夜陰
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サチは上機嫌で夜道を歩いていた。
汗まみれ、煤まみれになって働いて、一緒に働いた者たちと笑い合って飲む酒は格別だった。
途中、カナエ達が居ない事に気付いた。だが女達が、面白おかしくタタラとムクタを送って行ったと話すので、保護者役も今日は仕舞いだと羽を伸ばした。
ほてった体に夜風が心地よく、夜道の散歩と洒落込んだのだ。
ほとんど無意識に、足はククリの穴に向いていた。
――俺もなんだかんだで世話焼きが染みついちまったなぁ。
流石に穴を掘る音は聞こえないが、明かりが漏れている。
入り口は不恰好ながら三角に整えられていて、奥に続いている。穴の奥ではククリが手斧を握って座り込んでいた。
「よぉ坊主。お前どうした、網引きにも来ねぇで」
「……時間が無いんだ」
ククリは行き止まりになった壁を見ながらつぶやいた。
「お前みたいなガキが何をジジィみたいな事言ってやがる」
「大塩の前に、ここを向こう側に繋げるんだよ!」
言って、ククリは立ち上がり壁に向かって手斧を振り下ろした。
カーンという高い音が響き、壁を殴った衝撃がそのままククリに返ってきた。
「ぐぁ!」
「おい!!」
ククリはそのまま座り込み、手斧が手から滑り落ちた。サチはククリに駆け寄って掌を見て息を飲んだ。
――血まみれじゃねぇか。
豆が潰れ、皮が裂けて……ククリの掌はボロボロだった。
サチは土産にともらった酒を掌にかけて砂クズをはらい、袖を裂いて掌に巻いた。
痛みなのか、疲労からか――ククリの掌はブルブルと震えていた。
「おい、坊主」
「……ククリだ」
「うるせぇ。よく聞け」
サチは手斧を拾うと壁を殴った。カーンとまた高い音がした。
「岩盤だ。音が高い……これは相当硬い。それに」
サチが体を避けてククリからよく見えるように壁を指した。
「見てみろ、色が違うだろう、これが岩盤だ。ここは人の手では掘れない。」
壁は上から下まで、ここまでとは違う暗い色をしている。
「根性は大したもんだ。昨日からこれだけ進んだんなら休んでもねぇだろ」
ククリの正面に座り込んで視線を合わそうとするが、俯いた顔は表情も見えない。
「その根性を他へ向けろ。何がしたいか知らねぇが……ここは諦めろ」
サチはぐしゃぐしゃとククリの頭を乱暴になぜた。掌の震えが頭にまで伝わっているようだった。
「家まで送って――」
言おうとした時、ククリはサチの手は乱暴にはらいのけ立ち上がってサチを見下ろし、睨みつけた。
「お前に何がわかる!!…………絶望したこともないだろ!」
ククリはそれだけ言って走り去って行った。
汗では無い飛沫がわずかな灯りを反射して光った。
「……なんだってんだ」
狭い穴の中、血の染みた手斧が影を落とした。
絶望なんて、知らねぇ。
俺は――逃げちまったからな。




