13 ジークヴァルド
ジークヴァルド編
ストックがきれましたので、不定期更新となります。
それほど合間は取りませんので、少々お待ちください。
父から領地にいきなり呼び出されて仕方なしに行ってみれば、開口一番に結婚相手を用意したと告げられた。当然ながら驚き、そして憤慨した。
レーブル大公家の一人息子ジークヴァルドとして生まれた俺は、早熟だったせいか六つの頃には婚姻とは何かを理解していて、いずれ妻を娶って大公を継ぐのだと自覚していた。
だから、妻になる相手は自分で決める。他の貴族家のように何枚もの釣書や肖像画の中から選ぶのではなく、生身の女の子たちと顔を合わせ、己の目と耳で確かめ、この子ならという相手を選ぶのだと父に宣言していた。
その点、我が父は寛大だった。息子を子ども扱いせず自立心を認め、助言を求めない限りは口出しすることもなく見守ってくれた。
それが、ここに来て縁談話を持ってくるとは。しかも、すでに用意したということは決定と同義語だ。
「俺は言ったはずですが?」
「己で決めるという子供の頃の戯言のことか?」
問いを問いで返す父の手口に乗るまいと一呼吸おいて、じっと父を凝視する。
一見すると、強面で巨躯の父は権謀術数に優れた悪役然としている。無言で頬杖をついて思案する姿などは、息子の目にすら私利私欲のために策謀中の悪党にしか見えない。そんな父だが、実際の中身は滑稽諧謔な古狸だ。
「戯言のつもりはありません。今も変わらずです」
「二十を過ぎてもいまだに決められぬお調子者が」
「世渡り上手と言ってください」
「ぬかせ」
顔を合わせれば、いつものことだ。
挨拶代わりの嫌味の応酬をへて、本題に入るために俺は父の前に腰を下ろした。
侍女長のエデルが淹れた美味い香茶で喉を潤し、ではと会話を仕切り直す。
「それで、どこの令嬢なんですか?」
「ベルブルグ家のエリュミナ嬢だ」
「ベルブルグというと……ロイグラム侯領の?」
「そうだ。そしてジュノー家から嫁いだアラベルの一人娘だな」
父の説明を聞いてもピンとこない。
王都ローゼベルトから見て南東に位置するロイグラム領は、建国当時から銀鉱山と銀細工で栄えている領地だ。それだけに、王都の貴族街の中でも豪華な屋敷を持っている。
四世代前にロイグラム侯領は未曽有の疫病が蔓延し、領民を含め本家から分家に至るまでバタバタと亡くなり血筋は絶えた。
当時まだ伯爵だったアージョン・ベルブルグが真っ先に疫病対策に乗り出し、その功績を認められて一旦は国の直轄地に戻されたロイグラム侯爵領を拝領したのだ。
現在のロイグラム侯爵ベルブルグ卿はと記憶を漁ってみるが、妙に居丈高な鼻持ちならない男だということぐらいで、妻や娘の噂は聞いたことがない。
「……たしか、まだ十になったかならないような一人息子がいると……」
「あれは後妻が生んだ息子だ」
珍しく父の口調が投げやりなのに気づいて、視線を向ける。
父は三人掛けのソファの背もたれに片肘を掛けて寄りかかり、眉間の皺を深くしてどこか遠くを睨んでいた。
「後妻ということは、エリュミナ嬢は亡くなった先妻の?」
「ああ。母のアラベルは病弱でな。娘を生んですぐに養生のために領地の別邸に子と共に移ったと聞いている」
「だから、俺の耳に入ってこなかったのですね。しかし、デビュタントでもエリュミナ嬢の名は聞かなかった……」
「母に似て娘も病弱と噂されているが、真実かどうかわからん」
父の説明に、俺は腕を組んで目を閉じた。
相手がどこの誰かはわかったが、それ以外はまったく要領を得ない流れに内心で首をかしげる。この話しぶりでは、『用意した』とほざく父ですら当のエリュミナ嬢と会ったことがないように思える。
侯爵位のロイグラム側から持ち込まれた話とは考えられないし、父が会ったこともない娘を嫡男の俺にあてがうとは思えない。
「……ということは、釣書も絵もないのですよね?」
「ああ。ないな」
「そんな娘を父上が?」
「アラベルの娘だからな」
まただ。わけが解らない。
父は、この年になってもロマンティストな部分を残している男だが、だからと言って妄想癖はない。どちらかと言えは、辛辣なほどの現実主義者だ。
「……すべて話してくれと言っても、今は無理のようですね」
「エリュミナと顔合わせができた時に……」
「わかりました。それまで待ちましょう」
その時は、そこで話を終わらせた。
まだ父自身も整理がついているようには見えず、具体的な話までにはなっていないのだと承知した。
ただ、縁とは不思議なものだと感じたのは、話を終えて王都に向かう帰り道だった。
我が家の王都屋敷は、他の貴族のように宮殿のそばにある貴族街にはない。王都の外れにある険しい山中に、隠れ家のような様相で建っている。
というのも、我が大公家の前身であるレーブル公国の公子だったアルシオンが、動乱の時代にフランクール王国を建国し、その際に公国を属国として扱うと決定して距離を置かれた。
のちに大公の地位に置かれて併合されたが、結局は王都の外れにある旧レーブル公国保養地を王都屋敷として使うことを許された。
「この距離で王都屋敷とは笑わせる……」
そう独り言ちた時だった。馬の背に揺られ、麓の街を通らずに山から下る支流沿いに屋敷に向かっていた俺の目が、川の中洲に打ちあがる何かを見つけた。
それがうら若い娘だと気づいた時には、すでに馬から飛び降りて川に入っていた。
「おい! 生きているか!!」




