1話 一軍デビュー、初日で詰みました
鏡に映る自分は、どこからどう見ても『一軍』の男だった。
少し明るめに染めたブラウンの髪に、右の耳たぶで鈍く光るシルバーのピアス。制服のシャツは第二ボタンまで開け、着崩し方も我ながらサマになっている。
俺――本城聡太は、内心でほくそ笑んでいた。
(完璧だ……!)
中学時代の俺は、アニメとゲームをこよなく愛するオタク趣味全開の芋陰キャだった。クラスの隅で息を潜め、目立たないように過ごした暗黒の三年間。だが、あの鬱屈した日々とはこの高校入学を機におさらばだ。
いわゆる高校デビューというやつを、何が何でも成功させるつもりでいた。そのために服装の規律がゆるく、かつ中学の同級生がいないであろう地元から離れた高校を進学先に選んだ。
オタクの自分を完璧に捨て去り、華やかな一軍グループに潜り込んで、可愛い女子たちとキャッキャウフフな学生生活を送る。
中学時代俺を陰キャとあざ笑っていたリア充ども、見てるか。
俺はこの高校生活で、一軍ギャルの彼女を手に入れる!
◇
高校生活初日、クラスで一人ずつ自己紹介が行われた。そこで俺は陰気臭さを封印した明るい振る舞いで、無難にやり過ごす。
休み時間になると、そのまま派手系男子ら数人に自ら声をかけ、陽キャのグループに馴染んだ。
俺の計画は順風満帆。
ただ一つだけ、致命的な誤算を除いては。
視線を教室の最前列、窓際の席へと向ける。
そこにいるのは、折尾雪。
常に猫背で、顔の半分を覆うような分厚い黒縁眼鏡。ショートカットの黒髪に、小柄な体躯。真面目に着こなした制服の上からでもはっきりと分かる、暴力的な胸の膨らみだけが、強烈な自己主張を放っている。
最悪なことに、彼女は俺と同じ中学の出身だった。
(頼むから……本当に頼むから、俺の本性をバラさないでくれよ……)
彼女がこちらをチラリと見るたびに、俺は内心でビクビクと怯えていた。
俺の中学時代の黒歴史をすべて握っている、生ける時限爆弾。
それが折尾雪という少女だった。
◇
その日の昼食時間。
俺が所属する陽キャグループの男子が、購買のパンを片手にニヤニヤと楽しげな声を上げた。
「俺、折尾さんいってみようと思うんだよね」
飲んでいた炭酸飲料を吹き出しそうになりながら、俺はわざと冷たい口調で吐き捨てる。
「えっ、なんで? やめとけよ、あんな地味な子」
「本城、お前の目は節穴か。あの子パッと見はアレだけどさ、眼鏡外して髪整えればぜってー可愛いだろ? 何より見ろ、あのワガママバスト!」
目をキラキラと輝かせながら、ソイツは鼻息を荒くした。
「よし、俺ちょっと昼飯誘ってみるわ!」
軽い足取りで、ソイツは折尾の席へと向かっていく。
「よっ折尾さん、今から一緒にお昼一緒しない?」
「ふぇ、わ……っ」
グイグイと距離を詰めるモブ男子に、折尾はあからさまに困り果て、挙動不審に視線を泳がせた。
そして、縋るような目を教室の端にいる俺へと向け、(助けて)と必死の合図を送ってきた。
(チッ、しょうがねえな……!)
ここで無視して彼女の機嫌を損ねたら、俺の中学時代の黒歴史を暴露されかねない。そうなれば高校デビューが泡と化す。
俺は苦笑いを作って二人の間に割って入った。
「ほらー、折尾さん困ってんだろ! 察してやれよ」
心の中で猛烈な言い訳をしながら、ソイツの肩を叩く。
(ごめんなさい折尾さん、これが一軍としての精一杯の助け方です! 調子乗ってるとか思わないで下さい!)
「ちぇー、折尾さんまたね」
つまらなそうなソイツを席に連行すると、折尾はホッとしたように小さく息を吐いた。
しかし、その日の昼休み。
トイレから教室に戻った俺の机の上に、小さな紙切れが置かれていた。開くと、そこには殴り書きのような文字。
『放課後、体育館裏に来て 折尾』
心臓が嫌な音を立てた。完全に嫌な予感しかしないんだが。
◇
放課後。あまり人の来ない体育館裏のスペースへ足を運ぶと、先に着いた折尾が待っていた。
腕を組みながら、強烈な敵意を含んだような視線を俺へと突き刺す。
「まったく。中学時代は芋陰キャだったあんたが、いつの間にああいうサルみたいな連中とツルむようになってんのよ」
さっきまで男子に絡まれて「あわわ」と怯えていた態度が嘘のようだ。俺の前での彼女は、信じられないほど強気で、冷徹な声だった。
中学時代はこんな感じじゃなかっただろ、コイツ……。
「か、関係ないだろ! 俺は高校から変わるって決めたんだ。髪だって染めたしピアスだって空けて、もうあの頃の俺じゃない」
「ガワだけ取り繕ったところで、その人の本性なんか変わらないのよ」
「そんなのほっといてくれよ! で、要件はそれだけか? ないなら俺は……」
「待って」
背を向けようとした俺の制服の裾を、折尾がぐっと掴んだ。
「私、さっきみたいな絡まれ方、もう二度としたくないの。本当に迷惑」
「だからって、俺にどうしろって言うんだよ」
「だからさ……私と付き合ってるって設定にしてくれない?」
「は、はいぃぃぃっ!?」
突拍子もない提案に、俺の声は情けなく裏返った。
「な、なんで俺が!?」
「彼氏持ちってのが周囲に知れ渡れば、あんな絡まれ方をされることもなくなるでしょ。ただの虫除けよ」
「だからって何で俺なんだよ! 俺にはこれから一軍女子とキャッキャウフフな青春を送るっていう、崇高な夢が――」
「もしかして、自分に拒否権があると思ってんの?」
折尾は眼鏡のブリッジをクイと指で押し上げ、冷酷な笑みを浮かべた。
「芋陰キャ時代のあんたがバッチリ映った卒業アルバム……明日、学校に持ってきてもいいんだけど?」
「グハァッ!!」
心臓を鋭いナイフで一突きにされたような衝撃。
脳裏に蘇る、痛々しすぎる中学時代の自分の姿。あれが今のグループにバレたら、俺の高校生活は一瞬にして終焉を迎える。
「そういうわけで、明日からよろしく。とりあえずLIME追加するから、出して」
「……はい」
完全に心を折られた俺は、借りてきた猫のように大人しくスマホを差し出した。
こうして俺の高校生活は、折尾雪という絶対に機嫌を損ねてはならない地雷によって、最悪のスタートを切ることになるのだった。




