理
次の朝、ヒロさんは起きて来なかった。
「サチさんが飲ませ過ぎたんじゃないですか?」
「そんな飲んでねぇだろ。食いもんが合わなかったんじゃねぇか?」
ヒロさんの部屋をノックする。
「ヒロさん、朝ごはんできてますよー」
返事はない。
「おい、起きてるか?入るぞ」
「あ!ちょっとサチさん!」
「……え?」
ヒロさんにあてがわれた部屋はカナエの部屋と同じ作りなのに、どこか暗かった。
ヒロさんはベッドに横になり、静かに目を閉じている。
彼の輪郭から光の粒子がタバコの煙みたいに細く登って、消えていく。
アヤさんは彼のそばに立ってガラスのような瞳で見下ろしている。
耳鳴りがするほど静まり返った部屋で、ヒロさんは光に炙られて消えていきそうに見えた。
「なんだこれ……一体どうなってる!?」
サチさんが前に出る。
私は喉を締め付けられたように言葉が出ない。
「この男は元の世界に帰る……」
アヤさんが静かな声で言った。
「元いた場所に元いた時のまま……返す事になる」
途端に甦る……あの硝煙――。
「それは……」
銃撃の軌跡の先にー彼は居た。
「私が……この人を見つけた……あそこに?」
絞り出した声は震えていた。
アヤさんは彼を見つめたままうなづく。
「そんな事したら死んじゃう!!」
言って、体が揺れる。
「カナエ!落ち着け。おい!どういう事だ?そいつも招かれたってんじゃねぇのかよ?」
サチが私を支えながらアヤを睨みつけた。
「……縁が弱い」
アヤが彼の頬に指を添わすと、崩れるように光に散った。
足りない小鉢……。
声を掛けられるまで気付けない程の気配……。
「この男は支払った。だが、縁はこの男の望む物では無かった……」
「理に合わない……とどまる事は、できない」
「勝手な事ばかり抜かしてんじゃねぇぞ!」
サチさんの怒号が響いた。
「そっちの理屈で招いただのなんだの……俺は……俺たちはお前のおもちゃじゃねぇんだぞ!」
サチさんの声は内側から全て吐き出すみたいだ
「私が決めた事ではない」
アヤさんの表情はぴくりとも動かない。
綺麗な、人形みたいだ。
「……まって、待って下さい」
二人の視線が向く。
「助ける方法は……何かないんですか?生き延びたんです。せっかく生きてるんです」
血の匂いが鼻に、悲鳴が耳にこびりついている。
「……対価が必要だ」
あの場所にこの人を戻す――そんな事をしたら……。
――いい旅におし――
いつかの夕陽が静かに頬を撫でた気がした。




