

 ファーネルはその時の状況を説明しながら、ミリアを医師の前に座らせた。憮然とする表情は、拗ねる子供そのものだった。

「急に体調を崩した。ニンニクの混じったパンを食べて、が原因とは思えないが、そのあとすぐだったからな」

「そうですか、では採血しますね。覚悟の程を」

 医師のモノクルが光り、ミリアはより一層引きつった顔となった。

 そして。

「ぴぃ!」

 と、何故かマリアが超音波で叫んだ。その音響攻撃とも言わんばかりの超音波に、隣にいたアーサーが耳を押さえてうずくまってしまった。

「……痛ぇなあもう。なんでマリアが叫ぶ?」

「だ、だって注射嫌いだもん。刺されるのも、刺されるのを見ているのもどちらもいやです」

 後半は丁寧な口調だ。マリアのどちらの性格も駄目なようである。それを余所に、モノクルの医師は席を立ち上がり、採血したばかりの血液を試験管により分け、そこに試薬を注ぎ込んでいく。攪拌しながらその試薬の反応を確認しがてら、医師はミリアに幾つか質問をする。寝不足もないし、食が細くなってもいない。いやむしろ食べ過ぎだ。それも最近食べる量が増えており、体重が気になるところだが、とミリアは苦笑する。

 念のためという事で、医師は別の棚に置いてあった試薬を取り出し、それをマグカップへ注ぐ。

「これでうがいして、カップに戻してくださいね」

「あ、はい」

 カップを受け取り、ミリアは言われたとおりその試薬を口に含む。そう言えば、この検査方法は覚えがあるけど何だったかな、とそんなことを思いつつ。

 試験管の試薬は次々と色が変わっていく。色の反応結果は、医師にしか分からない。彼女は終始笑顔でいることから、特に問題はなさそうだった。

「そろそろカップに戻しても大丈夫ですよ?」

 ミリアはその言葉を待ってから、口に含んでいた試薬をカップへと戻す。

 試薬は、綺麗にオレンジ色になっていた。

「ふむ? これは……」

 その時、マリアがいち早く気付いたようだった。マリア自身、大分前にこの検査を受けた事があった。その結果により、この四人は冒険者を引退し、ユニスに帰る選択をしたのである。

 医師は、ファーネルとミリアを交互に見る。本来は幾つか確認する事項はあるのだが、この二人に関しては改めて聞くまでもない。

 そして試験管のうちの一つもまた、うがい試薬と同じ結果をもたらした。二つの試薬が同じ結果をもたらしたことで、もはや決定的だろう。

「お二人とも、おめでとうございます」

 そして医師は切り出した。

「ミリア様は、ご懐妊なさっています。嘔吐感は、おそらくはつわりでしょう。しばらくは安静にしておかれると良いと思います」

 ミリアとファーネルは向き合い、破顔した。

「ミリア、おめでとう。……その、色々気を付けてね? 私みたいな事にならないでね?」

 マリアは微笑みながら、ミリアの手を取った。

「その。……うん。わかった」

 目の前の親友は、心から喜んでくれていた。しかし、自分よりも先に子供ができていながら、事故の所為で流れてしまっている。二度目の流産においては、腹部を貫く大怪我のせいで、生死を彷徨い、次に妊娠できるかどうか危ぶまれているのだ。そんな事に対し、罪悪感すら感じてしまった。

「ミリアはミリア。私たちは私たち。……私たちに負い目みたいのものを感じるんだったら、ちゃんと元気な子供を産むこと。約束ですよ?」

 マリアは、二つの性格を交代しつつ、ミリアに語る。その言葉に、ミリアは一瞬目頭が熱くなった。そしてマリアの手をぎゅっと握り返し、強く頷く。そして、その無垢な笑みに、ミリアは必ず、と約束するのだった。


 王子妃ご懐妊のニュースは、瞬く間に王都へと広まり、一気にお祝いムードとなる。城二階のオープンバルコニーに、ファーネルとミリアは並んで立つ。そこから見える中庭には、大勢の民衆が入れ替わり立ち替わり集まり、お祝いの声を次々と叫んでいた。

「……なんかこう、少し恥ずかしいですね」

「まあ、俺が王位を継承したら、お前もこうして民衆の前に立つ機会も増える。その練習だと考えてくれな?」

 民衆の前でも平静でいられるようにする訓練はずっと続けている。ファーネルはものにしたが、ミリアは流石にまだ慣れない。

「……はい、わかりました」

 二人はもう一度民衆に手を振る。

 彼らの後ろでは、アーサーとマリアが立つ。近衛の仕事でもあるのだが、親友を心より祝福したいという気持ちは民衆と同じ、いやそれ以上だろう。そんな心持ちで、二人の後ろ姿を見守るのだった。


 それから、季節は瞬く間に過ぎ去っていく

 長い冬も終わり、ようやく春の兆しが訪れる九月ごろ、閉鎖されていたパルス・デイドラグンの船便が再開される。この頃マリアは、ユニスと聖龍島の里を頻繁に往復していた。船を追い越しながら、マリアは呪文を唱える。

「フレガチョーナク!」

 そして魔法名を発し、紡いだ魔法を射出する。手先から一瞬にして目標物へと光が迸り、船先にある流氷へと突き刺さった。海面から出ている部分は一瞬のうちに爆散し、ひっくり返って別の面を海面へと晒す。二度、三度とマリアは光を走らせ、ついに流氷を完全に打ち砕いた。

「これでようやく完成かな? ですね、ようやく野望の一つに取りかかれそうです」

 龍族が使うレーザー・ブレス、その再現魔法。彼女の手により、その産声を再び上げた。

 スナー家の古い文献の中に、この魔法は記されていた。開発者は、リーン・スナー、三大英雄の一人だ。彼女が龍族のレーザー・ブレスを見て開発したらしいが、その辺りについては謎が多い。残された文献は、彼女自身が書き起こしていたもののようだ。

 本物のレーザー・ブレスと比べてしまえば、威力は全く大したことはない。だが、これでいい。この魔法に求めているのは、外面的なものではないのだ。二人が求めているのは、もっと別の面である。

「高位魔族に対して、どれほどの威力があるかは解りませんし、試してみようとも思いませんけど。……でもガーゴイル程度なら、一撃だと思うよ。夢見でも見たとおり」

 マリアは高度を落とし、船の横へと並ぶ。船員達が手を振り、マリアもそれに答える。マリアは羽ばたき、速度を速めて再び船の前へと出た。

「フレガチョーナク!」

 上空から、かなり先にある流氷へと光が迸る。今回は距離があったため、流氷の表面を浅く削る程度の威力しか出なかった。だが、距離だ。マリアが視認できる限界の距離、およそ一フォーカイ。海面に出ている部分は、人の大きさ程度の小さな的だ。それを、正確に捉えている。

「目に見えれば、大体正確に当たるね。補正を入れて正解でしょ? …そうですね。ただこの距離ではさすがに威力が落ちすぎです。良くてこの半分の距離、十分な威力とするならば、二〇〇フォーセルぐらいが閾値と考えた方が良い感じですね」

 そしてマリアは、流氷を的に新魔法の試射を繰り返す。そこで発見した問題もあるが、概ね良好の成果だ。不満点を上げるとすれば、魔法を解き放ってから実際に光の条へと変化するのに、ゆっくり瞬目する程度の時間差が生じることである。これは龍族のレーザー・ブレスも同じだ。彼らも実際に口の中に魔法陣を生成し、その魔法陣が光の条へと変化するのに時間差が生じている。そんなところまで似なくても良かったのにと考えたこともあるが、結局そうした特性なのだ。一度魔法陣という形を取らないと、この魔法の真価を発揮できないのである。

 それは、アストラルサイドへの直接作用だ。表面的な爆発などは、正直どうでも良いとさえマリアは考えているほどに、この部分を重要視したからである。

「アストラル側へは申し分ない威力だから、これはこれで完成でいいと思う。……んだけど、これ、動きが速い相手には当たらないよね。だから、動きの速い相手に対して、ある程度誘導させるものも開発しないと駄目かも」

 妹性格の指摘に、マリアは旋回しつつ頷く。

「改良版、作る必要がありそうですね」

 そして一気に上空へと上がっていき、進路を南へと取った。

 船の針路に流氷が入ってこないかを監視しながら、ゆっくりと飛行する。

「ミリアが、あの時何であんなぶっといブレスを吐いたのか、今なら分かるわ」

「ですね」

 あの時とは、旅の道中、空飛ぶ魔獣と出会ったときのことである。

 動きが速い相手は、細いブレスは当たらない。なら、当たる面積を広げれば良い。さすれば当たるだろうという単純な力業だ。力業過ぎて、流石にこれは真似でいない。開発中の魔法も、そこまで太くして射出することは理論上可能だが、魔力をごっそり持っていかれるし、確かに当たるが威力は弱くなってしまうのだ。空気中に待っている塵などでどうしても減衰するためだ。そこも龍族の魔力ならでは、なのである。

「……そういえばお姉ちゃん、……うん? ああ、確かに」

 妹性格は、考えていたことを直接姉に送る。

 ミリアにも、レーザー・ブレスについては色々と話をしている。その中で少し驚いたのは、部分龍化または完全龍化した際は、その余剰魔力をブレス用の魔力に還元して、かなり強力なレーザー・ブレスを即時撃ち放つことができる、というものだ。様々なプロセスを全部無視し、打ちたいと考えたら即座に、である。ミリア自身あまり良く分からないらしいが、龍化にしても人の姿に戻るにしても、結構大きな魔力が必要となり、後からそれを体内に取り込んで、見かけの魔力消費を抑えているらしい。これを取りこんでブレスに変換すれば、何故か即時に解き放てるそうだ。

 この辺りも、一度研究してみるのもおもしろそうだなと、マリアは考える。


 昼下がり。マリアは上地へと降り立ち、結界を越えて里のスナー家へと歩く。ユニスに引き返せば夜遅くになる為、微妙な時間でもある。そのため今晩はスナー家に泊まることにしたのだ。

 扉横の壁をノックし、しばらくしてからブラストが扉を開けた。

「ん? マリアじゃないか、どうしたんだ? アーサーと喧嘩でもしたか?」

「そういうわけじゃないですよ。新しく魔法が完成したので、船の護衛をしがてら、流氷を的に試し打ちしてきました。戻るには中途半端な時間でもあって……」

「なるほどな」

 ブラストはマリアを招き入れ、居間まで案内した。

「……念のため扉にはノックしなかったけど、正解でしたか?」

「いや? 普通にノックしてくれて構わないぞ」

 ブラストは、あの事故以来、トラップ内蔵の扉は作っていない。その代わり、様々な仕掛けを施した扉を試している。一定の手順をふんでその仕掛けを動かさないと開かない、そんな扉である。因みに、裏からはレバー一つで開けられる仕組みだ。なお、ノックすると仕掛けが全てリセットされるようになっているが、そもそも初期状態なのでノックしても問題はなかった。

 今の彼は、このような仕掛が施された扉や箱を中心に作成する仕事をしている。そのほとんどは防犯を目的としたものだ。一定の手順を覚える必要はあるが、鍵を使用しないため、その鍵を複製されての盗難という心配がないことから、箱は行商人から、扉は店を構える豪商からの注文が絶えないという。

 結局の所、トラップ扉の暴発という痛ましい事故はあったが、それを機により精密な設計で作られた仕掛け箱や扉の売れ行きは好調で、ブラストは以前よりも高く評価されるに至っている。

 この扉は、今現在の自分ができる最新の技術を投入して作られている。都度新しい仕掛けを思いついたら、まず自分の家の扉で実験しているのだ。普段は一人暮らしな為、迷惑もかからないはずである。たまにこうして家族が訪ねてきたときはしょうがないが。そのため、アーサーが帰郷すると必ず仕掛け扉がある、というのは実のところただのタイミングの悪さでしかない。

 ブラストはマリアに茶を出し、はす向かいの席に座る。マリアはお礼を言って、その茶を口に含んだ。やはりこちらの茶葉は少々苦いが疲れが吹っ飛ぶ。そんな味わいだった。

 マリアとブラストの間には、余り会話はない。それでも、ブラストは家族が側にいるというだけで少し嬉しそうにする。

「……どうしました?」

「いんや。アーサーは果報者だなって思ってただけだ」

 そう話して、ブラストは笑い飛ばした。


 翌日、早朝。

 朝食を済ませたマリアは、スナー家の扉を潜る。

「アーサー達にもよろしく伝えておいてくれな」

「ええ、承ったわ」

 マリアは軽く手を振り、翼を広げる。そして風の魔法を展開し、翼でそれを受け止める。ふわりと体を浮かし魔法の向きを調整し。そして一気に上空へと舞い上がっていく。そして結界の外に出る直前に身体の向きを変え、ブラストに手を振った。彼が手を振り返したのを確認した直後、その姿が霧に消える。マリアからの視界は、里が森の木々に包まれた。結界の外に出たのだ。

 マリアはそのまま北へ、ユニスへと進路を取るのだった。


 季節は、春から夏へ。そして年が明けた。


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