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第9話 森の祖母と、乳を使わない豆コロッケ


 セフが祖母を食堂へ誘ったのは、一度ではなかった。


 町から帰った夕方に一度。


 翌朝、豆の筋を取りながら一度。


 昼に焼いた根菜を食べながら、もう一度。


「外はサクサクで、中はやわらかいんだよ。チーズを入れなくても作れるって、ユウトが言ってた」


 祖母のアラネは、乾いた豆を壺へ移しながら答えた。


「昨日から三度目だね」


「四度目だよ」


「数えているなら、少しは遠慮しな」


「四回じゃ、まだ少ないと思ったんだ」


 アラネは壺の蓋を閉めた。


 セフは、断られたとは思わなかったらしい。次の日も、食堂の話をした。


 姉のリネアまで加わった。


「町の食堂は、注文の前に食べられない物を聞きます。獣肉だけでなく、肉を煮た汁や、肉を揚げた油も分けてくれました」


「あんたからも三度聞いたよ」


「私は二度です」


「セフの分と合わせれば、十分だ」


 アラネは、きのこご飯も、衣のついたじゃがいも料理も、家や本人で食べ方を分ける店主のことも、ちゃんと覚えていた。


 ただ、森から町までは歩いて二時間かかる。


 孫の話を確かめるだけのために往復するには、アラネの膝は若くなかった。


 そこでリネアは、修理した道具を受け取る日に森番の荷車を借りた。これならアラネも長い道を歩かずに済む。


「町へ行くのは、次の市場の日です」


 リネアがそう告げると、セフはすぐ祖母へ顔を向けた。


 アラネは二人を見比べた。


「分かったよ。そこまで言うなら、一度行こう」


「やった」



「ただし、先に言っておくよ。荷車を借りてくれたのはありがたい。膝を気にしてくれたのもうれしい。けれどね、食べられない物も、食べないと決めた物も、私が自分で話す。年を取ったからって、口まで孫へ預けた覚えはないよ」


「僕の方が、店のことを知ってるよ」


「私の口のことは、私の方が知っている」


 セフは少し考え、うなずいた。


「じゃあ、僕はコロッケの説明をする」


「それも店主に任せな」


 市場の日の朝、三人は小さな荷車で森を出た。


 荷車を引くのは、森番が道具運びに使う灰色の馬だ。リネアが手綱を持ち、アラネは後ろの長椅子へ座った。セフはその隣で、道の曲がり角が来るたびに町までの残りを数えた。


「あと半分くらい」


「さっきも半分と言っていました」


「長い半分なんだよ」


「半分は一つしかありません」


 アラネは膝へ掛けた布を直した。


「町へ着く前に、半分だけで十回ありそうだね」


 セフは今度から四分の一を使うことにした。


 前の雨でえぐれた道を越えるたび、車輪がごとりと鳴った。アラネの足元には、市場で塩と交換する白い豆の袋がある。


 町へ着くと、豆を塩と交換し、修理に出していた森番の手斧を受け取った。


 用事が済んだころには、昼の鐘が近かった。


「次は食堂だね」


 セフが言う。


「馬へ水を飲ませるのが先です」


 リネアは共同の水桶へ馬を連れていった。


「姉ちゃんまで、店へ行く前に仕事を増やしてる」


「馬も朝から歩いています」


「馬が昼を忘れたら、トーマと同じだね」


「馬は、自分で草を食べます」


 アラネは、孫たちの話に出てくる森番の同僚まで、会ったことがないのに少し分かるようになっていた。


 馬を町外れの預かり場へ頼み、三人はひだまり食堂へ向かった。


 細い道へ入ると、黒板の横に丸い絵が貼ってある。


『サクサク。中はあつい』


 文字の周りに、ぎざぎざした線が何本も描かれていた。


「僕が描いたんだよ」


 セフが胸を張る。


「丸い虫にも見えるね」


「コロッケだよ」


「先に絵を直すかい」


「今日は食べる方が先」


 アラネは笑い、扉を開けた。


 軒下の鐘が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 ユウトはリネアとセフを見つけ、次にアラネへ目を向けた。


「祖母のアラネです」


 リネアが紹介する。


「初めまして。ユウトです。来てくださってありがとうございます」


「孫が毎日話すものだからね。自分で確かめに来たよ」


「毎日ではないよ」


「朝と昼に話した日は、一日に二度だ」


 セフは数え方の問題にされると弱かった。


 ユウトは三人を、窓の近くにある四人用の卓へ案内した。


 アラネは椅子へ座り、店内を見回す。


 厨房の棚には、持ち手へ緑の布を結んだ鍋があった。肉を使わない料理のための鍋だと、リネアから聞いている。壁には肉、魚、卵、乳を示す絵が並び、使わない物には斜めの線を引くようになっていた。


「聞いたとおり、絵で分けているんだね」


「まだ、必要な物を増やしている途中です」


 ユウトが水と三枚の注文票を置く。


 セフが口を開いた。


 アラネが先に人差し指を立てる。


「私の分は、私が話す約束だったね」


「分かってる。僕は聞いてるだけ」



「それなら隣で静かに聞きな。心配されるのは嫌じゃないよ。でも、私を目の前に置いたまま、私の話を全部されるのは嫌なんだ」


 セフは口を閉じた。叱られてしょげたというより、ようやく祖母が何を嫌がっていたのか考えている顔だった。


 ユウトはアラネへ向き直った。


「まず、身体に合わない物を教えてください」


「獣の肉だよ。肉そのものだけでなく、煮た汁も、焼いた脂も駄目だ。一口でも舌がしびれる。たくさん食べれば熱が出る」


「魚と卵は食べられますか」


「食べられる」


「乳は食べないと聞きました。身体に合わないわけではないんですね」


「身体は受けつけるよ。でも、私は食べない」


 アラネは、そこで言葉を切った。


「私が生まれた杉谷の家では、獣の乳はその獣の子どもの物だと教える。乳を使った料理を、自分たちの食事には入れない。それが昔からの家の決まりなんだ」


「リネアさんとセフ君が食べることは止めないんですね」


「二人は別の家で育った。何を食べるかは、自分で決めればいい」


「では、アラネさんの料理には、乳、バター、チーズを使いません」


 ユウトは乳の絵へ斜めの線を引いた。


「乳を使った料理と同じ包丁や鍋は、洗えば使ってもいいですか。それとも、道具も完全に分けますか」


「きれいに洗って、乳やバターが残っていなければ使っていい。身体に触れただけで具合が悪くなるわけじゃない。ただ、料理の中へは入れないでおくれ」


「分かりました。獣肉は身体に合わないので別の鍋と油。乳は材料に使わず、洗って乳が残っていない道具を使う。そう書きます」


 ユウトは、注文票へ二つを分けて記した。


 アラネは紙を引き寄せ、自分で読む。


「これなら、理由も守り方も分かる」


 セフは横から注文票をのぞいた。


「祖母ちゃんは、乳を食べても熱は出ないんだね」


「出ないよ。だからといって、食べることにはならない」


「理由が身体じゃなくても、入れないんだね」


 ユウトが答えた。


「食べないと決めているなら、入れません。理由を聞くのは、道具と油をどこまで分けるか確かめるためです」


 アラネは、ユウトの顔をしばらく見た。


「ずいぶん真面目な店主だね」


「よく言われます」


「それは少し、からかわれているんだよ」


「やっぱりそうですか」


 リネアが水を飲みながら、目をそらした。


 次に、リネアとセフの注文を確認する。


 二人は獣肉を食べられない。魚、卵、乳は食べられる。リネアは生の苦い葉が苦手で、セフはきのこの柔らかな歯触りが嫌いだ。


「今日は、三人とも同じ乳なしの料理でいいですか」


 ユウトが尋ねた。


「私はそれでお願いします」


 リネアが答える。


「僕も。でも、前のチーズ入りと同じくらいおいしくなる?」


 セフの質問に、ユウトは少し考えた。


「同じ味にはなりません。チーズの塩気と、とろりと伸びる感じはなくなります。その代わり、豆と炒めた玉ねぎを入れます。豆のほくほくした歯触りと、玉ねぎの甘さが出ます」


「チーズを抜いただけじゃないんだね」


「抜いた後に何も入れなければ、前より中身が少なくなりますから」


 アラネがうなずく。


「それなら、豆コロッケを三人分頼むよ」


 ユウトは厨房へ戻った。


 作業台へ、肉なしを示す緑の葉の札と、乳なしを示す乳の絵へ斜め線を引いた札を並べる。


 包丁、まな板、木べら、鉢を熱い湯と洗い粉で洗い、バターやチーズが残っていないことを確かめる。揚げ鍋は獣肉にも乳入りの衣にも使っていない。


「乳を使わない印も、鍋へつけるんですか」


 リネアが厨房を見ながら尋ねる。


「今日は札を作業台へ置きます。鍋の布を増やしすぎると、どれが何か分からなくなるので」


「絵を二つ並べた方が、間違いにくいですね」


 セフが自分の描いた乳の絵を見た。


「僕の絵、ちゃんと乳の壺に見える?」


「丸い虫よりは分かります」


 アラネが答えた。


「あれはコロッケだってば」


 ユウトは煮てあった白い豆の半分をつぶし、残りは形を残した。細かく切った玉ねぎは、植物の油で透き通るまで炒める。縁が薄い茶色になると、辛い匂いが消えて甘い香りに変わった。


 煮たじゃがいもの水分を弱火で飛ばし、木べらでつぶす。そこへ豆、玉ねぎ、塩、少しのしょうゆを加えた。バターがなくても、炒めた玉ねぎの甘さと豆の食べ応えがある。


 一人二個になるよう丸く平たく整え、小麦粉、溶き卵、細かくした乾いたパンの順に衣をつける。パンは町の物で、乳もバターも使っていないと仕入れ時に聞いてある。


 小麦粉、卵、パンの順につけると、柔らかかった中身が細かな衣に包まれた。


「前と同じ形だ」


 セフが身を乗り出した。


「中身は違います」


「分かってる。でも見た目は同じだね」


「同じ名前の料理ですから」


「外側は同じで、中は相談し直したんだ」


 ユウトは、その言い方なら分かりやすいと思った。


 油へ衣を少し落とし、途中で浮く熱さになったところで、コロッケを二個ずつ入れた。


 ぱちぱちと細かな泡が広がる。


 白い衣は薄い金色になり、やがて全体へ焼けた色がついた。


 網へ上げると、油が細く落ちた。


 ユウトはコロッケを皿へ二個ずつ乗せた。横には、温めた豆と根菜の薄いスープ、小さな器のケチャップを添える。


 スープは野菜と豆だけ。ケチャップも、熟したトマト、塩、砂糖、酢、少しの香辛料で作り、乳は入っていない。


「乳を使わない豆コロッケです」


 三人分の皿が卓へ並ぶ。


「中はじゃがいも、白い豆、炒めた玉ねぎです。衣のパンにも乳は使っていません。スープとケチャップも、肉と乳を使っていません」


 アラネはすぐに食べず、まず匂いを確かめた。揚げたパンと玉ねぎ。バターや獣肉の脂はない。作業台の二枚の札も、もう一度見た。


「いただこう」


 木のフォークをコロッケの中央へ入れる。


 さくり、と衣が割れた。


 中から白い湯気が上がる。淡い色のじゃがいもに、豆の粒と、薄い茶色の玉ねぎが混じっていた。


 アラネは半分をさらに小さく切り、息を吹いてから口へ入れた。


 最初に、細かなパンの衣がさくさく割れる。


 中のじゃがいもは温かく、やわらかい。つぶした豆はじゃがいもになじみ、残した豆の粒は、かむとほくりと崩れた。


 炒めた玉ねぎの甘さが後から広がる。少しのしょうゆが、豆とじゃがいもの味をぼやけさせずにまとめていた。


「おいしいよ。外はサクサクして、中はやわらかい。豆の粒が残っているから、じゃがいもだけより噛むところもある。玉ねぎも甘いね」


 セフが、待っていたように自分のコロッケを食べた。


「本当だ。前のはチーズが伸びたけど、これは豆がほくほくする。違うけど、こっちもおいしい」


「前の料理と勝負をさせなくていいんだよ」


 アラネが言う。


「勝ち負けじゃなくて、比べただけだよ」


「なら、よく味わって比べな」


 リネアも一口食べた。


「玉ねぎと豆が入ると、チーズがなくても中身が少なく感じません。しょうゆの香りも合います」


「三人とも、感想が長いですね」


 ユウトが言った。


「店主が、何がおいしいか言ってくれと聞くからだろう」


 アラネの返事に、ユウトは納得した。


 アラネは次の一切れへ、ケチャップを少しつけた。


 酸味が、揚げた衣の油を軽くする。トマトの甘さと酢のさっぱりした味が加わり、豆とじゃがいもが違う料理のように感じられた。


「このケチャップもおいしい。酸っぱすぎず、揚げた衣に合う」


 今度はソースをつけず、スープを一口飲む。


 豆と根菜の味がする薄い塩味だ。強いだしはないが、温かく、コロッケの間に飲むと口の中が落ち着いた。


 一個目の後半には湯気が落ち着いた。衣の音は少し小さくなったが、玉ねぎの甘さと豆の味は、最初より分かりやすい。


 アラネは急がず、一口ごとにケチャップをつける量を変えた。


 少しだけなら豆の味が残る。たっぷりつければ酸味が先に来る。


 リネアは半分をそのまま、残り半分へソースをつけた。セフは最初から大きくつけようとして、アラネに見られ、さじを止めた。


「好きなだけつけていいんでしょう」


「味を比べると言ったのは、あんただよ」


 セフはソースを半分だけにした。


「祖母ちゃんと来ると、食べ方まで見られる」


「家でも見ているよ」


「今日は店だから、休みかと思った」


「祖母に休みはないね」


 アラネはそう言いながら、自分の二個目を取った。


 二個目は、最初の一口をソースなしで食べる。


 少し冷めたため、豆の皮の薄い歯触りがよく分かった。つぶれた豆はじゃがいもへ濃さを足し、形の残った豆は小さくほくりと割れる。


 バターやチーズを使っていないので、口当たりは軽い。それでも物足りなくはなかった。


 アラネは家で作る豆の焼き団子を思い出した。


 煮豆をつぶし、森の香草と塩を混ぜ、平たくして石板で焼く。外側には焼き目がつくが、パンの衣はない。


 家の豆団子と、どちらが優れているという話ではない。知っている豆が、パンの衣をまとった別の料理になっているのが楽しかった。


「家の豆団子にも似ているが、衣がある分、最初の歯触りが違うね」


「アラネさんの豆団子は、どう作るんですか」


 ユウトが尋ねた。


 アラネは、煮豆をつぶし、香草と塩を混ぜ、石板で焼くと説明した。


「それもおいしそうです」


「今度来るなら、家で作って持ってきてもいい。代わりに、この玉ねぎの炒め方をもう少し聞きたいね」


「ぜひお願いします」


 話している間にも、皿のコロッケは減っていく。


 アラネは最後の一切れを、すぐには食べなかった。


 豆の粒が二つ見える、二個目の中央部分だ。衣の端も多く残っている。


 先にスープを飲み、口に残ったケチャップの酸味を薄くする。


 それから最後の一切れへ、ソースをほんの少しだけつけた。


 衣は最初ほど大きな音を立てないが、噛めばまださくりと割れた。じゃがいもは落ち着いた温度になり、豆のほくほくした味、玉ねぎの甘さ、しょうゆの塩気を一つずつ感じられる。


 飲み込んだ後、トマトの酸味が短く残った。


 皿にはパンの衣が三つ落ちている。


 アラネはフォークの先で集め、最後のスープへ入れた。衣はすぐ柔らかくなり、豆の薄いスープを吸う。それもさじですくって食べる。


「ごちそうさま。最後までおいしかったよ」


 アラネは水を一口飲んだ。


 町へ着くまで荷車に揺られ、少し固くなっていた腰が、椅子の背へゆっくり預けられている。腹は二個のコロッケと温かなスープで満ちたが、帰りの荷車で苦しくなるほど重くはない。


 向かいのセフは、皿を空にしてからもケチャップの器を見ていた。


「もうコロッケはありません」


 リネアが言う。


「分かってる。ソースだけ食べようか考えてた」


「やめておきな」


 アラネに言われ、セフは水を飲んだ。


 ユウトは三枚の注文票を卓へ並べた。


「次に来たときも、同じ決まりで作っていいですか」


「私の分はね。けれど、毎回聞いておくれ。気が変わったという意味ではない。料理によって、使う道具や油が違うだろう」


「分かりました。毎回、その料理に使う材料と道具を聞きます」


 アラネは銅貨六枚を卓へ置いた。


「三人分だよ」


 リネアが自分の財布を出す。


「私とセフの分は払います」


「今日は私を連れてくるために荷車を借りてくれた。昼くらいは出させな」


「でも」


「次に来るとき、あんたが払えばいい」


 セフが二人を見た。


「この店では、次に来る約束をすると会計がまとまるんだね」


「そういう決まりではありません」


 ユウトがすぐ否定した。


 アラネは笑い、銅貨をユウトの方へ押した。


 店を出る前に、ユウトはアラネの注文票へ最後の一行を書いた。


『獣肉は身体に合わない。乳は杉谷の家の決まりで食べない。乳を使った道具は、きれいに洗えば使える。料理には入れない』


 アラネは読み直し、うなずいた。


「理由を短くしすぎていない。これなら次の人にも伝わる」


 三人は食堂を出て、預かり場の馬を迎えに行った。


 午後の空は明るく、町の石畳は朝より乾いている。アラネは来たときより背をまっすぐにして歩いた。腹に残る豆とじゃがいもの温かさが、荷車へ戻るまで続いていた。


 リネアが手綱を取り、セフとアラネは後ろの長椅子へ座る。


 荷車が町の門を出ると、車輪が一定の音を立て始めた。


「祖母ちゃん」


「何だい」


「チーズ入りと豆入り、どっちが勝ち?」


「まだ勝負をさせるのかい」


「比べてるだけだよ」


「あんたのはチーズ入り。私のは豆入り。両方おいしかった。それでいい」


「じゃあ、引き分け?」


「勝負を始めていないんだよ」


 セフは納得したような、していないような顔で、荷車の後ろへ流れていく町を見た。


 森へ入るころ、アラネは豆を半分つぶすことと、玉ねぎを甘くなるまで炒めることを思い返していた。


 家で同じ物をすぐ作れるわけではない。油をたくさん使う料理は、森の家では特別だ。だが、豆団子へ炒めた玉ねぎを混ぜることなら試せる。


「帰ったら、夕食も豆にするの?」


 セフが尋ねた。


「今夜は別の物にするよ。昼に十分食べたからね」


「よかった」


「何がよかったんですか」


 リネアが前を向いたまま聞く。


「豆がおいしくても、一日三回は多いから」


「朝も豆だったんですか」


「そうだよ」


 アラネが答えると、リネアは豆の多い一日だったことへようやく気づいた。


 夕方前、荷車は森の家へ着いた。


 アラネは長椅子からゆっくり降りた。膝は行きと同じだ。それでも食堂で休み、温かな物を食べたので、すぐ家へ入らず馬の首をなでる余裕があった。


 リネアは荷車から手斧と塩を下ろす。セフは空になった豆の袋を持ち、先に家の戸を開けた。


 アラネは台所へ入り、夕食用の壺を見回した。


 豆の壺へ伸ばしかけた手を止め、隣の干し魚を取る。


「今夜は魚と根菜の汁にしよう」


「賛成」


 セフの返事だけは、その日でいちばん早かった。


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