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認識する者される者 3

 目の前にいる何かから逃げ出そうと。

 つい、先ほどまで影縫さんだったものから逃げ出そうと。

 恐怖のあまり走り出した。

 上野さんのリボンを着けた黒い影から、逃げ出そうと。


(何なの? 何なのあれは!)


 頭の中が混乱していた。

 さっきまで目の前に居たのは影縫さんだった。

 私の後ろの席に座っている影縫さん。

 私の次に当てられて、授業が終わるとクラブ活動が忙しいからと、直ぐに教室を出てしまう。

 しかし、その姿をはっきりと思い出そうとすればするほど、記憶の中の彼女のパーツと合致しないと言わんばかりに、影は黒く塗りつぶされたように濃くなっていく。


(あれは、誰なの?)


 記憶の中の影縫さんと一致しない影は誰なのか。

 いくら記憶を呼び覚ましても、手、足、髪型、鼻、口、どれも当てはまらず影のようにしか認識できなかった。

 私の記憶の中の彼女とは違う彼女。

 彼女は影縫さんではないのか?

 記憶の中の彼女が影縫さんではないのか?

 影縫さんとは、誰なのか?

 何かがおかしかった。

 もうすぐ始業ベルが鳴ろうという時間なのに、全速力で走ってきた廊下で誰ともすれ違わなかった。

 もう授業が始まってしまっているのかと、覗き込んだ窓ガラスは、艶やかな表面を輝かせるばかりで、教室の中を写し出さない。


「ここは、どこなの!」


 夢中で上げた叫び声は、反響もせずゆっくりと壁や床に染み込んでいくようであった。

 そこで誰かが助けてくれるのを待っている時間はない。

 走り抜けてきた廊下が影に飲み込まれ始めているのだ。

 記憶の中の姿と違って認識できなくなった影縫さんのように、この廊下も記憶の中の学校ではない。

 全てが影に飲み込まれてしまったらどうなってしまうのか?

 だが、どうする事も出来ない。

 逃げ出そうにも、教室の扉は、硬く閉ざされてびくともしないのだから。

 絶望に飲み込まれてしまいそうになった時、カーンと甲高い音が響いた。

 振り返ると、床に空き缶が一つ転がっていた。


(あれは、足利先輩の持っていた四角い空き缶?)


 丸いのに四角い空き缶だ!

 そうだ、先輩は何て言ってたっけ?

 並列に物を考えれれば……じゃなくて、夢……イメージ、そう、イメージだ。

 はっきりとイメージ出来れば、窓の向こうも見通せて、扉は開く。

 この扉の向こうには、教室がある……。

 思い出すんだ、いつもの教室を。

 普段通り、机が並んでいて、一番前の私の席の後ろには……陸上部の、髪の短い……。

 ……乾さんが座っている!

 その瞬間、扉は勢いよく開いた。


(助かった!)


 開いた扉に大急ぎで飛び込む。

 教室の中にはよく見慣れた規則正しく並んだ机にクラスメイト達が座っている。

 ――出席番号順だ。

 浅香のあ、と、上野のうの間には、乾のいが並ぶ。

 ――正しい順番。

 後は自分の席に向かうだけだと安堵した瞬間、そこに床がない事に気が付いた。

 教室に飛び込んだ勢いのまま、真っ逆さまに底の無い奈落へと落ちて行く。


(どうして? 床をイメージしなかったから?)


 早く床をイメージしなくては!

 床、床、……教室の床ってどんな模様だったっけ?

 硬くて……何で出来てたっけ?……。

 そうこうする間も落ちるスピードは段々速くなっていく。

 こんなスピードで硬い床に落ちたら……、もっと柔らかいものをイメージしなくては。

 柔らかい床、柔らかい、ふにゃふにゃのふわふわの……、余計に無理!

 早く何かイメージしないと、このままではどこまでも落ちてしまう。

 でも、焦れば焦るほど、イメージが固まらない!


(助けて! 足利先輩!)


 突然落下する体がふわりと軽くなった。

 落ちて行く闇の中で、誰かに優しく抱きかかえられたかのように。


「ご名答」


 耳元で囁くような声が聞こえた。


(足利先輩?)


 それは、足利先輩?

 それとも、真黒い翼の天使?

 闇の中から抱きかかえられたまま、光の中へと飛び込む。

 気が付くと、誰もいない教室の中に居た。

 いや、足利先輩がいたが、背中に黒い翼はなく普段通りの先輩の姿だった。


「彼女も気を失っているが無事なようだ」


「彼女は、……乾さん?」


「そうではあるが、そうではない。ここにいる彼女は、君が乾芳江に抱いていたイメージという所かな。この学校に居る生徒はよく知っているはずの自分の後ろの席の生徒を思い出せなくなっていたのだ。……忘れていたというのは正確では無いな。そう、勘違い、間違ったイメージがそこにはまっていたのだ」


「勘違いですか? 他の誰かと?」


「特定の誰かというのではなく、憧れや偏見と言った強く偏ったイメージの欠片が寄り集まった。と、言うべきだろうね。本来の彼女と入れ替わってしまうくらいに、強いイメージとして……。それを、教室の扉を開けて落としてしまうなんて、強引な力技であったが、実に、お手柄だったよ」


「落ちたのは、私で……、床が無くて、……先輩が」


 先輩の背中から目を離せなかった。

 あの真黒い翼は、私のイメージ?

 ……それとも。


「我々が普段認識できているものは、目の前にある僅かなもの、表面に張り付いたごく一部でしかない。その内側を覗いた時、より物の本質へと近づける……。それは、自分自身の本質かも……」


 先輩の足元から伸びる影が、教室の壁をつたって広がって行くような気がした。


「この事は、秘密だよ」


 足利先輩は唇の前に人差し指を立てると、何事も無かったかのように颯爽と教室から出て行ってしまった。

 呆気に取られて、教室に残された私。

 この学校には謎がある。

 でも、私にとって一番の謎は、足利先輩だ。

世間のバレンタインデー熱に浮かれて、恋愛ものでも書いてみようかと思ったのが運のつき。

ついでだから、コンテストに応募できるものをって、考えたのですが……。

対象読者年齢から言っても、胸キュンは無理だろう、謎ときにすれば何とかなるかなと、謎のテンションで書いて見たのですが、文字数も足りず、日常の謎ですらなかったという。

わかりやすいストーリーと謎で、キャラクターを作ってみたのですが、何が足りないのか。

もう一人登場させるか、シーンを増やすか。キャラクターの名前が悪いか。これは恋愛ものではないのか。

謎を増やすと話が複雑になってしまう様な気もしますし……。

まぁ、既にわかりにくい!

と言ってしまえばそれまでな気もします。


恋愛ものの難易度の高さに、辟易(ρ_;)


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