痩せネコのさよなら
光の収まった部屋は沈黙に包まれていた。
カナエは対価を支払うと糸が切れたように倒れ込み、眠ってしまった。
「……なんでこんな酷い事ができる……?」
サチの声は揺れていた。
カナエの側に膝をつき、そっと額を撫でた。
アヤは何も言わず、ただサチを見下ろしている。
「あいつはこの先を差し出した。止めてやらないといけなかった……」
「俺は、なんで止められなかった……」
「サチ……本当はもうわかっているんだろう」
サチが弾かれたように顔を上げてアヤを見る。アヤを通り越して、何かを見るように焦点は遠い……。
やがてほんのわずかに温度の無い視線を合わせて、項垂れた――。
「……本当に、悪趣味だ」
吐き捨てるように笑った。
「いい天気ですねー!」
次の日、3人でまた港町にやって来た。
「カナエ、体は大丈夫なのか?私の為に……本当にすまない」
「あぁ、いいんですよ。……どちらかと言うと、自分の為でしたし……」
サチさんがぴくっと眉を動かした気がしたけれど、何も言わなかった。
今日のサチさんは言葉少なだ。
朝、大きな音で目が覚めて、びっくりして向かうとヒロさんが茶器さん達や雑巾にもみくちゃにされていた。
ヒロさんは目を見開いて驚いて声も出ないようだった。
聞けば、これまで茶器は普通の食器に見えていたし、雑巾は犬に見えていたらしい。
『こちらにきちんと招かれた訳ではなかったから、これらもそのままの姿では見えなかったんだろう』とはアヤさんだ。
ヒロさんのびっくりした顔が面白くて笑ってしまったが、あの時もサチさんは何も言わなかった……。
会話も続かないまま、賑やかな街を歩く。相変わらず街の人達は暖かく、旅人の私たちにあれやこれやと進めては好意のお土産や、ヒロさんやサチさんにはビールを渡してくれた。
「あ……」
カナエが小さく声をあげて横道にそれた。
「カナエ、どうしたんだ?」
カナエの視線の先には小さなネコがいた。
賑やかな街の陰、急に寂しくなる路地裏。
目ヤニで汚れた目に痩せた体はこんなに暖かいのに震えていた。
カナエはネコの側にひざまづいて、お土産の中から魚の缶詰をとりだした。
「お魚の水煮だって言ってたから、君が食べても大丈夫だよ……」
そっと差し出せば、ネコは勢いよく食べ始めた。
「……警戒心がねぇな。そんなんじゃすぐに死んじまうぞ」
ヒロはサチを見ていた。
サチの声はわずかに震えている。カナエはネコに集中していて気づかない。
「そうかもしれません。でも生き死にがかかってる時にそんな事考えます?」
サチの息が詰まった。
「死ぬほど苦しい時に、手をさしのべられて、その人がやさしそうに笑ってたら……命かけてもいいやって思う。間違っててもいいやって」
サチの空気がわずかに解けた?脱力?
……これはなんだ?
ネコはあらかた食べ終えると、しばらくカナエに擦り付いていたがふいっと路地裏の奥へ走り出した。
「ちょっとは元気になったみたい。よかった……あ!」
走り出したネコをカラスが狙って飛んでいった。
「危ない――!」
カナエの声のより早く、サチがビール瓶を投げた。
ガラス瓶が砕けて、カラスは驚いて逃げて行った。ネコも、固まってしばらくこちらを見ていたが路地裏の陰に消えて行った。
割れたビール瓶に写る自分を、サチは見ていた。
なんて間抜けな面してやがる……。
サチは笑った。
あぁ……そうか……。
『お兄ちゃん…!』
そうだよな……。
『お兄ちゃんみたいにかっこいい石!……かっこいいお兄ちゃんが大好き!』
俺がバカだったんだ……。
「サチさん……?」
「サチ?どうしたんだ?」
似たような間抜け面しやがって……。
……いや、俺が一番間抜けだよな。
「お前らに、聞いといて欲しい事があるんだ」
じゃあな……ユキ。
「俺の妹は、もう死んでるんだ」




